第3話 パンツの色ならば、白じゃぞ。
「なんとも、なりませんよねぇ。これは……」
なんとかなる!そう言いながら、城壁を駆け下りてきた自分に対して、思わず溜息まじりのツッコみを入れる。
少年は植え込みに潜んで、大通りを行きかう人を観察していた。
当初、薄暗い通りならば、目の色、肌の色の違いに気付かれることなく話しかけることもできるかと考えていたのだが、もっと根本的な問題に気付いてしまった。
服装だ。
通りを行きかう人達は、オアシスで見かける非貴種たちと同様に、男は短衣にゆったりとした下袴。女性は一枚布から作られた華やかな繋衣を纏っている者が多い。
あらためて、少年は自分の身なりを確認する。
砂まみれのフードマントの下は、そこらじゅう鍵裂きのある麻の民族衣装。
砂漠の民以外の何物でもない。THE砂漠の民だ。
これでは『不法侵入者』と書かれた看板を背負っているのと大差がない。
再び、溜息をついて少年は、その場を後にする。
出来ればやりたくはないが、もっと人どおりの少ない通りに移動して、通りがかりの人間を刀で脅して聞き出すしかないだろう。
少年は人の目に触れないように素早く、影から影へと細い路地を選んで移動していく。しばらく移動していくと比較的小さな家が立ち並ぶエリアに出た。先程までいた大通りのあたりとは違い、石畳はボコボコで、ゴミがそこらじゅうに散乱していた。路地も真っ直ぐではなく、細く曲がりくねっている。どうやら、このあたりは貧民街のようだった。
そこで少年は、自分の数メートル前を小さな女の子が歩いているのを、見つけた。
年齢は少年より少し下、キサラギと同じ12歳といったところだろうか、黒い髪を頭の左右でお団子にまとめ、華やかなピンクのワンピースに肩からは白いショールを纏っている。
少年はあたりを見回して他に人影がないことを確認する。
(少し、心が痛みますが、あの子にしましょう。あまり怖がらないでくれるといいのですけれど…。)
少年は胸の内でそう呟きながら、足音を消し、少女の背後へと一気に距離をつめる。そして背後から少女の首筋へと刃を突きつけて言った。
「すいません。ちょっとお聞きしたいんですが……。」
少女は、少しも驚く様子を見せず、ただ立ち止まる。
少年がもう少し冷静であったなら気付いたかもしれない。
こんな夜更けに貧民街の暗い路地裏を少女が一人歩いているはずがないと。
少年の背負う看板が『不法侵入者』であるように、少女の背負う看板には『囮』と書かれているのだと。
少女は少年の問いかけの終わりをまたずにこう言った。
「パンツの色ならば、白じゃぞ。」
訪れる沈黙。
あっけにとられた少年が我に返ると慌てて口を開く。
「な、な、な、なに言ってるんですか! 僕が聞きたいのは、そんなことでは無くて……」
「待て! 貴様! 言うに事欠いて、乙女の秘密をそんなことじゃと!」
「乙女の秘密?! 今、アナタ自分から言いましたよね!」
少女は少し考えるような素振りをする。
「変質者のくせに分別くさい奴じゃな」
「変質者?! 違います! 違いますよ!」
少女は首筋に突き付けられた刀を気にする様子もなく、くるりと振り返る。
黒目がちで大きな瞳。上品な顔立ち。類まれな美少女だと言っていいだろう。
少女は、慌てる少年を一瞥してこういった。
「頭から白布かぶって、夜更けに背後から女の子に刃物をつきつける男が変質者じゃないとでも?」
「…………ごもっともです」
少年は肩を落とす。
不法侵入者から変質者へと看板を掛けかえて、可哀相な程しょぼくれる少年を満足そうに見回した後、少女は声を張り上げた。
「キリエ! キリエはおらぬか!」
「此処に」
少女の呼ぶ声に応えて、少し先の十字路から、影が一つすっと近寄ってくる。
長い髪を後ろで纏めた細身の女性。美人ではあるが、見るからに気の強そうな顔立ち。釣り目がちの瞳が少年を睨むように見据える。
「キリエ。いつものを頼む」
「御意」
コホンと一つ咳払いをするとキリエと呼ばれたその女性は大きく声を張り上げる。
「ここにおわすお方をどなたと心得る! 機動城砦サラトガの主。サラトガ伯ミオ=レフォー=ジャハン殿下であらせられるぞ!」
「…………」
「おい、変質者。なんとか言ったらどうなんだ。驚いて声も出ないか?」
「いや……。あの、なんなんですか、これ。」
「なんじゃと言われても、身分の高い者が自分の身分を隠して、悪者を成敗する的な例のアレじゃ。」
「そうだ、例のアレだ。このあたりに変質者が出没すると聞いて、ミオ様直々に網を張っておられたのだ。どうだ、恐れ入っただろう!」
胸を張るミオとキリエ。
少年は自分が今どんな表情をしているか、自分自身でも想像がつかない。おそらく驚きよりも、あきれや困惑が浮き出ていることだろう。
「あの……。何と言っていいのかわからないんですが……。頑張ってください」
「貴様ぁ! 可哀相なものを見る様な目をするな! 違う、違うのじゃ、これはキリエが勝手に……。」
「ミオ様?!」
ミオの言葉に驚いて振り返るキリエ。目を逸らすミオ。
「ええい! もうなんでも良いわ。確保! その男を確保するのじゃ!」
「御意!」
ミオのその声に応えてキリエは指笛を鳴らす。すると、路地の向こう暗闇の方から地響きのような音が徐々に近づいてくるのがわかった。
「な、なんです?」
「なぁーに。たいしたことではない。娼の近衛、「黒薔薇隊」を呼んだだけじゃ。」
「く、黒薔薇隊?」
少年は嫌な予感を抑えられない。
「そう、娼のような若い女を守るのじゃ、間違いがあってはならぬ。女に興味がなく、腕っ節も強いとなれば決まっておろう」
ミオがにやりと笑う。
「ま、まさか……」
路地裏の暗闇から上半身裸の筋肉ダルマの群れが、仲良く手をつなぎながら現れる。狭い通りを筋肉の壁がひしめき合い、雪崩のように少年に向かって真っ直ぐに走ってくるのだ。これを地獄絵図と言わずしてなんと言おうか。
「黒薔薇隊! 確保っ!」
「いやあぁぁぁあああ!」
少年は一目散に逃げ出した。