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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第5章 かくて砂漠の国は灰燼と化した。
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第136話 魔王と四天王

いつも機動城砦サラトガをご愛読いただきありがとうございます。

それでは、第五章開幕です。

(にわ)かには、信じられん話じゃな」


 テーブルの上に置かれた、男性の(たなごころ)ほどの小型精霊石板(モニター)

 その小さな画面の向こう側で、サラトガ伯ミオは、(わず)かに項垂(うなだ)れた。

 画面越しにも分かる程の、明らかな動揺。


 ――無理もない。


 シュメルヴィはそう思う。


 ナナシ達を載せた機動城砦ペリクレスが、機動城砦アスモダイモスの猛追撃を、(から)くも振り切って、不可侵領域(コズム)を脱出してから、早一月半(はやひとつきはん)


 現在、機動城塞ペリクレスは、只管(ひたすら)真っ直ぐに、南へ向けて航行している。


 最初の内は追撃を警戒して、緊張感が張り詰めていたペリクレスの内部も、追ってくるものの影も形もないまま、一月もの時間が過ぎれば、流石にそれも弛緩する。


 そうして、城下では復興作業が始まり、商人達の声が響き始めると、次第に市街地には活気が戻り始めた。


 自分達に心配が無くなれば、本来の『家』である機動城砦サラトガの状況が気になり始めるのは道理。


 とは言え、今や追われる立場であるペリクレスから、通常の回線でサラトガへと通信を行う事は、サラトガを危険に晒す事に他ならない。


 そのため、シュメルヴィが秘匿通信の魔導回路を構築したのだが、なかなか上手く繋がらず、改良に改良を重ねて、本日、遂にミオとの通信が繋がったのだ。


 画面の向こう側のミオは、胸に手を当てて呼吸を整えると、シュメルヴィに向かって確認するように、ゆっくりと問いかけた。


「つまり、お主は、キリエには抱き枕では無い本物の妹がおって、しかも、ソヤツは(わらわ)の親友で、(わらわ)達を救うために、自ら忘却の呪いを受け、処刑されるところじゃったと……。お主らがあんな暴挙に出たのは、ソヤツを救うためじゃったと……。そう申すのじゃな」


「はい、そのとおりですぅ」


 ミオはシュメルヴィの目をじっと見つめ、やがて大きく溜息を吐く。

 その姿はシュメルヴィには、未だに感情の整理の付け方に、苦慮している様に思えた。


「して、ソヤツの名は?」


「えーと……忘れましたぁ」


 ガクっ、と足を滑らせるミオ。

 この辺りは、体に染み付いたリアクションである。

 シュメルヴィは、別に冗談を言っている訳ではない。


 あの家政婦(メイド)に掛けられた呪いは、未だに生きたままなのだ。

 だからシュメルヴィでさえ、何度覚えても、あの家政婦(メイド)の顔も名前も、すぐに忘れてしまう。


 この一月半の間に、シュメルヴィが何度も何度も、解呪(ディスペル)し続けた結果、『存在の忘却』の部分の呪いだけは、何とか取り除く事が出来た。


『存在の忘却』

 ――つまり、顔や名前は忘れてしまうとしても、そういう人物が居るという事だけは、忘却されなくなったのだ。

 だが、逆に言えば、それが精一杯だった。


「まあ良い。では逆に、ソヤツに呪いをかけたのは、誰じゃ?」


「それがぁ……」


 この問いかけについても、シュメルヴィの言葉は歯切れが悪い。


「本人も頭の中では、分かっているらしいんですけどぉ、その人物の事を、口に出そうとするとぉ、何を喋ろうとしていたか、忘れてしまうみたいなんですぅ」


「それも呪いなのか?」


「おそらくぅ」


 ミオは、これまでのシュメルヴィの言葉を反芻する様に、ゆっくりと目を(つぶ)る。

 数千ファルサングの距離を挟んだ二人の間に、何とも言えない重苦しい沈黙が横たわった。


「いずれにせよ、しばらくの間、ソヤツの事は、キリエには伏せておいた方が良さそうじゃの。唯でさえ、エア妹をうっかり洗濯に出して色が薄くなっただけで、アレな感じになっておるのに、実は本物の妹がおって、それを見殺しにしかけたのじゃと分かった日には、どんな事になるのか、(わらわ)には想像もつかん」


「ですよねぇ」

 

