第154話 これは石ですか? いいえ、おパンツです。
「ジルバちゃん、思ったよりも日数が無いわ」
「はい、お嬢様。用意は出来ております」
機動城砦ストラスブルに戻ってきた翌朝、鶏が鳴き始めるより早く、嘘つきマリーはメイド服姿のジルバ=ダボンを引き連れて部屋を出た。
あの腹立たしい老いぼれ執事の話に拠れば、機動城砦ストラスブルの出発は今日を含んで五日後。その日を以って接舷の期限を迎える機動城砦ストラスブルは、再び砂漠を彷徨い始める事となる。
ストラスブルの出発予定日については、昨夜の内にキスクへの報告を済ませてある。あちらはあちらで、今日からその日までは戦闘準備で、てんやわんやだろう。
なにせ、二度に渡る機動城砦サラトガとの戦闘を経て、大きく低下した戦力を束ねて、魔術師の数がこの国で最も多いという、学術都市ストラスブルに襲いかかろうと言うのだ。普通に考えれば、脳味噌の不在を疑われても仕方が無い程の無謀。
蛙が蛇を丸呑みにしようと画策する様な、そんな滑稽さが纏わりつく。
だが……やらなければならない。
家族として、ハヅキ達を救うために、あの二人の恋の行方を悲しいものにしないために、ハヅキが領主を務めるこの機動城砦ストラスブルを叩き潰さなければならない。
そしてその成否の如何は、これから行うマリーとジルバによる、魔法を封じ込める工作に大きく掛かっているのだ。
「すううう」
早朝の清澄な空気を肺一杯に吸い込んで、日の出前の薄闇の中、マリーとジルバの二人は、城壁の上へと続く長い階段を登って行く。
重い。
呼吸が荒くなるに従って、頭が下がり、マリーの視線は足元へと落ちる。
視線の先、階段の一つ一つに施された彫刻は、これまで渡り歩いて来た、いずれの機動城砦とも違う趣がある。
学術都市ストラスブルは芸術の街でもあるのだ。
だが実利主義者の傾向があるマリーは、こんなものは工費の無駄遣いだと断じる。
この彫刻を一つ入れるだけのお金があれば、誰か一人、今日一日だけでも、餓える人間が救える筈なのだ。
だが今回、彼女達が行おうとしている工作においては、この装飾の存在は都合が良かった。
装飾は階段だけに留まらず、城壁そのものにも及んでいる。
子供の握り拳ほどの精霊石を、一定間隔で設置していかねばならないのだ。
城壁そのものがごちゃごちゃしたデザインになっていることは、カモフラージュという意味において非常に有り難かった。
現在、二人はスカートの内側に革袋を吊って、そこに精霊石をパンパンに詰め込んでいる。
腰にクる重さ。
当然である。
精霊石と言っても、重さは路傍の石と変わらない。
一見平然としている様に見えるマリーではあったが、その長いスカートの内側はと言うと、乙女にあるまじき蟹股で、必死に耐えているという風情。
戦士として鍛え上げられているジルバはともかく、マリーの方は今にも腰砕けに座り込んでしまいそうになっていた。
「お嬢様、大丈夫でございますか?」
「ははは……シャレにならないぐらいキツいわよ。ジルバちゃんは平気そうね」
「はい、普段から全身甲冑を愛用しておりますので、このぐらいの重さはなんともありません」
「普段から甲冑?」
「はい、沐浴の時以外は」
「寝る時は?」
「就寝用の甲冑があります」
マリーは、すでにツッコむ気も失せている。
キスクに銀貨三枚で買われてからこちら、出会う人間の人間離れ率が異常に高い気がする。類は友を呼ぶという言葉は、やはり真実なのだろう。
「まあ、良いわ。とにかく設置していくわよ。確か二百ザールごとに一つって言ってたわよね」
「はい、全て設置し終わるのは、本当に出発ギリギリになるのではないかと」
「……急ぎましょう」
城壁の上を二百ザール歩いては、一人が周囲を警戒しつつ、もう一人がスカートの中へと手を突っ込んで精霊石を取り出す。
そして、城壁の外側へと手を伸ばして、そこに膠で貼り付ける。
キョロキョロしては、スカートに手を突っ込む。
はっきり言って不審人物である。
時折、巡回の兵士とすれ違う時には、二人して「ご苦労様ですっ!」とよそ行きの蕩ける様な笑顔を作ってやり過ごす。
元よりマリーは口さえ開かなければ極上の美少女である。
ジルバにしても、キツい雰囲気はあるものの、美人と称しても差し支えがない。
だらしない顔で何度も振り返りながらすれ違っていく兵士達の姿に、ジルバは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「気に喰わないって顔してるわよ」
「ええ、全く気に喰わないです、お嬢様。我がアスモダイモスには、あんな軟弱な兵士は一人たりとも存在しません」
「そうかしら、男なんてあんなもんじゃない?」
「そんなことはありません。我が父も我が養父もご領主様も武人の中の武人。そんな方々に率いられた我がアスモダイモスは質実剛健を旨とした、当に武人の機動城砦でございます。あんな呆けた連中など話になりません」
マリーが何とも言えない表情になっている事にジルバは気付いていない。
……うん。ジルバの父については、知らないので何とも言えない。モルゲンは確かに武人と言って良いだろうが、そこにキスクを含めるのはどうなのだろう?
