第155話 生きてんの? 死んでんの?
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ナナシと剣姫は、漁港へ向かって歩いていた。
時刻は早朝。
水平線の向こう側に、まだ橙色の帯が残っているそんな時間帯。
明け方まで『海の死に物』と戦っていたナナシと剣姫ではあったが、寝入って直ぐ、ミリアに叩き起こされての出発であった。
実際睡眠をとれたのは、ほんのわずか。
ナナシも平気とは言い難かったが、唯でさえ朝の弱い剣姫はもっと悲惨で、真っ直ぐに歩くこともままならず、ふらふらしていた。
「剣姫様、大丈夫ですか?」
「……眠いれしゅ……主様。いっその事、このまま寝台に戻って、次に起きたらぁ大隕石落しで、あの岩礁ごと消滅させるというのはぁ、いかがれしょう?」
「……気軽に地形変えちゃダメです」
眼を擦りながらの呟きは、口調のふわふわさとは裏腹に大規模破壊の提案。
実際、それをやったら岩礁どころか、衝撃の余波で港湾都市ベルゲンも壊滅する。
剣姫の寝不足が原因で街が一つ滅ぶとか、リアルに魔王の所業としか言い様が無い。
剣姫に肩を貸して、半分引きずる様な有様で、ナナシは漁港を目指して歩みを進める。
そこで案内役の漁師と合流する事になっているのだ。
やがて、二人が漁港に辿り着くと、そこにいたのは……、
「あー! くそばかッ!」
「ミシャさん!?」
一人はエメラルドグリーンの瞳に金色の髪、陽の光を反射する白い肌。
明らかに異国人の風貌、黄色のビキニに、極端に股上の浅い短袴の少年のような容姿の少女。
その背後に立っているのは少女と同じ眼の色、髪の色の同じ、屈強な上半身裸に七分丈のズボン姿のその父親。
大方の予想通り、ミシャ父娘であった。
「衛兵隊長さんがお客さんを案内して欲しいって言うから、仕方なしに引き受けてみれば、なんだキミかよぉ……」
「なんか……ごめんなさい」
うんざりした様子のミシャに、ナナシはなんとなく謝る。
「で、連れてくのはキミと、その後ろの舟幽霊みたいな娘の二人でいいんだね?」
「舟幽霊!? まさかそれは私の事ですか!?」
剣姫は思わず目を見開く。
今の今までナナシの肩に寄り掛かって、ふらふらと眠りかけていた彼女の姿を思えば、幽霊という喩えもさもありなん。
「他に誰がいんのさ、そんな色素の無い髪で青っちろい顔してたら、幽霊にしか見えないよ」
「あ、あなたねぇ!」
剣姫が何か言い返そうと身を乗り出した途端、ゴン! と鈍い音が響いた。
「アダッ!?」
その瞬間、ミシャが頭を押さえて蹲る。
背後から、父親がミシャの頭に拳骨を落したのだ。
「客になんて口の利き方してんだ、バカ娘!」
両手で頭を押さえて蹲りながら、ミシャが父親を振り返る。
「だってさ、親父……」
「だっても、さってもあるか! このバカ娘!」
ミシャを怒鳴りつけると、父親はナナシの方を向いてニカッと白い歯を見せる。
「すまんね。躾けのなってない娘でなあ」
「いえ、こちらこそ……なんだかすみません」
剣姫は憮然とした表情のまま。
一方、ミシャの方に目を向けると、相変わらず涙目で頭を擦っていた。
……割と良い音してましたしね。とナナシは思わず苦笑した。
「じゃあまあ、さっそく舟に乗ってくれ。小さな舟だが岩礁辺りに行くぐらいならなんにも問題は無ぇからよ」
父親がそういうと、ミシャが涙目のまま顎をしゃくって、舟の停泊している方へと歩き出す。
漁港に停泊していたその舟は、四人も乗れば一杯という木製の小舟。
先頭部分にミシャが乗り込み、ナナシと剣姫が乗り込むと、船尾に櫂を手にした父親が乗り込んで、岸を離れる。
