第118話 ア゛ーーーーーーーー!
「奥様、お手を」
港湾区域の中央付近、8番と9番の常設橋の間にある乗合馬車の停車場。
到着したばかりの馬車の上へと細身の剣闘奴隷らしき男が先に乗り込み、後ろに向かって手を差し伸べる。
「ありがとう」
ニコリと微笑んでその手を掴み、馬車の上へと引っ張り上げられたのは、背の高い女性。
剣闘奴隷を二人も引き連れているという事もあるが、その女性の落ち着いた挙措は、どこかの大店の若奥様といった佇まい。
臙脂の繋衣を控えめな装身具で飾ったその装いは、上品ではあったが、これといって人の目を曳くという類のものではなく、どちらかといえば地味過ぎるぐらいであった。
むしろ乗客の目を曳いたのは、女性に付き従って馬車に乗り込んできた、もう一人の剣闘奴隷。
乗客の何人かは、その剣闘奴隷の姿を見た途端、目を丸くする。
それもそのはず、彼はつい先日、機動城砦ペリクレスで開催された消耗戦で敗れるまで、長きに渡って剣闘奴隷のランキングのトップに居座っていたのだ。
言うなれば、有名人。
遠く首都においてもその顔を知る者は少なくなかった。
彼は、二つ名を嵐のペリンと言い、先に馬車に乗り込んだ剣闘奴隷、神速のムスタディオとは、ペリクレス貴族ファルカン卿に仕える同僚の間柄であった。
ペリンの登場によって、車内が俄かにザワついた雰囲気になったことで、背の高い女性――代弁家政婦トリシアは、人選を誤ったかと口元をへの字に曲げる。
マレーネが実力者を選び、彼女の供として付けてくれたのだが、商家の奥方を装って目立たない様に観客に紛れ込むという任務を思えば、ペリンの存在はミスキャストとしか言い様が無い。
しかし、そんなトリシアの胸の内も知らず、ペリン本人は満足気な表情で、胸を反らしている。それがトリシアには無性に腹立たしかった。
「お客さーん、出しますよ!」
乗合馬車の御者がトリシア達が席に着くのを待って、驢馬へと鞭を入れる。ゆっくりと動き出す馬車。目的地は剣闘場。歩いて行くには遠く、ここからならば、首都を半周するほども距離がある。
「トリシア殿、ペリクレスは大丈夫なのでしょうか?」
声を潜めながら、隣りに座るムスタディオが問いかけてくる。
一行は先ほど馬車を待っている間に、機動城砦メルクリウスが常設橋を離れて発進するのを目の当たりにしていた。
もちろん、メルクリウスが何のために動いたのかなど、わざわざ考えるまでもない。
「大丈夫。私達は私達の使命を果たしましょう」
同じように声を潜めてそう答えながら、トリシアは砂漠の方へと目を向けた。
港湾地域の幹線道路、馬車は砂漠に沿って西へと向かっている。
お嬢様……ご無事で。
遥か遠くにかろうじて見える機動城砦ペリクレス。
豆粒の様なソレを目で追いながら、トリシアは胸の前で指を絡め、主の為に祈りを捧げた。
◇◆ ◇◆
トリシア達が馬車へと乗り込んだその頃、機動城砦ペリクレスは西へと舵を切って、弧を描くように進路を変更していた。
右舷方向に向かって身体へとかかる遠心力。
窓の外を、後方に向かって太陽が流れていくのを眺めながら、シュメルヴィはホッと息を吐き、ナナシの方へと振り返る。
「とりあえずはぁ、魔術砲の射線から外れたみたいねぇ」
「そう……みたいですね」
精霊石板に映し出されている俯瞰映像を見る限り、後方から追い縋ってくる機動城砦メルクリウスの正面、その延長線上からは外れることが出来た様だ。
さらに言えば、想定以上に距離を稼ぐこともできた。
ペリクレスが西へと舵を切るのに合わせて、メルクリウスも旋回を開始したのだが、小回りが利かない分、一層距離が開く形になったのだ。
相対距離はおよそ1000ザール。位置関係はほぼ平行。
