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機動城砦サラトガ ~銀嶺の剣姫がボクの下僕になりました。  作者: 円城寺正市
第1章 かくて剣姫は下僕となった。
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第11話 今日から私が貴様のお姉ちゃんになってやろう!

「ミオ様、お召替えの時間でございます」


 ドアを押して、楚々とした様子のミリアが部屋へと入ってくる。

 ここはミオの私室。

 昼間には、骸骨兵(スケルトン)達に囲まれて、死ぬほどの思いをしたというのに、いつもと変わらない(たたず)まいで、彼女は毎日の仕事に戻っている。


 ただ、少し違和感を覚えるのは、今が精霊石に灯りを灯したばかりの夕暮れ時であるということだ。夜着に着替えるには少し早い。


 後ろ手にそっとドア閉じると、ミリアはベッドの上で、はしたなく胡坐(あぐら)をかいているミオの方へと歩み寄る。


「まったく、肝が冷えたぞ。リア」


「ボクだって、好きであんな目にあったわけじゃないやい」


 先ほどまでの楚々とした様子はどこへやら、ミリアはベッドの上、ミオのすぐ隣に身体を投げ出すと、うつ伏せに寝転がる。


「そろそろ、観念して(しか)るべき役職に就いたらどうじゃ」


「やーだ」


「今回のような事があっても、家政婦(メイド)のままでは、そちの周りに充分な警護を置くこともできんじゃろが……。」


 ミオは自分の隣で気持ちよさそうに目を細めている少女の上に、溜息を投げかける。


「アハハ。確かに。家政婦(メイド)が掃除してる周りを兵隊さんがとり囲んでたらビックリしちゃうよね。」


「そうであろう。ならば……」


「でもヤだ。家政婦(メイド)だから、ミオちんの部屋に出入りしても誰にも文句を言われないんだよ。これがさ、ミオちんが言うみたいな偉そうな役職なんかに就いてごらんよ。文句言わなくてもさ、いろいろと勘繰られちゃうんだよ」


