第五十話「追いつかれる前に」
春の日差しが徐々に暖かくなってきて、ブレザーで過ごすのが少しだけ厳しくなってきた頃、私はそれに出会った。
流れる髪の一本一本が輝いていて、透き通った肌と大きな瞳に私は一目で心奪われていた。
でも、この時の私は自分の気持ちに気づかなかった。いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
だってそうでしょう? 私たちは世間一般からすれば普通とは違ってしまっているもの。
けれど、そうやって見て見ぬふりをするのは、ひどく辛かったことは覚えてる。
人が人を好きになるのは当たり前だし、好きになった人が同姓という理由だけで間違ってるなんて変でしょう?
それでも当時の私はその心を押し隠した。無かったことにしたの。
すれ違うたびに目を奪われても、声を聞くたびに嬉しくなっても、少し触れあっただけでその日が特別に思えてしまっても。
それは何かの間違いだと、何もかもが間違いだと、そう信じ込ませていた。
好きだから、嫌いになって。
嫌いになっても、好きを隠せなくて。
どうしていいか、分からなくなって。
そんな気持ちを抱えながら、春が過ぎ、夏を超えて、秋になる前、それはいなくなっていた。
突然だった。本当に突然すぎて、頭がおかしくなったのかと思ったくらい。
でもそこで気づいたの。私はどれだけ愚かだったかを。
たとえそれが間違いだったとしても、相手に嫌われたとしても、その気持ちを伝えていればよかったと。そうすればこんなにも後悔することなんてなかっただろうって、そう思ったわ。
その日を境に私は何をするにも心ここにあらずって感じになって、何をしてもずっともやもやした気分が晴れずにいた。
そんな暗く水底に落ちたような日々を二年も続けたある日、私は”それ”に再び出会えたの。
奇跡だと思った。
もう一生あんな気持ちになることなんてなくて、このままずっと死人のように生きていくと思ってたから、それを見つけた時は当時の気持ちが眠りから覚めたように湧き上がってきて、無意識に涙があふれた。
今度は後悔しないように。今度はしっかりと終われるように。
けど、それは始まる前にはすでに終わってた。
隣には、もうあなたが立ってた。
あの時の光景は今でも鮮明に覚えてる。
きっと私が勇気を出して、素直な気持ちであったなら、ああいう風な関係になれた未来があったんじゃないかって、そう思わせてくれたから。
今でも『もしかしたら』って思う時はあるけれど、そう思うだけ。現実はそんなに甘くはなかったし、私が入る余地なんてそもそも用意されてなかったしね。
私のつまらなくて暗い話はこれでおしまい。
正直言うと、少しだけホッとしてしまった私がいた。
繭染さんには申し訳ない限りではあるが、私が気がかりでならなかったのは繭染さんが過去にゆりちゃんとどういう関係であったかの方だった。
今聞いた話からすると、あまり接点もないように思えたし、あったとしても特別な関係ということもないようなので、すごくホッとしました。
繭染さん自身の過去も、私たちとしては近しい経験があったりなかったりするので、まだ驚きはしなかったが、それでも暗い話は未だに苦手である。まぁ好きなやつはいないだろうけど。
私がちらりとゆりちゃんの方を見ると、ゆりちゃんは事前に話してもらっていたのか、あまり驚いた様子も、取り乱した様子もなかった。
「私は長内百合子という女の子が好きだった。とても愛おしくて仕方がなかった。でも、私の恋はもう二年前のあの日に終わっていて、それを未練がましく未だに手放していなかっただけ」
未練がましく手放さなかった。
それは今の私たちにも言えることなのかもしれない。
未だに何かに縛られて、今もなお腐りかけて崩れ落ちる寸前の感情を手放さずに大事に抱えている。
「百合子ちゃんとね、たくさん話せて、いっぱい触れ合って、すごく充実した毎日を送れた。それだけで私はもう満足」
繭染さんの言葉に偽りはないようで、どこか晴れやかな表情をしていた。
「……いなくなったりは、しないよね?」
対照的に、ゆりちゃんの表情はどこか曇っている。
「しないよ。私はもう、何からも逃げたくはないから」
過去からなのか、それとも自分の想いからなのか、たぶんどちらからもなのかもしれない。
逃げても追いつかれることを知ってて、見ないようにしていてもいずれ直視をしないといけない時が来ることを知ってて、ならいっそ逃げずにしっかりと向き合って受け入れる方が楽だと、そう感じている。それは私が出来ずに悩んでいることで、今この瞬間ゆりちゃんがそうしたいと願っていることで。
だから一層繭染さんが眩しくて。つい目を奪われてしまう。
「それにさ、私は今のこの生活、結構楽しいんだ。だから捨てるのはもったいないなって」
私は多少心配ではあるが、それは今に始まったことじゃないし、捨て置いてもかまわないだろう。
「……まぁ、せっかく友達になったんだしな。いなくなられても困る」
「ひなちゃんはまたそんな言い方して。素直にいないと寂しくなるって言えばいいのに」
「そんなんじゃないし」
「全くですね、ひなちゃんはもっと素直になってもいいと思います」
「繭染さん、その呼び方はやめてね」
ちょっと嬉しくなっちゃうから。
「あと、ずっと疑問だったんですが」
「なに」
「その「繭染さん」って呼び方、どうにかならないんですかね? なんか堅苦しくて苦手なんですよね」
「確かに、ひなちゃんってうきちゃんのこと他人行儀な呼び方するよね。どうして?」
「単純に呼び方変えるタイミングを逃してただけで、別に深い意味とかはないよ」
若干嫌味は込めてたと思うけれど。
「じゃあこの機会にうきちゃんって呼び方に変えよう!」
「変えよう!」
二人ともなんだかテンション上がってますが、私はそのノリには今ついていけませんよ。今じゃなくてもついていける自信ないが。
「はい! じゃあさっそく呼んでみましょう!」
「いつでもどうぞ、ひなちゃん!」
うきだけにウキウキな笑顔で待機されても困ります。
しかし、この場で呼んであげないと私の安眠は保証されないだろうし、何よりわが愛しのゆりちゃん直々のお願いである。それを私が叶えないなんてこと、あってはならないのだ。
「……これからもよろしく、うきちゃん」
久しぶりの更新過ぎて話を忘れかけていた作者であった(無能)