現在機動城砦メルクリウスは、機動城砦ペリクレスの右舷後方を走行している。
メルクリウスは想像していた以上に速いが、ペリクレスは軽量級の機動城砦。速度で言えば決して負けてはいない。
仮に『飛翔』の魔法を用いても、飛距離は精々100~150ザールが限度。このまま距離を保っていれば、如何にご自慢の超長距離跳躍でも流石に届くことはないだろう。
一安心と言った状況ではあるのだが、研究者の性か、シュメルヴィはあらためて他にリスクは無いかと用心深く検証を始める。
そして、このまま距離を保ったまま逃げ続けた場合、あるタイミングにリスクが集約される事に思い至った。
それは首都の裏側へと回りこむ為に、北へと舵を切るその時。
どう考えてもその時には、メルクリウスの魔術砲の射線上に入らざるを得ない。そこを如何にやりすごすか、それが問題だ。
「とは言ってもぉ、どうやり過ごせば良いのかしらねぇ……」
行きがかり上、指揮を執るような形になっているが、シュメルヴィ自身は本来、一魔術師でしかない。
平時は研究室に籠って研究に没頭し、戦時には後方支援が本来の役割。指揮を執るなど専門外もいい所で、戦術の蓄積どころか、防衛戦や撤退戦のメソッドやドクトリンの一つすら持ってはいなかった。
「あの……シュメルヴィさん、大丈夫ですか?」
「少なくとも大丈夫とは言い難いわねぇ」
シュメルヴィが何らか懊悩しているというのは見れば分かるのだが、ナナシにはシュメルヴィの頭の中で形作られている思考が見えているわけではない。
彼女の断片的な呟きにどう反応して良いのか分からず、ただ困惑した表情を浮かべていた。
ナナシの心配そうな表情に気づいて弱々しく微笑むと、シュメルヴィは艦橋乗員へと尋ねる。
「セルディス卿達はぁ、もう城壁に着いてるぅ?」
「お待ちください。右舷城壁の映像を出します」
上空から二つの機動城砦を捉えた俯瞰映像が映し出されている精霊石板、その下部に小窓のような形で城壁の上、二人の剣姫の様子が映し出される。
「何やってんのかしらぁ? アレ」
音声は通じていないので詳しい事は分らないが、どうやら剣姫二人は何か言い争っている様だ。相変わらず、あの二人は仲が良いのか、悪いのか良くわからない。
「二人と通信は出来るのかしらぁ?」
「いえ、お二方は通信用の精霊石はお持ちでいらっしゃらない様です。外部のスピーカーを使って、呼びかけることは可能ですが……。呼びかけますか?」
「ありがとぉ、今はまだ良いわぁ」
シュメルヴィは、再び俯瞰映像の中の機動城砦メルクリウスへと目を向ける。そして、『このまま、あきらめてくれれば言う事は無いのだけれど』と、おそらくはありえない願望を胸の内で呟いたところで、剣闘奴隷達を戦闘要員として召集しに出て行ったマレーネが艦橋へと戻ってきた。
「どうだったぁ?」
「剣闘奴隷を集めて、城壁に向かう様に指示した。ザジとバガブッドに」
ザジとバガブッド。その二人ならばシュメルヴィにも面識はある。が、二人ともどう見てもリーダーという様なタイプには思えない。
「ドンちゃんは?」
そういう役回りならば、シュメルヴィには、ドンちゃん――キサラギの姿をしたゴードンの方が幾分マシに思えたのだ。しかし、マレーネはふるふると首を振る。
実際、マレーネも最初はゴードンを捜しに行ったのだ。
ザジやバガブッドと違って、ゴードンはキサラギが目を覚ますまで、城の中に部屋を与えられている。
一番手近にいる剣闘奴隷。そのはずなのだが、どこをふらふらしているのか、部屋には誰も居なかった。
マレーネの返答にシュメルヴィが溜息を吐いたその瞬間、俄かに乗員達がざわめいて、艦橋に緊張が走った。
「メルクリウスに動きがありました! 映像出します!」
