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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第2章 かくてサラトガは、反逆者となった。
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第20話 いわゆる三角関係ですね。ミリアも入れると四角じゃな。

 満天の星。

 四方いずれを見回したところで、砂以外、何も見当たらない茫漠たる風景。

 ぎゅっぎゅっと砂を踏んで歩く音と、二人の息遣いだけが世界に響く。

 連綿と連なる足跡。

 それを追っていくと、寄り添って歩く少年と少女の姿があった。


 二人が目指しているのは、機動城砦サラトガ。

 それは、(およ)そ60ファルザング(360キロメートル)先、徒歩で言えばここから3日程度の距離に停泊している。但し、この二人はそれを知らない。

 上手く砂洪水(フラッド)から逃れることが出来たのかどうか、それすらもわからないが、二人には、他に当てが無かった。


 自分の左腕にしがみついて歩く剣姫の姿をちらりと見やり、ナナシはおずおずと口を開く。


「あ、あのぅ。剣姫様……」


「マリスです。ご主人様」


 何の冗談かはわからないが、剣姫はナナシに対して下僕になると宣言した後、(かたく)なに、その態度を崩そうとしない。


 剣姫ほどの美しい少女が、自分の下僕になるということを、「はい、そうですか」と信じることが出来るのであれば、それはきっと幸せに人生を送ってきた人なのだろう。

 そうでない人間は大体こう考える。――本気にしたならば、せいぜい後でからかわれるのがオチだ。

 もちろんナナシはそう考えている。


 もしまかり間違って、剣姫が本気でそう言っていたとしても、それは一時(いっとき)の感情。

 冷静になってみれば、彼女の目に映るのは、みすぼらしい地虫(バグ)一匹でしかないのだ。


 そうなった時の剣姫の表情を想像すると、ナナシは暗澹たる気持ちになる。

 やはり今から出来るだけ距離をとっておくべきだ。ナナシはそう思った。


「お願いですから、少し離れていただけませんか」


「お断りします」


 即答であった。


「なんでも言うことを聞いてくださると、おっしゃった様な……」


「ご主人様。(あるじ)が確実に間違えておられる時に、それを間違えていると指摘してくれる臣下こそ、真の忠臣なのです」


「僕、間違えてるんですか?」


「大間違いです」


「はぁ」


 剣姫はナナシの目をじっと見つめながら、鼻先に指を突きつけて言いきる。

 ナナシは理屈もなにもない剣姫の回答に、どうして良いかわからず、ただ気の抜けた返事をした。


 剣姫はどうあっても離れてくれる気はないらしい。


 女の子。それも剣姫の様な美しい少女が、自分の腕にしがみついてくれるというならば、あとで少々からかわれてもお釣りがくる。そう考える人もいるだろう。


『だって(ひじ)が胸に当たってヒャッホーイだぜ!』などと想像したりもするのだろう。


 しかし、今現在にいたるまで、ナナシはそういう恩恵には預かってはいない。

 ナナシの肘と剣姫の胸の間には強固な城壁が立ちはだかっている。


 具体的には胸甲(ブレストプレート)


 ヒャッホーイ!どころか、ガンガン当たって地味に痛い。

 それさえなければ、ナナシとて健康的な思春期の男子である。

 もしかしたら、騙されたっていいや!というような気分になっていたかもしれない。しかし残念ながら、ここまでの時点では、何をどう転んでも良いことなど一つも想像できなかった。


「では、剣姫様」


「マリスです。ご主人様」


 微妙にイラッとした雰囲気を語尾に載せて返答する剣姫。ナナシは少し(ひる)みながらもなんとか言葉を紡ぐ。


「せめて、ご主人様という呼び方はご容赦いただきたいんですが……」


「……では(あるじ)様で。それ以上の譲歩は許容できません」


 少し考えるそぶりを見せた剣姫であったが、結局出てきた内容はほとんど譲歩されていない。


 ナナシは考える。


 さすがに有り得ないと思うが、万一、剣姫が人前でナナシの事を『ご主人様』と呼んだならば、その瞬間、嫉妬に狂った男性陣に血祭りに上げられることは、予想に難くない。そして、それが『主様』であろうと、本質的には何にも変わらない。


 しかし、こうしてみればどうだろう。剣姫が昔飼っていたペットが『アルジサマ』という名前の珍獣なのだと。そして哀れな砂漠の民の少年は、剣姫の気まぐれでペット扱いされているのだ、と。


