第1話 どんとこいです。
「……主さま」
精霊石の灯りがぼんやりと灯る部屋。
漆喰で継ぎ目を埋めた石壁に、長く伸びる男女の影。
天蓋付の豪奢な寝台の上で女が一人、少年に組み敷かれていた。
女とは言っても年の頃は17。それを組み敷く少年と2歳ほどしか離れてはいない。少年と比較しなければ、十分に少女と表現しても違和感のない年齢だ。
砂漠の国エスカリス・ミーミル。
この国に住む人間の多くは褐色の肌と黒い髪、それに加えて、特徴的な紅玉の瞳を持っている。
しかし、ここにいる二人の容姿は、この国の人間の特徴とは異なっていた。
少年は髪の色こそ黒いが瞳の色は赤ではない。それは髪同様の黒。瞳を覗き込めば虹彩は、はしばみ色なのだが、単純に黒と表現しても差し支えはないだろう。
日焼けしてはいるものの、褐色とまではいかず、強いて表現するならば、黄色身がかったクリーム色と表現できるような肌の色をしている。
一方、少女に至っては、この国の人間とは全くと言って良いほど異なっている。
流れ星の軌跡を束ねたかのような銀色の長い髪。しみひとつない白磁の肌。水底から、空を眺めた時の風景のような蒼い瞳。
知るものが見れば、それは遥か北方、永久凍土に閉ざされた王国に住まう民のものであることがわかるだろう。
「わ、私は、その…初めてですから、優しくしてくださると嬉しいのですが……」
不安げな、それでいて熱に浮かされた様な表情で、少女は自分が主だと認めた少年を見上げる。
少年は無言のまま。
その表情には余裕がなく、視線はきょろきょろと回りを見回している。
かわいい…。少女は胸の内でつぶやく。
主さまも緊張している。少年につかまれている腕から伝わる小刻みな震え。15という年齢にしても童顔な少年の必死な表情を見ていると、胸にいいようもない感情があふれ出て、抱きしめてしまいたくなる。
いずれにしても、自分の全てはもう、この少年のものなのだ
少年は、彼女の両手を頭の上で一つにまとめて片手で押さえると、空いた手をベッドの脇に置いた自分の背嚢へと伸ばし、ごそごそとなにかを探している。
しばらくして、少年がそこから取り出したのは、一本のロープ。
少女は、それを見て愕然とする。
まさかのアブノーマルプレイ!いや、たしかに自分の事を好きにしていいとは言ったが、いくらなんでも上級者すぎやしないだろうか。
いかにも、奥手そうな風貌に自分は主さまを侮ってしまっていた様だ。2歳分のアドバンテージで自分がリードせねばと考えていたことすら恥ずかしい。戦場であれば、既に命は無いレベルのミスと言えるだろう。
そうだ。自分は主様のことを何も知りはしないのだ。例えば、主様が幼少期から女を堕とす手練手管を仕込まれた夜の怪物だったという可能性もないわけではないのだ。
夜の怪物?! ーー少女は自分の想像を反芻して、蒼ざめた。
頭の中で、あれこれと想像しているうちに少女の両手は頭の上で、ベッドの枠に固定するように縛られていく。
自分は今夜、身も心も主様の虜にされてしまうのだろうか……。
そう思った瞬間、逆に、スッと気持ちが楽になった。
そうだ、自分は一生主さまにお仕えすると決めたのだ。身も心も虜にされてしまうことに何の問題があろうか。主さまの嗜好が普通でないとしても、それが主さまの望みであるならば、何を逡巡する必要があろうか。そうだ!アブノーマルどんとこいではないか!
「痛くないですか?」
がっちりと固定されたロープの結び目を確認しながら、少年は問いかける。突然の問いかけに少女はあわあわと目を泳がせながら、反射的に頭の中にあった言葉を口走る。
「どんとこいです。」
「どんと……?」
「い、いえ主さま、なんでも! なんでもありません!」
赤く染まった頬をさらに赤らめながら、ぶんぶんと首を振る少女。
「ぷっ」
いつもの凛とした様子を知っているだけに、慌てる少女の姿がおかしくて、少年はつい吹きだしてしまう。
「なっ!何がおかしいんですか! 主さま」
「あ、いや、すいません。剣姫さまも慌てることがあるんだなぁと思って……」
「もうっ! 知りません!」
少女は、拗ねたように頬を膨らませて顔を背けた。
これは、銀嶺の剣姫と地虫と呼ばれた少年の物語。
砂漠の国エスカリス=ミーミルを舞台に展開する、後の世ではおとぎ話として語られる物語。
この二人が出会う少し前に遡るところから、物語をはじめようと思う。