乗員の一人が声を上げたのと同時に、精霊石板上の俯瞰映像が、徐々にメルクリウスへと焦点を合わせていく。
機動城砦メルクリウスで、最も特徴的な部分としては、城の半ばあたりから張り出した甲板が左右の城壁上にまで広がっていることにある。
精霊石板は、その甲板の上に、数百人単位の兵士達が整列する姿を捉えていた。若い女性ばかりの部隊。それぞれの顔には民族的な文様に囲まれるようにして数字が描かれているのが見えた。
「あれが噂の断罪部隊ねぇ」
シュメルヴィの声音には少しばかり嘲笑するような響きが纏わりついている。
女が貌にタトゥーを入れるなど、彼女の感覚で言えば正気とも思えない。モテない女の言い訳。この時点では、そういう好き放題な捉え方をしていた。
しかし、精霊石板を眺めている内にシュメルヴィの顔は蒼ざめ、そんな余裕はどこかへ吹っ飛んでしまうことになる。
「冗談じゃないわよぉ! バカじゃないの!」
シュメルヴィが思わず声を上げる。
甲板の上に兵士達が重そうに引き摺って来たのは、巨大な弩。
その数20基。その全てがペリクレスの方へと向けて調整され、そして、その弦に装填されているのは矢に非ず、うつ伏せに寝転がった兵士達だった。
「あれで撃ち出す気みたいですね」
ナナシにいまひとつ驚く様子が無いのは、自身が過去に投石器で撃ち出された経験があるから。そうでもなければ、普通は正気を疑う。
「届くわけがない」
白い肌を蒼ざめさせて、マレーネがボソリと呟く。
「普通ならねぇ。でも断罪部隊は超長距離跳躍を実現させてるって聞いてるわぁ。合わせて考えるとぉ、届く。そういう目算があるんでしょうねぇ」
「頭がおかしい」
「実際おかしいのよぉ、あそこの連中はぁ」
マレーネとシュメルヴィのその不毛なやりとりの間にも精霊石板の内側では、着々とその狂気じみた作業が進行していく。
やがて、
「射出されました!」
乗員が叫びにも似た声を上げた。
精霊石板は恐ろしい程の速さで撃ち出された20名の兵士の姿を追う。
初速こそ速いが、高さがピークに達したあたりで急激に速度が落ちる。
落ちる。ナナシ達がそう思った瞬間、彼女達の背中から4枚の鋼板が飛び出し、それぞれの頭上に寄り集まった。そして、花もしくは四葉のクローバーの様な形をとる鋼板に、見えない糸で吊られるかの様に彼女達の身体が浮き上がり、そのまま宙を滑る様にしてペリクレスへと向かってくる。
さらに後続も次々に射出され、精霊石板の映像は、さながら飛来するイナゴの大群の様に見えた。
「なるほどぉ、あの様子じゃ、少なくとも城壁の上までは届きそうねぇ」
額に滲み出る汗をローブの袖口で拭いながら、シュメルヴィは苦笑いする。
城壁の上には剣姫達がいる。あとは彼女たちに任せるしかない。
シュメルヴィが一種、諦観にも似た想いに捉われている反面、先程まで蒼ざめて不安げな様子であったマレーネは、何が吹っ切れたのか、ここにきて果敢に動き始めた。
「剣姫達に下がる様に指示!」
突然のマレーネの行動に戸惑うシュメルヴィを他所に、艦橋の中央あたりまで走り出た彼女は乗員達に次々と指示を送る。
「防空管制、コントロールこちらへ! 操作盤出して!」
「防空管制制御、起動! コントロール移します!」
乗員の返答とともに、艦橋の中央、マレーネを囲む様に複数の小型の精霊石板と無数にボタンが並んだ操作盤らしきものが床から迫り上がってくる。
マレーネは胸に手を置いて目を瞑り、ふうと深く息を吐く。
そして目を見開くと、次に小型の精霊石板の一つを凝視する。
「落下予測、3の25、7の3、12の76、4の44……」
真剣な表情でブツブツと歌うように数字を羅列するマレーネ。
「あの……マ、マレーネさん?」
マレーネが何をしようとしているのか、ナナシには見当もつかない。
