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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第2章 かくてサラトガは、反逆者となった。
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第33話 言葉は鎖。

「なんだってぇ! 壁の向こうにまた壁だと!……って驚きゃ満足か? クソガキ」


 そう言って、いかにもつまらなさそうに、キスクは攻城(やぐら)の上で薄い胸を張るミオを見上げた。


 ズボニミルとメシュメンディが対峙するのとほぼ同じ頃、城壁の内側では、キスクが率いる獣人(ゾアンスロープ)達が罠に(はま)って、石壁の下敷きとなっていた。


「城壁の中に城壁だとか、最初は驚かしてくれたが、ネタ晴らししてみりゃあ、ただの資材を積んだだけだとか、つまらねえ。ホント興ざめだぜ」


 呆れた素振りを見せながら、キスクは内心必死に状況を把握しようとしていた。

 正確な数はわからないが、獣人(ゾアンスロープ)共は、ずいぶん崩れた石壁に巻き込まれた様だ。

 見る限り4分の1は、戦力を削られたか……。


(わらわ)の目には、その積んだだけの資材で、ずいぶんダメージを受けておるように見えるがのう。あと3回ほども、壁の下敷きになれば全滅じゃな」


 そう挑発するミオの心中も、実は穏やかではない。

 当初の計算どうりに敵の人数を減らすことは出来たが、それはあくまで人間を前提とした話。身体能力に優れた獣人(ゾアンスロープ)を、額面どおりの人数と捉えていては、最後の最後で計算が合わなくなってしまうだろう。