 シュメルヴィは思わず苦笑する。

 彼女の脳裏には、全力疾走で砂漠を駆け抜けて、ペリクレスへと突撃してくるキリエの姿が浮かんでいた。


 この話をいつまで続けていても、ミオの苦悩を深めるばかりで、互いに実のある話にはならないだろう。

 シュメルヴィはそう判断して、サラトガ側の状況へと話の水を向ける。


「で、そちらのご様子はいかがですか?」


「ふむ、サラトガの修繕はほぼ完了しておる。ついでと言ってはなんじゃが、兵装も一新しておいた、ま、セファルの奴が扱い切れるかどうかは、分からんがのう」


「キルヒハイム卿はお戻りですかぁ?」


「キルヒハイム? お主がアヤツの事を気にかけるとは珍しいのう。今日はメルクリウスに行っておるようじゃが、キルヒハイム、あとメシュメンディも戻っておるぞ」


「みんな無事の様で良かったですぅ。実はキルヒハイム卿に、ストラスブルの図書館で、お調べいただきたい事がございましてぇ……」


 その瞬間、ミオの表情が曇った。


「例のアレか?」


「そうですぅ。闘技場(コロッセオ)に出現した【闇】について」


「何か手がかりでもあるのか?」


「いえいえ、ただの勘なんですけどぉ、神話とか古代史に、アレに似たようなモノが無いかというのを、調べて欲しいんですぅ」


 ただの勘。

 そう口にしてはいるものの、シュメルヴィには、ある種の確信があった。


「ふむ、あいわかった、調べさせよう」


「ありがとうございますぅ」


 しかし、シュメルヴィの礼を聞き流して、ミオの表情は急に神妙なものになる。


「しかし……、あの【闇】も世間の見方としては、お主らの仕業という事になっておるぞ」


「あれは私達ではなくて……」


「わかっておる。だが被害は甚大、闘技場におった約五万人からの人間が、一斉に行方不明になっておる訳じゃからな。残された者の怨嗟の声は、どこかに向けねば、皇家に向かうことになるじゃろうよ」


「それはそうですけどぉ……」


 シュメルヴィとしても、言われるまでもなく分かってはいるのだが、全てを(なす)り付けられるのは、流石に理不尽と思わずにはいられない。


「その場から逃亡したお主らは、丁度良い生贄(スケープゴート)じゃ。三日程前に、お主らを『魔王一派』と呼称、追討する、という布告が出ておったぞ」


「は? 魔王?」


 思わず、ぽかんと口を開けたまま呆然とするシュメルヴィ。


「そうじゃ、笑えるじゃろ? 大の大人が大真面目な顔して、『魔王』を討伐せよとか演説を垂れておる姿は、滑稽すぎて、笑いを堪えるのに必死じゃったぞ」


「『魔王』なんてお伽噺(とぎばなし)ぐらいでしか、聞きませんからねぇ」


 得体の知れない脅威を表す()()として、民衆に知らしめるには、滑稽なぐらいの方が都合が良かったという事なのだろう。


「尤も、お主らが何者かというところまでは、皇家の方でも掴んでおらん。他国の破壊工作員ではないかという見方が、大勢(たいせい)を占めておるようじゃ」


「件の家政婦(メイド)の事を、誰も覚えていられ無い、というのが幸いしましたねぇ。普通なら、家政婦(メイド)の素性を調べれば、すぐにサラトガに行きつきますからぁ」


「そうじゃ、そして、あの日闘技場(コロッセオ)にいて、生き残っておった者は、お主らの他にはおらぬ様じゃからな」


 しかし、シュメルヴィは、そこで思わず首を捻る。


「あれ? メルクリウス伯は、ペリクレスに乗っているのが、私達だと知っている筈なんですが……?」


戦争狂(ウォーモンガー)がか? いや、あれ以降、二度、領主会談があったが、アヤツは何も言ってはおらんかったが……。泣き叫ぶペリクレス伯がうっとおしすぎて聞き逃したのかもしれんが……」


 ミオは怪訝(けげん)そうに眉根を寄せた後、思い出した様に口を開く。


戦争狂(ウォーモンガー)はともかく、今、ヴェルギリウスとローダが南に向けて発つ準備を進めておる様じゃ」


「ヴェルギリウスとローダですか……」


 シュメルヴィの表情に深い憂悶の色が浮かぶ。

 流石に機動城砦二つを、正面から相手取って、勝つことは難しい。


「まあ、あと一月半ほども距離があるのじゃ、そうそう追いつく事は無かろう。上手く逃げ回れば良い」


「わかりましたぁ」


「では最後に、そちらの事についてはシュメルヴィ、お主が頼りじゃ。ナナシは頼りないし、後の連中もアホ揃いで何を仕出かすかわからん、お主や(わらわ)の様な大人が、ちゃんと監視しておかねば、大変なことになりそうじゃからな、くれぐれも頼んだぞ」


