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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第5章 かくて砂漠の国は灰燼と化した。
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第156話 世界を救う

随分、お待たせしてすみませんでした。

第二巻発売が4月15日に決定しました。

書籍化作業も一段落して、心機一転。

機動城砦サラトガ再起動。更新を再開します!

「おーい、あんまり(はしゃ)ぐと転んじゃうぞ」


「だいじょぶ! ニーノ、転ぶないない」


 午前中の訓練を終えて練兵場を出た途端、駆け出すニーノ。

 その姿に苦笑して、アージュは肩を(すく)めた。


 二人がローダに滞在し始めてから、既に数日が経過している。

 その間、ローダとヴェルギリウス、二つの機動城砦は、徐々に速度を上げながら南下を続けていた。

 とはいえ、機動城砦の内側にいる者にしてみれば、雲の流れる速さの他に、その速度を感じる要素は何もない。


 ミオの裁判の行方に、緊張しっぱなしだった先日までが、嘘の様な穏やかな日々。


 到着してからこの方、午前中は狼人間(ヴォルフゾアン)達の訓練に充て、午後はニーノと二人、散歩をしたり、昼寝をしたり、市場を冷やかしたりと、まるで長い休暇の様な毎日であった。


 そして、今日も二人で街に繰り出して、昼食をとった後、気になっていた服を買いにいく予定になっている。

 淡いピンク色の貫衣(ワンピース)だ。

 可愛らしすぎる様な気もするが、次にあの朴念仁に会う時には、女らしさを見せつけてやるのも悪くないだろう。

 目を丸くするナナシの顔を思い浮かべて、アージュは思わずはにかむ様な笑みを浮かべた。


 ローダの街もほぼ復興は終わっている様で、街中には活気が溢れている。


「ママ! 早く! おなかとせなかが、ぴったんます」


 随分先の方でニーノが振り返って、ぴょんぴょん跳ねている。

 ニーノのお気に入りは、ローダの右舷の一角に軒を連ねる屋台街。

 そこでの食べ歩きが(いた)くお気に召したらしい。

 取り分け米粉を使った麺料理(イディアッパム)が、口に合ったらしく、「何が食べたい?」と聞くと、最近では、必ずそれを挙げる程だ。


 数日南下したぐらいで気候が変わる訳はないのだが、季節の変わり目ということもあってか、屋外は日に日に暑さを増している様に思える。


 暑さに弱いのは何も人間だけではない。

 ニーノが飛び跳ねているすぐ脇の武器屋の軒先で、犬が皮の敷物みたいに、ぐったりと寝ころんでいる。

 ニーノがそれを指さしてひとしきり笑った後、バイバイと手を振って、再び駆け出すと、犬は小うるさそうに欠伸(あくび)をして、目を閉じた。


 一人でどんどん先へ行ってしまうニーノを呼び止めようと、口元に手を当てたその瞬間、アージュは背後に異様な気配を感じて、思わず足を止めた。


 ――つけられている。一人……いや二人か。


「おーい、ニーノ。一人で先にいっちゃダメだって言っただろう。ちょっとそこで待ってろ」


 つけられている事に気づいていないフリをして、そう声を上げると、アージュは振り向くニーノの傍へと素早く駆け寄り、そのまま速度を上げて、走り抜ける。


「ニーノ! そのまま走れ!」


 通り過ぎ様のアージュの言葉に、ニーノは不思議そうに首を傾げた後、直ぐに彼女の後を追って四つ足で走り始めた。


 右、右、左。


 三つ角を曲がり、広めの路地へと入ったところで壁に背を寄せ、アージュは湾曲刀(シャムシール)を引き抜いて、追っ手を待ち受ける。


 近づいてくる足音は二つ。


 アージュは大きく息を吸って、頬を膨らませ、口の中に空気を溜める。


 足音は、角を曲がったすぐ向こうまで、迫って来ている。


 フーッ! と口内の空気を一気に吐き出すと、アージュは追手の前へと身を躍らせた。