マレーネが凝視している小型の精霊石板、その画面はペリクレスの城壁に向かって迫る断罪部隊の兵士たちの姿を捉えている。
そして、画面の内側で一人目の兵士が城壁の上に着地した、まさにその瞬間。
「修正、3の26」
マレーネがそう声を上げながら、ボタンを叩いた。
◇◆ ◇◆
「主様が砂漠に帰りたいとおっしゃるならば、それは当然、尊重すべきです!」
「アホ言いな。主はんは優しいお人やで。砂漠になんか住んで、ウチらが苦労するとこなんか見たないハズや」
「それはアナタが贅沢したいというだけの話でしょう?」
「ちゃうわ! 青いの、アンタは何にも分かってない。所詮ええとこのお嬢さんのアンタには、貧しい暮らし言うのがどんなもんか分ってへんねん」
メルクリウスそっちのけ。
城壁の上、二人の剣姫はひたすら言い争っていた。
それはナナシがペリクレス伯の席で落ち着かない様子を見せた事に端を発する。具体的には、城壁への道すがら、ナナシが現在の状況を嫌がっているのではないかという事から、一段落ついたらこの先どうするかという話になったのだ。
既にミオの裁判も終わり、意識を取り戻してはいないもののナナシの義妹の救出も済んでいる。無論、マレーネは反対するだろうが、いつまでもペリクレスに滞在する理由は無い。
ペリクレスを離れる。そこまでは良かった。そこまでは二人の意見は一致していたのだ。問題はその後だ。
銀嶺の剣姫は主が望むならば、砂漠の民の集落へと着いて行くことも辞さないと言い、紅蓮の剣姫は、それはどうあっても阻止するという立場を取った。
共にナナシの事を考えての事ではあったが、一方はナナシの要望を絶対視する『主様原理主義』であり、もう一方はより現実的な観点から、ナナシが良い環境で過ごせる様に都市生活に慣れさせようという『快楽主義的主はん改革派』。
もはや二人の言い争いは宗教論争にも似た様相を呈していた。
しかし、状況は二人の言い争いの結末を待ってはくれない。
メルクリウスから射出された敵兵達が見る見る内に空を覆う状況に至っては、流石にその言い争いも中断される。
「後できっちり決着をつけますからね!」
「そん時になって泣きべそかくなや!」
「誰が!」
二人は互いに顔を付きつける様にして睨み合った後、空へと目を向ける。
「で、空中のモン撃ち落とすんやったらウチの出番やな」
「じゃあ、それを潜り抜けてきたのは私の方で対処します」
そう言って二人は頷き合い、互いに握った拳をぶつけ合うと、それぞれに愛剣を構えた。
ところがその途端、唐突にザザッ!というノイズが城壁の上を走ると、続いて何処からかアナウンスが響き渡る。
『剣姫様お二人は至急、城壁の上から階段のところまで退避してください』
思わず二人は顔を見合わせる。
「ちょお、待てやー! 折角気合いれたのにどういうことやねん!」
ぷんすかぷんと跳ねまわりながら、アナウンスが聞こえた方を怒鳴りつける紅蓮の剣姫。一方の銀嶺の剣姫は肩を小さく竦めた後、宥めるように紅蓮の剣姫の肩を掴む。
「赤いの。叫んでも意味はありません。こっちの音声は艦橋には届いてない筈です」
「せやかて!」
「言う通りにしましょう。この指示がどこから出たか考えてみてください」
「ん? どういうことや?」
「シュメルヴィ殿、マレーネ殿のどちらから出た指示かはわかりませんが、どっちにしろロクでも無いことには違いありません」
「せ、せやな。あの二人、どっちもウチらを巻き込んでも平然としてそうや」
随分と失礼な物言いではあるが、確かにシュメルヴィならワザと、マレーネならついうっかり、味方を巻き込む様な手を打ってもおかしくはない。
二人はパタパタと階段の方へと走ると、数段降りたところで、念のために剣を構えながら振り返った。