「たしかにそうじゃが……って、リアなにしとるんじゃ?」


 ミオが目を向けると、ミリアが寝そべったまま手を伸ばして、ベッドサイドの引き出しを次から次へと漁っている。


「昨日、ボズムズさんの奥さんから、焼き菓子(プレッツエル)貰ってたよね。あれ、どこ?」


「……お主、ホントに遠慮がないのう」


「対等の関係だから、自由にして良いって言ったのは、ミオちんだよ」


「いや、そうなんじゃが……」


「あ、ミオちん、お茶入れて。甘いのがいい」


「絶対、対等だと思ってないじゃろ?!」


 完全に目下扱いされていることに驚愕するミオ。

 その反応にミリアはクスクスと笑った。


「で、ナナちゃんをボクに預けたのは、警護のつもりだった?」


「ああ、そうじゃ。目立たないようにしておるが、地虫(バグ)は総じて腕が立つと、アレが言っておったのを思い出しての」


「ああ、アレね」


 ミリアは、嫌そうに顔を(しか)めながらアレの部分を強調する。


「じゃ、今回は裏目にでちゃったね」


「どういうことじゃ?」


「今日の骸骨兵(スケルトン)事件。あれ、ナナちゃんを殺すのが目的だよ」


「なんじゃと?」


 驚きつつも、なぜそう思ったのかと、ミリアの言葉の示すところを先回りすべく、ミオは必死で頭を巡らせる。


「そう考えるとね。色々辻褄が合うの。今はまだ妄想混じりの推論だけど、大筋は間違ってないと思うな」


「聞かせてくれ」


 ミオの真剣な顔を見ながら、ミリアはぼんやりと考え込み、そして口を開く


「うーん、今はやめとく。内通者が誰だかまだわかんないし、聞かれてないとも限んないからね」


「ちょ!ちょっと待て、内通者じゃと?!」


「うん、確実にいるね。でないとナナちゃんに対するリアクションが早すぎるんだもん」


 ミオは部下を、そして領民を大切にしてきたつもりだった。

 それでも自分達を裏切る者がいるということが、ミオの表情に暗い影を落とす。

 その表情の意味するところを気付かないミリアではなかったが、追い打ちを掛ける様に厳しい状況をミオへと突きつける。


「明日のゲルギオスとの戦闘。サラトガが今まで経験したことない様な大ピンチが待ってるよ。たぶん」


「そこまでわかってるんなら、今ここで教えてくれても良いじゃろうに!」


「ダメだよ。ミオちん、顔に出るんだもん」


「……マジで?」


「うん、マジマジ」


 四つん這いになって、肩を落とすミオ。

 濃厚な出汁(だし)のように漂う挫折感。

 まさか『顔に出るから』が理由でカヤの外に置かれようとは……。領主なのに。


「ボクも打てる手は打つけど、今回に関しては、ナナちゃんが全ての鍵を握ってる」


「あ奴が?」


「うん。たぶんナナちゃんは、神様がボクらに贈ってくれたお守り(タリスマン)なんだと思う」


「なんじゃ、やけにナナシを特別扱いしたがるではないか、惚れたか?」


 反撃のチャンスを見つけたミオは、一転してニヤ着いた笑顔を受かべながら、ミリアを揶揄した。それに対して、ミリアは僅かにさした赤味を誤魔化すように頬を膨らませて、拗ねたふりをする。


「ミオちん、かわいい顔した男の子にさ。一度、命がけで守られてみなって。それで恋に落ちなきゃ、女の子やめた方がいいと思うよ」


「お、素直に認めるのじゃな」


「そうだね。好きだとは思うよ。お姉ちゃんと殴り合いになってでも、手に入れたいと思う程度には」


「なんかリアルじゃ!」


 ミリアとキリエの殴りあう姿を想像し、ミオは戦慄する。


「じゃ、ボクは愛しい白馬の王子様の様子を見にいくよ」


 そう言うと、ミリアはゆっくりとベッドを降りた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 砂をかき分けて、地表に顔を出す。

 そんなイメージを思い浮かべながら、ナナシは、ゆっくりと目を開いた。

 焦点のあわないぼやけた視界。目の前で肌色の球体がゆれている。

 次第に焦点があっていく内に、それは優しく微笑むキリエの顔へと、像を結んでいく。


「起きたか」


「……ここは?」


 ぼうっとした意識のまま、目の前のキリエに問いかける。

 身体は指一本動かすのさえ、億劫だと思うほどに重いが、やけに頭の後があたたかい。やわらかい。気持ちいい。


「安心しろ。私の部屋だ」


 ナナシの顔を覗き込みながら、キリエがいった。

 顔と顔との距離は拳三つ分。

 あれ? なんだか近い? 


「うわぁあああああ! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 自分のおかれている状況を把握して、ナナシが飛び起きる。

 後頭部に当たる温かいものはキリエの(もも)

 ナナシはベッドに横たわり、キリエの膝枕に頭をのせて眠っていたのだ。


「こら、傷は魔法で全部塞がってるが、体力まで回復しているわけではないんだぞ。まだ起きちゃダメだ」


 そう言いながら、キリエはナナシの頭を鷲掴みにすると、万力のような力で再び自分の(もも)の上へと押さえつける。


「痛い! 指がめりこんでます。キリエさん痛いです。」


「ああ、すまん。だが、手を離しても動くなよ。いいな」


 キリエの恫喝するような声に、カクカクと頷くナナシ。

 キリエが手を離すと、部屋の中に静寂が訪れる。

 窓の外、ベッドの上から見える空には茜雲がゆっくりと流れていく。

 差し込む赤光が、フロアに黒とオレンジの幾何学模様を描いていた。

 

「ナナシ…殿」


 小さな声で、キリエが呼びかける。


「ナナシ殿?!」


「そんな顔をしないでほしい。妹の命の恩人をクソ虫呼ばわりするほど、私は恥知らずではないよ」


 命の恩人という言葉で、ナナシの中でやっと昼間の出来事と、今の状態が結びつく。

 自分達は骸骨兵(スケルトン)の群れの中から生還できたのだと、遅まきながらも理解した。


「ミリアを守ってくれて、ありがとう」


 キリエは、ナナシの髪を撫で始める。

 くすぐったいが心地いい。優しい感触。再び眠気がナナシの中に頭をもたげる。


「もう少しで、たった一人の家族を失うところだった」


「ご両親は?」


 キリエは苦笑しながら頭をふる。


「ミリアと私は、ずっと東の方、城砦の外で産まれたんだ。つまり非貴種(イルノブル)だよ」


非貴種(イルノブル)


