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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第5章 かくて砂漠の国は灰燼と化した。
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第145話 押し寄せる不死者(笑)前編

「はああぁぁぁぁぁぁ……」


 部屋に入るなり、ナナシは大きく溜息を()いた。

 上下二段の寝台(ベット)が、向い合わせに二つ置かれているだけの狭い部屋。

 使用人部屋と表現するのに相応しい粗末な部屋だ。


 ナナシは背嚢(リュック)を床に投げ出して、下段の寝台(ベッド)に力尽きる様に腰を落すと、向かいの寝台(ベッド)に座ったミリアへと、恨めし気な目を向ける。


「……ミリアさん、なんであんな出鱈目(でたらめ)言うんですか」


 それは、つい先程の事。

 ミリアが、ナナシについて「彼氏」だと称した事について。

 何の問題も無く、この港湾都市ベルゲンへ入る事が出来そうだったと言うのに、そのたった一言のせいで、剣姫は激昂(げっこう)、乗って来た荷車は粉々に爆砕され、衛兵達にも無用な警戒感を与えてしまった。


「ふむ、確かにそうだな。痴話喧嘩を吹っ掛けるタイミングでも無かった様に思うぞ?」


 ナナシの座る寝台(ベッド)の上段に胡坐(あぐら)をかいて、キサラギ(中身はゴードン)が同意する。


「ふーん、二人とも分かんないんだ?」


「ほほう、何か考えがあってやった。つまり、そう言う事なのだな」


 キサラギのその言葉に頷くと、ミリアはナナシの方へと視線を落とす。


「あのね、ナナちゃん。あれはボクの安全の為だよ、町の中に入ったら、アッチの人達の指示に従わなきゃなんないわけでしょ?」


「それはまあ……そうです」


「例えば部屋割り一つにしても、剣姫様は賓客(ゲスト)扱いだから別だとして、普通なら、ナナちゃんは男の子だから別の部屋ってことになるよね?」


「当然です」


「で、ボクとラギちゃんが同室って事になるんだけど……忘れてない? この人、中身、おっさんだよ? ボク、おっさんと二人きりの部屋とかヤだよ」


「そうでした!」


「ははっ、ナチュラルに嫌がられておるな、ワシは」


 ゴードンは何故か、ちょっと嬉しそうだった。


「まあ、それでなくとも単純に、バラバラになるのは避けた方が良いし……そう考えれば、ボクとナナちゃんを一緒にしていてもおかしくない。そういう理由がいるんだよね」


「なるほど!」


「というわけで、イヤだけどね。ホントはすごーくイヤなんだけど、此処にいる間は、ナナちゃんはボクの彼氏って事にしといてあげる」


「あ、ありがとうございます。なんか……ごめんなさい」


「うん、うん、だからナナちゃんも、剣姫様よりもボクの事を優先! ちゃんと彼氏のフリをして、イチャイチャしなきゃダメなんだからね」


「が、がんばります!」


 あっさりと丸め込まれていくナナシの姿に、キサラギは思わずゴードンと入れ替わって表へと飛び出し、驚愕の思いでミリアを見つめる。


 この家政婦(メイド)にかかればナナシを丸め込むぐらいは、赤子の手を捻るよりも簡単な事なのだ。

 それこそ、彼女が本気になれば、お腹にシーツかなにかを詰めて「あなたの子よ」とでもやれば、即座に結婚まで持ち込むことぐらい訳もないだろう。


 二段ベッドの上段から、キサラギが呆然とミリアを眺めていると、ふいに視線を上げたミリアと目が合った。


「心配しなくていいよ、ラギちゃん。本当にやるときには真正面から行くから」


 ミリアがそう呟いた途端、キサラギは慌ててゴードンと入れ替わり、再び心の奥へと逃げ込んだ。


家政婦(メイド)殿、あまりキサラギ殿をからかうのは勘弁してくれ。 しょっちゅう、出たり入ったさせられてはかなわん」


「ははっ、ごめんね」


 ゴードンが不満げに口を尖らせると、ミリアは苦笑した。


「しかし、ここは静かな町ですね」


 二人のやり取りを他所(よそ)にナナシは窓辺の方へと歩み寄る。

 三人が今いる使用人部屋は、執政官の館の一階。

 執政官の館と言っても、城や貴族の屋敷といった様なものではない。

 街中、大通りに面したところに建っている商館の様な建物だ。

 庭も無く、南側に面した窓の外には、首都とも、機動城砦サラトガの市街地とも異なる建築様式、木造茅葺(かやぶき)の家々が広がっていて、その向こう側には並々と水を(たた)えた巨大な湖の様なものが見えた。