振り向けばそこには、それこそ群雲を為すような数の敵兵の姿。
「何人かでも撃ち落としといた方がええんちゃうか?」
「そうですね……」
しかし、剣姫達が行動に移すべく動き始めた途端、再びザザッ!というノイズが走ったかと思うと、マレーネの声が城壁の上に響いた。
『落下予測3の25、7の3、12の76、4の44……』
「なんや? 白いの、何しようとしてんねん」
その間にも敵の第一陣が、城壁の上に降り立とうとしている。
そして遂に、階段の直ぐ傍、剣姫達の眼の前、そこに最初の一人が降り立った。
その瞬間、
『修正、3の26』
再び、マレーネの声が響き、それと前後する様に、
「ア゛ーーーーーーーー!」
という悲鳴が城壁の上に響き渡る。
敵兵が着地したその瞬間、その足元の床がパカッ! と開き、敵兵がその中へと落ちていったのだ。
「「ええっ!?」」
唖然とする剣姫達。
しかし、それで終わりではない。
敵兵が着地するたびに、次々と床が開いては、あっさりと敵兵を飲み込んでいく。
『7の3』
「ア゛ーーーーーーーー!」
『12の76』
「ア゛ーーーーーーーー!」
『修正3の44』
「ア゛ーーーーーーーー!」
空中にいる敵兵は、先に降りた味方が床に開いた穴へと飲み込まれていくのを目の当たりにし、恐怖に顔を引き攣らせてジタバタと足掻いてはいるが、どうやっても自然落下には抗えない。
床開く。
敵兵飲み込む。
床閉じる。
余りにもシュールな繰り返し。
「「ハハッ……」」
それをどんよりとした目で見つめながら、剣姫二人は乾いた笑いを洩らした。
◇◆ ◇◆
「逆モグラ叩きというべきかしら……」
シュメルヴィが唖然とした表情で眺める中、マレーネは依然として手元の小型精霊石板を睨みながら、恐ろしい速さで次から次へとボタンを叩き続けている。
ナナシとて驚きはしたが、落とし穴だと割り切ってしまえば、納得できないこともない。
しかし、例え納得したとしても、一つ気になることがあった。
「あれ、中に落ちちゃうとどうなるんです?」
「殺しはしない」
「捕獲するっていう事ですか?」
マレーネは手を動かしたまま、ゆっくりと首を振る。
「しばらくしたら謎の粘液塗れになって、城壁の下の方から排出される」
「粘液塗れ?」
「そう、大体これで戦意を喪失する」
ナナシは思わず言葉を失う。
走行中の機動城砦から、謎の粘液塗れで、洗い落とす水も無い砂漠のど真ん中に放り出されるとか、下手な拷問よりもタチが悪い。
実際、精霊石板下部には小窓のような形で既に排出された敵兵の姿が映し出されている。
砂漠の上、粘液塗れで砂塗れの少女達が、目元を覆って泣き崩れていた。
「そりゃ、泣きますよね……あれは」
ドン引き気味のナナシのその呟きに、マレーネはいかにも心外だと言わんばかりに口を尖らせた。
「女の子がぬるぬる。旦那様はもっと興奮すべき」
「いや、べきって言われてもですね……」
はっきり言って罪悪感しか感じない。
というか、ぬるぬる塗れの少女に興奮しろとか、マレーネはナナシをどんな変態に仕立て上げようとしているのだろうか。
ドン引きするナナシを他所に乗員が報告する。
「城壁を飛び越えて、数名が市街地に降り立った模様! 剣闘奴隷と交戦状態に入っています」
「なんだって!?」
慌てて精霊石板へと目をやると、敵と睨み合いながら、頭上で鉄球を振り回しているザジの姿が映っていた。
「僕、救援に行ってきます!」
「大丈夫」
立ち上がるナナシへと、マレーネが平然と告げる。
「ちなみにこの防空管制は、城の中や街中にも広がっている」
そう言ってマレーネが勢いよくボタンを叩いた途端、
…………画面上からザジの姿が消えた。
「間違えた」
「ちょ!? ザジさぁーーーーーーん!」




