表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/165

第89.6話 剣姫様、はじめてのおつかい(後編)

いつも機動城砦サラトガをご愛読いただき、誠にありがとうございます。

今回は幕間話の後編です。

読み飛ばしていただいても、本編には全く影響がありません。

よろしくお願いします。

「これで、どこから見ても家政婦(メイド)にしか見えませんね」


 剣姫が、くるりとその場で一回転すると、スカートの裾が華の様に広がって、銀色の髪の上で、ヘッドドレスが揺れる。


「剣姫……」


「剣姫様……」


 マレーネとトリシアが、ウンザリしたような目を向ける。

 やがて、マレーネがトリシアに向かって顎をしゃくると、彼女は溜息交じりに、口を開いた。


「とりあえず、その剣は置いて行ってくださいね」


「ええっ!?」


「いや、あたりまえでしょう……」


 この剣姫には『変装』の意味を、一から言って聞かせる必要があるのだろうか?

 幾ら家政婦(メイド)服を着ていようが、そんな存在感満点の大剣を背負っていては、全く意味が無い。


「いや……しかし、これが無いと……」


「ダメ」


「ダメです。旦那様のご期待を裏切るつもりですか? と、仰られています」


「うっ……わかった、わかりましたよッ!」


 剣姫は渋々、背中から『銀嶺』を降ろすと、部屋の隅へと立てかける。

 割と無造作に扱っている様に見えるが、こと霊剣については、どこに置いておこうが、奪われる心配をする必要がない。


 霊剣は自身が認めた人間以外には、触られることさえ拒否する。

 もし触れればどうなるか、それは子供でも知っていることだ。


 問題は剣姫の方。

 霊剣を所持しない状態ならば、剣姫は、少しばかり石化魔法が得意な、只の三流魔法使いでしかない。


 これまでに多くの戦闘経験を積んで来たお陰で、格闘になって、大の男が束になってかかってきたとしても、そうそう負けることはないだろう。だが、普段のレベルを思えば、あくまで人類の範疇でしかない。