「あれが海……なんですか?」


「うん、そうみたいだね。ボクも実際に見るのは初めてだけど」


 ミリアがナナシの隣へと歩み寄って、同じように海の方へと目を向ける。

 潮の香り、ナナシにとっては嗅いだ事の無い臭いが鼻孔をくすぐる。

 あれだけの水があれば、どれほどの期間、砂漠の民の皆が、喉を潤す事ができるだろう……。

 そう思うとナナシは興奮せずには居られなかった。但し、後に海水が飲めない事を知って、がっかりするところまでが1セットではあるのだが。


「でも、なんでここは砂洪水(フラッド)に襲われないんです? 本当に大丈夫なんですか?」


「うん、ボクも聞きかじりの知識だけど、それは大丈夫みたいだよ。なんでもこの町は地面の上に無いらしいから」


「は?」


 地面の上にない? その言葉の意味するところが分からず、ナナシは思わず首を傾げる。


「海の浅いところに柱を立てて、その上に立ってるらしいの。言ってみればバルコニーみたいな感じかなぁ?」


「じゃあ、この床の下は……」


「うん、海って事だね」


 この町が砂洪水(フラッド)に襲われないのは、既に砂漠の外側だから、つまりそういう事だ。


 唯でさえ砂洪水(フラッド)の元凶である巨大蚯蚓(ジャイアントワーム)は水を嫌う。

 そう考えれば、この町が砂洪水(フラッド)に襲われる筈が無いのは当然とも言える。


 しかし、そもそも海という存在自体が、ナナシにとっては想像を超えている。

 其れゆえに、今のミリアの話もうまく咀嚼できずに、ただ困惑するような表情を浮かべた。

 

「で、家政婦(メイド)殿、これからどうするのだ」


「うーん、それは状況次第だね。判断は剣姫様が戻ってきてからかな」


 キサラギの方を振り返りもせず、ミリアは海を見つめたまま答える。

 剣姫は賓客として扱われて、三人とは全く違うところに部屋を用意されている。

 おそらく今頃は、執政官との面談の最中だろう。


「衛兵さん達の数もあの程度だし、それとなく聞いてみたら、魔術師もいるにはいるみたいだけど、それほど数は多くないみたい。剣姫様、ナナちゃん、ドンちゃんの三人がかりなら、力づくでこの町を僕らの支配下に置いちゃうっていうのも、それほど難しいことじゃないかもね」


「ほう、それはなかなか愉快な話だな」


「でも、ボクとしてはもっと穏便なやり方の方が良いな、力押しは芸がないもの」


 ナナシがふんふんと何度も頷く様にして同意する。


「ははっ! とはいえ剣姫殿の事だからな、今頃、既に話をこじれさせておるかもしれんぞ」


「……ありえますね」


 思わずナナシがげっそりとした表情をするのを見て、ミリアは思わず噴き出しそうになる。


「大丈夫だよ、剣姫様にはここにくる途中でずいぶん想定問答をやっといたから。あの人、頭が悪いわけじゃないもの……天然ボケだけど」


「そうでしたね」


 ナナシはホッと胸を撫で下ろす。

 しかし、そんなナナシをミリアが突然、厳しい目つきで見据えた。


「むしろ、心配なのはナナちゃんの方だよ」


「ぼ、僕ですか?」


「うん、ボロを出さない様に、今からボクの彼氏役の特訓ね。イチャイチャするんだから、ラギちゃんは壁の方向いて()みでも数えてて」


「ふむ、よかろう」


「ちょ!? ゴードンさん!?」


「さあ、ナナちゃん、こっちへ来て」


「み、ミリアさん? なんか目が怖いんですけど……」


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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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