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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第5章 かくて砂漠の国は灰燼と化した。
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第141話 まだ恋人ではない少女

 朝日が赤い色を失って、空の青に溶け出す頃。

 砂漠の民の兄妹は、朝市が立ち並ぶ首都の大通りを歩いていた。

 道の左右には、朝食のパンや(かゆ)(ひさ)ぐ屋台が、賑やかに軒を連ね、多くの人でごった返している。

 そんな通りを下って行く内に、連なる屋台の向こう側、砂漠に面した方角に、巨大な建造物の姿が見えた。


「おおっ! あれが機動城砦って奴かァ!」


「に、兄さん、やめてください! 目立ちますから」


 いきなり素っ頓狂な声を上げる兄――ナリアキラの袖を、ミナヅキが大慌てで引っ張る。

 きょろきょろと周りを見渡せば、案の定、往来を行き交う人達が、フードマントを目深(まぶか)に被った田舎者丸出しの青年と、その隣を歩く少女の事を、珍しい物でも見る様な目で眺めていた。

 思わず目が合ってしまった人達に、愛想笑いで会釈して、ミナヅキは内心、兄へと毒を吐く。

 しかし、そんな妹の心中を察しようともせず、


「かかっ! でけえ! でけぇぞ、ミナヅキ!」


 と、ナリアキラは彼女の指を振り払って、屋台の間をすり抜ける様に、機動城砦の方へと駆けていく。


「だから兄さんッ! 目立っちゃダメですって!」


 ミナヅキは慌てて、(バカ)を追いかける。

 見た目的には貴種(ノブル)と差の無いミナヅキと違って、ナリアキラはどう見ても砂漠の民。

 百歩譲って良く言えば、『無邪気』と言えなくもないこの兄には、自分が貴種(ノブル)に蔑まれているのだという自覚が欠けている。

 自分はそれで良いのかもしれないが、一緒に居る方は(たま)ったものではない。


 機動城砦の城門の前。

 やっとの思いで追いついたミナヅキへと振り返り、ナリアキラは能天気な声を上げた。


「かかっ! なんだなんだミナヅキ。お前、こんなの見て、よく落ち着いてられんなァ」


「私は、キサラギちゃんが攫われた時にも見てますし……」


「かかっ! そうか、そうか! いやぁ、すげえよなァ。どっかから中へ入れねえかな?」


「どこかから中へ入れないか」などという不用意な発言に、機動城砦の門前にいた衛兵が、ギロリとナリアキラを睨み付ける。


 次の瞬間、


「ふぐっ!?」


 ミナヅキは衛兵へと愛想笑いを振りまきながら、兄の脇腹へと拳を叩きこんだ。(命名:いもうと☆ギャラクシーフック)


 一万歩譲って良く言えば、『自信家』と言えなくも無いこの兄は、本当に死ねばいいのに。……じゃなくて、怖いものなど、いやマジで死ね。…じゃなくて。何も無いらしい。


 微妙に思考が(すさ)み始めているミナヅキは、悶絶する兄を引き摺る様にして、一刻も早くその場を離れようとするが、一方の兄は、踏みとどまる様にして、抗議の声を上げる。


「い、痛いじゃねえか!」


「痛い様に殴ってるんです! 兄さん、死ね……じゃなくて、分かってます? 砂漠の民が入り込んでるってわかったら、百万回死ね……じゃなくて、惨たらしく死ね。でもなくて、大事(おおごと)になるんですよ!」


