第42話 まずはこの牛乳を鼻から……
「1番シュメルヴィ、おっぱいのぉ、圧力だけで卵割りますぅ」
シュメルヴィは、おもむろに取り出した生卵に軽く口づけすると、それを胸の谷間に挟みこんだ。
卵はそのまま、柔肉の間に挟み込まれて全く見えなくなる。
「「「「おおおおおっ!」」」」
大地を揺らすような野太い歓声があがり、男性陣の視点は、ある1点に釘付けとなった。中には若干、前傾姿勢になっている者も見受けられる。
手を振って歓声に応えた後、シュメルヴィが勢い良く右から左へと身体を捻ると跳ね回る胸の間でスパーン!という小気味良い音を立てて、卵が飛び散った。
胸の谷間からどろりと滴り落ちる生卵。
あざとい。何というあざとさ、そして何という計算され尽したパフォーマンスであろうか、前傾姿勢を取る男性陣が一気に増えた。
「うわはははは、下品。ちょー下品じゃ」
ドヤ顔のシュメルヴィを指差して、爆笑するミオ。
その隣では、キリエが敵意剥き出しの凶悪な表情をシュメルヴィへと向けていた。
ここはサラトガ城2階、500人収容の大ホール。
大宴会の盛り上がりも最高潮。現在、壇上ではかくし芸が始ったところである。
続いて、壇上に上がったのはまさかのニューフェイス。
燃えるような赤い髪のショートカット。黒のフリル一杯の三段スカートが可愛らしい紅いドレスの少女である。
いやーどもどもを繰り返しながら、少女は腰を低くして舞台へ昇ってくると、にこやかな笑顔を浮かべて一言。
「えーほな、剣姫漫談をひとつ」
紅蓮の漫談家誕生の瞬間であった。
そのあと黒筋肉2人によるシュール系のサイレントコントを挟んで、満を持して登場したのは、まさかの銀嶺の剣姫様であった。
「ひっく、えー4番、みんなのぉマスマリシスたんですよ~」
あ、まずい。誰もがそう思った。
今にも眠リはじめそうな酔眼でホールを見回す剣姫は、誰がどう見ても泥酔状態である。
「きょうわぁ、私の国のぉ伝統のえんかいげーをお見せしますよぉ~ひっく」
ジョッキ一杯の牛乳を受け取ると剣姫は、一切の躊躇なくストローを自分の鼻に突っ込んで言った。
「まずはこの牛乳を鼻から……」
サラトガに戻ってきたナナシがホールの扉を開けたのは、まさにこの瞬間であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「僕とアージュさんの悲壮な決意を返してください」
ナナシがジトッとした目でそう言うと、ナナシのフードマントの裾を掴んだまま、アージュもコクコクと頷いた。
「なんじゃ、お主藪からスティックに」
ダメだ、ツッコんじゃダメだ。
ナナシは、ぐっと自分の腿を抓って耐える。
ここでツッコんでしまったら、ミオは調子に乗るに決まっている。
そもそも、なんで大宴会などという有りえない状況になっているのだろう。
ナナシ達は、全ての機動城砦を敵に回してでも戦い抜くと、二人で覚悟を決めて、眠いとグズるニーノを宥めながら、一昼夜、砂を裂くものを飛ばして、ここまで戻ってきたのだ。
サラトガに到着するや否や、叫ぶようにして城門の兵士にミオの居所を尋ねてみれば、2階のホールに幹部と主だった部隊長達を集めているというではないか。これは決起集会かと、慌てて飛び込んでみれば、まさかのドンちゃん騒ぎの真っ最中である。ナナシで無くとも、文句の一つも言いたくもなることだろう。
今、ナナシ達は、ミオの執務室へと場所を移した。。
ちなみに大宴会は続行中、剣姫はナナシの顔を見た途端硬直した後、奇声を発して、一目散に逃亡した。
「告示の看板を見ました。大変なことになっているんですよね」
「そうみたいじゃのう」
「そんな他人事みたいに」
背に隠れるように立っているアージュがナナシの言葉にコクコクと頷く。
目上の人間の前では、アージュはまるで借りてきた猫の様だ。
「あほう。辛いときに辛い顔するのは、猿でもできるわ。辛いときに笑えるかどうかが人間の価値というものじゃろう」
その言葉に感銘を受けたのか、アージュが尊敬の眼差しをミオに向ける。
うわっあーじゅちょろい。
「良い事言った風ですけど、本当はどうなんです?」
「……シリアスに疲れた」
「まあ、そんな事だろうと思いましたけど……」
ナナシは肩を竦めて溜息を吐く。
「……お主どんどん容赦なくなってきておるのう」
「で、実際のところ、こんなことをしてても大丈夫なんですか?」
「ああ、既に娼が自ら首都に出頭する旨、首都の方には申し入れた。これで建前上、他の機動城砦がサラトガを攻撃する理由は無くなる。そして、一週間以内に首都より代官が派遣されて、サラトガに着任。そこから首都までの3週間は娼は自室謹慎となる予定じゃ」
「抵抗もせずに汚名を受け入れると?」
ナナシがギリと奥歯を鳴らす。
「まあ、慌てるな。裁判が始れば恐らく満場一致で死刑じゃろう。精々反対してくれるとすれば、マレーネのペリクレスぐらいのものじゃろうな。
娼は死に、サラトガは接収。悪くすれば解体じゃろうの。
娼が裁判に掛けられるまでの4週間。それが残された時間じゃ。ストラスブルをサラトガが撃ったのは事実。つまり、我らが生き残るためには、4週間の間に、それすらも忘却させるほどの功績を上げねばならぬのじゃ」
「……功績」
アージュが口の中でその言葉を転がす。
「そう功績じゃ。ただの領主同士の争いに勝利するだけでは、我らの敗北に終わる。我々がエスカリス・ミーミルを救ったというところを見せつけなければならない」
「……それって、もう既に詰んでませんか?」
「普通ならな」
そこでミオはニヤリと笑いながら、言葉を紡ぐ。
「ところが、幸いにも、エスカリス・ミーミルという国が危機に陥っておることに気付いたのじゃ。我らの軍師殿がな」
「ミリアさんが? じゃあこのどんちゃん騒ぎも……」
「いや、今日のは本気でただの憂さ晴らしじゃ」
がくりと崩れ落ちるナナシ。
あいかわらずこの領主様はどこまで本気なのかよくわからない。
ナナシが困惑気味に見ていると、ミオは突然、何かを思い出した様に手を打った。
「ああ、そうじゃ、アージュ」
「ハッ!」
「お主はキリエのところに出頭せよ。お仕置きだそうじゃ」
「え”」
さらりと言ったミオのその言葉に、アージュは硬直して、小刻みに震えはじめる。
「あ、あのぉ、ミオ様。例えば、例えばですよ。後でナナシと一緒に出頭すると言うわけには……」
「いかんじゃろうな」
バッサリである。
意気消沈した様子でトボトボと執務室をあとにするアージュ。
何度も振り返っては、売られていく子牛のような目でナナシを見つめていた。
そして、アージュが廊下に出た途端、ドタドタ暴れるような音と「うわーやめろー」という声が聞こえたような気がしたが、それは幻聴だと思うことにした。
昨日、泣いてる女の子のために、命を懸けるのがどうこう言ってたのは、きっと別の人なんだろう。
ナナシは軽く拳を握ると、とてもいい笑顔でこう呟いた。
「アージュさん、がんばれ」




