第12話 『最強の切り札』があることをお忘れではありませんか?
明けゆく空が、オレンジと青のグラデーションを描いている。
いつもであれば、欠伸交じりの商人達が開店の準備を始めている時刻だというのに、サラトガの市街地は閑散としていた。
戦闘開始予定時刻まで、あと4刻ほど。
城の周りには、武装した男たちが三々五々と集まってくる。
機動城砦に住まうものは、領民皆兵が常識だ。
職業軍人もいるにはいるが、決して多くは無い。普段、景気のいい声を張り上げている商人達も、いざ戦となれば勇猛な兵士へと変わる。
自分たちの住まう町が、そのまま戦場まで移動してしまうのだから、そこにいる限り、逃げ場なんてありはしない。
機動城砦そのものが、砂の海へと沈んでしまえば、戦いたくないと泣き喚いても
一緒に沈むしか道はないのだから。
とりわけ今回の闘いについては、商人達の鼻息は荒い。
つい先日、先代サラトガ伯が盟約を結んだ友邦ゲルギオスが、商取引の為に接舷した。ところが乗り込んできたのは、商人にあらず、武装した兵士達であったのだ。
最終的には、辛くも撃退したとはいえ、盟約を踏みにじった者をそのままにしておいては、他の機動城砦との、以降の商取引にも影響が出てしまう。
盟約に背けばどうなるかを、天下に向けて示さなければならない。
そう、愚か者には、それ相応の報いをくれてやらねばならないのだ。
窓の下では、次々と集結してくる兵員たちのザワザワという声が響いている。
キリエが、窓を閉じると部屋の中に静寂が舞い降りた。
ここ、ミオの執務室では、戦闘前、最後の軍議が始ろうとしている。
見回してみれば、通常に比べて参加者が多い。
ミオの左にはいつものように近衛隊長であるキリエが座り、魔術師シュメルヴィ、家宰ボズムス、将軍メシュメンディとグスターボ 書記官キルヒハイムと並ぶ。
いつもと違うのは、文官であるボズムスとキルヒハイムを除く、それぞれの背後に副官と思われる人物が控えていることだ。いや、例外もいる。メシュメンディの背後には誰もいない。背後にはだれも居ないのだが、なぜか幼女が一人、膝の上に座っている。
赤みがかった髪をリボンで二つにまとめて、無邪気に手遊びをする幼女をぼんやりと眺めながら、ナナシはあの子が副官? と考えた後、まさかとその考えを打ち消した。
そして、何より目を引くのが、ミオの右隣には、座る人物。
セルディス卿--銀嶺の剣姫様が華のような微笑をたたえて座っている。
つい目が離せなくなって、ぼんやりと見つめてるナナシの視線に気づくと剣姫様は小さく手を振る。慌てて会釈すると、なぜかグスターボが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
最期に、末席を与えられて、居心地悪そうに座るナナシのその背後には、なぜかミリアが控えていた。
「4刻後、我がサラトガはゲルギオスと接敵し、これを攻撃する。それにあたり、これより各位の役割をあらためて確認する」
ミオが軍議の口火を切る。しかしミオのその言葉を遮るようにして、グスターボが声を上げた。
「ミオ様! 軍議を始める前にお伺いします! 戦局を左右するこの重要な軍議に部外者とはいかがなものですかな」
「部外者? はて、誰のことじゃ。」
「そこの地虫と家政婦に決まっております」
一斉に集まる視線にナナシは首を竦めるが、ミリアは平然と微笑んで小首を傾げる。
あの子は部外者じゃないんだ。とメシュメンディの膝の上の幼女の方へ目をやると、テーブルの下からもうひとり幼女が出てきて、うんしょ、と声を出しながら、メシュメンディの膝の上に乗った。
増えたっ?!
