第13話 バカだ! 大バカだ! 特大のバカだよ!
これでは、まるで神頼みと変わらぬではないか。
己の手の届かぬ事象について、ただ何とかしてほしいと駄々をこねる。
自分が今、やっていることは、まさにソレだ。
ミオが居るのは、剣姫セルディス卿の私室。
ミオ自ら足を運び、サラトガが陥っている苦境をただ伝えている。
そう、ただ伝えているだけなのだ。
迫りくる状況に対して、領主としてあるまじき無策。
依頼ですらない。何を依頼していいかすら、わからないのだ。
再びミオは思う。やはり、これでは教会で神に祈っているのと何ら変わらない。
説明すればするほど、状況の出口の無さが浮き彫りになっていく。
サラトガが追っている機動城砦ゲルギオスは約12ファルサング(約60キロメートル)先を微速移動からゆっくりと速度を上げながら西へ向かっている。
サラトガが、現在の最高速度を維持していれば、約2刻ほど後にはこれに追いつくことができる見込みだ。
しかし、ここに来て思いがけない障害が発生した。
ゲルギオスに向かう直線ルートのほぼ中間地点に、巨大なサンドゴーレムが三体も出現したのだ。
全長、約3000ザールにも及ぶサラトガの巨体では、これを迂回した場合の旋回半径はあまりにも大きく、ゲルギオスに追いつくことは、ほぼ不可能となる。
ならば、サンドゴーレムに直接、サラトガをぶつけて強行突破するならばどうか。
サンドゴーレムには物理攻撃が効かない。
サラトガで特攻した場合も、砂となってばらけられてしまうだけだ。
そして砂の状態からサラトガの内部で再結合。サラトガ内部にサンドゴーレムが出現するという最悪の事態が発生する。
そうなってしまえば、サラトガの壊滅は火をみるよりもあきらかだ。
実際に機動城砦メルクリウスは、そうやってサンドゴーレムを運用してきたと聞いている。これこそが、サンドゴーレムがメルクリウスの決戦兵器と言われる由縁である。
迂回すれば、届かない。直進すれば、即敗北。一言で言えば、それが現状だ。
このまま進めばサラトガがサンドゴーレムと接触するまでは、あと1刻。追いつける範囲ぎりぎりまで速度を落としたとしても最大で1刻半。
ゲルギオスに追いつくためには、誰かが、サラトガがよりも先行してサンドゴーレムを排除するより他にない。
サラトガよりも速い速度で先行する。どうやって?
サンドゴーレム三体を排除する。 どうやって?
今すぐ反転し、次の機会を待つべきだと。全ての状況がそう示している。
目の前の剣姫に状況を伝えながらも、ミオの頭の中ではずっと不可能という文字が明滅しているのだ。
説明し終わると同時に、ミオは俯いて肩を落とす。
剣姫にも縋りそれでもダメ。やるだけのことはやったのだと、これで自分に言い訳ができるそう思った。思ってしまった。
しかし剣姫の答えはミオの想像とは違った。
「わかりました」
思わずミオは顔を上げる。
「では、私は6ファルサング(30キロメートル)を先行して、数分の内に3体のサンドゴーレムを倒せばよいのですね」
そう言って剣姫は、ミオに向かって華の様な笑顔を浮かべた。
◇ ◇ ◇ ◇
「痛いです! やめてください!」
尻を力いっぱい蹴り上げられて、ナナシは前のめりに地面へと転がる。
「うるさい! 口答えを許した覚えはない。全く、ミオ様も隊長もなんでこんな虫野郎を甘やかしているんだか」
汚物を見る様な目で、ナナシを見下ろしながら、アージュは罵る。
「いいか! 女に取り入ることしか能のない寄生虫! どんな手を使ったか知らんがゲルギオスに侵入した後は、貴様が殺されても誰に殺されたかなどわからんということを覚えておけ。今は、せいぜい神にでも祈ってガタガタ震えてるがいい!」
ナナシは思う。
ま、これが普通の反応ですよね、と。
本来は蔑まれ、疎まれ、貶められる存在。
それが砂漠の民であるナナシの立ち位置なのだ。
ここ数日は、変に大事にされて、調子の狂うことばかりだったので、アージュのこの反応が、逆に気が休まるような気がするから因果なものだ。
第二軍に割り振られた兵士達が、待機している城壁のすぐ脇の広場。
