第120話 そういう事も無い事も無い
艦橋中央では操作盤と小型の精霊石板に囲まれたマレーネが形の良い眉を顰めながら、手元のボタンへと指を掛けた姿勢のまま硬直している。
正面の精霊石板に映し出されているのは城壁上の光景。
画面の向こう側では、銀嶺の剣姫マスマリシスと戦争狂クルルが激しい近接戦闘を演じている。
マレーネは先程からずっと、クルルを罠へと落とすタイミングを探り続けているが、あまりにも距離が近すぎて、剣姫ごと落としてしまいかねず、ほんの数ミリ、ボタンを沈めることを躊躇していた。
現状において剣姫は重要な戦力。
落としてしまってから、『間違えた』では、流石に済まされない。
※注 ザジさんでも間違えたでは済まされません。(第118話参照)
マレーネは機動城砦メルクリウスから飛来する敵兵の中で、他とは全く違う軌道を描く一体――戦争狂クルルの姿を捕捉していた。
そう、確かに捕捉してはいたのだが、剣姫達のいる位置へと直上から落下されては、どうすることも出来ない。
それまでに散々断罪部隊の少女達を罠へと叩き落とした後の事だ、後続として飛来するクルルには、どうすれば落とされずに済むかは、明らかだったのだろう。
マレーネがボタンに指を掛けつつも散々逡巡したあげくに、背後のナナシへと救いを求めるような表情を向けると、ナナシは小さく首を振る。
「大丈夫です。剣姫様は負けません」
根拠は無い。だが確信はしている。
これまでナナシが目にしてきた剣姫の強さは、この程度では無い。
ナナシの確信に満ちた瞳を見つめ返して、こくりと頷くと、マレーネはボタンから指を離して、精霊石板を見上げる。
「それにしてもぉ、メルクリウス伯はぁ、なんで襲ってきたのかしらぁ?」
同じように精霊石板へと目を向けながら、ナナシのすぐ傍でシュメルヴィが首を傾げた。
「何でって……あの犯行声明のせいじゃないんですか?」
普通に考えれば、得体の知れない集団が友領の機動城砦を乗っ取ったとなれば、義憤を発して追いかけて来たとしてもおかしくは無い。
ところがシュメルヴィは呆れた様な顔をして、小さく首を振る。
「それは有り得ないわよぉ、あの戦争狂が人様の為に指一本動かす訳無いわぁ。あれは言ってみれば、究極の自己中。自分のやりたい様にしかやらないもの」
「じゃあ、ペリクレスを救援する為とか、僕らがミリアさんを助けようとしている事を察知して乗り込んできた訳じゃ……」
「無いわねぇ」
ナナシもこの時点では、まさかメルクリウスの強襲の原因が自分がクルルを救った事だとは想像もしていなかった。
ナナシに救われた事を屈辱と受け取ったクルルは、ミオの裁判が終わり、自身の城に戻って以降、ナナシがいる可能性のある二つの機動城砦――ペリクレスとサラトガ。そのいずれかが首都から離脱した途端、襲い掛かるべく、虎視眈々と狙っていたのだ。
「それはともかく、ヘルトルードさんを助けにいかないと……」
銀嶺の剣姫の背後に横たわるヘルトルード。
精霊石板越しにも、ヘルトルードの脇腹辺りで、どんどん血だまりが大きくなっているのがわかる。
「そうねぇ、あの様子じゃヘルちゃん相当マズいわぁ」
「急がないと」
そう言って、席から腰を浮かしかけるナナシをシュメルヴィが肩を掴んで、押しとどめる。
「だからぁ、目的を忘れないでって言ってるでしょう? ナナシくんが行っても仕方ないじゃない。治療も出来ないんだから」
「でも……」
「でもも、だってもないわよぉ。私が行くから心配しないで」
「シュメルヴィさん」
「とは言え、『再生』の魔法を今日はもう2回も使ってるから、残りの魔力じゃ後1回が限界よぉ。その後はもう魔法は使えないからぁ、以降は戦力にはなれないと思ってねぇ」
不安そうに見上げるナナシへとシュメルヴィは微笑みながら片目を瞑ると慌しく艦橋を出て行った。
シュメルヴィの背を目で追いながら、マレーネは乗員達へと問いかける。
「街中に入った敵兵は?」
「現在、黒のウフル、巨人のバガブット、拷問ののブルハーンらを中心に応戦しておりますが、状況は良くありません。劣勢です。皆、あの妙な鋼板に苦戦している様です」
乗員のその回答にマレーネは、如何にも不満そうに唇を尖らせる。
「どんどこ!」
「未だ発見出来ていません!」
「どんどこ?」
思わず首を捻るナナシ。
何で分からない。マレーネはそうとでも言いたげな顔をする。
「ゴードンどこ行った」
「いや、普通分かんないでしょ、その指示」
マレーネが言葉少ないのは今に始まったことではないが、むしろこれでわかる艦橋乗員達は、幾らなんでも訓練が行き届き過ぎなのではないだろうか?
