第10話 女の子を守って死ぬというのは、たぶん、生き様としては上等の部類なんです
「フン! ハッ! フン! ハッ!」
独特の掛け声をかけながら走る、黒光りする筋肉ダルマの群れ。
彼らの担ぐ神輿の上でお団子頭が揺れていた。
傍目には、喜劇にも似た光景ではあるが、お団子のその下にくっついている顔を見れば、事態がいかに切迫しているかがわかるだろう。
「止まるのじゃ!」
ミオ達が練兵所の敷地内に入ると、即座にグスターボの副官を務めるペネルが駆け寄ってくるのが見えた。
「ペネル! 戦況を報告せよ!」
「ハッ! 練兵所正面からあふれ出てくる骸骨兵どもを、重装歩兵隊にて包囲の上、各個撃破。既に百数十匹を屠るも、化物どもは尽きる様子もなく続々と出現しつづけており、我が軍にも、負傷者が多数出初めております。未だ化物どもの市街地への突破を許してはおりませんが、このまま持久戦になればかなり苦しい状況であります!」
「内部への侵入は試みたのか?」
「唯一の進入路である正面入口に、化物どもが殺到しております。現状では、不可能と言わざるを得ません」
元本は返済できず、利子を払うだけで手いっぱい。例えるならそういうことだ。想像以上に状況は良くないらしい。
「中に取り残されている者は?」
「幸いにも、捕虜の地虫を連れた家政婦が一名のみ。最小限の被害で済んでおります」
「ふええぇぇ……び、びりあぁ、やだよぅ。お姉ちゃんをひとりにしないでよぅ」
ミオの後ろ、それまで上唇を噛んで、泣くことを必死にこらえていたキリエの感情が、ペネルの言葉を引き金についに決壊した。
状況がわからず、目を丸くしてあたふたと慌てるペネル。
泣き喚くキリエの頭を胸に抱きしめて、ミオが奥歯を噛みしめる。
ミオは、ペネルを怒鳴りつけかけて……やめた。
ペネルに悪気があるわけではない。たかが家政婦。たかが地虫。それが貴種の普通の価値観なのだ。
ミオとて、自分が見知る者でなければ、同じことを口にしているかもしれない。
「その家政婦と地虫の安否を確認したわけではあるまい」
「はぁ、しかしこの状況ですので……」
ミオがその家政婦と地虫一匹にこだわる理由がわからずペネルは、不思議そうな顔をする。
「シュメルヴィ!」
「はぁい、こちらにぃ」
「魔術師たちの包囲はまだか、大規模浄化魔法で一気に骸骨兵を殲滅せよ」
「はーい、ミオ様、丁度はじまりましたわぁ」
そう言って、シュメルヴィが指さす方向には、空中にエメラルドグリーンの魔方陣が、浮かび上がっては、練兵所を覆い尽くす様に集まっていくところであった。
「そろそろ、浄化された魂が飛び出しはじめますわよぉ。とぉっても、きれいなんですからぁ」
しかし、いつまで経っても、変化は訪れない。
それどころか、じわじわと魔方陣が消滅していく。
「どういうことじゃ?」
シュメルヴィに問いかけるミオ。珍しく難しい顔をするシュメルヴィ
「はい、浄化する魂が、無かったみたいですねぇ」
「骸骨兵どもが抵抗したのではなく?」
「真祖クラスならばともかくぅ、骸骨兵程度が抵抗なんて出来るはずありません。されたら、泣いちゃいますよぉ」
目尻に指をあて、シュメルヴィは泣く真似をする。
「つまり……どういうことじゃ。」
ミオの片方の眉が吊り上がる。
結論にたどり着くことができず、イラつきはじめているのがみてとれた。
「あれはぁ不死者じゃないっていうことですぅ」
「不死者ではないじゃと?」
「ええ、聞いたことがあります。たぶん、竜の牙。戦略兵器級の魔道具ですぅ。」
「なんじゃと!」
「龍の牙を土に埋めて、水をかければぁ、竜牙兵という骸骨に酷似した魔導生物が産まれますぅ。水をかければかけた分だけ無限に発生し続けると聞きますわぁ」
「つまり……災害の類ではなく、これは攻撃を受けているということなのじゃな」
