第三十八話「欠落と再生」
真冬の空には無数の星が瞬いていて、どこか幻想的な景色を私の瞳に映していた。
季節は真冬。私がゆりちゃんと出会ってからもう少しで二年が経とうとしている。
思えば色々あった気がする。
出会い、別れ、傷つけ、傷つけられ、想い、想わて。
その度に私たちは考え、迷い、苦しんだ。
正しいと信じたものも、間違いだと気付かされたものも、その全てが私たちを後押ししてくれ、私たちを導いてくれた。
思えば最初は互恵関係から始まった。
互いが互いの欠けた部分を埋めるだけの存在で、互いを利用し合っているだけのものだった。それが間違っているものだとは思わないし、今でもあの関係は必要なものだったと考えている。
その後は互いを代替の出来ない唯一の存在だと認識して、本当の恋人同士になろうとした。
それぞれが抱える問題に苦悩しながらも、それは充実した時間の積み重ねだった。私の中で徐々に大きくなっていくゆりちゃんの存在は、いつしか隣にいるのが当たり前のものになり、今では会えない日が寂しくてたまらなくなるほど愛おしい。
ゆりちゃんは私の世界の何割を構成しているのだろうか。
半分。いや、きっとそれ以上だ。
そして恐らくゆりちゃんも私のことをそう想ってくれている。
何ものにも代えがたい、自身を構成する心の一部と。
「ひなちゃん、そんなに上を見てたら転んじゃうよ」
「大丈夫、その時はゆりちゃんも一緒だから」
私はゆりちゃんと繋いだ手を挙げてそう言った。
するとゆりちゃんは苦笑しながら「だから注意してるんでしょ」と返してくる。
私たちは寒さに耐えながらも、二人で二年参りへと向かっていた。地元の小さな神社だが、この時期はそれなりに人が集まるらしいが、私はここ最近ほとんど行ったことがなかったのでどれくらい人が来ていて混んでいるのか、実際に行かないと分からない。
人混みがあまり得意ではない私はそこだけが問題だったが、ゆりちゃんは友達に会わないかが心配らしい。友達に会うくらいは別に問題ないのでは? と言ったのだが、ゆりちゃんは私と二人きりの時間を邪魔されるのがご不満らしく、「こんな時くらい二人きりがいいの」と膨れっ面で可愛らしく言っていた。
まったく、一年前では考えられないような言葉だ。
「でも、遥とかえりさ達も来るって言ってたよ」
「……じゃあ別の神社にする?」
「そこまでして会いたくないの?」
「そういうわけじゃないけれど」
ほんと、一年前では考えられないことだ。
「まぁ、行っても人が多すぎて会えないってこともあるだろうし。見つけてもわざわざ声をかける必要もないでしょ」
「……そうだね」
夜はまだまだ長い。ゆっくりと歩いていこう。
「いやはや、こんなに人がいるとは思ってなかったな」
ついさっき人が多すぎて友達には会えないとは言ったけれど、ここまで多いと見つけられないどころか手を繋いだゆりちゃんも見失ってしまいかねない。
「でも、ここまで多いとこうしてくっ付いててもおかしいと思われないね」
「そうだね」
まぁ女の子同士は意外と距離感が近いこともあるし、そうそう関係を怪しまれるなんてことはないだろうけれど。それに、ゆりちゃんはどう思っているか知らないが、私は隠す気もないわけで。
「あ、えりさだ」
そしてこういう混雑したところでも、見知った顔というものは見つけ出せてしまうわけで。
私が思わず名前を呼んでしまったからか、えりさがこちらに気付いて目があってしまう。
けれどそれだけだった。よくよく見ればえりさの近くには遥がいて、なんと手を繋いでいるではないか。ほうほう、つまり考えていることはみんな同じというわけか。
なら、ここは気付いていないことにしておこう。そのほうが互いのためである。
「ひなちゃん、誰かいたの?」
「……いや、人違いみたい」