 ……苦しい、あまりにも苦しい言い訳である。

 だが、ナナシには、もうそれしか手がない様に思えた。


 難しい顔をして考え込むナナシの顔を、剣姫は少し不安そうに覗き込む。

 蒼い瞳に月の光が映りこんでキラキラと輝き、ナナシはついそれに見惚(みと)れてしまった。


「どうかしましたか?」


 剣姫の問いかけに我にかえり、ナナシは慌てて目をそらした。そしてその瞬間、ナナシの目つきが急に鋭さを帯びる。


「剣姫様、伏せてください!」


「マリスで…キャッ!」


 突然、ナナシに引き倒されて、剣姫は小さく悲鳴を上げる。


 ナナシが目をそらした先、真っ暗な砂漠の中に幾つもの光が揺れているのが見えた。それは精霊石のものと思われる淡い光。

 その光は、まっすぐにこちらへと向かってくる。


 来た方向から考えても、ゲルギオスの兵ということは想像しにくいが、正体がわかるまでは気が抜けない。


「おーい! いるなら返事をしろー!」


 光の方から聞こえてきたその声には聞き覚えがあった。


「良かった! サラトガからの救援ですよ。剣姫様!」


 剣姫に微笑ながら、そうささやいてナナシが立ち上がりかけた、その瞬間。


「ナナシちゃーん! お姉ちゃんがお迎えにきましたよー! 出てらっしゃーい」


 聞こえてきた呼びかけに、ナナシはその場で崩れ落ちた。


 今さら誰と言うまでも無いが、その声の主はキリエであった。

 日を追うごとに、ますます『お姉ちゃん』を(こじ)らせている様な気がする。何か外科的な処置をした方が良いのではないだろうか。とナナシは真剣に思った。そして現実問題として、今、すごく出て行きにくくなった。


 そうこうしているうちに、キリエが強制したのだろう、キリエの呼びかけを部下の兵士たちが野太い声で復唱しはじめる。


「ナナシチャーン! オネエチャンガムカエニキマシタヨオ! デテラッシャーイ!」


「もう一回だ!」


「イエス! マム! ナナシチャーン! オネエチャンガムカエニキマシタヨオ! デテラッシャーイ!」


「よし、いいぞブタ野郎ども!」


 剣姫が少し顔を引きつらせて、ナナシに問いかける。


「主様、なんなんでしょうアレ?」


「お願いですから、僕に聞かないでください」


 その後、たっぷりと2ダースほども、野太い『ナナシちゃんコール』を聞かされたあたりで、遂に耐え切れなくなって、ナナシは剣姫を連れてキリエのいる方へと出て行った。


 ナナシの姿を見とめたキリエは、言葉を失ったように固まった後、駆け寄ってきてナナシを強く抱きしめる。


「無事で良かった」


「ご心配をお掛けしてすいません」


「全くだ」


 そう言いながら、キリエはナナシの額を人差し指で軽くつついた。

 ナナシは照れくさいとは思いながらも、自分の無事をこんなにも喜んでくれる人がいることが、ただ嬉しかった。

 しかし、キリエの声が急に不穏なトーンを(まと)う。


「ところで、セルディス卿」


「なんでしょう」


「貴公は何をしておられるのでしょうか?」


 キリエがナナシを抱きしめている間も、剣姫はナナシの腕にしがみついたまま。むしろ子供がおもちゃを取られまいとするように、より一層強く引っ張ってさえいる。


「何をとは?」


「我が弟を、いたずらに誘惑しないでいただきたい」


 威嚇するように剣姫を見つめるキリエ。

 しかし剣姫は余裕の笑みを(たた)えながら、言い返す。


「私はすでに主様のもの。主様と私はすでに永遠の誓いで結ばれておりますので」


「永遠?! な、なにを言っておられるのか、ぜ、全然わかりませんが……」


 目を泳がせて挙動不審な態度をとるキリエを見て、剣姫はナナシをちらりと見るといたずらっぽい表情を浮かべて、にまっと笑う。

 そしてキリエの方へ向き直ると、艶然と微笑んで言った。


「これから、よろしくお願いします。お・()()・さ・ま♪」


 その瞬間、キリエの顎の落ちる音が、夜の砂漠に盛大に響き渡った。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 サラトガに到着したのは翌日の午後。


 ナナシから離れないと主張する剣姫を、二人乗れるサイズの驢馬(ロバ)ではないからと、なんとか言い含めて、それぞれ別に騎乗することができた。


 剣姫に「お義姉さま」と呼ばれたショックは大きく、放心してふらふらとどこかへ行きかけるキリエ、驢馬(ロバ)ごと接触して来ようとする剣姫、それを見て周囲の兵たちがナナシに向けて殺気を放つなど、あまりにも気の休まらない旅路ではあったが、なんとか無事たどり着くことができた。