「ええ、狙いが練兵場というところはぁ、おかしな感じがしますけどぉ……。これだけ湧き出し続けているのは、今も水がかかり続けているからじゃないかとぉ」
「ならば、シュメルヴィ、貴様ならどうする?」
ミオの問いかけに、シュメルヴィは顎に人差し指を当てて考える。
「そうですねぇ。何にしろ中に入ること自体が難しいということですからぁ、大規模爆裂魔法で建物ごと破壊するぐらいしかできないかなぁ」
ミオの腕の中で、キリエの身体がピクンと跳ねる
「つまり、内部へ入れないことには、どうにもならんということじゃな」
ミオは正面の練兵場を見据え、瞑目する。
そして再び目を見開くと、そのまま大きな声を上げた。
「聞いたか、セルディス卿! 娼達にはもう、貴公にすがるより他に手はないようじゃ」
「承りました」
ミオの要請に応えた、その声の主へと一斉に視線が集まる。
ミオが坐する神輿の背後。
いつしか、そこに青いドレスを纏った少女が立っていた。
彼女はゆっくりと歩いて、ミオの神輿の横に並ぶ。
「ミオ殿、貴女が望むのは、速やかな殲滅ですか?」
ミオはゆっくりと首を振る。
「速やかな救出じゃ」
そう言って、まんじりともせず見つめ返すミオに、少女はニコリと微笑かける。
「施設は破損しても?」
「かまわぬ」
「では、シュメルヴィ殿、私に飛翔の魔法を掛けていただけますか?」
◇ ◇ ◇ ◇
一方その頃、練兵場内部では、もう何体の骸骨兵を屠ったのかもわからず、飛びそうになる意識を必死につなぎとめながら、戦いつづける少年の姿があった。
「ナナちゃん……。もういい、もういいよ」
背後からミリアの涙声が聞こえる。
「それ以上、傷ついたら死んじゃうよ。私のことは置いて逃げてよ」
「10分前なら、その選択肢もあったんでしょうけどね」
そう言ってナナシは、自嘲気味に口元を歪める。
もう、ちゃんと笑顔をつくるだけの余力はない。
ミリアの目からは、はらはらと涙が零れ落ちていく。
「そんな顔しないでください。女の子を守って死ぬというのは、たぶん地虫の生き様としては、上等の部類なんです」
鞘に納めることも出来ず、抜き身のままの刀を弱弱しくふりまわしては、ナナシは、骸骨兵を牽制しつづける。
ふいに意識が飛びかけて、よろめく。
そこに骸骨兵の剣が上段から振り落ろされ、遅れて刀で受け止めた瞬間、ナナシの肩から骨が折れるような鈍い音が聞こえた。
今ので肩が死んだな。もう腕があがらない。
ナナシは、悲鳴をあげるでもなく他人事のように確認する。
「ごめんな……キサラギ」
少年はそう呟いて、だらりと腕を垂らした。
目を瞑り、従容と最後の訪れを待つ。
「おねがい! やめてえぇぇぇぇぇ!」
四方から、骸骨兵が剣を振り上げて少年へと殺到し、ミリアの絶望的な悲鳴が練兵場に木霊した。
その時。
「凍土の洗礼!」
練兵場の壁に、聖句を唱える声が反響する。
刹那、ナナシとミリアの周囲1ザールほどの範囲を、氷の粒を纏った竜巻が渦巻きはじめ、殺到してきた骸骨兵達がそれに触れた途端、ピシピシと音を立てて凍り付き、ついには自重に耐えきれず足元から粉々に崩れ落ちていく。
ミリアは目を見開き、起こっていることを確認すると「ああっ」と小さく声を洩らした。
「魔法…なんですか?」
自分達の周囲で円形に渦巻く氷の竜巻を、内側から茫然と眺めながら、ナナシがつぶやく。
「そう、そうだよ。ナナちゃん。彼女の魔法だよ」
ミリアが涙で濡れた顔に笑顔を浮かべてささやく。
「彼女?」
その瞬間、ガンッ!と天井に何かがぶつかる音がした。
練兵場の中央付近、その天井にピシピシとひび割れが走りはじめ、ついには轟音を発して崩落する。
「大雪崩落し!」
大音響とともに崩落する天井。
その破片とともに 巨大な銀盤が降ってくる。
それは轟音と共に、何十体もの骸骨兵を下敷きにして、フロアの砂を濛々と巻き上げた。
