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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第2章 かくてサラトガは、反逆者となった。
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第23話 お前と一緒に怒られた方が、私の生存確率が上がる

 早朝というにはまだ早い。

 もう少しすれば東の空が白み始めるであろう、そんな時間帯。

 日の出前の薄闇の中を、流線型の鉄板がふらふらと、城壁の上へと続く、長い階段を登っていく。


 長さ2ザール足らず、削り出したままの鈍色(にびいろ)をしたその鉄板は、別に金属系の魔物というわけではない。

 早朝の薄闇の中では、単にそれを背負って歩く者の姿が影となって良く見えない、ただそれだけの話だ。


 魔物ではないにしても不審者には違いない。


 こんな時間にそんなものが城壁に向かって歩いていくのを見て、怪しいと思わない者がいれば、そいつは行進する兵士の列に道化師(クラウン)が一人混じっていても、気付きはしないだろう。


 鉄板を背負っているのは、砂漠の民の少年。

 額の汗を拭いもせず、ナナシはひたすらに階段を登っていく。


 彼が背中に背負っているもの。

 これが、これこそが、ミオのいう『ゲルギオスに追いつくための手段』である。


 開発名称:砂を裂くもの(サンド・スプリッター)

 波乗りをするナナシの姿にヒントを得て、ミオが魔術師シュメルヴィに開発を命じた、砂の上を滑走する魔道具であった。


 砂を裂くもの(サンド・スプリッター)は、流線型に加工された鉄板の、前部に1つ、後部に3つの風の力を宿した精霊石を埋め込んだ代物(しろもの)で、風の魔法の力で砂を巻き上げて、擬似的に波を作る。


 機動城砦の速さはよく『馬のように速い』そう例えられるが、これはその約3倍。例えるなら『鳥のように速い』と言ったところだろう。


 ナナシは、昨日、シュメルヴィの試作品テストに付き合わされて、これが充分に使えることを確認した。


 確かに完成品ではない。塗装もされていなければ、ハッキリ言って左右のバランスも悪い。しかし、ゲルギオスに追いつくだけだと考えれば、これで充分。


 一分一秒でも早く義妹(キサラギ)を救出したいナナシとしては、これ以上、完成を待つ理由はなかった。


 城壁の上にたどり着いて、ナナシは荒い呼吸を整えるべく、大きく息を吸い込む。清浄な朝の空気が、肺の中に溜まっていた熱をゆっくりと冷やしていく。

 城壁の上から、地平線に沿って右から左へと視線を動かせば、見渡す限りの砂漠の風景。風紋を描く砂以外には何もない。


 砂漠へ出ていくことについて、ナナシには何の恐れもない。

 なにしろ15年間を、砂漠で生まれて、育ってきたのだ。

 ただ、後ろ髪を引かれるのは、剣姫のこと。


 昨晩、ナナシは、彼女の主になることを了承した。

 その舌の根も乾かぬ内に、彼女を置いて言ってしまうのは、あまりにも酷い仕打ちだということ、それはもちろん自覚している。


 だが、傷つき身動きの取れないサラトガから、その最大の戦力である彼女を連れて行ってしまうことは出来ないし、どう考えても目立ちすぎる彼女は、今回のように、城砦都市に潜入するという目的とは相性が悪すぎた。