 到着後、まずはミオへの報告のためにナナシ達は、ミオの執務室を訪れていた。

 テーブルには、ミオの他にはキルヒハイムが座っている。どうやら打ち合わせの最中であったようだ。

 ミオはナナシ達の姿を見とめると、微妙な表情を浮かべながら言った。


「で、それは一体どういう状況なんじゃ?」


「正直、僕としては何をどう説明すれば良いものかと……」


 ミオが説明を求めた、『どういう状況』とはすなわち、剣姫がべったりと左腕にしがみついていて、キリエが背後でソワソワしていることについてだ。


「これは所謂(いわゆる)、三角関係ですね」


 キルヒハイムが眉一つ動かさずにミオに告げる。


「あー、うん、ミリアも入れると四角じゃな」


「断じて違います」


 ナナシは真剣な表情で否定する。

 その顔には、もう触れないでください! お願いします。と書いてあった。

 咳払いをし、何も見なかったようにして、あらためてミオが口を開く。


「ともかく、ナナシよ。よく無事で帰って来てくれた」


 ミオのその言葉に、キリエは嬉しそうに目を細める。

 他の功績より何より、無事に帰ってきたそのことを喜ぶ。それこそ人を大切にする行為であり、人の上に立つもののあり方。そうでなくては人は動いてはくれない。それをミオが、極自然に口にしたことが、キリエには嬉しかった。


「お主はサラトガに住まうもの、皆の恩人と言っても良い」


「ちょ、ちょっと待ってください。それは大袈裟すぎます」


 (おとし)められて育ってきた人間は、評価されたり褒められたりすることになぜか罪悪感を感じる。ナナシにとってその評価はあまりにも重すぎた。


「大袈裟か? キルヒハイム」


「いえ、その表現で過不足ないかと」


 冗談の一つも言いそうにないキルヒハイムが、いつもどうりの真面目な顔で答える。


「ほれみろ。(わらわ)はともかく、この堅苦しい人間が世辞などいうはずもないじゃろ。お主には、それ相応に褒賞を出さねばならんと思っておる」


「褒賞なんて、とんでもないです」


 ナナシは両手を振って辞退しようとするが、ミオはそれを全く無視して話を続ける。


「まず、お主を我が軍に取り立てたいと思っておる。現在1軍、2軍とあるが、さらに第3軍を新設して、お主にまかせたいと思うんじゃがどうじゃ? そこには、できれば、お主の同胞をまとめて迎え入れたいと思っておる」


「砂漠の民をですか?」


「うむ、お主を見ておる限り、砂漠の民の者は優秀そうじゃからのう。むろん、領民には、これを差別することを禁止する」


「ありがとうございます。ミオ様、しかしそれは無理です」


 それまでの評価されることを困っているという態度とは、似て非なる態度。それは、あきらかな拒絶であった。


「なぜじゃ?」


「ミオ様のお心づかいはありがたいのですが、砂漠の民を召し抱えることはできませんし、皆も喜びません。僕はキサラギを探してここまで来てしまいましたが、砂漠の民が砂漠に住まうのは、そこに守らなければならないものがあるからです」


「お主らは、なにかを守護しているということかの?」


 ナナシは無言で頷く。


「その様子では、その守っているものが何かは教えてはもらえんか」


 嘆息するようにミオは言った。


「すいません」


「かまわん。では、お主だけならばどうじゃ?」


「僕はまずキサラギを救い出さなければなりません」


 ナナシはミオを見据えてキッパリと答える。

 結局ナナシにとっては何も解決していないのだ。

 ゲルギオスに囚われた妹を助けないことには、その先のことを考えることなど出来ようはずもなかった。


「なるほど、しかし、サラトガはしばらく動けんぞ」


「ですので、できるだけ早く出発して、ゲルギオスに追いつきたいと思います」


「まさか、ナナシ。貴様サラトガを出ていく気か?」


 慌てて、ナナシの前に顔を突き出して、問い詰めるキリエ。

 しかし、ナナシは表情を変えることなく無言で頷く。

 一方剣姫は、主が行くところに、ついて行くだけだと逆に気楽そうに微笑んでいる。

 その様子を見て、ミオはなぜかニヤリと笑った。


「ならば、あと数日待て。そうすれば、(わらわ)はお主にゲルギオスに追いつく方法を与えてやれる。妹を助けた後、ゆっくりと(わらわ)の褒賞を受けてもらうことにしよう」

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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