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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第1章 かくて剣姫は下僕となった。
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第15話 大隕石落し!

 踏み出したその瞬間は、階段を踏み外した時の様に、心臓の上にひやりと冷たいものを投げ入れられたような感じがした。


 それがおさまれば、ただ宙に浮いている。そんな感覚。

 頭でわざわざ今、私は落ちている。そう考えない限り、落ちていると言う感じはあまりしない。


 17歳の女の子、マリスの時間はもうお仕舞い。

 ここからは剣姫マスマリシス=セルディスとして、自分のやるべきことをやらなければならない。


 地上へ到達するまでは、5分あまり。

 その速度は、上がり切るまでに20分を要した「上昇(ラウメント)」の比ではない。

 髪をなびかせる風の強さが、速度の上昇を感じさせる。

 しかし、速度はどこまでも上がり続けるものではない。

 ある瞬間から、落下速度が一定になったように感じた。

 おそらく、空気の抵抗と重力が釣り合ったのだろう。


 じわりじわりと地面が近づいてくる。

 まだ、サンドゴーレムを目視できる高度までは降りてきてはいないが、想像以上に風に流されている。

 

凍土の洗礼(ブライニクル)!」


 剣姫は。自らの両手に竜巻を宿らせて、それを推進力にして姿勢を制御。宙返りするように一回転すると、足を落下方向に向けて、つま先に魔力を集める。


 途端に空気中の水分が凍りつきはじめ、彼女の足元に銀盤を形作り始めた。彼女の足元でピキピキと音を立てながら、銀盤は厚みを増し、1分もしない内に半径5ザールにも及ぶ(いびつ)な円柱へと変貌していく。


 総重量にして76000シェケル(約10トン)、北方の海に浮かべたならば立派な氷山の完成である。


 上空からサラトガの位置を確認し、サンドゴーレムのいる位置までの到達時間はあと半刻ほどと推測する。時間が無い。できれば、一撃で勝負を決めてしまいたい。


 地上まで数百メートル。地面への距離がそのまま恐怖感に直結する。

 ここが限界だ。彼女は足元の氷山の上で、(かが)む様な姿勢をとると、魔力を込めて全力で氷の柱を蹴り出した。


大隕石落しカデーレ・メテオリーテ・グロッソ!」


 絶叫にも似た聖句とともに、凄まじい勢いで加速した氷山は、自然落下する剣姫を空に残して、3体のサンドゴーレムのど真ん中へと重厚な風切音を立てて落下していく。

 膨大なエネルギーが大地を穿ち、衝撃波が大地を揺らす。

 衝撃の伝播とともに地面が波打ち、続いて、破裂するように砂が舞い上がる。その高さ150ザール。

 遅れる様に轟音が響きわたると、プスプスと燻すような音とともに、舞い上がった砂が風に流されて、周囲に降り注いだ。


 砂の雨が収まるにつれて、その異常なほどの威力が爪痕をみせつける。

 落下地点には巨大なクレーターが生まれ、サンドゴーレムの姿はどこにも見当たらなかった。


 摩擦によるものか、燃えるものなど何もないのに、黒い煙がそこかしこに立ち上っている。

 そのクレータのど真ん中。そこに剣姫が一人、片膝をついていた。


 あらゆる手段を講じて衝撃を殺したのだが、それでも足の裏がジーンとしびれて熱を持っている。一言で言うと「痛い」という表現になる。


 とはいえ、これで終了と周りを見回した途端、剣姫の眉間に皺がよった。

 クレーターの外縁部に、砂がゾワゾワと不自然に寄り集まっていくのが見えたのだ。


「さすがは決戦兵器。ここまでやっても再生するのですね……」


 茫然としている内に、砂は明確な形を取り始める。

 不細工な箱を積み重ねた様な人型。全長は30ザールあまり、(くるぶし)あたりがやっと剣姫の頭の位置という巨体。サンドゴーレムがその姿を現す。


 サンドゴーレムにもどこかに核となっている部分があるはず、それごと破壊すれば再生はできない。剣姫はそう目論んでいた。しかし、その目論みは、今、空しく潰えたのである。


