第115話 正しいメイドの取戻し方
大前提として。
魔道通信では、リアルタイムに映像を配信することは出来ない。
つまり、ミオや領主達が見ていた『謎の組織』の声明は、編集済みの録画映像である。
編集済みだというのに、まるでNG集の様なあのぐだぐだ。
当然、それは意図的なものだ。
理由は2つある。
ミオやキリエがミリアの事を忘れてしまった今となっては、サラトガが皇国に従わない理由は無い。ましてや親友であるマレーネの機動城砦が占拠されたとなれば、ミオならば本気でマレーネの為に、救出の為の兵を出すであろうことは間違いない。
ミオには、マレーネを交えた狂言であることを理解させねばサラトガと戦うことになりかねないのだ。
もう一つの狙いは、全てが終わった後、ペリクレスに累が及ばない様にするためだ。以降ペリクレスがどんな動きをしようとも『謎の集団』に脅されたから、そう言い張るためだ。
当初マレーネを人質として、ストレートにミリアの身柄を要求する案もあったのだが、皇家の姫を殺害しようとした重犯罪者を、ああそうですかと渡してくれる筈が無い。
それは皇国の体面にかかわるのだ。
むしろミリアの名前を出すことで、彼女の周囲への警戒が強まるばかりで何の益も無いだろう。
狙ったのは、本気で対応すべきなのかどうか迷う様な、中途半端さ。
ペリクレスが占拠されているという事実以外はなにもかも明確にはしない、ふわっとした状態。
伝えたいことを伝えながら、相手を刺激しない『ふわふわ犯行声明』であった。
尚、筋書きを描いたのは、シュメルヴィ。
彼女はミオを手玉にとる事に関しては定評があった。
その『ふわふわ犯行声明』の配信が終わり、ナナシ達はペリクレスの艦橋で顔を突き合わせていた。
「で、ペリクレス内の掌握は済んだのぉ?」
作戦テーブルに肘をつきながら、シュメルヴィがマレーネに尋ねた。
マレーネは口元だけをニッと笑顔の形に歪めて頷く。
「完璧」
「完璧です。父様の子飼いの連中は一か所に集めて監禁済み、ペリクレスの全軍は既に掌握済みだ。と、仰られています」
ヒューと口笛を鳴らして、ヘルトルードが感心したような素振りを見せる。
「白いの、中々やるやないの」
マレーネの呼び方は『白いの』に決まったらしい。
「当然」
「当然です。ペリクレスの軍事面は元々、ほぼ私が掌握していました。父様はどうしようもないアホで間抜けな腰抜け、玉無し野郎ですから、軍事には疎いんです。と、仰られています」
「……そこまでは言ってない」
どういうわけか、この代弁家政婦は、ペリクレス伯に異常なまでに厳しい。確か以前にもゴミ扱いしていたような気がする。
一人、テーブルから離れた豪奢な席に腰かけているナナシが苦笑する。
椅子の豪奢さに対して、ナナシは背を丸めて小さくなって、どこか落ち着かない様子できょろきょろとしている。
それもそのはず、そこは本来ペリクレス伯の席、この機動城砦における最上席であった。
寄ってたかって、強引にそこに座らされはしたものの、余りの腰の据わりの悪さに、ナナシは逃げ出したくて仕方が無い。
なぜそんな所にナナシがいるのかと言えば、当然それにも理由がある。
外に向けての放送はあんなグダグダな感じであったが、機動城砦ペリクレスの内部においては全く別の様相を呈していた。
『次期ペリクレス伯である剣帝ナナシ』が『婚約者マレーネ』と共に、現ペリクレス伯に対してクーデターを起こした。そういう極めてシリアスな状況ということになっているのだ。
ペリクレスを動かそうにも、家政婦一人を救うという名目では、誰も動いてはくれない。ペリクレスの全権を握るためにはそれは必要な措置なのだ。
……なのだが、いかに狂言とはいえども、簒奪者という脂ぎった役割は、どちらかと言えば草食系のナナシには余りにも荷が重かった。
「あのぉ……そろそろ僕もそっちのテーブルに移ってもいいです……よね?」
