第114話 ぐだぐだ大放送
乱れ髪に櫛を通す暇も与えられず、起き抜けのミオは夜着の上にショールを引っ掛けただけの格好で、キリエに引き摺られる様にして、階段を登っていく。
「今朝早くに、謎の組織からペリクレスを占拠したと犯行声明と思しき映像が、配信されて参ったのです」
「そうは言うがキリエよ。ペリクレスにはナナシやシュメルヴィがおる筈じゃろう? そんな凡百の輩に遅れを取るとは到底思えんのじゃが……」
「で、ですが、実際に占拠したとの声明が参っておるのです。もちろん、我が弟のことは信用しておりますが、万一の事を思うと心配で胸がはち切れそうです」
「ほう……胸が……のう」
ミオは思いついたボケを飲み込んだ。
キリエ本人は至って真剣なのだ、ここで揶揄するのは、流石に不謹慎というものだ。無論、胸の貧しさをいぢれば、間違いなく自らに跳ね返ってくるということも、ボケなかった理由の一つではある。
そうこうする内に、二人は艦橋へとたどり着く。
ドアを開くのももどかしく、キリエは蹴破る様にして艦橋に転がり込むと、何事かと目を丸くする艦橋乗員達へ向けて、大声で喚いた。
「おい、先の映像を精霊石板に出せ! 早く! 今すぐにだ!」
キリエの声に弾かれる様にして、艦橋乗員達が慌しく動き始めると、それまで黒一色であった精霊石板に砂嵐が走り、映像もないままに音声だけが響き渡る。
『ちょっとぉ、アンタたち、何やってんのよぉ、急ぎなさい、もう映っちゃうわよぉ』
「ん?」とミオが眉を顰める。
精霊石板の中から聞こえてくるこの声には、明らかに聞き覚えがある。それは、少し鼻にかかった甘える様な女の声。
『ウソや! アカンて! 頭巾があらへんねん、くっそーウチの頭巾どこやねんな』
『もう、赤いの! 何をしてるんですか、あなたのはコレでしょう』
ズボッという何かが擦れるような音が響いた途端、
『もがッ! もももーむむもも!』
と、くぐもった呻きのような女の声が聞こえてきた。
『あーもう、いつまでわちゃわちゃしてるのよぉ。もう映像でちゃうわよぉ~。立ち位置はソコ、そう、ちゃんとバミってるでしょぉ、あーもー、時間よぉ! 3、2、1、はい、キュー!』
キューという合図と思しき声が聞こえたのと同時に、精霊石板の画面がパッと明るくなった。
キリエが小さく息を呑む。
画面に映ったのは、石造りの壁を背景に立つ、3人の人物。
「マレー?」
ミオがボソりと呟く。
3人の人物の中央に立っているのは白い少女。
白い髪に、透き通るような白い肌。
首筋に短刀を突きつけられながら、赤い瞳を眠そうに細める儚げな少女。
ペリクレス伯の娘マレーネである。
しかし、問題はその左右にいる人物だ。
マレーネの首筋に短刀を突きつけているのは、向かって右手の人物。
その人物は目と口の部分だけに穴があいた、黒い三角の頭巾でスッポリと顔を覆い、同じく黒のローブを羽織っている。
物語にでも出てきそうな、よくある秘密結社の構成員らしい格好であった。
そして、極めつけは左手の人物。
右手の人物とほぼ同じ格好をしているのだが、顔の部分には目や口を出す穴が無い。
誰がどう見ても、頭巾が前後、逆。
呼吸するたびに布が膨らんだり凹んだりしているのが、非常にシュールだ。
「えーと……」
ミオは迷った。
一体、どこからツッコめば良いのかと。
「なあ、キリエ、これは何の冗……」
「シッ! ミオ様、声明が始まります」
呆れたような半眼で問いかけてくるミオの言葉を制して、キリエは唇の前で人差し指を立てる。
真剣も真剣。
最愛の弟の命が懸かっているかも知れないのだ。
キリエはこの上なく真剣であった。
呆れ気味のミオに対して、息を呑んで精霊石板を見守るキリエ。
しかし、画面の中の3人には動きが無い。
まるで、静止画の様にじっとモニターのこちら側を見つめている。
「……………………………………」
暫くして、画面の中の人物の視線が一斉に少しだけ上に動いた。
次の瞬間、
『あ、ゴメ、私だ』と右手の頭巾が慌てて口走った。
どうやらカンペが出たらしい。
コホンと一つ咳払いをして、右手の頭巾が、腕を振り上げて声を上げる。
どうやら、コイツが自分のセリフを忘れていた様だ。
『首都住民の皆様。我々は謎の組織です!』
ほほぅ、自分で謎の組織を名乗るとは、中々斬新な連中じゃな。
この程度では、いまさらミオも驚かない。
『この度、我々は僭越ながら、この機動城砦ペリクレスを占拠させていただきました』
『もごもごもごもももも』
頭巾が裏表逆になっている方が、あいの手らしきものを入れたが、何を言っているのかはさっぱり分らない。
しかし、右手の頭巾は特に気にする様子も無く、そのまま話を続行する。
『我々の要求は唯一つ!』
『もごもごもごももももがあ、もももも』
『というわけです!』
ナニィィィィ、要求が聞き取れないじゃとおぉ?!