あやうく声を出しそうになるナナシ。しかし周囲の人間は、誰も幼女が増えたことを気にする様子がない。
「先日聞いた通り、ナナシはこの戦闘の間に、別途ゲルギオスに潜入し、妹を探す。そこまでは連れて行くというのは娼がそやつに対して与えた約束じゃ。その際、我が兵達の邪魔になられても困るからのう。ひとしきり把握させておく方が良いという判断じゃ」
「では家政婦の方は? 例えキリエの妹とは言えど、家政婦は家政婦でございましょう」
グスターボの追及にミオは、宙空を見つめて少し考えた後、明らかに今考えたと言わんばかりの言葉を口にする。
「あー、ミリアはナナシの保護者としての参加じゃ。ナナシは一人では何もできないさびしんぼうなのじゃ」
まさかのダメっ子認定! ひどい冤罪です。ねつ造です。風評被害です。
首を竦めたままナナシは抗議の声を上げる。……心の中で。
そんなナナシの心中に関係なく、さらに声を上げる者がいる。
「異議あり! お待ちください! ミオ様。ナナシ坊やの保護者と言えば、お姉ちゃんであるこのキリエ以外にありえません!」
キリエさん?! キリエのまさかの大暴走にナナシは居たたまれなくなって、両手で顔を覆う。
ミオが、ちらりとミリアの方に目をやると、ミリアが親指で首を掻き切るマネをした。ならば……。
「…めんどくさいのう。誰か! このダメ姉をどうにかするのじゃ」
溜息混じりにミオがそういうと、入口の扉がバタンと開き、黒筋肉が2人部屋の中へと走りこんできた。二人は、キリエに歩み寄ると、無言のまま両脇を抱えて連行しはじめる。
「コラ。離せ! メルトザニ! ガラスク! 私はお前たちの隊長なのだぞ。離せ! 離せぇ!」
必死で抵抗するキリエ。ナナシの目には全員同じ顔にしか見えないあの黒筋肉を、キリエが個別に認識していることに感心した。
「うむ。いらぬことに時間を取ってしまった。それでは概略の説明をキリエ!…は追い出してしまったので、アージュ頼む」
「ハッ!」
キリエの背後に立っていた巻き毛の女性が進み出る。
女性とはいっても、ナナシと同じか少し下ぐらいの年齢。意志の強さが、目と口元に現れている。ぴっちりとしたチューブトップのようなを革鎧とショートパンツ。腰には二本の湾曲刀がぶら下がっている。
彼女は少し緊張した面持ちで、腕を後ろ手に組んだまま胸をはり、声を張り上げる。
「今回の作戦は大前提として追撃戦であります。ゲルギオスに追いつき、これに接舷。兵員を送り込み、ゲルギオス城の制圧もしくは、ゲルギオス伯ゲッティンゲンの確保を持って、勝利と定義づけます。ただし、ゲルギオス伯は代がわりしている可能性があります。その場合は当代のゲルギオス伯へと速やかに目標を変更いたします」
「シュメルヴィ。ゲルギオスの動きはどうなっておる」
「はあぃ。さきほどぉ確認した時には、牛の歩みぐらいの速さでぇ、再び動き始めていましたわぁ」
「再起動が終わったばかりで、微速移動がやっとというところじゃな。その様子では、魔力砲の砲撃も無かろう。アージュ、続きを。」
「ハッ! 最大速度で接近の後、投石器、攻撃魔法等で牽制しつつ、速度を合せ、城壁を隣接させる形で接舷。城壁越しに侵入の上、近接戦闘を仕掛けます。尚、城壁の高さはゲルギオスの方が約3ザールほど低い為、飛翔を掛けた大盾兵を先行して送り込み、城壁上に橋頭堡を築きます。その上で屋根付き梯子を架橋。一気に兵員を侵攻させます」
「うむ。侵攻後、第一軍はゲルギオス城の包囲。第二軍は市街地の制圧にあたるのじゃ」
グスターボが頷き、メシュメンディは特に反応しない。が、いつの間にか幼女がまた一人メシュメンディの肩の上に載っている。膝の二人に加えて三人目である。
また増えたぁぁぁぁ?!
ナナシが口をあんぐりと開けたまま見ていることに気付くと、膝の上の幼女達はナナシをちらちらと見ては、眉をひそめながら口元を隠して、ヒソヒソと話はじめる。
やめてください! なんか、その反応は傷つくからやめてください!