「思ってること洩れすぎィ! どんだけ俺の事殺したいのよ、オマエ!?」


「……聞きたいですか?」


「あ、いや……うん……やめとく」


 思わず目を逸らして、ナリアキラは誤魔化す様に、あらためて機動城砦を見上げる。


「で、キサラギを攫った機動城砦ってのは、この中にあんのか?」


 見える範囲にある機動城砦は3つ。

 目の前にあるドーム屋根が印象的なもの、その隣の黒いもの、遥か遠くに辛うじて見える、城壁に迷彩塗装が施されたもの。


 ミナヅキは少し考えて、小さく首を振る。

 そのいずれも、ミナヅキの記憶にある機動城砦とは異なっていた。


「そうか……ナナシの野郎は、キサラギを攫った機動城砦を追ってったってんだから、その機動城砦さえ分かりゃ、足取りも掴めるんだが……なッ!」


 途中までは何気ない呟きだった筈が、言葉の終わりとともに、ナリアキラは強引にミナヅキの手をひいて、自身もその場から飛び退く。

 背後に殺気を感じたのだ。


 ナリアキラが腰の得物へと指を這わせながら、目を向けた先、そこには少女が一人、鋭い目つきでナリアキラを睨み付けていた。


 旅装らしき、臙脂(えんじ)の長いマントを羽織った、貴種(ノブル)の少女。

 外に向かって跳ねた髪が印象的で、気の強そうな顔立ちをしている。

 腰の両側が少し膨らんで見えるのは、そこに剣を吊っているからだろう。恐らく双刀使い。

 良く見れば彼女の背後には、腰の辺りにしがみ付く様にして、じっとこっちを見ている幼い女の子の姿が見える。

 その幼い女の子の方は、貴種(ノブル)ではない。

 燃える様な紅い髪に赤い瞳。

 貴種(ノブル)どころか、この国の人間ですら無いらしい。


「お前ら、地虫(バグ)か?」


 少女のその不躾(ぶしつけ)な一言にミナヅキは思わず眉根を寄せ、口を開く。しかし、それより早く言葉を発したのは兄の方であった。


「かかっ! 俺らは自分が虫だと思った事は無ぇな」


「……そりゃそうだ。配慮が足りなかった。すまん」


 あっさりと頭を下げる少女に、ミナヅキは肩すかしを喰らった様な気がして、ぽかんとした表情になった。


「お前たちの話に知人が出て来たんでな。……ナナシがどうしたって?」


「あんた、ナナシを知ってんのかい?」


「質問したのは、私の方が先なんだが?」


 睨み合う二人を他所(よそ)に、ミナヅキは少女をじっと観察する。

 声音こそ柔らかいが、少女は鋭い目つきで二人を値踏みしている。

 言葉づかいは男の様。どうやら、この少女は見た目通りに気が強いらしい。

 そして、(バカ)の質問には意味が無い。

 ナナシを知っているからこそ、この少女は殺気を(まと)っているのだ。


「兄さんはややこしくなるから、ちょっと黙っててください。あと死ね」


「死ね死ね、言い過ぎじゃね!?」


 驚愕の表情を浮かべる兄を放置して、ミナヅキは愛想笑いを浮かべる。


「すいませんねぇ、兄が馬鹿なもので。私達、ナナシ君と同郷の者で、彼を探しに来たんです」


「同郷? おめぇは地虫(バグ)っぽくねぇが……?」


 思わず、ムッとするミナヅキ。

 その表情を見て、少女は申し訳なさそうに頭を掻く。


「ああ悪ぃ、砂漠の民だったな。悪いがナナシはこの辺りには居ねぇぞ」


「どこにいるかは、御存じありませんか?」


「さぁな、行き違いで、お前らの集落にでも戻ってんじゃねえのか?」


 ミナヅキは、じっとアージュの目を見つめている。


「な、なんだ?」


「アナタ、ナナシ君の恋人か何かですか?」


「なっ!? ば、馬鹿な事いってんじゃねぇぞ、()()そんなんじゃねぇよ!」


「まだ?」


「いや、あの、なんだ、そういうことじゃなくてだな。わ、悪いが本当にナナシがどこにいるのかは知らない。こっちから呼び止めておいてなんだが、先を急ぐから……。じゃあな!」


 ミナヅキの問いかけに、少女は急に激しく取り乱し、スタスタと足早に去っていく。

 その背中を見送りながら、ナリアキラは楽しそうに笑った。


「かかっ! 変な女だな」


「でも兄さん、あの人、ナナシ君がどこにいるか、知ってましたね」


「ああ、間違いねェ」


 別に、二人が少女の心を読んだ、という事では無い。

 砂漠の民に伝わる技術の一つを使っただけだ。

 ナナシの居所を聞かれた時、彼女の瞳が一瞬、右側へと揺らめいたのだ。


 人間は過去の事を考える時、一瞬、眼球が左側へと動く。

 逆に未来の事を考える時には、右側へと動くのだ。


 眼球が右側に動いたという事は、彼女は事実を思い出そうとしたのでは無く、新たに答えを作り出した。

 それはつまり、嘘を吐いたという事だ。


 ちなみに恋人かどうかという質問については、左右にブレまくっていたので、実際のところどうなのかは、良くわからなかった。


「まあ、手掛かりにはちげぇねえな、あの女を尾けるぞ、ミナヅキ」

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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