表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第5章 かくて砂漠の国は灰燼と化した。
146/165

第137話 恋は殲滅戦(前編) 

今回も少し長くなりそうなので、前後編に分けました。

後編は明日中(6/26)にはアップできるのではないかと思います。

どうぞ、よろしくお願いします。

 機動城砦サラトガ。

 その中央を真っ直ぐに貫く大通り。

 威勢の良い声を上げる商人達と、道端で噂話に興じるご婦人方、更には仕官先を求める傭兵風の男達などが入り混じり、雑多な人々で溢れかえるその道を、二人の人物が歩いている。


 前を歩く一人は、この国の人間としてはかなりの色白で、神経質そうな顔立ち。

 少し低めの鼻に、ちょこんと乗った鼻眼鏡が印象的な、サラトガの一等書記官キルヒハイムである。


 そしてもう一人。

 キルヒハイムの後ろをついて歩くその人物は、かなり人目を引いている。


 この暑い最中(さなか)に、(よもぎ)色のローブを頭からすっぽりと被っているという事もあるのだが、一番大きな要因は、その人物が先程からあまりにも濃い殺気を放ち続けている、という事にある。

 折角、顔を隠しているというのに、その殺気のせいで台無し。

 酷く悪目立(わるめだ)ちしているのだ。


 キルヒハイムは背後を振り返って、小さく肩を(すく)める。


義妹(いもうと)殿、少し(おび)え過ぎでは? それではまるで、敵地にでも乗り込んだみたいじゃありませんか」


「あん? (おび)えちゃいねぇよ。だが、オレにとっちゃあ、敵地には違い無えだろうが、此処(ここ)はよぉ」


 物言いこそ男の様ではあったが、その声は(まぎ)れも無く少女のソレ。

 フードの奥に隠れているのは、いかにも気の強そうな顔立ち。

 深い褐色の肌に、肉食獣を思わせる雰囲気を纏う、男勝りな少女。

 彼女の名はクルル。

 戦争狂(ウォーモンガー)の二つ名を持つ、危険極まりない少女であった。


「実の姉を尋ねるだけだと言うのに、大袈裟なことを言いますね。まさか、そのローブの下に迎撃甲冑(イントルーダー)なんか、持ち込んでたりしないでしょうね?」


 キルヒハイムの疑わしげな視線をクルルは鼻で笑う。


「安心しな。寸鉄も帯びちゃいねえよ。テメェがもしオレの事を殺りたいんなら、今が好機(チャンス)だぞ。但し、最低でも百人は道連れにしてやるから、それ以上の頭数は揃えろよ」


「別に殺りたくはありませんよ。あなたの目に映ってる世界は、どれだけ殺伐としてるんですか……」


 キルヒハイムが竦めていた肩を、更に小さく竦めてそう呟くと、クルルは口を尖らせて、「うるせぇ」と毒づいた。


 丁度その時の事だ。

 人混みの中を縫うように走り回っていた子供達が、怖いもの知らずにも、(からか)う様に声を上げながら、クルルの脇と股下をすり抜けて行く。


 慌てたのはキルヒハイム。

 クルルが反射的に、子供達をブチのめしはしないかと身構えるも、意外にも彼女の口元に僅かに笑みが浮かんでいるのを見て、ホッと息を吐いた。


(にぎ)わってやがんなぁ、此処(ここ)は」


「そりゃそうです。サラトガは自由ですから」


 そう言いながら、キルヒハイムが走り去っていく子どもたちの姿に目を細めると、クルルは不愉快げに、口元を歪める。


「まるでメルクリウスに、自由は無ぇとでも言いたげな物言いだな」


「少なくとも、私がいた頃のメルクリウスには、自由は無かったですねぇ」


「ハッ、馬鹿馬鹿しい。自由ならちゃんと与えてやってんだろうがよ」


「奪った物の一部を返すことを、与えると称するのはいかがなものでしょうかね? 義妹(いもうと)殿」


 キルヒハイムがそう言った途端、クルルは弾かれた様に詰め寄ると、彼の胸元を(ねじ)り上げ、(まなじり)を釣り上げながら歪めた顔を突きつける。


「……うるせえよ()()()。ブッ殺されてぇか? 馬鹿どもに使いこなせねえもん持たせても、毒にしかならねえんだよ」


 クルルが押し殺した様な声を震わせると、キルヒハイムは一瞬、何か言いたげな表情を浮かべた後、静かに目を閉じた。


 その後、二人は互いに話しかけることもせず、サラトガ城の二ブロック程手前を左側へと曲がり、大きな公園の脇を通り抜けると、先程までの喧騒が嘘のように、閑静な区域(エリア)に出た。


