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第96話 少女の形をした災厄

 いくら鍛え上げられた兵士だと言っても、直ぐ隣に立っていた仲間の首が落ちれば、流石に冷静でいられる訳が無い。

 それは数多(あまた)の戦場を潜り抜けて来た精鋭達、『断罪部隊(リヒテン)』の少女達であっても変わりはなかった。


 飛び散る血飛沫(ちしぶき)が幾人かの少女の頬を汚し、幾人かの少女は腰砕けに尻餅をつき、幾人かの少女は(かす)れた声で悲鳴を上げる。


 突如出現した少女の形をした災厄に、断罪部隊(リヒテン)の少女達は、『怖れ』という人としての本能の部分を呼び起されてしまった。


 指の一本も動かせば、次に落ちるのは自分の首では無いか、そう考えて怯えはじめれば、蛇に睨まれた蛙よろしく、誰一人として動く事すら(まま)ならなくなる。


 しかし、そんな彼女達を現実に引き戻したのは、彼女達の主の叫び声。


「飲まれるな、馬鹿者共! 総員迎撃装甲(イントルーダー)を展開! こちらもサンドゴーレムを出せ!」


 街の方へと向かう常設橋の上、少女達から未だ百ザールと離れてはいない位置にいるメルクリウス伯クルルが声を限りに叫んだ。


 少女達は弾かれる様にクルルの方へと顔を向けると、そこにある光景に思わず苦笑する。


 クルル自身は少女達の方へ戻ろうとしているが、彼女の腰にしがみついたキルヒハイムが必死に引き止めているのが見える。


 (まか)り間違ってクルルが死ぬ様な事があれば、無罪票が一票減ってミオを救う計画は瓦解する。キルヒハイムとしては、クルルがどれだけ怒り狂おうと、それだけは絶対に譲れない。


 山蛭(やまひる)の様に、背後から組みついて離れないキルヒハイムを引き剥そうと、クルルは(かかと)(すね)を蹴りつけるが、キルヒハイムはそれを必死になって()け続けている。


 本人達は到って真剣なのだが、第三者の眼には、謎の民族舞踊に興じている様にしか見えなかった。


 この殺伐とした空気の中でそんなものを見せられれば、少女達も苦笑するより他は無く、クルルの意図しない形で空気が緩む。

 

「男の方は捨て置け! その女を全力で叩くぞ!」


 クルルに続いて、大きく声を上げたのは左顎に3番のタトゥーを入れた少女。

 ここにいる断罪部隊(リヒテン)の少女達の中で唯一の一桁番号であり、そして一桁番号、最後の一人でもある。


 クルルに従って戦場を駆け巡る間に1番も2番も戦場に散って、4番から9番も言わずもがな。

 いつの間にか最古参となった彼女がこの断罪部隊(リヒテン)の隊長を務めることは当然の成り行きであった。


 断罪部隊(リヒテン)の少女達は3番の声に頷いて、キサラギから距離を取ると、一斉に迎撃装甲(イントルーダー)を展開。


 胸甲(ブレストプレート)背部装甲(はいぶそうこう)が次々に剥離(はくり)して、少女達それぞれの頭上に4枚の鉄板が浮かび上がる。


 少女達が迎撃装甲(イントルーダー)を展開する様子を見ながら3番は思わず、つい先程までの自分達の惰弱さに情けない思いを抱いた。


 攻防一体の完璧な兵器である迎撃装甲(イントルーダー)を身に着けている事さえ忘れて、たかが少女一人に恐れ(おのの)くとは、メルクリウスに敵対する事そのものを罪と断じて裁く『断罪部隊(リヒテン)』の構成員にあるまじきことだ。


