第5話 お主は、なんかエロいからダメじゃ。
「キリエ=アルサード、入ります」
キリエの後について、両脇を兵士に抱えられた砂漠の民の少年が部屋へと入ってきた。
毛足の長い赤の絨毯。壁際には、贅を尽くした調度品が並ぶ。
ここは、サラトガ伯ミオの執務室だ。
一番奥の大きな執務机にはミオが肘をついて座り、その手前の10人は座れるであろう長いテーブルの、ミオに近い一隅に4人の男女が座っている。
「ふぉっふおっ。それが、ミオ様の初めてのお手柄でございますか」
最初に口を開いたのは、人のよさそうな顔をしたふくよかな中年の男、先代からサラトガ伯に仕えてきた、家宰のボズムスである。
「警備兵のマネごとなど、一城の主の仕事ではありません! そもそもキリエ! それをお止するのがお主の役割であろうに!」
胸当てを着けた、頬に大きな傷のある男がキリエを睨む。いかにも歴戦の戦士といった風貌のサラトガ軍第二部隊の将、グスターボだった。
「まあまあ、グスターボ卿。ミオ様にもぉ、お考えがおありなんですよぉ」
なだめるようにそう言ったのは、妖艶な雰囲気を漂わせる美女。恐らく20代の半ばぐらいであろう。胸元の大きく開いたドレス。その上に纏った紫のローブが、彼女が魔術師であることを示している。
「シュメルヴィの言うとおりじゃ。娼には、深い考えがあるのじゃ。」
そう言ったミオの目は泳いでいる。
が、誰一人ツッコまない。空気の読める素敵な大人達であった。
「コホン。そこで皆に相談じゃ」
一つ咳払いをして、ミオが急に声のトーンを落とす。
「……コイツどうしよう」
せっかくツッコまなかったのに台無しだ!
腕を組んだまま目を瞑り、ただ一人発言しなかった第一軍の将メシュメンディが器用に椅子から滑り落ちる。
彼は日ごろから割とオーバーアクションで有名であった。
「通常通り、城壁の外に放逐すれば良いのでは?」
「ボズムスよ。考えてみよ。こやつは地虫じゃぞ。砂漠に放逐したら、それはただの釈放じゃろ」
「ならば、殺せばよいではありませんか。せめて我が第二軍の訓練の的として役立てましょう」
グスターボの軍人としては至極まっとうな意見を聞き流し、ミオは少し考え込んだ末に、少年を見据えて問いかける。
「のう、そもそもお主は何ゆえ、このサラトガに入り込んだのじゃ。理由がないわけではあるまい?」
「妹が、あなた達にさらわれたからです」
両腕を兵士に掴まれたまま、少年は淀みなく答える。
「娼たちが? そちの妹を?」
ミオの片方の眉がつりあがる。
「昨日、僕がオアシスに水を汲みに行っている間に、機動城砦に妹が連れ去られたと聞きました」
「……なるほど。ようわかった。そちは勘違いをしておる様じゃの」
嘆息するようにミオは言った。
「勘違い…ですか?」
「そうじゃ。まず我がサラトガは、昨日一度たりとも停泊しておらぬ。止まりもせずに兵を出すことなど出来はせぬ。おそらく、そちの妹を連れ去ったのは、娼たちが追っている機動城砦『ゲルギオス』であろう」
「ちょ、ちょっと待ってください。機動城砦というのは幾つもあるんですか?」
一瞬の間をおいて、少年の問いかけを笑う声が部屋の中に響き渡る。
その笑い声の中、キリエが嘲るように少年へと顔を近づけて言った。
「やはり地虫は物を知らん。教えてやろう。この国には、現在9つの機動城砦を9人の領主が納めている」
「9つ?!」
「我がサラトガは、ゲルギオスと抗戦状態にあり、これを追っている。つまり、この辺りには我々とゲルギオス。二つの機動城砦が存在しているということだ。貴様の妹なぞ、我々は皆目知らぬ。すなわち、貴様は間違えたということだ」
「そ……そんな」
少年は、膝から崩れ落ちた。