「じゃあ、行ってきますけど、くれぐれも私が帰るまでは、主様には近づかないように!」


「約束する」


 扉を押し開けながら、剣姫がマレーネへと言い聞かせると、マレーネは素直に頷いた。


 ぱたん。


 扉が閉じると、部屋に静寂が訪れた。


「成功」


 マレーネがそう呟き、二人は顔を見合わせて、ニヤリと笑う。

 そして、二人が目を向けた先、そこには霊剣『銀嶺』があった。



 ◇◆  ◇◆



 城を出て、商店街の方へと中央大通りを下りながら、剣姫は眉根を寄せる。


「ううっ、落ち着かない……」


 剣姫は、たかが街中へと繰り出すだけだと、自分に言い聞かせる。

 ただ、自分の手の届く範囲に霊剣が無い状態など、霊剣と出会って以来、一度も無かった事なので、不安で仕方がないのだ。


 剣姫が今から向かおうとしているのは、商店街の外れにある小さな店。


 一般に、ペリクレスの名物と言えば、真っ先に名が上がるのが『ギャズ』である。


 砕いたピスタチオを、ローズウォーターとタマリスクの木の樹液で練り込んでつくるクッキーなのだが、もちろん店によって、大きく味が異なる。


 剣姫自身はまだ食べたことは無いが、商店街のその店の『ギャズ』は絶品と噂で、いつも長い行列が出来ている。


 マレーネによると、ミオの大好物だという事らしいので、お土産としては言う事は無いだろう。


 不安げにあたりを見回しながら、おっかなびっくり中腰で歩く、銀髪の家政婦(メイド)の姿は、明らかに悪目立ちしていたが、ともかく剣姫は商店街へと辿り着いた。


 午前中ということもあって、人通りはそれほど多くは無い。

 剣姫が、店先を軽く覗きながら歩いていると、屋台の一つに、若い女性達が群がっているのが見えた。


 それは剣帝ナナシのグッズを取り扱う屋台。

 マレーネ公認の所謂(いわゆる)、オフィシャルショップであった。


 若い女性達がキャーキャーと騒ぎながら、ナナシグッズを漁っている姿、それを眺めながら剣姫は、優越感と嫉妬心と独占欲の入り混じった、複雑な気分になる。

 つまり、ナナシが認められるのは嬉しいが、自分だけのナナシで居ても欲しいという二律背反(アンヴィバレンツ)な感情である。


 通りすがりにつま先立ちで、屋台の商品を覗きこむと、ナナシクッキーやナナシ人形、レプリカフードマントなどが店先に並んでいるのを見て、足を止める。


 剣姫は考える。

 ミオはともかくアージュやキリエは、まず間違いなくギャズよりもナナシクッキーの方が喜ぶだろう。


 ヘルトルードは……どうだろう。

 喜びそうな気もするが、あくまで玉の輿狙いと言い張って、主様の事を特別好きという雰囲気も出さないので、判断に困る。


 ミオと、シュメルヴィやメシュメンディ達には、普通にギャズでいいのだろう。


 そんなことを考えていると、剣姫の肩をトントンと叩くものがあった。

 振り向けば、髭面の商人風のおっさんが、満面の笑みを湛えている。


「お嬢さん、良い出物(でもの)があるんですがね」


出物(でもの)?」


「そうです。剣帝様のグッズなんですがね。非公認なんで、ちょっとおおっぴらには出せないんですが、スゴいですよぉ。ちょっと裏通りに見に来ませんか?」


 裏通りに来い。

 あまりにも怪しいが、それ以上に気になるのは、『スゴい』という一言。


 剣姫は男を観察する。

 腕の筋肉の付き具合を見ても、戦う者のそれではない。

『銀嶺』を持たない今の剣姫でも、いざとなれば十分に制圧できるだろう。


 そこから店と店の間の路地を通って、数分。

 どこか大きな店の裏口の前で、男は立ち止まる。

 男は裏口の扉を開けると、奥から一枚の布の様なものを取り出した。


「お嬢さん、コレなんですがね」


 男が見せつける様にその布を広げると、剣姫は目を見開く。


「こ、これは……!?」


 そこには、『恥らう様な表情で、悩ましげに親指を咥えて横たわるナナシの全身像』が、精巧に描かれていた。


 所謂、抱き枕カバーである。


 なんという逸品。

 しかし、その想いを押し殺して、剣姫は敢えて素っ気ないフリをする。


「……ほう、これはなかなか、良い仕事をしますね」


「わかりますか?」


「当然です。あるじ……剣帝様については、私が一番良く知っています」


 自慢げに胸を反らす剣姫。

 彼女のその反応に気を良くしたのか、男は笑顔で付け加える。


「ちなみ、これを買っていくのは、八割がた男性です」


「なん……だと……!?」


 驚愕に剣姫が顔を歪めると、男はより機嫌よさげに、後ろ手に隠していたもう一枚の布を、剣姫の眼前に掲げる。


「お嬢さんにお見せしたいのは、実はこっちの方なんです。今見ていただいた抱き枕カバーが、あんまりにも良く売れるので、改良を加えたものなんですが……」


