第四十四話「秘密事」
それから私たちは少しばかりの市街探索と、観光名所を回って、再びホテルの部屋へと帰ってきた。
夕食の時間は班ごとに異なり、私たちはその間の時間を持て余すことになった。約一時間は暇である。この間に私たちはお風呂でも入ろうと思って準備をしていると、それはやってきた。
「今いいですか?」
控えめに、だけれど遠慮が無いようなその声にゆりちゃんが応える。
「うん、大丈夫だよ」
いや大丈夫じゃないんだけれど、私今お風呂の準備で下着とか色々出しちゃってるんだけれど。
ゆりちゃんの返答を聞いて私たちの部屋に入ってきたのは、もちろん繭染さんだった。いつかは来るだろうと思っていたけれども、まさか修学旅行の、それも初日に来るとは思っていなかった。
「比奈嬢、ちょっと百合ちゃん借りていくね」
ゆりちゃんは私の恋人であって所有物ではないので、わざわざ私に断りを入れることはないのだが。
「いいよ。それじゃ私出て行こうか?」
お風呂に入ろうと思っていたが、まぁいつでも入れるのだから構わないだろう。
「そこまで気を使わなくても大丈夫だよ。そのまま食事に行けるように、二階の娯楽室に行くから」
そうですか。しかし、その言い方だと結構込み入った話をするって言ってるようなものじゃないか。この言い方から察するに、食事の後に私がゆりちゃんに探りを入れることも織り込み済みなのかもしれない。けれど私は今回あえて探りは入れないようにする。だってこれは二人の問題だから。いくら私がゆりちゃんの恋人であるとしても、無理に訊き出すことはしないし、したくはない。ゆりちゃんが話したいと、話すべきだと思ったその時まで、私は待っていよう。
「じゃあまた食堂で」
「ひなちゃん遅れないようにね」
まぁ、時間前には遥やえりさも迎えに来てくれるだろうし、遅刻の心配はないだろう。
「はいはい、いってらっしゃいな」
私はそう言って二人に手を振り、お風呂の準備を再開する。
二人が部屋から出て行ったのを見計らって、私はドアにカギをかけてから浴室へと向かった。
優雅とはいかないが、おそらく久しぶりに一人で入るお風呂を満喫するとしますか。
ホテルの浴室と言えばユニットバスを思い浮かべるが、このホテルはセパレートだった。これならばトイレに来る同じ部屋の人に気を使わないで済むし、浴室も広々としていて、文句はない。文句はないのだが、なんていうか、一人のお風呂とはこんなにも寂しいものなのかと、今ちょっとだけ思ってしまった。
身体と髪を丁寧に洗い、なみなみと溜まったお湯に浸かる。少しばかり熱い温度が、疲れた身体にほどよく刺激を送る。思っている以上に身体は疲れていたらしく、そのまま寝落ちしてしまいそうなくらいには気持ち良かった。
このまま食事の時間までバスタイムを満喫していたいが、私の見立てだとあと十分もすれば部屋に遥が来るだろうから、それに備えておかないと。
私は浴槽から出て身体を拭き、用意しておいた下着と洋服をちゃんと着てから洗面所を出ると、ぴったりと計ったかのようなタイミングで遥たちが部屋を訪れてきた。
「ちょっと! なんでカギかけてるの!? 早く開けてよ!」
ここはお前の部屋じゃないぞ。だからカギをかけられていても文句は言えないはずだが。
「はいはい、今すぐ開けますよっと」
しかし、このまま廊下に遥を待たせていたら周りの人に迷惑だろうから、早めに回収することにした。いつもであればもう少し焦らすけれど、旅行先に来てまですることじゃない。
「何? もうお風呂入ってたの?」
「それなりに汗もかいちゃったし、軽くね」
髪の毛が濡れていたからばれたのだろうが、なんだ、不都合でもあったのか?