「これより各員持ち場へと移動してもらう。接舷は左舷から行う。シュメルヴィの魔術師隊と第一軍、第二軍から選抜した大盾隊は城壁上で待機。大盾隊の指揮はペネル。お主が執るがよい」
「ハッ! 光栄であります」
グスターボの背後に控えていた副官、ペネルが敬礼しながら背筋を伸ばす。
「第一軍、第二軍はそれぞれ、メシュメンディ、グスターボの両将軍に任せ、城壁の傍で待機。セルディス卿と黒薔薇隊は、不測の事態に備え、城内にて待機とする」
ミオはそういい終えた後、ナナシの方へと顔を向け、付け加える様に言った。
「ナナシ。第二軍の侵攻に合わせて、お主も潜入するがいい」
「あ、ありがとうございます」
幼女ショックからまだ抜け出せないまま、ナナシはとりあえず礼を言った。
しかし、ナナシのそのぼうっとした様子を、怯えているととったのだろう、ミオは少し考えて呼びかける。
「アージュ!」
「ハッ!」
「お主はナナシに同行せよ」
「えっ? ミオ様それは……」
驚いて目を見開くアージュ。しかし有無を言わさぬ調子でミオは言う
「命令じゃ」
「ハァ……」
力なく返答した後、悔しそうに唇を噛みしめて、ナナシをギロリと睨むアージュ。
首を竦めるナナシ。今日は首を竦めてちっちゃくなってばかり。
自分でも「そのうち消えてなくなりそうです」と思うナナシであった。
「よいか! 皆の者! 愚かにも先代との盟約を踏みにじったことを、ゲッティンゲンのクソジジイに後悔させてやるのじゃ」
「「「「「仰せのままに!」」」」」
軍議が終わり、各人が持ち場へと移動。
さらに1刻ほどを文官たちと戦後処理についての打ち合わせに費やし、ミオは執務室を出た。
後に従うのはボズムスとキルヒハイム。
白の枠線に縁どられた一画に立ち止まり、足を一定調子で踏み鳴らすとその一画がゆっくりと浮き上がる。床に埋め込まれた「上昇」の力を込めた精霊石が光っている。これは城の上層階にある艦橋へと向かう昇降機だ。
ゆっくりと上昇していく昇降機の上でミオは付き従う二人に問いかける。
「内通者の話だが、二人はどう思う」
ミオは先程、戦後処理の話にあわせて、二人には内通者がいる可能性の話をした。
「私めには、考え過ぎのように思えます」
キルヒハイムが表情一つ変えず言う。
「ふおっふおっ、私もそう思いますな。このサラトガに内通者などありえませぬ。が仮に、もしそんなものがいたとすれば、明らかになるタイミングがございます」
「ほう、申してみよ」
「たとえば、敵が罠をかけていたとして、サラトガが危機に陥ったならば、内通者は一緒に沈まぬ様に逃げ出そうとするでしょう」
「当然じゃな」
「妨害されずに逃げるならば、城壁から外へでるのが当然と思わせる必要がございます。例えば、背後に敵が現れたと言って出撃しようとするものがいれば、それが内通者の可能性が高いですな」
「なるほどのう。しかしその時点ではサラトガは既にまずいことになっておりそうじゃの」
昇降機が速度を落とし、ゆっくりと停止する。
ミオ達が艦橋に到着し、フロアへと降りると、艦橋の兵員達がザワザワと浮き足立っている。
「なにごとじゃ」
「ミオ様! 大変です。ゲルギオスへの進路上に巨大な障害物が現れました!」
探知の魔法でゲルギオスをモニターしていた魔術師が答える。
「なんじゃと!」
ミオは慌てて艦橋の窓から、外を見回す。
しかし見える範囲は、見渡す限りの平坦な砂の海。そんな障害物は全く見当たらない。どうやら、まだ目視圏内の話ではないらしい。
「精霊石板に映せるか?」
「やってみます」
しばらくすると艦橋前面に備え付けられた精霊石板に粒子の荒い画像が映る。
砂の海に不自然な小高い砂山が、そびえ立っているのが見える。その数三つ。
「サイズが良くわからんのう」
「報告します。いずれも30ザールほどの大きさです」
「ほぼサラトガの城壁と、同程度の高さというわけじゃな」
ミオがそうつぶやいた途端、モニターの中の砂の山がぞわぞわと不自然に蠢いて、何かを形作っていく。四角い箱をつなげたような腕、次に頭、胴体そして足。それは急激に、巨大な人型へと変わっていった。
「サ、サンドゴーレム!」
驚きの余り、キルヒハイムが珍しく表情を崩す。
「ありえません! こんなことあるはずがありません!」
取り乱すキルヒハイム。それもそのはず、砂巨兵といえば、最強と名高い機動城砦メルクリウスが、幾つもの機動城砦を屠ってきた決戦兵器だ。
探知の魔法では、メルクリウスの現在地は、遥か彼方、砂漠の東端あたりである。とてもではないが、サラトガに攻撃を仕掛けられるような距離ではない。
「迂回できるか?」
上ずりそうになる声を抑えながらミオが問いかける。
「その場合、ゲルギオスに追いつくことは出来なくなります!」
ミオの問いかけに艦橋クルーの一人が即座に答える。
「ならば、正面から踏みつぶすのみじゃのう」
モニターを睨みながら、ミオが言う。
「いけません! ミオ様、それは悪手です。城壁に取りつかれたら最期、内部に侵攻されてしまえばサラトガが沈みます!」
必死の形相でキルヒハイムが、それを諌める。
「ならばどうしろというのじゃ! 土くれに怯えて引き返せとでも? そちは娼を笑いものにしたいのか!」
肩で息をしながら、ミオが一気に捲し立てる。
静まり返るブリッジ。重苦しい空気があたりに充満する。
「ふおっふおっ」
静寂の中にボズムスの独特の笑い声が響いた。
そして一言。
「ミオ様 我々にも『最強の切り札』があることをお忘れではありませんか?」




