第11.5話 それもう邪眼じゃないですよね?
本編の続きではなく、第1章の幕間のお話です。
時間軸としては11話終了直後の話となっています。
「で、結局、あの人は何なんですか?」
額に赤く残る指の痕。キリエに鬼のような握力で締め上げられた箇所を揉み解しながら、ナナシはキリエに問いかけた。
ここは幹部フロアにあるカフェテリア。
通常、一般兵やミリアのような使用人が利用することはできないが、今日の様に幹部であるキリエの同伴ということであれば問題ない。
もちろん、調度やカトラリーは高級なもので揃えられていて、高級感漂う空間となっている。テーブルマナーは一応座学として学んだことはあるものの、ナナシとしてはできれば避けたい場所ではあった。
では、なんでそんなところにいるのかと言うと、一言で言うならば『連行されてきた』というのが適切な表現だろう。
ナナシがキリエに頭を締め上げられているところに、たまたまミリアがやってきたので、骸骨兵の群れからミリアを守った御礼にご馳走するからと、キリエとミリアに両脇を抱えられるようにしてここへ連れてこられたのだ。
「セルディス卿か。何なんだと言われても正直困るな」
「そうだよねー。なんだかんだ言ってもそんなに良く知らないんだよね。あ、ナナちゃん好きなもの注文して良いよ。今日はお姉ちゃんの奢りだから」
「ミリア。その台詞をなんでお前が言うのだ。『さあ、好きなもの何でも注文していいのよ』を言って良いのはお姉ちゃんだけなのだぞ!というか、私が言いたかったのに!」
アルサード姉妹の今一つ争点のわからない言い争いをよそに、ナナシは剣姫のことを考えていた。
あの骸骨兵の群れを、枯れ木を薙ぐようにあっさりと倒していく剣姫の姿は驚嘆に値するものだった。一言で言えば異常。人外と言って良いレベルに到達していた。
「ナナちゃん。ひよこまめのコロッケ定食にしなよ、凄くおいしいんだよー」
「おお良いな。肉団子も美味いぞ。お姉ちゃんがあーんしてあげるのに丁度良いサイズだしな」
アルサード姉妹がメニュー片手に仲良さげに話をしている最中もナナシの意識は剣姫に向いていた。
そもそもエスカリス・ミーミルで異国の人間を見かけることはほとんどない。
危険な砂漠が国土の9割以上を占めるようなところに、好き好んで訪れる奇特な人間が、そうそういるはずがないのだ。だからこそ剣姫の異質さが際立っている。
「うん。注文はそれで全部。そうそうベルドットさん。ナナちゃんの分は大盛りにしてあげてよぉ」
気が付けば、注文はほぼ終わりかけていて、ミリアが蝶ネクタイの初老のウェイターと親しげにやりとりをしているところだった。仲良さげなのは、同じ幹部フロアの使用人同士だからだろうか。
「で、なんだ。あ、そう、セルディス卿のことだったか。彼女はミオ様がサラトガ奪還の時にここへ連れてきたのだ」
「サラトガ奪還って何です?」
「2年前、ミオ様のお父上、先代サラトガ伯がお亡くなりになった時に、ミオ様は一度サラトガを追放されたことがあってな」
「追放?」
「ああ、愚にも付かない後継争いだ。あの時ミオ様は、実の叔父の手によって、砂漠に置き去りにされたのだ」
「全く大変だったよ。ミオ様だけじゃ無くて、世話係ってことでボクも一緒に砂漠に置き去りにされてさ。あの時はなんて短い人生だったんだろうと途方にくれたもんだよ」
「ミリアさんもですか?」」
「ああ、供の一人ぐらいつけてやろうというのが、叔父としての最期の優しさだったのだろうな」
姪を一人切りで死なせるのが可哀想だから、一緒にもう一人死なせようというのは、相当、嫌な優しさではあるが。
「どっちかというと、あの時はお姉ちゃんの方がやばかったよね。危うく妾にされかかってたんだから」
「妾?! キリエさんが?」
「なんだ、その反応は!」
思わず目を見開いて驚くナナシ。そしてキリエはそれを間髪入れずに睨み付ける。
「いや、その確かに美人なのは認めますけど、妾と言われるとイメージが違うというか……」
「そ、そうか美人なのは、み、認めるのか。そうか」
なぜか、キリエは顔を赤らめて両手の人差し指同士を、くっつけたり離したりしはじめる。
「はい、そこ! 妙な空気を出さない」
ミリアはじとっとした視線を姉にむける。
キリエはミリアの視線を避ける様に目を逸らし、わざとらしい咳払いをする。
「話を戻すぞ。砂漠に子供が二人置き去りにされて、生き残れるはずがない。誰もがそう考えていたのだが、ミオ様はたった3日ほどで、セルディス卿を伴って戻ってこられた。そしてセルディス卿の協力でサラトガを奪還されたのだ」
「途中の経緯を知ってるボクとしては微妙だよ。ほぼ騙して連れてきたようなものだからね」
「騙したんですか?」
「別に嘘ついたりしたわけじゃないからね。剣姫様も別に怒ってなかったし」
ミリアは詳しい経緯はあまり話したく無さそうだったので、ナナシはそれ以上、追求するのはやめた。
