第12.5話 ロリコン将軍 万歳!
本編の続きではなく、第1章の幕間のお話です。
時間軸としては12話の軍議終了直後の話となっています。
「あの娘達は、何なんです?」
ゲルギオスとの戦闘直前、最後の軍議が終了して、各人がぱらぱらと持ち場へと散会していく中で、ナナシはテーブルについたままのミオの傍に移動すると軍議の席で疑問に思ったことを口にした。
軍議中は人口密度の高かったミオの執務室は、皆が捌けてしまった今となってはとても静かで、ナナシとミオの他には、この後、ここで行われる文官の会議にも出席予定のキルヒハイムだけが残っていた。
「あの娘達? はて、何の事じゃ?」
「小っちゃな女の子が3人、メシュメンディさんに纏りついてたじゃないですか」
ナナシのその言葉を聞くと、ミオはテーブルに頬杖をついて、あからさまにつまらなさそうな顔をする。
「なんじゃ、ベアトリス3姉妹のことか……」
「ミオ様、我々はもう見慣れておりますが、確かに初めて見た者には不思議な光景に見えるのでは?」
キルヒハイムが書類から顔を上げることなくそう言った。
「まあ良い。教えてやろう。あやつらはベアトリス3姉妹と言ってな。それぞれ、イーネ、マーネ、サーネという適当な相槌みたいな名前の三つ子じゃ」
「適当な相槌って……」
ナナシは自分の名前のことは棚に上げて、少し同情した。
「あやつらが軍議に参加するとな、適当な相槌を打ちにくくなるので軍議がピリッとするのじゃ」
「まさか、軍議にいたのはそんな理由なんですか?」
「そんなわけないじゃろ」
ナナシが少し、呆れた様な素振りを見せたので、ミオは少しイラッとした。
「軍議に参加しておったのは、メシュメンディの副官だからじゃ」
「ええっ?!」
軍議の最中にまさか、そんなわけがないと打ち消した考えが正解だったとは。
「そんなに驚くことでもあるまい。ああ見えて3人とも強力な魔法を使うのじゃぞ」
「そうなんですか?」
「そうじゃ。ちなみに3人ともメシュメンディの嫁じゃ。」
ミオがあまりにもさりげなく、でっかい爆弾を投下した。
ナナシは理解が追い付かず、呆けるような表情をした後、目を見開き、声を上げる。
「え”えええええええ!?」
「いや、驚きすぎじゃろ、お主」
「いや、だって、ほら……」
「なんじゃ、その『それは犯罪じゃないのか?』とでも言いたげな顔は」
「いや、今ミオ様のおっしゃった通りなんですけど……」
通常、エスカリス・ミーミルでは、成人は15歳。それよりも早く成人と認められる砂漠の民の風習においても、せいぜい13歳だ。
「複数嫁を持つものなぞ、別に珍しくもなかろう、キルヒハイムお前もそうじゃろ」
「確かにウチも2人おりますが、やはり3つ子の姉妹を全部嫁にというのは珍しいのでは?」
「そこじゃない! そこじゃないですよ。僕が驚いてるのは、奥さんが複数いることでも、3つ子だからでもありません」
「では、なんだというのじゃ?」
「年齢! 歳! 幼女! 絶対10歳にもなってないですよね、あの娘たち」
ああそういうことか、と顔を見合わせるミオとキルヒハイム。
「仕方ないのう。お主に一つ、物語を聞かせてやろう」
テーブルに肘をついたまま、ミオはさらにめんどくさそうに言った。
「これはある男の話じゃ」
そう前置きして、ミオはゆっくりと話始める。
「奴隷制度を残しておる機動城砦はいくつかあるが、中でも『ペリクレス』は、尚武の気風が強く、奴隷による剣闘が盛んであった。
剣闘奴隷は、王座を3年間守り続ければ自由民となることができ、ある男がそうして自由民となった。
剣帝の異名を持つその男が自由民となった後、言い寄る娘は多かったが、男はそれらを全く相手にしなかった。それもそのはず、男は極度の熟女フェチ。それも49歳限定という、針の穴を通すようなストライクゾーンの持ち主だったのじゃ」