 男がはらりとそれを広げた瞬間、剣姫は、


「はふぅん!」


 と、おかしな溜息を洩らした。


 其処に描かれていたのは、先程の抱き枕の改良型。

『恥らう様な表情で、悩ましげに親指を咥えて横たわる()()()全身像』


「どうですッ!」


「はふぅん……」


 顔を赤らめながら、再びおかしな溜息を吐く剣姫。

 男は満足げにその様子を見やりながら、そっと(ささや)きかける。


「これをご購入いただければ……同衾(どうきん)エブリナイですぜ」


「……ゴクリ」


 熱に冒されたような目つきで、食い入る様に、『半裸抱き枕』を眺める剣姫。

 しかし、その視点がある一点に到ったところで、溜息をついて、小さく肩を竦めた。


「分かってない。店主……あなたは分かっていませんね。これだから(にわ)かは……」


 急に見下すような態度になった剣姫に、店主は非難めいた声をあげる。


「言いがかりはよしてくださいよ。どっから見ても完璧でしょうに!」


「完璧? ふっ……」


 鼻で笑う剣姫を、男は睨み付ける。


「そうやって値切ろうって腹なんでしょうが、そうはいきませんよ! これのどこに問題があるってんです」


「それは……」


 剣姫は男の眼前に指を突きつけると、大きな声を出した。




「乳首です!」






 唯でさえ人気の無い裏通りに、痛いほどの静寂が舞い降りる。

 恐ろしく微妙な空気が漂う中、遠くで犬の遠吠えが聞こえた。


「ち、ちく……?」


 困惑しきった表情の男。

 勝ち誇る様に胸を反らす剣姫。


「そうです。ある……剣帝様の乳首の色は、もっと色が淡い!」


「いや、でもこれは、業界では標準的なチクビカラーで……」


「だからです」


 戸惑う男を更に追い詰める様に、剣姫は口を開く。


「それは標準的なエスカリス・ミーミル人の『少年チクビカラー』なんでしょうけど、砂漠の民である剣帝様の『チクビカラー』は、もっと淡い。いうなれば春の色! 健気に咲く、雛菊のような『薄紅チクヴィ』なのです!」


 男は驚愕の表情を浮かべて、がくりと膝から崩れ落ちる。

 剣姫は満足げにその様子を見下ろすと、男の耳元へと囁く様に言った。


「まあ、貴方も素人にしては良くやっている方だと思いますよ。……どうです、なんなら私が監修してあげましょうか?」


「本当ですか!?」


 思わず顔を上げる男。


「ええ、まずは色を直すのと、後、チクヴィの部分を(こす)ったら、バラの香りが漂うようにしましょう」


 剣姫が完全に頭のおかしい事を口にした、その瞬間、


「そこまで!」


 と、少女の声がした。


 剣姫が慌てて振り向くと、そこに立っていたのは、トリシアと多くの剣闘奴隷(イーシャラ)を引き連れたマレーネ。


「聞かせてもらった」


「話は聞かせてもらった! 非公認グッズ製造及び販売の罪で逮捕する。と、仰っておられます」


 そう、マレーネの狙いは、闇ルートの一斉摘発。

 ナナシ程では無いにしろ、剣姫もペリクレスでは話題の人物である。


 ナナシの試合に現れては、観客席から頭のおかしい応援をする謎の美女と(ちまた)で話題になっているところへマレーネは、ある噂を流しておいた。


 あれは剣帝の熱烈なファン、一種のストーカーだと。


 銀髪碧眼の剣姫が、幾ら家政婦(メイド)服を着たところで、変装には成り得ない。

 非公認グッズの闇商人達からみれば、確実に買ってくれるであろう優良顧客である。

 鴨がネギしょって歩いて来たのに等しい。

 接触してこない筈がないのだ。


 言うなれば(おとり)であった。


「確保」


剣闘奴隷(イーシャラ)の皆さん、犯人を確保してください! と、仰られています!」


 途端に、掴みかかってくる剣闘奴隷(イーシャラ)達に抗いながら、剣姫が恨めし気に声を上げる。


「だ……騙しましたねええええ!」


 しかし、『銀嶺』を持たない剣姫など、屈強な剣闘奴隷(イーシャラ)達の敵ではない。

 三人程を石化したあたりで捕えられ、たちまち簀巻(すま)きにされた。


 ぎゃあぎゃあと(わめ)く剣姫を、こ五月蝿(うるさ)げに見下ろすと、マレーネは、剣闘奴隷(イーシャラ)達に、牢獄へと放り込む様に指示し、遠ざかっていく剣姫の姿を眺めながら、満足そうに頷く。


「勝利」


「ええ、完全勝利です。ただ……」


「ただ?」


 表情を曇らせるトリシアを、マレーネが怪訝そうに見上げる。


「剣姫様を解放した後、どんな復讐を受けるかまでは、考えていませんでした」


「あ……」


 マレーネは、自分の顔から血の気が引いて行く音を聞いた。


 尚、余談ではあるが、お土産は、後日他のメイドさんに買いに行ってもらった。

 最初からそうすべきだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