 ミオがそう言い終わったところで、通信が途切れる。

 真っ黒な只の石板に戻った精霊石板(モニター)を眺めながら、シュメルヴィは呟いた。


「ミオ様……大人って」


 サラトガ伯ミオ、精神年齢の高すぎる12歳。

 苦労人であった。


 ◇◆  ◇◆


 生ぬるい空気の籠った薄暗い部屋。

 テーブル上には、髑髏(ドクロ)(かたど)った精霊石が、目に当たる位置から、不気味な青い光を放っている。


 その淡い光に下から照らしだされる様に、ローブを目深に被った三人の人物のシルエットが、石作りの壁に(いびつ)に伸びていた。


「土のヤツがやられたか……」


 その声は女、押し殺したような女性の声。

 その声に答える様に他の二人も口を開く。


「クククッ、ヤツは我々四天王の中でも最弱」


「皇家の弱兵ごときに敗れるなど、我ら四天王の面汚しよ」


 耳をすませばこの三人の他にも、小さく息遣いが聞こえてくる。

 部屋の一番奥、深い闇の向こう側に(たたず)む影。

 ひときわ豪奢な椅子の上で、気だるげに肘掛けにもたれて足を組む、男の影。


「我々、四天王も侮られたものだな……」


 再びテーブルを囲む三人の内の一人、『青いローブ』がそう口にすると、後の二人が静かに頷いた。


「次は、私が出させてもらうぞ!」


「何を言う、私だ!」


『赤いローブ』と『紫のローブ』の二人が、互いに顔を寄せる様にして睨み合うと、出遅れたとばかりに『青いローブ』が口を開く。


「じゃ、じゃあ、私が!」


 途端に睨み合っていた二人は『青いローブ』へと向き直ると、声をあわせて言った。


「「どうぞ、どうぞ」」


「ちょ!? ちょっとぉお!」


 思わず素に戻って、椅子から立ち上がる『青いローブ』。

『赤いローブ』と『紫のローブ』が、それぞれに『青いローブ』の肩を掴んで小さく首を振ると、『青いローブ』も我に返ったのか、再び何事も無かったかのように席に付いた。


「あ、あのぉ……」


 部屋の奥で(たたず)んでいる男が、蚊の泣くような声で三人の方へと呼びかける。

 しかし、三人はそれを全く無視すると、一斉に立ち上がり、纏っていたローブを派手なアクションを取りながら、脱ぎ捨てて声を上げた。


「炎のヘルトルードォ!」


「雷のシュメルヴィイ!」


「氷のマスマリシスゥ!」


「「「我らぁ! 四天王おおお!」」」


 3人より集まって、ビシッ! とポーズを決める自称四天王達。


 その姿をじとっとした目で眺めながら、奥の人影が自称四天王達へと語りかける。

 

「あのですね……皆さん、そろそろ終わりにしません? ()()()()()()


 その人影、もちろんナナシなのだが、良く見れば首から下が、気だるいポーズをとったまま、見事に石化されていた。

 誰がやったかは言うまでも無い事なのだが、こういうところを見ると普段、好き好きいっている言葉が、途轍もなく胡散臭いものに思えてくる。


 身動きの取れないナナシを見下ろしてヘルトルードとシュメルヴィが口を尖らせる。言外に「せっかく良いところだったのに」と言わんばかりの態度である。


「なんやねんな。主はん、ノリ悪いなぁ」


「そうですよ、魔王様」


「誰が魔王ですか!」


 ナナシは思わずツッコミを入れる。

 自分たちが『魔王一派』と呼ばれていることを、シュメルヴィから聞かされて以来、彼女たちは、ノリノリでナナシを魔王に仕立てあげようとしている様にしか、思えない。


「往生際が悪いわよぉ、ナナシくん。『魔王一派』って扱いになったって、言ったでしょ。その名称で追討令が出てるのよぉ」


「いやいやいや、それは便宜上の話でしょう?」


「便宜上でも何でもええけど、いざ戦いになったら、主はん、たぶん『この魔王め!』とか言われながら、攻撃されんねんで」


「うわぁ……」


 ナナシは思わず眉を顰める。

 それは随分痛々しい。

 しかし他の人間がその『痛さ』を面白がっているのとは対象的に、銀嶺の剣姫だけは、どうにも真剣に魔王という呼称を喜んでいる節がある。


「やはり、主様は王になるお方だと思っておりました。どうでしょう、せっかく魔王なんですから、暴虐の限りを振るってみるというのは?」


「せっかく!? せっかくってなんです!?」


 機動城砦ペリクレスが、アスモダイモスの追撃を(から)くも振り切って不可侵領域(コズム)を脱出してから、早一月半(はやひとつきはん)


 シュメルヴィから、自分達の呼称が『魔王一派』になったことを聞かされた剣姫達は、思いっ切りテンションを上げていた。


 砂漠の南端を目指す旅が、余りにも順調だったこともあり、退屈していた剣姫達にとっては渡りに船。あまりにも良い遊び道具だったのだ。


 四天王ごっこもこれで4回目。


 一応決まり事もある。

 『一日一四天王』、『四天王は一日一刻まで』


 尚、四天王の人員はマレーネやトリシアを含めたローテーションでおこなわれているが、とりあえず最初にやられる設定の四天王は、何故か必ず『土』と、お約束は守られている。


 実に、真面目な『魔王一派』であった。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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