立ちのぼる砂煙と底冷えする様な冷気の中、銀盤の上に影が一つ。
ナナシは目を細め、その姿を確認する。
そこに立っていたのは、あの暁の公園にいた異国の少女。
流星の軌跡を束ねたような銀色の長い髪。白磁の肌。深い蒼の瞳。
瞳と同じ色のドレスを纏い、その上に銀の胸甲を身につけ、その手には、柄から刀身まで、全てが蒼一色の大剣が握られていた。
「あの人は……」
「銀嶺の剣姫様だよ」
ナナシの呟きにミリアが応える。
天井の崩落によって滴り落ちていた水は途切れ、魔法陣はすでに掻き消えた。
それでも尚骸骨兵は数百体。それがフロアの上を蠢いている。
突然の乱入者に骸骨兵達の攻撃目標が一斉に切り替わった。
彼らは人間のように、突然の事態に混乱することはない。瓦礫を踏み越えて、骸骨兵が、次々と蒼い少女へと殺到していく。
突き出される剣を、少女は上半身を軽く逸らすだけで、なんなく躱し、勢い余って倒れかかってくる骸骨兵の頭に掌を当てる。
「塵は塵に」
少女が聖句を唱えた途端に、骸骨兵は倒れかかるその姿勢のまま、色褪せてその場に崩れ落ちる。
少女は崩れ落ちていく骸骨兵には微塵も興味を示すことなく、大剣を両手で握り直し、八双にかまえたかと思うと、無造作に振りおろした。
その剣先は、前後並びあった二体の骸骨兵を同時に両断し、それでも止まることなく慣性のまま、少女の身体ごと一回転。周囲に群がる骸骨兵の首を、まるでそういう玩具であるかのように、次々と切り飛ばしていく。
一瞬にして、彼女の周囲の骸骨兵の一群は塵へと還り、練兵所の中央付近、そこに彼女しかいない空間がぽっかりと空く。
天井に開いた穴から差し込む陽光の下、彼女の銀色の髪がキラキラと反射した。
ああ、妖精みたいだ。
自分がそう考えていることに気づくと、ナナシは、物騒な妖精もいたものだと、自分でツッコんで苦笑する。
その間にも、少女は決して止まってはいない。
銀盤から飛び降りると、暴風のように骸骨兵の群れを薙ぎながら、一直線にナナシ達の方へと向かって来る。
気が付けば、ナナシ達から目と鼻の先。そこで、子供と戯れるかの様に骸骨兵の剣をいなしては、返す刀で無造作に、敵を屠っていく。
そんな一方的な闘いの最中、彼女は、氷の竜巻越しにナナシの姿を見とめると、華のような笑顔を浮かべた。
「すいぶん、頑張ったみたいですね」
「はい、……たぶん今までで一番疲れました」
「まあ」
ナナシの返答に少女はクスクスと笑いながら、骸骨兵を両断する。
「では、しばらく休まれては?」
「ええ、お言葉に……甘えます」
弱弱しくそういうと、ナナシは前のめりに崩れ落ちた。
「ナナちゃん!」
服に血がつくことも厭わず、ミリアはナナシを抱き起すと胸に頬を当てる。
ドクドクと脈打つ音が聞こえる。
胸が微かに上下している。
大丈夫、生きている。
ほっと息をついて、顔を上げたミリアに少女は語りかける。
「ミリアさん、彼を連れて歩けますか?」
「は、はい」
ミリアの返答に少女はニコリと笑いかける。
「では、手っ取り早く道をつくりますね。」
「え?」
彼女は、くるりと振り返り、蒼い大剣を上段に構える。
そして、裂帛の気合とともに勢いよく振り下ろした。
「蹂躪の吹雪!」
剣先から、冷気を纏った衝撃波が走り、出口まで一直線、その間にあるものを何もかも薙ぎ払う。衝撃波の火線上にいた骸骨兵たちは、紙の様に巻き上げられては、空中で凍りつき、そのまま崩れ落ちるとキラキラと輝く氷の粒となってフロアに降り注いでいく。
「突入!」
出口にあふれていた骸骨兵が排除された途端、入口から、兵士たちがなだれ込んでくるのが見えた。
兵士たちと残りの骸骨兵が剣を交えはじめる中、唖然とするミリアを振り返って、少女は言った。
「ミオ殿の依頼は殲滅ではありませんし、あとは殿方にお任せして、帰りましょうか」