ナナシが呆れ返ったその瞬間、艦橋乗員の一人が悲鳴にも似た叫びを上げる。
「お嬢様、大変です! 1番の常設橋にて魔晶炉の反応増大! 機動城砦ローダが発進シークェンスに入っています!」
「それはない。ローダは艦橋が吹っ飛んでる筈」
マレーネが口元をへの字に曲げる。
「いや、しかし確かに、あ、う……動き始めました。微速ですが南へ向けて直進を開始。このままいけばローダに進路を塞がれます」
「躱せない?」
「無理です。ローダがこのまま南進すれば、少々進路を変えたところで速度調整のみで進路を塞がれてしまいます」
「大きく回り込めば……」
「大きく南に膨らむように旋回すれば躱すことは出来ますが、その場合目的地への到達予想時刻は最少でもプラス一刻です」
マレーネは精霊石板に映し出されたローダの進路予測を睨み付けながら、親指を強く噛む。
一刻も遅れてしまえば件の家政婦の首はとっくに地に落ちた後だろう。
ナナシが悲嘆に暮れる姿を想像し、マレーネは思わず頭を振る。
させない。そんな事は絶対にさせない。
マレーネは黙り込んで、しばらく考え込む様子を見せたかと思うと、突然、目の前の小さなモニターを睨みながら、カタカタと凄まじい勢いでキーボードを叩き出した。
そして最後に大きくターン! とキーを叩くと、乗員達を見回しながら意外なほど大きな声を上げた。
「今送った軌道計算に沿って旋回!」
そして、精霊石板にペリクレスの今後の進路が表示されたその瞬間。
乗員達のざわめきが、艦橋に満ちた。
◇◆ ◇◆
城壁の上では、銀嶺の剣姫マスマリシスと戦争狂クルルとの戦闘が、より一層の激しさを増しながら続いている。
剣姫が冷気を纏った剣で斬撃を放ち、クルルが『平和』の鋼板でそれを弾き返す。
時折、鋼板の間隙を縫ってクルルの身体を剣先が掠める一方、クルルは、剣姫が剣を振るった後に出来る一瞬の隙を狙っては十字槍を突き出してくる。
互いに決め手を欠いたまま、掠る程度の傷を無数に受けながらも、一歩も退かずに打ち合っている。
やがて痺れを切らしたクルルが、剣姫の突きを躱す様に後方へと跳ぶと、その瞬間、6枚の鋼板の内4枚がクルルの頭上に寄り集まって滑空体勢をとり、
そのまま大きく飛距離を伸ばして10ザール以上の距離を取る。
長く続いた近接戦闘から解放されて、剣姫とクルル、二人は互いに大きく息を吐く。
「ハッ、息上がってんじゃねえか、剣姫様よぉ!」
「アナタの方こそ」
この時、二人は互いに相手の存在の異常さに内心、舌を巻いていた。
十字槍で突きを繰り出すだけではなく、6枚の鋼板が攻撃することで、手数はクルルの方が圧倒的に多い。
しかし、そんな攻撃を捌きながらも、銀嶺の剣姫は一歩も退かずに打ち合っている。
「オレの『平和』相手にここまで持ちこたえるとはねぇ」
「そんな板切れで剣姫を倒そうなんて、舐めるのも大概に……」
そう言いかけた途端、クルルが剣姫の背後に向けて顎をしゃくる。思わず背後に目を向けて剣姫は、
「あ」
と声を洩らす。
そこには、その板切れにやられた『紅蓮の某』が、眉根を下げて、しょぼんと落ち込んでいた。
唯でさえ出血多量で死にかけているというのに、当に死体に鞭打つとはこういう事を言うのだろう。
「ま、まあ、そういう事も無い事も無いのかなと……」
クルルを挑発しようとしていた筈なのに、剣姫の言葉はその場に微妙な空気を残しただけで、途切れた。
いつも機動城砦サラトガをご愛読いただき、誠にありがとうございます。
この度、本作が『サーガフォレスト』より書籍化されることが決定いたしました。
詳しくは本日(2016年3月1日)の活動報告をご覧ください。