 少女達の表情には、既に(かげ)りは存在しない。

 攻防一体の魔道兵器迎撃装甲(イントルーダー)を起動した少女達に隙などある筈が無いのだ。


 キサラギを中心に断罪部隊(リヒテン)が円陣を組むように取り囲み、その円の外側にナナシは、ポツンと置き去りにされる格好となった。


 少女達が次々と身構える中で、キサラギはまるで少女達の姿が見えていないかの様に、ナナシだけを見据えて楽しそうに口元を歪める。


「あの銀嶺の剣姫(どぐされビッチ)がアンちゃんから離れてくれるのを待ってたら、ずいぶん時間がかかっちゃったよ、ごめんねー」


 ナナシはキサラギから、思わず目を逸らす。

 決して恐れた訳では無い。

 自分の妹を喰った化物が自分の妹の姿をしているのだ。

 真正面を向いて目を合わせてしまえば、感情が暴発してしまう様な気がした。


「……キサラギの魂は無事なんでしょうね」


「もちろん! 今も久しぶりにアンちゃんに会えてよろこんで……いやこれは悲しんでるのかな、うーん、なんか複雑な心境みたいだね。乙女心は良くわかんないや」


 キサラギがそう言って肩を(すく)めた途端、ぐらりと地面が揺れた。

 次の瞬間、メルクリウスの向こう側、城壁に手を掛けたまま停止しているサンドゴーレムの背後で、突然地面が盛り上がり砂が高く天を突き上げる。


 大地を揺るがしながら、突然現れた砂山は、みるみる内に箱を積み重ねた様な不恰好な人型へと変わり始め、もう一体の巨人が現れた。


「あはっ、本家本元、元祖サンドゴーレムさんのお出ましだぁ」


 ぱらぱらと降り注いでくる砂を払い除けながら、キサラギが無邪気に笑う。


 それを契機に、完全に黙殺された形となっていた断罪部隊(リヒテン)の少女達が怒りに満ちた表情で、(まなじり)を吊り上げながら、キサラギへと一斉に襲い掛かる。


「死ねええええ!」


 四方八方から、次々に繰り出される無数の剣、飛来する無数の鉄板。


 肉塊(ミンチ)の出来上がり。


 少女達は誰一人としてそれを疑っては居なかった。しかし次の瞬間、少女達は自分達が今、目撃しているものを疑う羽目になる。


 襲い掛かる刃を、飛来する迎撃装甲(イントルーダー)の鉄板を、そしてその全てを、キサラギは(かす)る事さえなく平然と(かわ)していく。


 あり得ない! そう心の内で叫びながら、円陣の外で味方の攻撃を指揮していた3番も迎撃装甲(イントルーダー)を射出。

 キサラギへと向かって飛んでいく鉄板の影に、(やいば)を隠す様にして自身もキサラギへと襲い掛かる。


 死角からの攻撃。

 これまで一度たりとも(かわ)された事の無い必殺の一撃。

 しかし、それすらも手ごたえは無く、(むな)しく空を切った。


 取り囲まれている円陣の中からキサラギは一歩も出てはいない。

 ほんの少しの動きだけで、(ひらめ)刀槍乱刃(とうそうらんじん)(かわ)し切っていた。


「なに? もう終わった?」


 肩で息をする少女達を見回しながら、キサラギは如何にもつまらなさそうにそう言うと、欠伸(あくび)交じりに手近な少女に向かって爪を伸ばす。


 刹那、胸元を貫かれた少女が、声を立てる暇も無く膝から崩れ落ちる。

 キサラギの気の抜けた様子とは真逆の迎撃装甲(イントルーダー)の自動迎撃ですら間に合わない超高速の一刺(ひとさ)し。


「ば、化物……」


 少女達は戦慄した。


 砂漠の方では二体のサンドゴーレムが盛大に砂煙を上げながら、互いに殴り合い、崩れては再生するという、この世の終わりのような光景を繰り広げているというのに、その轟音すら遠い世界の出来事の様に思える。