 それと、もう一つ。

 ナナシは自分の手の甲に浮かび上がった紋章を眺める。


 この紋章がナナシと剣姫を、必ず巡りあわせるというのであれば、剣姫がサラトガにいる限り、ナナシは必ずサラトガに帰って来れるはずなのだ。


 言い訳がましいとは思いながらも、一応、簡単な書置きを残してきた。

 それを読んでもらえれば、剣姫ならば分かってくれるはず、ナナシはそう自分に言い聞かせた。


「剣姫様、ごめんなさい」


 そう呟いた後、砂を裂くもの(サンド・スプリッター)を小脇に抱えて、いざ飛び出そうとしたその時、背後からナナシの喉元に冷たいものが突き付けられる。


「なっ?!」


 考え事のあまり、気配を察知することも出来なかったのかと、自らの未熟を嘆きながら、状況を把握しようと考える。

 まず動きを止め、目線だけを下に動かして、自分の喉元に触っているものを確認する。それは緩やかに弧を描く刃。ナナシはこの湾曲刀(シャムシール)の持ち主を知っている。


「謝んなきゃなんねぇことは、やらない方がいいぞ。寄生虫」


「アージュさん、なんでこんなところに?」


 ナナシは刃に触れないように、ゆっくりと体を捻って背後へと顔を向ける。


 そこにいたのは、予想どうりアージュであった。

 ゆるやかなウェーブを描く黒い髪。やや童顔な顔のパーツの中で、紅玉の瞳が強い意志を爛々と湛えている。

 お臍が見える長さの短衣(チュニック)と皮のショートパンツという露出過剰な出で立ちも、彼女の健康的な魅力を引き立てて、いやらしさを感じさせない。


 彼女は、右手で湾曲刀(シャムシール)をナナシの首に突き付けつつ、左手に持ったドーナツを齧りながら、ナナシの問いかけに応じた。


「なんでじゃねえぞ、寄生虫。こっちはボズムス殿に化けたゴーレム野郎の捜索で忙しいってのに、不審な行動をとる馬鹿を見つけちまったんだから、追わねえと仕方ないだろうが」


「僕は不審者じゃありません」


「馬鹿野郎、不審者は皆、そう言うんだよ」


 そう言うとアージュは、ドーナツの最後の一切れを口の中に放りこんで、指を舐める。


「今から、妹を助け出しに行くんです。必ず帰ってきますから、今は邪魔しないでください」


「それはミオ様の指示か?」


 急に真顔で問いただされて、ナナシは少し怯んでしまう。


「いえ、そういうわけでは……」


「じゃ、ダメだ」


「アージュさんのわからずや!」


 このまま、ここで時間をとられているわけにはいかない。

 ナナシは自分の首筋に、刃を突きつけるアージュの右腕に、自分の肘を叩きつけて、それを跳ね上げると、次の瞬間、城壁の上から一気に身体を投げ出した。

 城壁の高さは30ザール。

 いくら落ちる先が砂の上だとはいっても、ただで済む様な高さではない。


「バッカヤロー、逃すもんかよ!」


 しかしアージュの行動は、ナナシの予想を裏切った。

 咄嗟に左手を伸ばして、落下しはじめるナナシの襟首を掴み、そのまま、絡まるように一緒に落ちていく。


 アージュの無謀な行動に驚きつつも、小脇に抱えた砂を裂くもの(サンド・スプリッター)を空中でなんとか足元に回して、その上に乗ると前傾姿勢をとってアージュを背負うように受け止める。


 鉄板の底では4つの精霊石が一斉に発光して、風の魔法を発動。

 地面まで数センチというところで、風に撒かれた砂の上で鉄板が弾んで、落下の衝撃を吸収した。


 しかし、それでも尚、アージュの重みを相殺(そうさい)できず、ナナシはアージュの身体に押しつぶされるように、鉄板の上に膝をつき、彼女の持った抜き身のままの湾曲刀が頬を(かす)めた。


 獣のように四つん這いのナナシ、その上に背負われるように()し掛かるアージュを乗せて、前のめりに体重のかかった砂を裂くもの(サンド・スプリッター)はそのまま急加速。一瞬にしてサラトガから遠のいていく。


「痛ってぇ……」


 ぶつけたところを(さす)りながら、アージュは背後を振り返って、遠くなっていくサラトガを見た。


「ハハッ、なんだこれ。無茶苦茶早いな!」


 なぜか楽しそうに言うアージュに、四つん這いの姿勢のまま必死にバランスをとりつつ、ナナシは言う。


「アージュさん、止まりますから、降りて、ここで引き返してください」


「いやだといったら?」


「振り落とします」


 ナナシの顔は真剣だ。しかし、アージュはナナシの襟首を掴んでいた左手を首筋に回して、ヘッドロックの体勢をつくると、がっちりとしがみ付く。


「お前本当に、帰ってくる気はあんのか?」


「当然です」


「わかった」


「わかっていただけましたか」


 ナナシはホッと小さく安堵の息を吐く。がそれも束の間


「このまま、貴様についてくわ」


「え”っ?!」


 想定の遥か斜め上の答えに、ナナシは驚愕する。


「お前にはまだ、皮鎧(レザーアーマー)の弁償してもらってないし、今から戻っても懲罰だ。どうせ怒られるんなら、隊長が甘やかしてるお前と一緒に怒られた方が、私の生存確率が上がる」