整列している兵士達もニヤニヤとナナシが蹴り倒される様を見ている。
「お嬢ちゃん。弱いものイジメは程ほどにしろよー」
「あんまり、触ると病気がうつるぞぉー ぎゃはははは」
兵士達の列から揶揄するような声と、それに同調して笑う声。
ナナシは倒れた姿勢のまま、やはり思う。
ま、これもいつもの反応ですよね、と。
起き上がろうと地面に手をついたのと同じタイミングで上から、アージュとは違う声がした。
「まーた、やられてんの? ナナちゃん」
顔を上げるといつのまにか、ミリアがしゃがみこんでナナシを見ていた。
そういえばミリアとはじめて会った時も、この角度だったような気がする。
「隊長の妹君、非戦闘員は艦底の戦時非難層に入る様、指示が出ておったと思いますが?」
アージュがミリアに問いかける。一応丁寧に喋ってはいるが、声音からは明らかに歓迎していないことがわかる。
「ああ、アージュさんこんにちは。ナナちゃんにお弁当持ってきたんです」
そういって、小さ目の背嚢を持ち上げて見せる。
その様子を見て、兵士達の列から再び揶揄する声を上がった。
「メイドの嬢ちゃん、俺らのはないのかよー。」
「やめとけって。地虫に食わせるもんだ、たぶん残飯だろ」
「虫は虫でも弱虫だからな。女の子に飼ってもらって意外と良いもん喰ってるかもよ」
「ぎゃははは、ちげえねえ」
カチン。
ナナシはミリアのこめかみあたりで、金属音が聞こえたような気がした。
一瞬、不機嫌そうな表情を浮かべたあと、それまでと変わらぬ笑顔を浮かべてミリアは言い放つ。
「あはは、おじさん達。冗談がうまいね。この中で一番強い人つかまえて弱虫だとか!」
あ、まずい。ナナシがそう思うより早く、アージュがミリアの首元をつかむと、ずいっと顔を近づけて、睨む。
「それは聞き捨てならないお言葉ですな、妹君。この寄生虫が、この双刀のアージュよりも強いと?」
アージュのこめかみには青筋がくっきりと浮かんで、声が震えている。しかし、ミリアは気後れする様子もなく言いかえした。
「うん。それより自分で二つ名とか言っちゃうと小物臭がスゴイよ、アージュさん。あと口臭い。ちゃんと歯磨いてる?」
「なっ! 磨いています! 隊長の御威光に守られてるからと言って好きなことを言って良いわけではありませんぞ」
ミリアの首元から手を離し、口元を押さえながら、一歩後ずさるアージュ。
「ウチのダダ甘お姉ちゃんに御威光なんて大層なモノあるはずないよ」
「私のみならず、隊長までも貶めると?」
「妹には、姉をからかう権利、姉にお小遣いをせびる権利、姉に甘やかされる権利の妹三権があんの。知らなかった?」
そのまま、険悪な空気を撒き散らしながら、睨み合いつづけるミリアとアージュ。
このまま実力行使へと発展するかと思われたが、意外な形で睨み合いは終わる。
「すいませんでした!」
突然、土下座するナナシ。
「ミリアさんは僕を庇ってくれてるだけなんで、許してあげてください。アージュさん、いやアージュ様」
あらん限りの大声で、情けなくも謝罪の言葉を口にするナナシ。
一瞬ぽかんとした兵士達も次の瞬間には、大声で笑い、囃し立てる。
「はっ! 情けない。妹君、同情するにしても、し甲斐のある者を選ぶべきですな。では、私はグスターボ殿と段取りを打ち合わせてまいりますのでこれで」
そう言い放つとアージュはくるりと背を向けて、城壁の方へと歩きはじめる。
「ナナちゃん、なんで?」
ミリアが目頭を赤くして、責める様にナナシを問い詰める。
「争わないですむなら、それに越したことは無いじゃないですか」
そう言って、ナナシは起き上がると服に付いた砂を払い、ミリアが持ってきた背嚢を肩に背負う。
「ナナちゃんはバカだ。守るものに自分を入れない大バカだ。それが結局ナナちゃんの守りたいもの全てを傷つけることがわからない特大のバカだよ!」
そう言うとミリアは走って、立ち去っていく。
その背中を見送った後、ふぅと息を吐いて、ナナシは空を見上げる。
ナナシの目に、サラトガ城の中庭の方からきらきらと輝くものが、真っ直ぐに青い空へ向かって舞い上がっていくのが見えた。