「それならいいわ」
どれならいいのか、というかなんで私が許してもらう立場なのか分からない。
「遥はみんなで大浴場に行きたいらしいよ」
ははぁ、それで私が今お風呂に入ったからちょっと慌てていたのか。
「それよりも、うきちゃんと百合ちゃんは?」
「二人で大事なお話があるようで、どっか行ったよ」
「そうですか、夕食までまだ時間があるからみんなで遊んだりしようと思ってたんだけれど」
見ればえりさはいくつかのゲームを手に持っていた。定番のトランプはもちろんのこと、ジェンガのような箱や小さいがボードゲームのようなものも見える。
「ま、今はこの三人で遊べばいいじゃないか。まだ時間はたくさんあるんだし」
そう、まだまだ時間はある。
なんたって、私たちの旅行は初日も終わっていないのだから。
一通り遊びつくした私たち三人は、もうそろそろ夕食の時間ということで食堂まで来ていた。来る途中に繭染さんとゆりちゃんも拾ったけれど、特に変わったところは無かった。何を話したのか、何を話していたのかは知らないけれど、この様子であれば二人の仲が邪険なものにはなっていないということだろう。
何はともあれ、ようやくと言っていいのかどうか分からないけれど、五人そろった。修学旅行中の行動は班ごとで全員で集まることもあったけれど、こういう自由な時間にみんなで集まることは無かった。とは言っても、集まったところで何があるわけでもない。少しばかり安心するというだけだ。
「それで、今夜のご飯は何だろな」
「ビュッフェスタイルって言ってたから、和洋中何でもあるんじゃない?」
「何でもいいよー、私お腹すいてもう死にそう」
私はきっと変化を望んでいながら、変化していない毎日を、友達を見て安心しているんだ。旅行は良くも悪くも人に変化を与える。まだ初日で着いてから十二時間経ってもいないだろうから、そうそう目に見える形で変化をしていないけれど、それでもこの旅行が終わる日まで、こうして安心できる場所で在り続けられるだろうか。
私はそれが、それだけが心配だった。
「あのな遥、これはどういうことだ?」
人にああだこうだと言うのは苦手だし嫌なのだが、しかしこれはなんというか、誰だって口を出してしまうだろう。
「どういうって、一通り見てきて、美味しそうなのを見繕って来たんだけれど」
私たち五人は全員が座れる大きめの丸テーブルを確保した後、それぞれが豪華で種類豊富な料理の数々から自分が食べたいものを選んで、再びテーブルへと戻ってきていた。そこまではいい。けれど問題はその量だった。
私をはじめ、ゆりちゃん、えりさ、繭染さんは一皿、多くて二皿程度に収まるくらいの量だったのだが、遥はその倍、いや三倍以上の量を持ってきていたのだ。こういう場所でよく見かけるが、大抵は食べきれずに残したりするので、あまり好きではない。
「それで、この量? 一人で食べれるの?」
「何言ってるのさ比奈理。みんなで食べるんだよ」
なに言ってるのはこっちの言葉だ。
「私たちも一人ひとり自分の分を持ってきているんだけれど」
「おかわりする手間が省けるね」
「いらんお世話だ」
それに、こういうのは自分で選ぶというのも一つの楽しみだろうに。
「分かったよ、一人で全部食べればいいんでしょ? 後で欲しくなってもあげないから」
いや、同じものは持って来ればあるから。欲しくなっても自分で取りに行くから。
「ねぇゆりちゃん」
私は既に食事を開始した遥を捨て置いて、隣に座ったゆりちゃんに声をかける。
「なに?」
「……やっぱり何でもない」
呼んで、何を言いたかったのか。どうして呼んだのか、私はそれが言葉に出来ない事だから、何も言えなかった。
だから、代わりにこう訊いた。
「楽しい?」
その問いに笑顔でゆりちゃんは答えた。
「うん、すごく楽しいよ」
私も笑顔でそれに応えた。