「キリエさんに怒られるだけでしょう? 生存確率は大袈裟じゃありませんか」


近衛隊(ウチ)の体罰は、黒筋肉(ガチムチ)どもで一杯の部屋への監禁なのだが?」


「ついて来てください!」


 なんて恐ろしい体罰なんだ。思わず、ナナシは同行を承諾してしまう。

 そもそもサラトガの近衛隊はどうなっているんだ。黒筋肉(ガチムチ)達を有効活用しすぎではないか……。


「きっちり監視してやるから、私から、逃げようなんて思うなよな」


 ナナシの首にしがみつきながら、そう言ったアージュは、どことなく楽しそうに見えた。



  ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ふむ。なにか申し開きすることはあるかの?」


「ええっとぉ、申し開きと言われても困ってしまうんですけどぉ」


 ナナシがサラトガを出奔して、数時間後。

 仁王立ちのミオの前に、正座させられているシュメルヴィの姿があった。


「完成前でも、あんなものを見せたら、ナナシが飛び出していくのは、あたりまえじゃろうが!」


「そう言われましてもぉ、テストも無しの実運用はぁ、さすがにぃ、マズいとおもうんですぅ。そもそもアレ、ナナシ君以外に乗れる人いないですしぃ」


 ミオとしては、ナナシを万全の体勢でゲルギオスに送り出すつもりでいた。


 具体的には、ゲルギオスにいる可能性の高い死霊術師(ネクロマンサー)に対抗するために、浄化魔法に秀でた者を同行させること。それと、通信用の魔道具のほか幾つかのアイテムを提供するつもりにしていたのだ。


 そして、そのかわりナナシが戻ってくるまで、セルディス卿にサラトガに残ってもらうよう説得するつもりでいた。


 結果だけをみれば、ナナシが出て行った後も、セルディス卿はサラトガにいる。

 しかし……。


「あの惨状を見るのじゃ」


「うわぁ……」


 ミオに促されて、シュメルヴィが見た先にあったもの。それは部屋の隅で、どんよりとした空気を垂れ流しながら、膝を抱えて座るセルディス卿とミリアの姿であった。


 あの様子であれば、しばらく使い物になるのかどうかも怪しいし、いつナナシを追って出奔すると言い出すか、わかったものでは無い。

 目指した状況と似てはいるが、内実は最悪の状況と言ってよい。


 ミオが溜息を吐きかけた、その時、ノックもなしに兵士が一人。勢いよく執務室に飛び込んでくる。


「報告いたします! 捜索をお命じいただいておりました地虫(バグ)が、本日未明、乗物の後ろに女を乗せて、ものすごい速さで走リ去った。との報告が入ってまいりました!」


「「「「「オンナ?!」」」」


 執務室に驚きの声が唱和する。


「まさか、あ、主様が駆け落ち……」


「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ!」


 顔を真っ青にして呟く剣姫。それにつっかかるミリア。

 その様子を気にしつつも、姿勢を崩すことなく兵士は報告を続ける。


「尚、各隊にて、点呼を取りましたところ、アージュ・ミアージュ近衛副隊長のお姿が見当たりません」


「んふ、ふふふふふふ」


 それまで、ミオの傍に無言で控えていたキリエが、突然不気味に笑いだし、ミオは身体をビクッと跳ねさせる。


「我が隊の副官の身でありながら、我が弟を(たぶら)かすとは、イイ度胸だ、アージュ」


 キリエは報告に来た兵士に指を突きつけて声を張り上げる。


「よし、貴様、今すぐ近衛隊舎に行って伝えろ、黒薔薇隊に発令。コードは発見即必殺サーチアンドデストロイ標的(ターゲット)はアージュだ」


「そうだ、お姉ちゃん! やっちゃえ、やっちゃえ!」


「そうですね。主を堕落させる毒婦を排除するのも下僕の務めです」


 キリエをミリアが焚き付け、さらに剣姫も不穏な発言を残す。


 現在のサラトガに二人を追う手段が無いことが唯一の救いではあるが、ナナシと一緒に怒られれば、懲罰も軽く済むのではないかというアージュの目論見は、本人の(あずか)り知らないところで、信じられないほどの勢いで裏目に出て、最悪の様相を呈していた。


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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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