「ともかく、あと私がセルディス卿について知ってるのは、遥か北方、永久凍土の国のご出身で、人を探して旅をされているということぐらいだ。現在はその探し人が見つかるまでという条件で、食客としてサラトガと行動をともにされている」
剣姫がこの国にいる理由は分かった。だが、剣姫そのもの、特にあの異常な強さについてはまだ何もわからない。砂漠の民の中で一番腕が立つと言われていたナリアキラでもきっと遠く及ばないだろう。
「しかし、何であんなに強いんでしょうね。」
「それは正直、わからん、はっきり言ってアレは何かの間違いみたいなものだ」
「ほんとに。あれで目から光線でも出たら、ほとんど魔王です」
ナナシは軽い冗談のつもりで言ったのだがキリエはそれに意外な答えを返す。
「出してたぞ」
「出るんですか?!」
驚愕の事実、剣姫は目から光線が出る。
「確か『邪眼の瞬き』とかいう魔法だったと思う。今回のゲルギオスとの闘争の発端となった、最初の襲撃を受けた時に使ってるのを見た。ただ、それを使ったが為にセルディス卿はしばらく戦闘不能になっていたがな」
「なにか制限があるんですね?」
「制限と言えば制限だな。目から光線出すのだから……」
「だから?」
「無茶苦茶、眩しいそうだ」
「しばらく目を押さえて、うずくまってたよね」
「……アホですか?」
あまりのくだらなさにポロリと本音が漏れる。
「習得はしていたが、使ったのは初めてだったらしい。で、あの後シュメルヴィ殿と協力して、術式の改良をされておられた」
「改良?」
「そうだ、目以外のところから発射できるようにな」
「なるほど、指先とかからなら、カッコいい気がしますね」
指さすだけで相手を撃ちぬくとかならば、相当絵になる気がする。
「ところがねー、手とか足みたいな末端からは出せなかったみたい」
「そこで、最初に試したのは口だ」
「ああ、いけそうですね」
「……あれは、失敗だったよねー」
「そうなんですか?」
「想像してごらんよ」
ナナシは大きく口を開けて、そこから怪光線を吐き出す剣姫の姿を想像する。
「すごく、魔物っぽいでしょ?」
「ホントだ?!」
「セルディス卿も女の子だからな。さすがに皆で止めた」
テーブルに肘をついて、溜息をつくようにキリエが言った。
「で、次に試したのは、耳だ」
「耳はシュールだったよね」
シュール?と思わず怪訝な顔になってしまうナナシ。
「ああ、あれはなぁ……。模擬戦の時にセルディス卿が試したいというので、兵士50名を対戦相手として用意したんだが、ある意味、地獄絵図だったぞ」
「そんなにすごい威力だったんですか?」
「威力もそうだが、発射するのにいちいち耳に手を当てて、いわゆる『なんですか?』のポーズをとるんだ、しかも真顔で。悲鳴をあげて逃げ惑う兵士達を表情一つ変えずに『なんですか?』の体勢で追い回す剣姫様だ。どうだシュールだろ。」
「…………」
「それだけじゃないぞ、元々両目から発射する魔法だろ。だから発射すると、逆の耳から『ちょろっ』と出るんだ。で、その『ちょろっ』が、また笑いを誘うのだ」
「それは、なんと言って良いのか……」
剣姫の凛々しいイメージがどんどん崩れていく。これは聞かない方が良かったのではないだろうかとナナシは思い始めていた。
「そこで顔近辺ダメだと気づいたみたいでな」
「あれ? 鼻はやらなかったんですか?」
「……鼻からなんか出した時点で、乙女終了のお知らせだぞ」
「ですよねー」
「で、ついに首から下へ発射場所が南下するわけだ」
「ええっ!」
そ、それはまさか。狼狽しつつも心の中で叫ぶ
「貴様……今どこを想像した。いや、皆まで言うな。男と言う生き物はこれだから、度し難い」
「……で、ど、どこなんです」
声を震わせてそう聞くと、ナナシはゴクリと唾を飲み込む。
「胸ではない」
「ですよねー。そうですよねー」
つい残念そうな声になってしまうのは仕方がない。だって男の子だもん。
「ヘソだ」
「ヘソ?! へそって……おへそですか?」
「あ、お前、今バカにしただろ。それがだな。へそで試してみたら安定感のある大出力の光線が出たんだよ。出ちゃったんだよ。だから今、剣姫は邪眼の瞬きの魔法はへそから撃つようになってるんだぞ」
「それもう邪眼じゃないですよね?」
邪ベソ……なのか?
「まあまあ、一応セルディス卿も奥の手ぐらいに考えているみたいだから、よっぽどピンチとかにならなかったら使わないでしょ」
ピンチに陥るとヘソから光線出す剣姫様かー。
見たいような、見たくないような……。
ナナシが頭を抱えそうになっているとウェイターが料理を運んできた。
「ひよこまめのコロッケ定食は誰だい」
「はいはーい」
「よし! 今日から貴様を全力で甘やかすからな。まずどれから食べさせてほしい?」
「いや、自分で食べますから……」
そうして、夜も更けていき、この夜、ナナシは剣姫が身体のそこら中から、怪光線を放つ夢を見た。