「じゃあ、作戦を説明するわよぉ」
ナナシの発言を完璧に聞き流し、作戦テーブルについている面々を見回して、シュメルヴィは口を開く。
「えーと……」
自分達が救おうとしている人間の名前を言おうとして、シュメルヴィは一瞬口ごもる。やはり呪いは相当、強力なものらしい。何度覚えても、その家政婦の名前はすぐに忘れてしまうのだ。
「件の家政婦の処刑についてはぁ、既に首都中に大々的に布告が出回っているわぁ。それによると処刑場所は闘技場、時刻は正午ね」
「闘技場? そんなとこで処刑するのって普通なん?」
ヘルトルードが首を傾げると、その隣でマレーネが首を振り、その背後に立っているトリシアがいつもの様に代弁する。
「普通では無い。そう仰られています」
「皇王陛下はミオ殿の汚名を払拭するために、大々的に告知するように指示を出しておられましたから、一種のショーアップなのでしょう」
唯一人、裁判の経緯を知る剣姫がそう言った。
「つまり全ての罪をその家政婦に背負わせてぇ、観衆の前で処刑することで、ミオ様の汚名を払拭しながらぁ、この騒ぎを完全に終わらせようというわけねぇ」
「うわー、えげつないな。観衆ってどんなもんなん?」
「五万人」
「首都の闘技場の収容人数は最大で五万人程度です。と、仰られています」
「五万!? アカン、もう想像つけへんわ」
ヘルトルードが呆れる様に天井を見上げる。
「その闘技場というのはどこにあるんですか?」
離れたところからナナシが口を挟んだ。
本当に話に入りずらいので、テーブルの方に座らせて欲しい。
マレーネがトリシアに視線をちらりと向けると、一つ頷いて口を開く。
「場所は首都の西北端となります。丁度1番の常設橋の奥、小高い岬の上に立っておりますので北側は断崖絶壁になっています」
仮に首都が横長の長方形の島だとするとナナシ達がいるペリクレスが下辺の中央あたり、闘技場は向かって左上の角。そういう位置関係らしい。
「裏側が断崖絶壁ということは、正面から行くしかないということですね」
「せやな。でも観客入れるんやったら、その中に紛れて簡単に入れそうなもんやけど?」
剣姫二人が顔を見合わせる様にして一緒に首を傾げるとシュメルヴィが悪戯っぽい表情をする。
「そう思うでしょ」
「違うんか?」
「確かに、観客席に紛れ込むのは簡単だけどぉ、過去の例を調べてみれば、闘技場で処刑を行なわれる場合にはぁ、3階部分にある張り出し舞台に処刑台を設置するみたいなの。観客席からそこへ向かおうと思ったらぁ、闘技場のど真ん中を突っ切って、北面に設置されている階段を登るしかないのよぉ」
「兵士達が配備されている只中を突入しなければならない。そういうことですね」
「そんなもん、少々おったかて、この面子やったら問題あれへんやろ」
ヘルトルードが両手を頭の後ろで組んで、椅子にもたれ掛るのを眺めながら、シュメルヴィはゆっくりと首を振る。
「そうじゃないのよぉ、家政婦を奪取しようとしているのに気づかれたら、戦っている内にさっさと処刑されて、それで終了よ」
兵士達をいくら倒そうと、処刑台に辿り着くまでに家政婦を処刑されては何の意味もないのだ。
「では、そこへ護送する途中を狙うというのはどうでしょう?」
「セルディス卿、どういうルートで護送されるのか分るのぉ? 真偽のほどは分らないけれど、千年宮から闘技場までは、地下通路で繋がってるっていう噂もあるのよぉ」
剣姫は「うっ」と小さく呻く様な声を洩らす。
「だからチャンスは、家政婦が処刑台に引き出されてから処刑されるまでの間、恐らく数分間、そこしかないのよぉ」
「じゃ、じゃあ……観客席から『飛翔』の魔法で」
「それは無理。ペリクレスのもそうだけどぉ、闘技場の内部には、普通、魔法の発動を阻害する精霊石が複数設置されているものなの。そうでなくとも、仮に『飛翔』でナナシ君を送り込んだとして、帰りは、家政婦を連れて大量の兵士と戦いながら階段を降りてくるの?」