 一方ミオの挑発を受けて、キスクはにんまりと笑った。

 所詮(しょせん)、ガキの浅知恵だ。そう何回も下敷きにされてたまるか。


 キスクは、未だに狼狽えている獣人(ゾアンスロープ)達を安心させるためにあえて何ともない様な素振りで指示を出す。


「おい化物ども、そんなビビんじゃねえよ。あれも石材を積んでるだけだ。向こう側に押し倒してやれ」


「な、なんじゃと?!」


 ミオの驚く顔に、キスクはわずかに溜飲を下げた。

 ぶら下がれば、こっちに倒れてくるなら、向こう側へ押し倒してやればいい。

 わざわざ考えるまでもない。当然だ。


「ぐぬぬ。満更(まんざら)あほうではなかった様じゃの」


「あほうはお前だ、クソガキ」


 歯噛みするミオに、キスクは呆れた様に言い捨てた。

 その程度の事に気付かないと思われているとは舐められたものだ。


 キスクの指示に従って、獣人(ゾアンスロープ)達は崩れ落ちた石壁と下敷きになっている仲間の死体を踏み越えて、次々に新たに現れた石壁の前へと歩みよる。


「あーお前ら。分かってると思うが壁の上の方を押せよ。下の方押すとこっちに倒れてくるからな」


 そこまで言うのも馬鹿馬鹿しいとは思うが、念のため口に出して指示をする。

 本当のところ、キスクには、獣人(ゾアンスロープ)達がどの程度の知能を持っているのか良くわかっていないのだ。

 こちらの言葉は通じている様だが、獣人(ゾアンスロープ)の言葉はキスクには、獣の鳴き声にしか聞こえない。


 獣人(ゾアンスロープ)達が石壁の上部に両手を当て、左右の仲間と目をあわせ、力を入れるタイミングをはかる。

 獣人(ゾアンスロープ)達が、今まさに力を入れようとしたその瞬間、ミオは(あざけ)る様に言い放った。


「あほうどころか、救いようのないあほうじゃ」


 その刹那、ザシュ!という短く、鈍い音と共に、獣人(ゾアンスロープ)達の動きがピタリと止まる。

 背後から見ていたキスクの目には、獣人(ゾアンスロープ)達の背中に、次々と赤い花が蕾を付けていく様に見えた。


「うおぉん」


 一匹の獣人(ゾアンスロープ)の悲しそうな鳴き声に導かれるように、赤い飛沫(しぶき)が一斉に噴き出して、石畳を赤く染める。


 何が起こったのかは明白であった。

 赤い(つぼみ)。そう見えたのは血に塗れた鉄杭の穂先。

 組み上げた石の隙間から突き出た無数の鉄杭が、獣人(ゾアンスロープ)達の腹を貫いたのだ。

 どてっ腹を杭で穿(うが)たれては、死しても地に()すことさえ許されない。

 苦しそうな息遣いが幾重にも重なって、獣人(ゾアンスロープ)達は、ただただ身体を痙攣(けいれん)させている

 幸いにも生き残った獣人(ゾアンスロープ)達は、慌てて壁の前から飛び退き、転がる様に地に臥して、壁に向かって唸り声を上げた。


「何だ、こりゃ……」


 言葉を失って立ち尽くすキスクの、頭上にミオの声が降り注ぐ。


「言葉は鎖。貴様は既に雁字搦(がんじがら)めじゃ」


 (ほう)ける様に見上げるキスクへと、ミオは得意気に顔を歪めて言い放つ。


「貴様は、石壁が倒れてくることしか警戒してなかったじゃろ。貴様は(わらわ)が言った『あと3回ほど壁の下敷きになれば、全滅』という言葉で勝手に思い込んだのじゃ。(わらわ)達の作戦が壁を倒して貴様らを押しつぶすことじゃとな」


 確かにそうだ。キスクは、この少女の狙いが獣人達を壁の下敷きとすることだと、疑いもしなかった。


「人間という生き物はのう、自分が見ているものが現実だと思い込んでおる。見ておるのは頭で捉えたイメージでしかないことに気付いておらんのじゃ。だから、そのイメージの中にそいつが信じたいと思う情報を放り込んでやれば、たやすく信じ込みよる」


「お前が俺を操ったとでもいうのかよ!」


 そう言ってミオを指さすキスクの指は震えている。


「そうじゃ、三寸の舌で神さえも縛る我が力。『スペルバインド』!」


 顔の前で開いた掌を(かざ)し、ベロリと舌を伸ばすミオ。


「ス、スペルバインド……」


 キスクの驚愕の表情にミオは何とも居心地の悪い気持ちになる。

 神まで引き合いに出す大仰さ。ポーズの痛々しさも赤面ものだ。

 これは、今後一人で湯浴み(ゆあみ)をする時に突然思い出して「ああああああ」と声を出したくなるアレになることは確実だ。

 仕込みの一環とはいえ、これを照れずにやり切るということは、ミオに相当の忍耐を強いていた。


『スペルバインド』


 この如何にも大仰な能力らしき名前から、(くま)ができるぐらいに塗りたくられた化粧を引っぺがすと、その下からはこういう言葉が現れる。


『ペテン』


 要は大袈裟なものだと勘違いして、深読みしてくれれば、それで充分なのだ。


「さて、貴様はこれからどうする? すばやく壁をよじ登る? 尻尾を巻いて逃げる? それとも外にいる連中が到着するまで時間を稼ぐか? それとも鉄杭で突かれる前に壁を押し倒すか?」


 余裕たっぷりに見下ろすミオ。キスクの頬を一滴の汗が伝う。

 その時、城壁の外側から、大人数の悲鳴と怒号が入り混じった声がかすかに聞こえた。


「残念。外もそろそろ片がつきそうじゃの。外にいる連中は全滅。一つ選択肢が減ったのう」


「や、やられたのはそっちかもしれねえぞ。鉄髭のおっさんは何だかんだ言っても強ええからな」


 手の甲で(あご)を伝う汗を(ぬぐ)いながら、強がる様に笑顔を浮かべるキスク。


「お主がそう思うならそうなのだろう、お主のなかではな。だが良いのか? そんなに外の様子に意識を向けてしまって、(わらわ)がまた貴様のイメージに何か言葉を放り込んだかもしれんぞ」