「じゅ、熟女フェチ?」
「うむ。好きな言葉は更年期。階段を登るときに、膝の痛みで顔を顰める様子にグッとくる健康的な男子じゃ」
「ド変態ですやん」
あまりの衝撃に、行ったこともないエスカリス・ミーミル南部の方言が混じってしまうナナシ。
「諸国漫遊の旅に出た男は、旅の途中、ある商人の家に世話になったのじゃが、そこで、理想の女性を見つけたのじゃ」
「…………熟女なんですね」
「そうじゃ。若い頃には美しかったにも関わらず、性格のキツさと派手な浪費癖で貰い手の無かった3つ子の姉妹。ご近所からも、行かず後家、ヒステリー、クソババアという評判の娘達であった」
「それは悪評というのでは…」
「男は迷うことなく、娘を嫁に欲しいと頼み込んだ。いつまでも片付かない娘たちに困り果てておった商人は二つ返事でそれに応じたのじゃ」
まあ、それはそうでしょうと、ナナシは心の中で呟いた。
派手な浪費癖のある娘にいつまでも居座られたらたまったものではない。
「商人にどの娘が欲しいかと問われて、男は迷うことなくこう言ったのじゃ。『3人とも捨てがたいので、全部いただきたい!』」
「最低のコメントだ!」
「そうして、3人の嫁をひきつれて、男は再び旅に出た。道中、甲斐性なし、稼ぎが少ない、キモい、膝が痛い、腰が痛いと甘えてくる娘達と甘い新婚気分の一行ではあったが、ある時、この4人の運命を変える事件に遭遇した」
「…………もう、ツッコみませんよ」
「エスカリス・ミーミル東部のオアシスで、夜な夜な子供を攫う悪鬼の退治を依頼された男は、負傷しながらもなんとか、退治に成功した。しかし、悪鬼の返り血を浴びた男は、ある恐ろしい呪いにかかってしまったのじゃ」
「恐ろしい呪い?」
「そうじゃ、とんでも無い呪いじゃ。悪鬼を退治して宿に帰った男は、信じられないものを見たのじゃ」
ごくり。思わずナナシの喉が鳴る。
「それは10歳に満たない幼女の姿へと変わり果てた愛する妻たち。つまり呪いは、自分が愛する者達が、全て愛せない姿へと変わってしまう呪いだったのじゃ!」
「…………」
「ん? ナナシよ。なぜそんな微妙な顔をする。そこは、なんだってぇ! と驚愕する場面じゃろうが」
たしかに恐ろしい呪いだとは思うのだが、熟女フェチという特殊な性癖を持っていないナナシとしては、どう受け止めていいのか正直わからない。
「全くノリの悪い男じゃのう。まあ良いわ。時は流れて男は、とある機動城砦に仕官し、将軍に昇りつめた。勝利を収める度に兵士達は、男を称えて、こう喝采を上げる。『ロリコン将軍!万歳!』とな。」
「うわぁ……」
「熟女フェチなのにな」
ずーん。ナナシは、そういう書き文字が宙に浮いていそうなほどの疲労感を覚えていた。
ナナシは思う。
もうメシュメンディにあった時、どういう顔をして良いのかわからない。
そんな微妙な空気が充満する執務室にノックの音が木霊して、ドアからアージュが入ってくる。
「失礼いたします! この小汚い虫を持ち場に連行させていただきます!」
アージュはツカツカと歩み寄ってくると、ミオに敬礼をしてから、ナナシの頭を小突いて部屋から出る様に促す。
尻を蹴飛ばしながら、ナナシを追い立てるアージュに、背中からミオが声を掛ける。
「あー大切に扱えとは言わんが、あんまりいじめてやるなよ、アージュ」
ミオのその言葉に、一瞬不思議そうな表情を浮かべた後、アージュは「ハッ!」と再び敬礼して部屋を出て行った。
ナナシとアージュが出ていくと部屋に静寂が訪れる。
普段、自分からはあまりしゃべらないキルヒハイムが、珍しくミオに疑問を投げかける。
「ミオ様、なぜあんな出鱈目を?」
「まあ、世の中には知らなくても良いことも、あるということじゃな。奴は妹を奪還したら砂漠に帰るはず。そうであれば、地上に本物の悪魔がおることなど知らない方がよいはずじゃ」