他の兵士については、単にジルバにビビっているだけなんじゃないだろうか。
衛兵の姿が見える度に中断せざるを得ないせいで、設置工作は遅々として進まない。徐々にマリーの表情には焦りが、ジルバのこめかみには苛立ちが浮かび始める。この調子では、全く間に合わない。
「お嬢様……。接舷する側面だけに絞ってしまいませんか?」
「……そうするしか無さそうね」
マリーが溜息を吐くと同時に再び、見回りの兵士が二人、前方から歩いてくるのが見えた。
「さ、ジルバちゃん、笑顔、笑顔」
「は、はい」
これまでと同じ様に満面の笑みを浮かべて「ご苦労様です」と兵士達とすれ違った途端、石造りの床にゴトン! と何かが落ちる音がした。
目を向ければ、何かがコロコロと転がって、兵士の足にぶつかるところだった。
――精霊石!?
マリーの背に戦慄が走る。
目を向ければ、ジルバが明らかに狼狽していた。
おそらく、彼女のスカートの内側から、精霊石が零れ落ちたのだろう。
これには流石にマリーも血の気が引いた。
「ん? なんだ?」
兵士は訝しげな表情で、ゆっくりと足下の精霊石へと手を伸ばしていく。
マズい。非常にマズい。
薄暗さのお陰で一目見ただけではわからなくとも、手にしてまじまじと観察すれば、それが精霊石であることぐらいは一介の兵士にも分かる。
何と言えば、兵士にそれを手にとることを思いとどまらせる事ができるだろう。
マリーは瞬時に思考を巡らせる。
嘘つきマリーは嘘つきじゃなかったのか。
こんな時に起死回生の嘘をつけなくてどうする。
例えば、それは爆発物よ!
ダメだ。破壊活動しているとアピールしてどうする。
そして、グルグルと思考を巡らせた末に、マリーはこう叫んだ。
「いやん、エッチぃ! それはこの娘のおパンツよ!」
「…………へ?」
兵士達はピタリと動きを止め、ジルバはぽかーんとマリーを見つめる。
--これは石ですか? いいえ、おパンツです。
はい、もうさっぱり意味がわからない。
なんでしょう。この壮絶な空気は。
しかし言ってしまったものは、もう仕方がない。
マリーは、この石がパンツだと言う前提で話を展開する。
なにせスカートの中から転がり出てきたのだ。
おパンツ以外の何物でも、あろうはずが無い。
「大きな声を出してごめんなさいまし。でもご婦人の下着に、殿方が手を触れるのは流石にいかがなものかと思いまして」
「い、いや……どう見ても下着ではないと思うのですが……」
困惑気味に兵士の一人が応える。
若干怯えたような雰囲気が混じっているのは、頭のおかしい人間に相対してしまった時の正常な反応だと言えよう。
「そう見ても仕方がないかもしれませんね」
「いや……そうとしか見えませんが」
マリーは鼻で笑う。
「ふっ……実はこの娘は砂漠の南側に住まう未開の蛮族の出身でしてね。つい先日までは全裸に腰ミノ姿で、野生動物を襲っては食べるという生活を送っていたのです」
「え゛!?」
マリーの背後でジルバが思わず目を丸くする。
それはそうだろう、なにせ未開の蛮族扱いである。
しかし、マリーは話を合わせろとばかりにジルバを睨みつける。
「で、この蛮族というのが実に変わった風習を持っていまして、下着の代わりに股の間に石を挟んで生活しているのです」
「は?」
「だから股間に石を……」
「いや、聞こえなかったわけでは……」
「では、年頃の娘が、落としたパンツを拾われて『パンツ落ちましたよ』などといわれてしまったら、どれほど居た堪れないことか、お分かりになるでしょう?」
マリーはそう言い放つと、ジルバに向かって小声で耳打ちする。
「今よ、ここで何か未開人っぽいこと言って!」
「ええっ!?」
とんでもない無茶振りであった。
「いいから、早くッ!」
ジルバは狼狽して、あわあわと宙を掻く。
男達の胡乱気な視線を感じて、羞恥に俯くと、蚊の鳴く様な声で呟いた。
「………………うほっ」
恥ずかしい。これは恥ずかしい。
顔に火がついたように熱い。
ジルバは唇を噛んで、今すぐ蹲ってしまいたいのを何とか堪える。
それをマリーが、鬼の首でも取ったかのように大きく騒ぎ立てた。
「ほら! 聞きましたか! ほら! 普通うら若き乙女が「うほッ!」なんて獣みたいな声を出す訳無いでしょ。そうですよね!」
「あ、ああ、そうですね、で、では我々は巡回の途中ですので……」
男達は顔を引きつらせながら、駆け足でこの場から遠ざかっていく。
その背中を見送って、マリーはふーっ、と大きく息を吐くと、一仕事終えたかの様な清々しい笑顔をジルバに向けた。
「危なかったわね」
マリーがそう言った途端、ジルバが両手で顔を覆って膝から地面に崩れ落ちた。
「も、もうお嫁にいけません」
その姿を冷ややかに見下ろして、マリーは思う。
何を言っているのだ。この程度で嫁にいけなければ、自分など何度生まれ変わっても、嫁入りなど不可能だ。結婚? なにそれ? おいしいの? だ。
だが、
「まあ、今の『うほっ』は……かわいい『うほっ』だった……と思うわよ」
マリーはゲス乙女。
でも、一応フォローはしてみる。