「ふぉっふおっ、しかし腑に落ちませんな。ゲルギオス伯はなぜ地虫なんぞを攫ったんでしょうな」
「それは私がわかりますわぁ」
そう言うとシュメルヴィがゆっくりと立ち上がり、膝をつく少年の傍にしゃがみこむと耳元にささやくように言った。
「あなた、お名前は?」
「ナナシです」
ナナシは、一瞬シュメルヴィの方を見たが、大きく開いた胸元が目に入って、慌てて目を逸らす。少なくとも、砂漠の民でここまで巨大なモノを持った女を見たことがない。自分の頬が熱を持つのを感じた。
「ナナシくん。あなた達には特別な力があるのでしょう?」
少年のこめかみが、ピクりと動いた。少年の表情に緊張が走るのを、シュメルヴィは満足そうな顔で見つめる。
「あなた達は、砂洪水の発生が事前にわかるのよねぇ」
しかし、シュメルヴィのその言葉に、少年の表情に安堵の色が広がった。
砂洪水とは、体長1000ザールにも及ぶ巨大蚯蚓の群れが、一斉に移動するときに発生する砂の津波。数十メートルに及ぶ巨大な砂の波が、進路にあるあらゆるものを飲み込んでいくのだ。
どこでいつ発生するかわかるか?と言われれば、ナナシの答えは「わかる」だ。
ただ、それは砂の民としては極一般的な技能であり、特別な力と言われて少年が想像したものとは違った。
「砂洪水の発生が事前にわかるじゃと?!」
しかし、ミオをはじめこの場にいる他の人間の反応は劇的だった。
そもそも、この国において街が機動城砦となったのは、砂洪水が原因なのだ。砂洪水の進路にあるものは全て砂の中に飲み込まれてしまう。つまり機動城砦とは砂洪水から町ごと逃げ回る手段に他ならない。
現在、どの機動城砦も尖塔の最上階から四方を3交代で見張り、砂が立ち上っているのを発見したら一目散に逃げるという方法をとっている。それでもここ数十年の間に幾つもの城砦都市が砂洪水に巻き込まれて消滅しているのだ。
「わかります」
「……ならば、その力を娼のために使え。ゲルギオスにそなたの妹がおるというのであれば、そこまでは連れて行ってやろう。」
ミオのその言葉にグスターボが、驚愕し、猛然と反論し始める。
「ミオ様、なりませぬ! こやつは地虫ですぞ。蠍を食らい、水が無ければ、ロバの小便を濾過して飲む。このような野蛮なものをお傍におくことが許されようはずがありません!」
グスターボの言葉に同調して、キリエも言葉を繋ぐ。
「私も反対です! このような蛮族、いつ悪事を働くか、わかったものではありません」
「……と申しておるが、ナナシどうじゃ?」
片目を瞑り、ミオが尋ねる。
「はぁ…どうと言われても、野蛮と思うかどうかは主観の問題ですので、僕が判断することではないと思いますし……」
ナナシのその回答に、ミオは唖然とした表情を浮かべる。
「ぷっ…ふふっ、はははははははは」
次の瞬間、我慢できないといった様子で、ミオが噴き出し、大きく口を開けて笑った。
「たしかに。たしかにそうじゃ、野蛮人が自分で、僕、野蛮人ですとは言わんわな」
「キリエ!」
「はっ!」
「ミリアにでも言ってナナシの面倒を見させておけ。客扱いする必要はない。雑用でもやらせればよかろう」
「ミオ様!それは……」
「これは、サラトガ伯ミオ=レフォー=ジャハンの裁可である」
「……仰せのままに」
ミオの断じるような言葉に、キリエは反論することを諦めた。
自分の裁可に満足するように、この場にいる人間を見回すミオ。
その視界の中で、シュメルヴィが、艶やかな唇を尖らせるのが見えた。
「ミオ様ぁ、ミリアじゃなくて私が面倒をみますわぁ。可愛い顔した地虫の夜の生態も研究してみたいですぅ。」
ミオは少し顔をひきつらせて言った。
「……お主は、なんかエロいからダメじゃ」