「なっ?!」


「少し待ってみるか? そうすれば、あの城壁の裂け目から入ってくるのが、どちらの増援かがわかるじゃろ。だが、待っている間にどんどん貴様の首はしまっていってるかもしれんぞ」


「うるせえ! お前もう喋んなよ!」


 自然と息が荒くなっているのがわかる。キスクは、自分がどんどん追い詰められていることを感じていた。


「ははは、貴様の方はずいぶんと余裕がなくなっておるのう。手も足も出なくなったか? ほれ、一歩足を動かせばそこに罠があるかもしれんぞ? 気をつけろよ。このフロアのどこかに落とし穴があるかもしれんぞ? 上から何か降ってくるかもしれんぞ? あんまり息を吸うなよ? 空気中の毒が回るかもしれんぞ? 動いていいのか? その場に止まってていいのか?」


「地獄に落ちろ」


 喉の奥から絞り出す様な怨嗟に満ちた声。唇は既にカラカラに乾いている。

 行動の一つ一つがミオの言葉によって縛られていき、身動きが取れなくなっていくのを感じていた。


「罵詈雑言も月並みじゃな。余裕の無さが透けて見えるわ」


「うるせえ、パンツ見えてるぞ」


 ハッと慌てて、スカートを押えるミオ。

 テンションが上がって、いつのまにか攻城(やぐら)の端っこの方に立ってしまっていた様だ。しかし、キスクは内心、嘆かずにはおれなかった。

 ……やっと届いた一撃が「パンツ」とは。


 少し顔を赤くしながら、ミオは咳払いをする。

 明らかに仕切りなおそうとしている様に見える。


「貴様らは、一兵たりとも帰すわけには行かん。アスモダイモスには、せいぜい我々を侮って、無防備に接舷してもらう必要があるのでな」


 ミオの口からアスモダイモスの名が出たことに、キスクは口から心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。だが咄嗟に平静を装い口を(つぐ)む。鎌を掛けられている。そう思ったからだ。


 しかし、そのキスクのその態度に、ミオは満足そうな表情を浮かべる。


「愚かじゃな。沈黙は肯定と同義じゃぞ。まあ別に鎌をかけておるわけではない。貴様らがアスモダイモスの兵であることは、はっきりしておるからのう。いくら魔晶炉を入れ替えようとも、韜晦(とうかい)できると思うなよ。しかし、魔晶炉を入れ替えるなんぞ、人間で言えば(はらわた)をまるごと入れ替えるようなものじゃ、そこまでして貴様らは一体、何を狙っておる」


 キスクは考える。

 いまさらアスモダイモスの兵であることを隠しても意味は無さそうだ。魔晶炉の入れ替えまで把握しているとは、一体こいつらはどんな情報網を持っているというのだ。


「さあな。俺達は寝込みを襲って、戦力を削げ、城を占拠できればそれで良し。出来なければできないで、それで良しとしか、指示を受けてねぇよ」


 つまり、この男達が失敗したとしても、何らか別の策を持っているということだ。ミオはそう把握した。


「捨て駒じゃな。お主、それで良いのか?」


「俺はもともと傭兵あがりなもんでね。上の方が考えている作戦の全体像なんざ興味はないのさ」


「ほう、使い捨てにされる覚悟はあると」


「傭兵なんざ、そんなもんだ」


 どうやら、この男から引き出せる情報は本当に何も無さそうだ。上から見下ろす限り、身動きの取れる獣人の数は40を切っている。そろそろケリを付けてもよかろう。


 ミオは自分の真下。石壁の後ろにいる人物に目配せした後、キスクを見据えて、声を張り上げる。


「よし判った。お主らが自分から罠に嵌っていく姿をじっくり観察する、それはそれで心惹かれるものがあるが、夜更かしは美容の敵じゃからの。そろそろケリをつけようではないか。哀れな捨て駒のお主に、戦士として死に場所を与えてやろう」


 ミオのその言葉をきっかけに、轟音を立てて、石壁が前のめりに倒れた。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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