「そうだ。私が10歳の時、村が消滅したんだ。両親はその時に……」


砂洪水(フラッド)ですか?」


「いいや踏み潰されたんだ、機動城砦に。両親がすり潰されていく様を、今でも夢に見るよ」


「ごめんなさい。嫌なことを思い出させてしまって」


 キリエは、やさしくナナシに微笑みかける。


「いや、いいんだ。身寄りを失って砂漠をさまよっていた私達姉妹を拾ってくれたのは、先代サラトガ伯。つまりミオ様のお父上なんだ。おかげでこうやって、貴種(ノブル)の様な顔をして生きている。だけど、私にはミリアしか残っていないんだ。ミリアが居なければ私は生きていけない。だから私にとっても、キミは命の恩人なんだよ」


「大袈裟ですよ。ミリアさんを救ったのは結局、剣姫様なんですから」


「その剣姫様が間に合ったのは、君が守りきってくれたからだ」


 褒められたり、礼を言われることにナナシは慣れていない。

 どんな表情をすればいいのかわからなくて、ただ目をつぶり、人差し指で頬を掻いた。


「家族がいるって良いですね」


「君にだって、妹がいるんだろう」


「ええ、血は繋がっていませんが、育ての親も義理の妹も大事な人達です」


「君もご両親を失ったのか?」


「失ったというか、最初からいないというか……」


 口ごもるナナシを、キリエは怪訝そうに見つめ、その表情にナナシは苦笑する。


「僕の名前。まあ名前と言っていいのかどうかもわかりませんけど……、『ナナシ』というは砂の民の言葉で「名前がない」という意味なんです。名前をもらう前に両親を失った子どもは、みんな『ナナシ』と呼ばれます」


 次の瞬間、ポタリとナナシの頬に水滴が落ちる。

 驚いて、目を上げるとナナシの顔の上で、キリエが顔をくしゃくしゃにして、ボロボロと泣きはじめていた


「なんてかわいそうなんだ、貴様は!」


 いきなりのかわいそうな子認定。

 一瞬にして号泣しはじめるキリエにナナシはちょっとひいた。


「いや、そこまで同情を誘う話をした覚えはないんですけど……」


 グスグスと鼻をすすっている姿に、涙以上のものがふってきそうな気がして、ナナシは少し顔を引き攣らせる。


「いいや! お前はかわいそうだ! 親の愛情を知らない子供は、飢えた獣の様に育つと言うではないか!」


「言うんですか?」


「言うのだ!」


 キリエがものすごい勢いで断言する。


「決めた。今日から私が貴様のお姉ちゃんになってやろう!」


「ちょっと、何を言ってるのかわからないんですけど……」


 この流れはまずい。というかキリエの思い込みの激しさにナナシはただただ困惑する。


「なんだ、貴様が兄の方がいいのか? お兄ちゃんと呼んでやろうか?」


「いや、それはさすがに無理が……」


 キリエにお兄ちゃんよばわりされるとか、どんな嫌がらせだろうか。


「ならば、お母さんになれというのか!」


「なんで、そうなるんですか…」


「そうかやはり、妹なんかよりもお姉ちゃんのほうがいいのだな」


「そ、そうですね。」


 あくまで、妹やお母さんと呼ぶことに比べればということだが。


「よし、今日から私は貴様のお姉ちゃんとして、全力で貴様のことを甘やかそうではないか!」


「いや、キリエさん、話を聞いてください」


「そうだな。まずは食事だな! そろそろ夕食の時間だしな! 何か食べたい物はありまちゅか?」


「赤ちゃん言葉?!」


 ナナシは戦慄した。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 キリエの部屋の前。

 ミリアはぷるぷると震えている。

 ドアをノックしようとした途端、中から断片的に聞こえてくる言葉に大きなショックを受けていた。


「妹なんかよりもお姉ちゃんのほうがいいのだな」というキリエの問いかけにナナシが「そうですね」と応えるのが聞こえたのだ。


 このままではお姉ちゃんにナナちゃんを奪われてしまう。

 強烈な危機感がミリアを襲う。

 そもそもキリエを焚き付けたのはミリアなのだが、当然、そんなことは都合よく忘れている。


 そんな折、「食べたい物はありまちゅか?」というキリエの甘えた声が聞こえたかと思うと、ナナシの喘ぐ声が聞こえはじめる。


 ミリアの頬が真っ赤に染まる。


 ここは突入あるのみだ!


 勢いよくドアを開け、ミリアはキリエの部屋へと飛び込む。


「お姉ちゃん! 何やってんの!」


 そこでミリアが見たものは……


 逃亡に失敗したナナシの頭を、鬼の形相で鷲づかみにしているキリエの姿だった。


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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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