えりさ達がいたなんて言ったら、ゆりちゃんもご不満だろうしね。今日くらいはにこにこ笑顔でいてほしい。
「私たちももう三年生になるんだね」
「そうだね」
「ひなちゃん、勉強はしてるの?」
「……多少は」
この場でそういう話題をもってきちゃうゆりちゃんはあんまり気が利かないと思う。
まぁ、並んでいる間は暇だけれどさ。
そういえば、えりさ達は私たちと反対方向へと向かって行ったが、もうお参りを済ませたのだろうか。遥のことだから早めに来て誰とも会わずに済まそうと思ったのかもしれないが、残念だったな。私がきっちりと目撃をしておいた。今度からかってやろう。
「ひなちゃん聞いてる? 私たち、本格的に受験生なんだよ? 今更猛勉強して私と同じ大学なんて言わないけれど、それでも頑張って地元の大学には行けるくらいにならないと」
「そうだね」
「もう、さっきから気のない返事ばっかりして。ほんとに分かってるの?」
時々ゆりちゃんがお母さんに見えてくるのは気のせいではないはず。いや、お母さんに言われるよりはちょっとだけやる気が出る。やはり可愛いゆりちゃんにはかなわないな。
「私、決めました! ひなちゃんが大学に受かるように来週から定期的に勉強会を開こうと思います」
「えー、いいよそこまでしてくれなくても」
「違います。これはひなちゃんのためではありません。こうでもしないと私はひなちゃんのことが気になって気になって仕方が無くなって、自分の勉強に手が付かなくなってしまうからです。だから、お勉強会はひなちゃんのためではなく私のためです」
要するに、自分が受験勉強で忙しくなるから、勉強会を開いて一緒にいる時間をもう少し増やしたいという事かな。
相変わらず分かりにくくて遠回しな言い方をする。
「分かった分かった。じゃあよろしく頼むよ百合子先生」
私は繋いだ手と反対の手をゆりちゃんへと伸ばし、その頭をそっと撫でる。
「先生じゃなくて、恋人です」
不満そうな表情ではあったが、声が嬉しがっている。今度から先生と呼んであげよう。
それにしても、順番はまだだろうか。
意外と待ち時間が長くて凍えそうだ。
「ねぇひなちゃん」
「なに」
私があとどれくらいで自分たちに順番が回ってくるのか、背伸びをしながら前を見ていると、密着していた身体をさらに寄せてきて、周りの人に聞こえないくらいの小声で話してくる。
「今年は色々あったけれど、その、一緒にいてくれてありがと」
「なにさいきなり」
話題がころころ変わるのはお互いさまだが、こうもころっと変わると対応が難しい。
「うん、まぁいきなりなんだけれど、でも言っておかないとなって思って」
でも、それを言うならお互いさまだろう。
私はゆりちゃんが変わらず私を好きでいてくれたから、こうして今も一緒にいられるわけで。決して私一人のおかげというわけではない。
だから、ゆりちゃんを優しく抱き寄せながら私は言う。
「こちらこそありがとう」
今まではきっと欠けた心を埋めるための時間だった。
けれど、来年からは二人の時間を積み重ねていくようになる。
その時間が、ずっとずっと、延々と、永遠と続けばいいと、そう願わずにはいられない。
「ひなちゃん」
「なに、ゆりちゃん」
私の腕に抱かれながら頬を赤らめているゆりちゃんは、本当に小さな、近くに寄っていなければ聞き取れなかっただろう声量で言ってきた。
「キス、してほしいな」
いつものゆりちゃんならこんな人が多い場所では絶対にそういう事をねだってこなかっただろう。それもこの特別な場所、時間ならではのことかもしれない。
私は黙ってうなずくと、なるべく人に見えないような角度でゆりちゃんとキスをする。
それは恐らく、私たちの中でも特別な意味を持つ口づけだった。
だってこの口づけは、私たちの欠落の年と再生の年をまたぐ口づけなのだから。