 湾曲刀(シャムシール)に陽光が反射して、光が散る。


 切っ先を突き付けたその先にいたのは、一人の少女。

 白いフードマントを肩に羽織った、黒髪紅瞳の少女だった。


「お前は確か……この間」


 アージュが記憶を辿ろうとしたその時、チュニックの背にちくりとした感触。

 鋭利な刃物の先端が押し付けられていることに気づいて、背中に冷たい汗が噴き出した。


「かかっ、いきり立つんじゃねぇよ、女」


 ゆっくりと首を動かして背後を覗き見れば、緩やかに湾曲する刀身、その向こうに白いフードマントを目深に被った青年の姿があった。


 青年は悪戯に成功した子供の様に、楽し気に口元を歪めている。

 ただ、悪戯にしては性質(たち)が悪すぎる。

 アージュの背中に触れている切っ先を、力を込めて押し込めば、即座にアージュの命は尽きることだろう。


「……いつの間に」


 アージュが悔し気に唇を噛むと、四つん這いのままのニーノが獣の様に「うー!」と唸る。

 今にも飛び掛からんばかりのニーノの様子に青年は困った様な顔をした。


「女ァ、その猫娘に下手なことしねえ様に言ってくれよ。手加減なんて出来ねぇぞ」


「……ニーノ、ちょっとの間、大人しくしてくれ」


 ニーノは唸るのを止めて、ブスッと頬を膨らませた。


「ニーノ、猫ない」


 四分の一とはいえ狼人間(ヴォルフゾアン)

 ニーノにとっては、どうやらそこは譲れないところだったらしい。


「かかっ、すまねえ、すまねぇ、そうか犬だったか」


「オオカミ!」


 拳を振り回して主張するニーノを他所(よそ)に、アージュは背後の青年へと問いかけた。


「で、私達をどうする気だ」


「別にどうもしませんよ。私達はただ、ナナシ君の居所を教えて欲しいだけなんです」


 アージュの問いかけに応えたのは、少女の方。


 彼女はいつの間にか、アージュの脇をすり抜けて、青年の傍へと歩み寄っていた。


「知らねーな。この間も、そう言っただろうが」


 アージュは眉を顰めて、吐き捨てる様に言った。

「かかっ! そんなわきゃねえ。お前ナナシのコレだろう?」


 青年はそう言って、グッと親指を立てる。


 コレ?


 アージュが思わず怪訝そうな顔になると、砂漠の民の少女は頭痛を堪える様に眉間に手を当てて言った。


「……兄さん、それ、指が違います。小指です」


「似たようなもんだろう」


 青年の言わんとしている事に気づいて、アージュが思わず顔を赤らめると、


「ほらみろ、伝わったじゃねぇか」


 そう言って、自慢げに胸を張る青年に、少女は大きなため息を吐いた。


「伝わったじゃありませんよ、バカ。そこのあなたも、兄さんを甘やかすのは止めてください! みんながそうやって甘やかすから、兄さんのバカが治らないんですよ」


「いや……別に甘やかしたわけでは……」


「おま、普通にバカって言いやがったな!」


「バカだからバカって言ったんです。このバカ兄さん! 親指立てるのは、ケツの穴に指ツッコんで、奥歯ガタガタ言わせるぞって意味ですよ。って、女の子のケツに指ツッコみたいとか、どんだけ変態なんです! 死ね、この変態兄さん」


「人聞き悪すぎイイイ!?」


 アージュを完全に置き去りにして、全く意味のわからない言い争いを始める砂漠の民の兄妹。


 それはともかく、相変わらずニーノは、ブスッとむくれたままである。


 アージュが呆気にとられていると、どうやら兄妹喧嘩が一段落ついたらしく、疲れ切った表情の青年が改めて小指を立てて言い直した。


「お……おめえ、ナナシの女なんだろう」


「いや、あの、ナナシの女とか、恋人だとかそんなことは……な、ないぞ」


「そうなのですか?」


「そ、そりゃまあ、アイツには『好きになった』なんて、言われたことは、あ、あるけどさ」


 正確には言われたのではなく、言わせたのだが。


 その瞬間、目の前の少女の目つきが、険を含んだものに変わる。そして少女は、アージュの剣を持つ手を両手で包み込む様に握った。


 ――いつの間に!?