波は穏やか。
つい数時間前までは、魚の不死者で一杯だったとは思えない様な凪の海原。
そこをギッ、ギッと舟を漕ぐ音と漣の音だけが規則的に響いて、酷く眠気を誘う。
うつらうつらとしては、ハッと目を覚ましを繰り返している内に、舟は岩礁へと辿り着いた。
尚、剣姫はガチで爆睡である。
実際、岩礁まではそれほど距離がある訳ではない。時間にして半刻余り。
岩礁の傍までよると、ミシャが水の上へと飛び降りて、バシャバシャと音を立てながら浅瀬を走っていく。
突起状に突き出た岩の一つにロープを括り付けて舟を固定すると、それを手繰り寄せて舟を岩礁へと接岸させた。
「着いたよ! 降りなッ!」
陸の上からミシャがそう声を上げると、ナナシは剣姫の肩を揺する。
「剣姫様、着きましたよ、起きてください、剣姫様ってば」
やがて、剣姫は薄らと目を開けると「うにゅ……主様ぁ、二人目は男の子が良いです」と、とんでもない寝言でナナシに深刻なダメージを与えた。
それでも何とか剣姫を目覚めさせ、二人は岩礁の上へと降り立つ。
岩礁と呼んではいるが、実際は直径にして30ザール程の岩で出来た小さな島。
天に向けて二本の指を伸ばした拳の様な形をした岩山が特徴的で、岩肌に当たる波が砕けて白い泡を立てている。
「ここに海底洞窟に続く入口があるんですか?」
「そうだよ、その二本の指みたいな岩の間に1ザール程の縦穴が開いている。そこからずっと降りていけばいいから、まあ頑張りなよ」
ナナシの問い掛けにミシャが、肩を竦めながらそう言うと、舟から降りてきたばかりの父親がミシャを怒鳴りつけた。
「おいミシャ! 何言ってんだバカ娘! オマエも降りんだぞ!」
「へ?」
「当りめえだろうが、お客さん運んでそれで終わりなんて、甘え話があるもんかよ」
「でも、だって! 衛兵隊長さんの注文って、こいつらをここまで運ぶことだよね」
「ああ、そうだ。だからオレの方から言っといた。ウチのバカ娘に案内させますんでってな」
「な、な、な、なにをバカな事言ってんのさ! 不死者がいるんぞ、クソ親父! 」
ミシャが声を震わせながら父親に詰め寄っていく。
と父親はそれを睨み付け、二人は額を突きつけるようにして睨みあった。
「ま、まあ二人とも、お、落ち着いてくだ……」
ナナシが二人の間に割って入ろうとしたその瞬間、ゴン!という鈍い音がして、ミシャが大きく仰け反る。
父親の頭突きが、ミシャの額に炸裂したのだ。
「バカな事もへったくれもあるかい! この親不孝者!」
まさかの肉体言語。
白目を剥いて気絶している娘に、父親は更に畳み掛ける。
「あの不死者どもの所為でこちとら商売あがったりなんだ! 海底洞窟はおめえのガキの頃からの遊び場だろうが、ウチらで協力できることはして当然だろうよ!」
突然始まったバイオレンス極まりない親子喧嘩に、思わず呆然としていたナナシに向き直ると、父親は再びニカッと歯を見せて笑った。
「というわけで、この馬鹿娘に洞窟の中は案内させるから、後について入ってくれ」
◇◆
ナナシ達が地下洞窟へと降りはじめたのは、更に半刻ほど経った後のこと。
あの後、意識を取り戻したミシャが、父親にまさかの飛び蹴りを繰り出し、二大怪獣、南海の死闘とでも言わんばかりに、浅瀬で水を蹴り上げての壮絶な親子喧嘩に突入したからだ。
「ここをずっと降りていくと海底洞窟に繋がってるんだけど、もう長い事入ってないから、正直、今どんな状態になってるかわかんないよ」
結局、父親の嵐の様な手刀に屈して、同行する事になったミシャは、縦穴を覗きこみながらそう言うと、ロープを手近な岩に結わえ付けて、さっさと縦穴を下り始めた。