「核もなしに、あの巨体を結合させているなどとは、到底信じられませんね」


 剣姫の頬を一滴の汗が伝う。


「ウオォォォォォン」


 ゴーレムが()えた。まるで獣のように。

 次の瞬間、クレーターの中へとサンドゴーレムが飛び降りてくる。

 そのまま、剣姫に向かって、拳を振り下ろす。

 重い。あまりにも重い一撃。

 咄嗟にそれを剣で受け止めはしたが、ブーツの底がめりめりと地面に沈んでいく。


 剣姫は押し返すことを止め、それを受け流すと返す刀で拳を切りつける。

 しかし、あろうことか、そこに手ごたえはなく、ただ砂の中を刃が通過しただけに過ぎなかった。


「バカな!」


 つい今しがた、自分が受け止めていた重い拳は実体だったというのに、切りつけてみればそこに実体はない。


 一瞬、慌てはしたものの、そこに強い違和感を覚えた。

 その違和感が剣姫の記憶の車輪を回す。

 過去に剣姫はこういう化物と戦ったことがあった。


 幽霊(ゴースト)だ。


 剣姫は記憶の中から、旅の途中、噂に聞いた話を引っ張り出す。

 死体を使わない死霊使い(ネクロマンサー)の話だ。

 使うのは魂だけ。怨念に(まみ)れた魂を人形の中に捕えて使役するというのだ。


 もし、このゴーレムがその死霊使い(ネクロマンサー)の手によるものであるならば、これはゴーレムなどでは無く、砂を受肉した幽霊ということになる。

 つまり、砂巨人(サンドゴーレム)ならぬ砂幽霊(サンドゴースト)だ。


 その証拠に、先程、この化物は()えたではないか。

 意志なく産まれてくる土くれが、何を思って()えるというのか。

 そこには怒りや恐れといった感情の揺らめきが無い筈がないのだ。


 しかし、剣姫は浄化魔法は使えない。

 ならば、やり様は一つ。

 クレーターの中の1体。クレーターの外の2体。

 その全てを永遠に動けなくするだけだ。


 問題は魔力の残量。

 そもそも、今日はもう常識的な魔力の使用量ではない。はっきり言って無茶苦茶だ。ここで、これを使ってしまえば、例えゲルギオスに追いついたとしても、今日は戦列に復帰することはできないだろう。


 2体目、3体目がクレーターの中へと降りてくる。

 もうなりふり構ってはいられない。


 剣姫は大地に愛剣「銀嶺(モンテ・シルヴィオ)」を突き立てて、目を閉じ、静かに(つぶ)いた。


 「永遠の白(ビアンコ・エテルノ)


 刹那、「銀嶺(モンテ・シルヴィオ)」を中心に、何もかもが色彩を失っていく。

 大地が、砂が、サンドゴーレムが、次々に白黒(モノクローム)に染まっていくのだ。


永遠の白(ビアンコ・エテルノ)」それは「停止」の魔法である。


 色彩とは、反射する光に他ならない。

 その光さえ、時間の檻に閉じ込めた結果としての白黒(モノクローム)


 サンドゴーレム達は、精巧に描かれた木炭画のように動くことなくその場に存在している。だが、二度と動くことは叶わない。そしてそれに気づくことすらない。


 剣姫はその場にドサりと座り込む。

 さすがに、この魔法は消費する魔力が大きすぎる。

 情けないとは思うが仕方がない。

 このまま、サラトガがここへたどり着くのを待って回収してもらうことにしよう。


 座り込んだまま、地面に付いた(てのひら)に剣姫は、微かな振動を感じていた。

 サラトガが近づいている振動。剣姫はそう思い込んでいた。

 しかし、その振動は地表ではなく、もっと深い地面の底から響いていたのだった。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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