第127.5話 お父さん狼達は心配性
機動城砦サラトガをご愛読いただき、ありがとうございます。
今回は本編とは直接関係のない幕間のエピソードです。
読み飛ばしていただいても本編には影響はありません。
「ハァ……」
扉を開け放ったままの練兵場の入り口辺り。
陽光差す表通りを眺めながら、赤毛の1/4狼人間の少女――ニーノが膝を抱えて、溜息を吐いた。
練兵場とはいうものの、ここは現在、狼人間達の隊舎代わりに使用されている。
ニーノの背後、建物の内部に砂漠を模して作られた砂のフロアで、じゃれあっていた狼人間達は、思わず動きを止めて、顔を見合わせる。
「ハァ……」
鋭敏な狼人間達の聴覚は、再び、ニーノの物憂げな溜息を捉えた。
どう考えても、ニーノの様子がおかしい。
いつもの元気がないのだ。
狼人間達は顔を寄せ合い、囁きあう。
(※通常、吼えている様にしか聞こえませんが、話が進まないので、以降、人間の言葉に翻訳してお送りします)
最初に口を開いたのはタローだった。
『ニーノ、どうしちまったんだ、アレ?』
『元気が無い』
クロが頷くと、ペロがニマニマと下卑た笑いを浮かべる。
『イヒヒッ、発情期じゃね』
ペロをじとっとした目で眺めてから、タマが狼の風上にも置けない口調で呟く。
『誰かに、いじめられてるんじゃ無いかにゃー』
『誰か?』
『例えばにゃー……あの鞭を持った女とか?』
全員一斉に宙空を見つめて『鞭を持った女』を思い浮かべる。
確かにあのウサミミ女には、意味のわからん迫力がある。
そう思えば、いじめるぐらいの事は、やりかねない様な気もする。
『はい!』
ポチが挙手する。彼は非常に真面目なのだ。
『まず、あの人は女性なんですかね? 僕、この間の戦闘の時に、あの人を背中に背負いましたけど、全く凹凸が無かったですよ、硬かったし』
彼はこの発言の危険さに気付いていない。
『じゃ、男なのかにゃー』
『うーん。でもちょっと待ってください。良く考えたら、ニーノがママって呼んでる人、あの人にも凹凸ないですよね』
ポチの発言がいちいち危険すぎる。
『お、男なのにママなのか?』
タローが困惑する様に呟くと、狼人間達は一斉に腕組みをして考え込んだ。
やがてポチが、
『わかった! 人間には、男と女の間に中間があるんですよ、きっと!』
と更に危険な発言をすると、
『……深いな。人間』
と、エドモンド三世が重々しく頷いた。
彼らは気付いていないが、既に誰がいじめたとか、そういう話はどこかへすっ飛んでしまっている。この辺りは非常に獣らしい。
その時、
「ハァ……このままじゃ赤色嫌いになるます」
ニーノの更なる呟きが、狼人間達の耳朶を打つ。
「赤色、赤色で……憂鬱?」
思わずポチが顔を赤らめると、タローがヒラヒラと手を振って、否定する。
『いやいやいやいや、何考えてんだよ! ニーノはまだそんな歳じゃねぇから』
『イヒヒッ、発情期じゃね』
ペロのこの発言を完全に無視して、ポチがタローへとつっかかかる。
『そうは言いますけど、もしそうなった時に、そういう知識が無かったら、びっくりすると思います』
『じゃあ、お前が教えてやりゃあ、いいじゃん』
ポチの、やたら指示代名詞の多い発言を、タローがあっさりといなす。
ポチは一瞬口ごもった後、逃げ出さんばかりに後ずさる。
『いやいやいや! 無理無理無理! そういうのは女親の仕事じゃないですか!』
『女親……アージュって奴か?』
『待ちたまえ! つい今しがた、ソレは男と女の中間という事で、話がついたところではありませんか」
エドモンド三世が、ダンディな低音で否定する。
『そう言えばもう一人、なんか、なよっとした人がいましたよね』
『えーと、ナナシだっけか、あれは女か?』
『あの人も凹凸なさそうでしたけど……』
ポチとタローが迷いながらそう囁き合うと、タマが、
『じゃ、中間だにゃー』
と結論を出した。
『なんか中間ばっかり』
クロのその小さな呟きは、特に誰にも顧みられることなく、なぜか少し感情的になったシロの、
『ニーノは誰にも嫁にやらん! だからそんな知識はいらんのだ!』
という大声に掻き消された。
『いや、だがシロ。ニーノが不安になっているのならば、それを取り除いてやらねばなるまい』
『イヒヒッ、俺が手取り足取り教えようか』
『『『『お前はひっこめ!』』』』
ペロは袋叩きにあった。
『皆さんここは冷静に』
『そうだ、落ち着きたまえ、諸君』
ポチにエドモンド三世が同意する。
『というわけで、ここは紳士のエドモンド三世さんにお任せします』
『ええっ!?』
まさかの無茶振り。
しかし皆の期待の眼差しが、エドモンド三世に突き刺さる。
これはもう、イヤだと言える雰囲気ではない。
エドモンド三世は、ゴクリと喉を鳴らすと、緊張した面持ちでニーノの方へと歩み寄る。
その足取りは重い。
『ニーノ……それはね、し、心配することではない。し、自然なことですぞ』
エドモンド三世の方を、ニーノは気だるげに見上げて口を開く。
「……見渡すかぎり真っ赤は、自然ないと思うます」
『みわ…? ちょ、ちょっとタイム!?』
エドモンド三世はダバダバと、慌てて顔を寄せ合う狼人間達の方へと戻ってくる。
『見渡すかぎり真っ赤だとか……、どうも想像していたのと違う様ですぞ』
声を潜める様にして、エドモンド三世がそう言うと、皆一斉に腕組みをして唸る。
『イヒヒッ、やっぱり発情期じゃね』
『『『『すっこんでろ!』』』』
ペロを袋叩きにしている途中で、ポチがいきなり手を打つ。
『そうか! 戦場か! 戦場しかない!』
『戦場?』
『そうですよ、ニーノは優しい娘ですからね。ここまでに起こった戦闘で命を落とした連中のことで、心を痛めている。きっとそうです』
『いや、発情期だと思う』
『『『『お前は死ね!』』』』
再び袋叩きにされた上に、ペロは砂の中に埋められた。
ポチはゆっくりとニーノに歩み寄ると、ポンと肩を叩いて、慰める様な調子で、声を掛ける。
『ニーノ……そうやって君が悲しんでいると、きっと彼らも悲しがる』
ニーノは少し戸惑う様に瞳を揺らすと、少し考える様な素振りを見せ、やがてこくりと頷いた。
「……うん、そうだね」
ポチが満足気にニーノの頭を撫でると、ニーノは何気なく言った。
「おいしく食べてあげないと、可哀想だよね」
『『『『『食べんのッ!?』』』』
狼人間達は、一斉に硬直した。
現在、アージュによる、ナナシとの時間を独占したキリエへの復讐――『トマトカーニバル』の真っ最中である。
すでに数日に渡って、食卓には大量のトマト料理が執拗に並べられ、食卓を共にするニーノ達にも、絶賛被害拡大中であった。




