第三十九話「新しき季節の訪れ」
あっという間というわけではなかったが、それでも時が過ぎるのがいささか早い気もする。
新年を迎えた私たちは、特に何をするでもなくだらだらと休みを消化して、いよいよ新学期が始まろうとしていた。
もうすぐ春である。
三年生がこの学校を卒業し、私たち二年生がついに最上級生となる年が訪れようとしている。前々から準備をしてきた生徒も、そうでない生徒も否応なく受験という人生の分岐路へと差し掛かる。私のようにそもそも受験しないという生徒もいるだろうが、するしないの選択もまた人生において重要な岐路であろう。
とは言っても、私はすでに就職という選択肢を抹消され、受験へとシフトチェンジをしているのだが、落ちたら普通に浪人ではなく就職を選ぶので、ささいな間違いだろう。
珍しく講堂で行われれた新学期最初の全校集会は、校長先生の言葉で終わりを告げ、各クラスごとに教室に移動となった。
教室に戻ってからはHRがあり、それが終わると今日の授業はなく、午前であっさりと終わってしまう。まぁ休み明け初日からぎっちり授業があっても困るが、ないとそれはそれで困るもので。教室のあちこちから午後の予定を埋めるための話し声が聞こえてきた。
「それで、その旅行には何人まで行けるのかね?」
私の近くで話をしていたえりさと遥、そしてゆりちゃんの三人は、私がクリスマスで当てた旅行の中身が気になるらしく、さっきからその話ばかりであった。
「さぁ、多分家族分とかで計算しているだろうし、最低でも三人か四人くらいじゃない?」
私はあの日以来そのプレゼントをほとんど見ていないので、詳しくは知らないし、なんなら両親にでも挙げてしまおうかと思っていたところだった。それがこの遥というやつは利用してタダで旅行に行こうというのだ。ちゃっかりしているというか、なんというか。
「ちょっと、それじゃ何人まで一緒に行けるか分かんないじゃない」
「そんなに連れていくつもりはないぞ」
「でも、友達で行くなら最低でも五人分くらいは欲しいじゃない」
私とゆりちゃんは確定として、後はえりさ、遥と……繭染さんかな。さなえは来たければ自腹でくるだろう。
「で、いつ行くかが問題だよなぁ」
もう行く前提で話している辺り、遥は本当にめでたいと思います。私が誰も連れて行かないという選択肢を選ばないと思っているんだから。
「既に長期休暇である冬休みは終わり、次の連休は……三月辺りまでないのかな?」
「確かそう」
「旅行で思い出したけれど」
遥と私ばかり話しているせいか、少しばかり影が薄かったえりさがそこで会話に割って入ってくる。
「私たち二年生は、今月末修学旅行だよ」
……え? そうだったっけ?
姉がこの学校に通ってた時は確か三年生の時に行ってた気がするけれど。
「……三年生になるとみんな受験モードに入っちゃうからね。いくら進学に力を入れてない学校でも、そこらへんは生徒に配慮して二年の終わりに考えらしいよ」
私の表情から考えていることを察したのか、ゆりちゃんが隣で補足説明をする。
「じゃあちょうどいいんじゃない? 一月に修学旅行で、三月にまた旅行」
なにがちょうどいいのか説明してもらえませんか、遥さん。
「そうだね、ちょうどいいね」
ちょっとえりささん、最近あなた遥に対して甘くないですか。
「それじゃとりあえず月末の修学旅行を楽しもうね!」
ゆりちゃんまで……、まぁいいけれどさ。
「だったら修学旅行で一緒の班になる必要はないな」
「いやいやいや、ここは一緒の班になる流れだったでしょ。というわけで班決めの時はよろしくね」
遥とだけは行きたくなかったのになぁ。
学校が午前で終わってしまって、お弁当の用意もしていなかった私たちは近くのファミレスへと場所を移していた。私はこの学校近くにあるファミレスにはあまり来たことが無かったのだが、大抵の生徒は午前授業の時や次の授業までの暇つぶしとして利用することがあるらしい。
そこでの話はもちろん先ほどの続きである。
暖房が効きすぎているのか、頭がぼんやりとする中でどうにか聞き取れた会話が、私たちの学校の修学旅行は一か所だけでなく三か所あって、生徒が行きたい場所を選べるらしい。という事だけだった。
行先は……なんて言ってたっけ?
「私は国外には出たくないので、沖縄にしたいと思います!」
というわけで、私が旅行先を思い出すまでもなく行き先が決定されてしまったわけですが。
そもそも、行先を決めてから班を決めるんじゃなかったっけか。
「というわけでみんな、次のHRでは修学旅行の行先アンケートとか、班決めとかになるだろうから、よろしくね」
その言葉で思い出したことがあった。
「……行先って、前に聞かれなかったか?」
「え? そうだっけ?」
ぼんやりとだが、何かのついでみたいにアンケートを取った気がする。
というか、前々から用意をしていないと向こうでの宿泊人数や予定とかが立たない気がするし、一か月足らずで用意が出来るほど、大人数の旅行って気楽なものでもないと思う。
「…………確か、冬休み入る前あたりだったっけ。そういえばあったような気がするね」
えりさも段々と思い出したようで、ぽつりとそう言う。
「で、でもそれが本決定ってわけじゃないでしょ。というかみんなどこにしたのその時」
慌てたように遥が言うが、そこまで慌てることはないはずだ。だってこの場にいるみんな、同じような思考回路してるんだよ。
「遥のことだから沖縄だろうと思って私もそう書いておきました」
えりさは本当に遥のことを分かってらっしゃる。
「私は海外も寒いのも苦手なので、無難に沖縄にしました」
そうだね、ゆりちゃんはきっとそうだと思いました。
「はいはーい、私もみんなと同じで沖縄ですよ!」
と、どこから湧いて出たのか繭染さんが二人に追従する。
いや、どこから湧いたって言っておいてなんだけれど、そういえばここに来るまでの道でたまたま会ってご飯に誘ったんだったか。大人しいからすっかり忘れてたよ。
「で、比奈理は? まさか一人だけ違うところとか言わないでよね」
それはそれは、ご期待に沿えず申し訳ない。
「決まってるだろ、沖縄だよ」
パスポートの準備とかしてないし、スキーとかスノーボードとか興味ないし。何よりこの時期でも温かそうだしね。
というわけで、修学旅行の班は本格的にこの五人で決まりそうである。
ぜったい遥とだけは行きたくなかったんだけれどなぁ。まぁいいか。