 比較的裕福な者達が住まう区域(エリア)らしく、立ち並ぶ家屋もそれなりに、大きな物が多いようだ。


 クルルが、振り返りもせずに、さっさと歩いて行くキルヒハイムの後をついていくと、やがてその一画の中でも、比較的大きな庭付きの屋敷が見えてくる。


「アレだな」


 クルルが、それを目的地だと判断したのには訳がある。

 平屋根が多いサラトガに於いて、その建物だけが、異質な鋭角の屋根。

 そして、その鋭角の屋根はメルクリウスの標準的な建築様式であった。


「ハッ、なんだかんだ言っても、テメエも故郷が恋しいみた…………」


「まあ、遠ざかって見てみれば、どんな汚物でもそれなり見れるという事です」


 クルルの言葉を遮る様に、キルヒハイムが吐き捨てる。

 一瞬、ポカンと口を開けた後、クルルは憮然とした表情で、キルヒハイムを睨み付けた。


「ただいま戻りましたよ」


 キルヒハイムは足早に門をくぐり、玄関の扉を開くと、家の中へと呼びかける。

 途端に家の奥の方から、慌ただしい足音が聞こえてきた。


「アナタァ~! おかえりなさーーーーーい!」


 玄関ホールの吹き抜けに響き渡る程の大きな声を上げながら、小柄な女性が走り出てくる。

 年の頃は二十代後半、比較的濃い褐色の肌に黒い髪、おっとりとした優しげな雰囲気を纏った女性。

 それが白いワンピースをはためかせながら、異常な程の跳躍力でキルヒハイムへと飛びつくと、その体にしがみ付いたまま、問答無用で彼の頬へと口づけの雨を降らせる。


「ははっ、どうしたんだい、寂しかったのかい?」


「うん、寂しかったのぉ!」


 互いの事を愛おしげに見つめ合う二人。

 甘ったるい空気が一気に周囲に充満して、いつの間にか二人だけの淡いピンクの世界を作り上げている。


 ……なんだコレ。


 玄関先でクルルが虚ろな目をしていようとも、二人はお構い無しであった。


 そんな最中(さなか)


「お帰りなさいませ、旦那様、今日はお早いんですのね」


 と、そんな空気を気にもかける様子もなく、奥の方からもう一人、女性が歩み寄ってくる。

 髪をアップで纏めた、怜悧(れいり)な雰囲気を纏った女性。

 キルヒハイムは、彼女の方へと向き直ると優しく微笑んだ。


「ああ、テスラ。ただいま」


 個々の人格には随分と隔たりがあるが、この二人の女性は共にキルヒハイムの妻。

 名をクリステンセンとテスラという。


「クリス、テスラ。君達にお客さんですよ」


「おきゃくさん?」


「お客様……ですか?」


 そう言って、二人が扉の外に立っている人物へと目を向けると、キルヒハイムにしがみ付いたままのクリステンセンが、「まぁ!」と驚きの声を上げる。


「まぁ! まぁ! クルルん、久しぶり~!」


「お久し振りです。姉上」


 クリステンセンはクルルの実姉である。

 クルルが緊張した面持ちで頭を下げると、彼女は嬉しそうに、ばさばさと手を振りまわす。但し、キルヒハイムから離れようという素振りは、これっぽっちも見せなかった。


「クルル様、よくお越しくださいました」


「テスラか、お前も変わりない様で何よりだ」


 一方クルルとテスラとのやりとりは、互いに余りにも表面的なものであった。

 互いに、何ら感情は籠ってはいない。


 それもそのはず、テスラは元々はクリステンセン付きの侍女である。

 クルルからしてみれば、(へりくだ)らねばならない理由は、これっぽっちもない。


「でえ、でえ、クルルん、急にどうしたのかなぁ?」


 興味津々といった様子で、クリステンセンはクルルへと話しかけてくるが、クルルは目のやり場に困って(うつむ)く。


「姉上……その、少し人目を(はばか)られた方が……」


 というのも相変わらずクリステンセンは、キルヒハイムにピタリとしがみついたまま、それどころか今も、キルヒハイムの首に手を回し、ピタリと頬をくっつけている。

 身内がイチャイチャしている姿はあまり見たいものではない。


「え? なんで、なんで? いつもどおりよね、アナタ」


「ああ……そうだね」


 きょとんとした表情を向ける姉。

 すこし困った様な表情をしているあたり、キルヒハイムの方は普通だとは思っていないのだろう。


「クルルんにも、そのうち分かるわよぉ、愛し合う者同士って、ずっとくっついていたいものなんだから」


 姉の何気ないその言葉に、クルルの体がピクリと跳ねる。

 そんなクルルの様子を不思議そうに眺める姉へと、クルルは真剣な表情で言った。


「その愛し合うという事について、姉上に教えを乞いに参ったのです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