「ううっ……では、私が空から大雪崩落しで急襲するというのはどうでしょう?」
尚も食い下がろうとする剣姫に対して、シュメルヴィは呆れた様に溜息を吐く。
「家政婦ごと潰してもいいのならね」
一瞬、たじろぐ様な表情を見せた後、ずーん、そういう書き文字を背負って剣姫は項垂れた。
「八方塞」
「八方塞じゃない。と、仰られています」
むくれる様な表情のマレーネの言葉を、顔色一つ変えずにトリシアが代弁する。
しかし、シュメルヴィは微笑みながら言った。
「そこで機動城砦ペリクレスの出番なのよぉ。マレーネ様、ペリクレスの城壁の高さは?」
「約30」
「約30ザー「あ、そういうのいいから、時間無いし」」
トリシアが代弁しようとするのを、シュメルヴィがブッた切り、哀れな代弁家政婦は存在意義を否定されて、金魚の様に口をパクパクとさせる。
「闘技場の北面は凡そ10ザールの断崖でぇ、その上に立っているコロッセオの高さは約50ザール。つまり闘技場の全高は砂漠の上からなら約60ザールということねぇ」
「それが……」
口を挟もうとした剣姫を制して、シュメルヴィは話を続ける。
「じゃあ、ペリクレスの城壁と同じ30ザールの位置となると、それは大体2階ぐらい。つまり機動城砦ペリクレスで首都から離脱するフリをしながら、背面へと周って闘技場の背後に接舷、そこから侵入すれば、処刑台までは階段を一階分上がれば済むのよぉ」
「なるほどぉ!」
ヘルトルードが声を上げたその時、艦橋に慌てた様子で兵士が飛び込んで来た。
「門の外に続々と皇家及びカルロンの兵が集結してきております」
兵士の慌てようとは対象的に、この場にいるもの達に慌てる様子はない。あんな映像を配信したのだ。当然、何らかの反応があるというのは織り込み済みだ。
「兵を出す?」
マレーネがシュメルヴィへと確認する。
ちなみにトリシアはいじけている。
「折角ぅ、ペリクレスは占拠されて脅されているだけの被害者っていう扱いにしてるのにぃ、ペリクレス兵で迎撃したんじゃ意味ないじゃないのぉ」
「まあ、城壁の外で集まっている分には、放っておいても何も問題はないでしょうしね」
剣姫のその発言に兵士は慌てて言葉を付け加える。
「既に敵は破錠鎚を使って、城門に攻撃を仕掛け始めております!」
「城門を破られるのは困る」
マレーネが眉をハの字に下げる。
城門を破られた状態ではペリクレスは走行不能に陥ってしまうのだ。尚トリシアはまだいじけている。
「しゃーないな、ウチがいこか?」
ヘルトルードの言葉に、シュメルヴィは首を振る。
「いいわぁ、私が行ってくるわよぉ。大人数が相手なら『麻痺雲』あたりの魔法で出来るだけ、被害者を出さない様に大人しくさせてくるわぁ」
そう言ってシュメルヴィは笑顔で手を振りながら艦橋を出て行く。
確かに派手な戦闘を起こして騒ぎを大きくするよりも、単に無力化できるならばその方が良いに決まっている。
シュメルヴィの背を見送りながら、ナナシはマレーネへと尋ねる。
「マレーネさん、ペリクレスが動ける様になるまであとどれぐらいかかります?」
「あと、半刻」
完全停止状態の機動城砦が動き出すためには、大体半日を要する。昨晩の内に命じておいた魔晶炉の起動シークェンスも、もうそろそろ完了する筈だ。
「じゃあ、シュメルヴィさんが戻り次第、発進しましょう」
「そういえば、敵の数はどれぐらいなん?」
ヘルトルードが兵士へと尋ねると、兵士は直立不動の体勢のまま答える。
「ハッ、今のところは200名程度ではないかと、ただ……」
「ただ?」
ナナシの頭をイヤな予感が過ぎる。
「先頭におかしな女がいまして、『我が弟を返せ!』と意味の分からん事を喚き散らしておるのです」