 それは自然な動作ではあったが、あまりにも素早い動き。

 アージュは、ぴくりとも反応できなかった。


 だがアージュのそんな驚愕と警戒を他所(よそ)に、少女の口から零れ出たのは、憐れむ様な声。


「こんなただ突っ張ってるだけの、純朴なお嬢さんを毒牙にかけるなんて……やっぱりあの変態は捨て置けませんね!」


 ――変態? 


「っていうか、誰が突っ張ってるだけだ、誰が! 話が全然見えねぇぞ!」


 アージュが少女の手を振り払って声を上げると、青年は楽し気に笑った。


「かかっ! スマンなぁ。なにせナナシの奴は、コイツだけじゃなくて砂漠の民の女どもにゃあ、蛇蝎のごとくに嫌われてるもんでな」


「は? 嫌われてる? アイツが? なんで?」


「いや、女どもが皆、隠してるもんで、俺も理由は知らねえんだがよ」


 鼻先を指で掻く青年、それを無視して、少女はアージュへ、ずいと顔を近づける。


「あなた、本当に悪いことは言いませんから、あの男だけはおよしなさい!」


「な、なんでだよ。アイツは……その、優しいし……ウジウジしてるけど、と、時々男らしいし、そ、その……そんなに悪い奴じゃない……と思う……ぞ」


「かかっ! アイツやっぱりウジウジしてんのかよ」


「と、時々男らしいって言ってるだろ!」


 自分が言うのは良いが、他の人間にナナシを(けな)されると、なぜか腹が立つ微妙な乙女心である。


 だがそんなアージュを痛ましげに眺めて、砂漠の民の少女は眉間を指で押さえ、大きなため息を吐く。


「あの変態に女を騙すような話術があったなんて……。いいでしょう、あの変態が集落の女達に何をしたか、きっちり教えてあげます」


「まてまて、ミナヅキ! そりゃあ今関係ねぇだろうが。俺らの目的はアイツを止めることだろうよ」


「止める?」


 アージュが怪訝そうに片頬を歪める。


「しゃあねぇ、女、詳しい事を教えてやる。だが、聞いちまったら後戻りはできねぇぞ」


「兄さん、それは!」


「ばぁか、ミナヅキよぉ、協力してくれってんなら腹を割って話さなきゃなるめえよ」


 青年の大仰な物言いに戸惑いながらも、アージュは改めて青年を睨みつけた。


「剣を突き付けて腹を割るとは、結構なことだな」


 青年は一瞬目を丸くすると、いかにも楽しそうに笑う。


「かかっ! ホントに気のつええ女だな。だが、まあ正論だ」


 そういうと青年は剣を引いて鞘に戻した。その挙動だけでも、相当の実力の持ち主であることが窺い知れた。


「まず、教えてくれ。アイツの手にもう紋章は浮かび上がってるか?」


「紋章?」


 アージュは宙を見つめて思い浮かべる。


 確かそんな痣があったような気もするが、ちゃんと覚えていない。


「どんな紋章だ?」


「さあな、口伝でも紋章としか伝わってねぇからよ」


 その時、ニーノのお腹が「くぅ~」と可愛らしい音を立てた。


 切なげな顔をするニーノに、アージュは思わず苦笑すると、青年の方を向いて顎をしゃくる。


「とりあえず飯を食いながら話を聞かせてもらおうか。ついてこい、奢ってやる。但し、ナナシの居所を教えるかどうかは、話の内容を聞いてからだ。納得行かなきゃ、あらためて剣を交えるってことでいいな」


「かかっ! 変な女だな、いい度胸してやがる」


「お前にだけは、変な女とか言われたくないな」


「かかっ! ちげえねぇ。話を聞いてそれでもビビんなきゃ、お前も世界を救う仲間に入れてやるさ」


ご愛読ありがとうございます!

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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