 それほどまでに凍りついた空気。

 完全に折れた。心が折れてしまった。

 噛み合わない歯の根、気が付かない内に(こぼ)れ落ちる涙。


「邪魔しなきゃ殺さないから大人しくしててね」


 キサラギが小さな子供に諭すような口調でそう言うと、少女達は思わず安堵した。

 安堵してしまった。


 その言葉は、甘い毒薬。

 その言葉を聞いた途端、少女達を繋ぎとめていたものが断ち切れた。

 何もしなければ助かる。

 圧倒的な暴力に対して、少女達がその誘惑に屈して行くことを誰が責められるだろうか。

 項垂(うなだ)れる少女達を楽しそうに見回した後、キサラギはナナシの方へと目を向ける。


「というわけで、お待たせアンちゃんって……あれ?! いない!」


 キサラギが振り返ると、さっきまで其処(そこ)にいた筈のナナシの姿が見当たらない。


 キョロキョロと見回すと、常設橋を砂漠の方へ向かって走っていくナナシの背中が目に入った。

 どうやら断罪部隊(リヒテン)の少女達とキサラギが争っている(すき)に逃げ出したらしい。


「アンちゃん……女の子を楯にして逃げるなんて、ちょっと(ひど)すぎない?」


 キサラギが呆れ顔で肩を(すく)めると、自分の中にいるキサラギが「アンちゃんがそんな事するもんか!」と、抗議の声を上げるのを聞き流し「サバイバルと鯖威張るって似てないか?」と、どうでも良い事を(のたま)うゴードンに「声に出すと一緒だからね」と律儀に相槌を打った後で周りを見回して、舌なめずりをする。


「仕方ないね。アンちゃんの他にもう一人、どうしても会いたかった人間もいる事だし、そっちを先に済ませちゃおうかな」


 キサラギが目を向けた先、そこにはクルルがいた。


「テメェ、自分とこを攻撃されてるってのに、領主がこの場を離れられるわけねぇだろうが!」


 腰の辺りにしがみつくキルヒハイムを引き離そうとクルルは身体を激しく(よじ)る。


「違います。狙われてるのはナナシ君です。あなた達が手を出さなければ、あの化物はナナシ君を追ってどこかへ行ってしまいますよ!」


「離せ! 何がどこかへ行ってしまいますよ、だ! オレの部下が何人もやられてるんだぞ!」


「あなたには、無事に裁判に出てもらわなければ困るんです!」


「うるせえ! オレの知ったことかよ!」


 言い争う二人の方へとキサラギが歩み寄ってくるのを見止めたキルヒハイムが、思わず蒼ざめる。


「ほらぁ、貴方が言うことを聞いてくれないから、こっちに来てしまったでは無いですか!」


「来てしまったじゃねえよ! 馬鹿野郎! お前も男なら可愛い義妹(いもうと)の事を身を(てい)して(かば)うぐらいの事してみろよ」


「どこに可愛い義妹(いもうと)がいるんですか! 馬鹿言わないでくださいよ。私は文官ですよ? あんなのに狙われたら、睨まれただけで即死しますよ。あなた、最愛の姉を未亡人にしたいんですか?」


「てめえはすぐそうだ! 姉上って言えば何でも許されると思うなよ!」


 あまりにも醜い言い争いに、流石のキサラギも苦笑せざるを得ない。


「はーい、クルルぅ久しぶり。元気にしてた?」


 まるで古い友達にでも会ったかのような物言い。

 クルルは、嫁入り前の娘が決してやってはいけない様な、とてつもなく柄の悪い表情を作ってキサラギを睨み付ける。


「あん? テメェ、気安く呼んでんじゃねえゾ」


「あら? 私の事わかんない?」


「わかるわけねぇだろ、タコ!」


「じゃあ、聞くけど、あなたが12歳の誕生日に何をねだったかは覚えている?」


「ンだと?」


 キサラギは大きく溜息を吐いて、目を伏せる。

 自分があれだけ苦しんだというのに、苦しめた当の本人は何も覚えちゃいない。


 キサラギは顔を上げる。豹変。その目には、激しい怒りが宿っていた。

 これ以上、話すことは何もない。

 キサラギは、長く伸ばした爪を振り上げて、いきなりクルルに襲い掛かった。


 突然の攻撃に、クルルも腰の剣へと手を掛けるが全く間に合わない。

 やられる! 腰にしがみ付いたままのキルヒハイムが思わず眼を背ける。

 甲高い金属音が鳴り響き、激しく火花が飛んだ。


 金属音?


 なんで金属音? と、キルヒハイムがゆっくりと眼を開くと、クルルの眼前へと下から突き出された鉛の板がキサラギの爪を阻んでいるのが見えた。


 目線を下へと落とすと、必死で飛び込んだのだろう。そこには、逆立ちの体勢で足で砂を裂くもの(サンドスプレッダー)を跳ね上げて、キサラギの爪を阻む、ナナシの姿があった。

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新作始めました!舞台はサラトガから数百年後、エスカリス・ミーミルの北、フロインベール。 『落ちこぼれ衛士見習いの少年。(実は)最強最悪の暗殺者。』 も、どうぞ、よろしくお願いいたします!
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