これには、流石にミオも、思わず仰け反る。
斬新とか、もうそういう問題ではない。
『しかーし、もし、我々の邪魔をしようとするのであれば……』
『もごもごもごももももがあ、ゴホッ、ゴホッ! オェェェ!』
『……という目にあうことになります』
だから、どういう目にあうんじゃああああ?!
というか、最後の方咽せすぎて、えづいてただけじゃろが!
『我々は準備が出来次第、ペリクレスを移動させて、首都を離脱します。その邪魔をしない限り攻撃することはないでドリル』
『もごもごもごもももも、も、もきゅー?』
『そうです。その通り』
だから、何が?!
ミオは戦慄していた。
思わず、ゴクリと喉を鳴らす。なんて恐ろしい連中なのだ。
なにせ、ここまで、彼らの言いたいことは何一つ伝わってこないのだ。
そして右手の奴が頭巾越しにも分かるドヤ顔なのが腹立つ。
まさかこのまま、終わりはしないだろうなと画面を凝視していると、次第に映像がマレーネの顔をアップで映しはじめる。
「あー、うー」
マレーネは少し照れたような素振りで、画面の外に指示を求める様な視線を投げた後、いつもどおりの平板な声で、
『タスケテー』
とボソリと呟き、そのまま小さく欠伸をした。
次の瞬間、画面下に「※助けて! と仰られています」というテロップが流れる。
誰がどう考えても必要ない注釈であった。
そして、
『もごもごもごもももも』
『では、皆様ごきげんよう!』
と、手を振る3人の姿を最後に、画面が再び砂嵐に切り替わった。
「なんと言う卑怯な連中だ! 許せん! ねえミオ様……ってミ、ミオ様?」
ミオの方へと眼を向けたキリエが、ビクリと身体を跳ねさせて硬直する。
俯いたまま、プルプルと身体を震えさせながら、ミオは体中から禍々しい殺気を立ち昇らせていたのだ。
「ミ……ミオ様? あの……」
「ぐ……」
「ぐ?」
ミオの口から搾り出すように洩れる声、キリエは思わず聞き返す。
そして次の瞬間、
「ぐだぐだじゃああああぁぁぁぁ!」
白目を剥いて絶叫するミオ。
「あ、あやつらは何を考えておるのじゃ! 娼の裁判が終わったかと思ったらこんな騒ぎを起こしおって!」
「はあ……ミオ様、でも、謎の組織ですから」
「なん……じゃと?」
「だって謎の組織ですよ、騒ぎの一つや二つは当然、起こすものではないかと」
「まさか、キリエ……お主、あ奴らが誰か気づいておらんのか?」
「誰かとは?」
「マジか……」
ミオは思わず肩を落とす。
その胸のうちには、思う存分、ボケた剣姫達への深い嫉妬が渦巻いていたことは言うまでもないだろう。
◇◆ ◇◆
『では、皆様ごきげんよう』
ブツリと途切れる映像。
その途端、ペリクレス伯が「マレマレええええええええッ!」と謎の絶叫を上げた。
千年宮の一室。
そこには、昨晩の宴会から引き続き飲み続けていた一部の領主達がいた。
具体的には、ペリクレス伯、それに絡まれて帰るタイミングを失ったカルロン伯。一人チビチビと飲みながら悦に入っていたアスモダイモス伯。それと早々に酔いつぶれて、つい今しがた目を覚ましたばかりのローダ伯の四人である。
アスモダイモス伯は折角の余韻に水を差された不愉快さをぐっと押しとどめて、何が起こっているのかをあらためて考える。
あの家政婦を助けるために動くのであれば、それはサラトガの筈。
サラトガに何か動きがあれば、見張らせている部下達から即座にアスモダイモス伯の元に連絡が入る手筈になっている。
しかし、そちらには未だに何の動きもない。
その代り、どういうわけかペリクレスで異変が起こっている。
しかし今の映像を見ても連中が何をしようとしているのか、さっぱり意味がわからない。
今の映像がサラトガの連中の策略だと仮定して、無理にでもその意図を想定するならば『陽動』。それしか考えられない。
つまりペリクレスに衆目を集めて、その間に何か別のところで行動を起こしている。そう考えるのが妥当だろう。
何か手を打たれるより前に家政婦の処刑を早めてしまった方が良いだろう。
アスモダイモス伯はそう考えて、カルロン伯へと声を掛ける。
「カルロン伯、これはなにかキナ臭い気がしますな。今の映像の奴らは、例の家政婦を奪取しようという連中かもしれませぬぞ」
しかしカルロン伯は不思議そうな顔でアスモダイモス伯を見返して言った。
「例の家政婦……? 何の事でしたかな?」
その反応に、アスモダイモス伯の表情が見る見るうちに驚愕の色を濃くしていく。 その脇で、ペリクレス伯が泣き喚きながらカルロン伯にしがみ付いて、マレーネ救出のために兵を出してほしいと懇願していた。