「ミシャさん! ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
慌ててナナシが後に続くと、剣姫が「主様、上を見ちゃダメですからね」と言いながらそれに続く。
そして二十ザールほど降りたところで、横穴に辿り着いた。
陽の光が届いているのは縦穴の真下だけ、左右どちらを向いても真っ暗で一寸先も見えない状態。
ぴちょん、と水が跳ねる音が断続的に四方八方から響いている。
「剣姫様、何か灯りになる魔法って使えたりしませんか?」
「『光あれ』は残念ながら修得していません。『邪眼の瞬き』でよろしければ、多少光を放ちますが、撃ってみましょうか?」
「……撃たないでください」
二人のやりとりに呆れる様な顔をするミシャ。
「洞窟探索するのに灯りも持ってきてないの? ほんと使えないなあ」
「……すみません」
なにか今日は謝ってばかりのナナシであった。
「ま、いいよ、一応アタシが持ってるから。小っちゃいけど」
そう言うとミシャはポケットから、小ぶりな精霊石を取り出して、灯りを灯す。
ぼうっとした淡い光が灯ると、周囲の様子が少しずつ明らかになった。
想像していたよりも大きな空洞。
ぬめっとしてなだらかな壁面、そこには蛇腹のようなひだが、薄らと刻まれている。
「ここが海の底なんですか?」
「そう海底よりもまだ下」
ということは、下手に戦闘にでもなって天井が破れでもしたら、一気に浸水してくるという事だ。そうなればまず命はない。
「剣姫様、魔法は禁止の方向でお願いします」
「それは、やれと言うフリでは無く?」
「普通はそう言う『押すなよ!』的な意味合いは含んでません」
◇◆ ◇◆
「ふむ、他愛のない」
ナナシ達が海底洞窟へ足を踏み入れた頃、港湾都市ベルゲンでは、執政官の部屋へと続く廊下を、二人の家政婦が足早に歩いていた。
ミリアとゴードン。
二人は、ナナシ達を送り出した後、早速行動を起こしていた。
二人が通り過ぎた後には、昏倒させられた兵士達が数多く横たわっている。
今も、廊下の向こう側からドタドタと多人数の足音が聞こえてくる。
「ドンちゃん、おかわりが来るよ」
「ふむ、任せておけ」
廊下の角を曲がって兵士達が走り寄ってくる。
彼らは、床に転がっている仲間の姿を見止めると一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべ、一斉に抜剣して二人を警戒しながらにじり寄ってきた。
「ふん、遠慮はいらんぞ、かかってくるがいい」
――侮られた。
そう思ったのだろう。兵士達は奇声を上げてゴードンへと斬りかかる。
しかし、ゴードンは兵士が繰り出す剣を、紙一重で避けては的確に急所を殴りつけて昏倒させていく。
密かに行動しようなどという考えなど微塵もない。
当に正面突破であった。
わずかな間に執政官の館の廊下は、気絶する男達で死屍累々。
ゴードンは床に転がっている剣の一本を無造作に拾うとそれを肩に担ぐ。
やがて二人は、乳鋲で飾られた一際豪奢な扉の前へと辿り着いた。
頷きあってそれぞれにスカートを摘まむと、二人ははしたなくも同時に扉を蹴り破って、部屋の中へと踏み込んだ。
扉の奥は執政官の執務室。
大きな黒檀の机の向こう側には、突然飛び込んで来た二人の家政婦に驚きもせず、ニヤニヤと笑みを浮かべる細身の男の姿があった。
ミリアは予想通りのその人物に苦笑すると、楽しげに問いかけた。
「さーて、キミは生きてるの? それとも死んでるのかな?」
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