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百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
閑章・年末
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閑話十五「わたしというこころ・中編」



 近くを散歩するだけと言いながら、私たちは駅前の喫茶店まで来ていた。

「ひなちゃんって、よくこういうお店知ってるよね」

 ひなちゃんは珈琲や紅茶の類が好きなのか、はたまた静かな空間が好みなのか、地元や学校の近くの喫茶店やカフェなどをよく知っている。私は行きつけのお店以外は緊張してしまうので、こういう場所に躊躇なく入れてしまうひなちゃんが羨ましい。

「そうかな。まぁ暇なときとかよく近所をぶらぶらと散歩してたりするし、そのせいかもね」

 なら私も誘ってくれたらいいのに。とは思ったが、多分ひなちゃんが言う暇なときというのは、私に用事があるときのことなのだろう。それ以外だったらちょっと考え物だ。

 私たちは注文を手短に済ますと、なぜだか気まずい雰囲気になってしまった。

 ひなちゃんとしては私を無理やり外に連れ出してしまったので、私が多少なりとも怒っていると思っているのかもしれない。……怒ってはいないんだけれどなぁ。

「ひなちゃんはさ」

 だから、私は少しだけ柔らかな口調で話し始めた。

「実際どう思っていたの?」

「何を?」

「何っていうか……誰をっていうか」

 内心複雑な気分を抱えたままだったので、どうしてもその名前を言うのをためらってしまって、なんだか曖昧で要領を得ない質問の仕方になってしまう。

 けれど、ひなちゃんはその言葉の意味をしっかりと理解し、ひとつ小さなため息を吐いた後、静かに話し始める。

「……好きだった、のかもしれない。でもこの前も説明したように、それは過去のことで、今は友達として好きって感じかな」

「そうじゃなくてさ……うーん、なんて言えばいいのか、私もよく分からなくてもどかしいんだけれど……」

 私も本当にどんな言葉が欲しくて、どういう感情なのかを理解しきれていないけれど、それでもひなちゃんははっきりと答えてくれた。

「初恋と言えば聞こえはいいのかもしれないけれど、きっとそういうのとはかけ離れたものだったように思えるよ。だって、私たちは互いが互いを想っていたわけではなくて、それはちょっとした逃避に近いものだったんだよ」

 そこでひなちゃんは言葉を区切る。店員さんが近づいてきたからだ。

 注文通りの飲み物が目の前に置かれて店員さんが遠ざかると、ひなちゃんは珈琲を一口だけ飲んでのどを潤してから話を続けた。

「昔の私たちと同じような関係って言えばいいのかな。それは傷の舐めあいで、欠けた者同士の慰めあいだったんだよ。だから、あれを私は恋とは言わないし、あっちもそうとは思っていないと思う」

「……」

 私たちの、昔の関係性。

 どちらも大切なものを無くし、どちらも同じような傷を負って、どちらも同様に心の隙間を埋めたかった。だから、惹かれ合った。

 それが無意識的にか意識的にかの違いだけであって、確かに私たちの関係性に似ていた。

 だとしたら、少し、ほんの少し何かが違ったなら、今ここでこうしてひなちゃんと一緒にいるのは私ではなくて…………。

 いや、それは考えないでおこう。無意味に気分が落ちてしまうし、結果的には私が今ここにいるのだから、もしもなんて考えたところで役には立たない。この世界は、なるようにしかならないのだから。

「でも、私はそれで良かったと思う」

 努めて明るく、ひなちゃんはそう言った。

「だって、そのおかげでゆりちゃんを見つけた時に、私は躊躇わず手を差し伸べることが出来たし、こうしてゆりちゃんと一緒にいられるんだから」

 なんだか、それを聞くと申し訳ない気分になってくる。誰かを踏み台にしてまで私は本当に幸せになってしまってもいいのかと、そう考えてしまうから。

「ゆりちゃんが何を心配していて、何に悩んでいるのかは、私には分からない。そういう事はゆりちゃんは話してくれないし、きっと話したくはないだろうから訊くこともしない。でもね、私はいつだってゆりちゃんのそばにいるし、いつでもゆりちゃんの味方だから、本当にどうしようもない時は私に相談してね」

 ああ、だから私はひなちゃんに惹かれてしまったのか。

 その悲しみを、弱さを苦しみを、全部全部抱えてもなお他人を想っていて。

 その優しさで誰かを救いたいと願い、その強さで誰かの支えになりたいと、意識することなく思っているひなちゃんに。

 私は、どうしようもなく惹かれていたのだ。

 こうなりたいという理想が、こうでありたいという願望が、ひなちゃん自身だったのだ。

「まぁ、私なんてゆりちゃんに比べれば頭悪いし、ほとんど役立たずだけれどね」

「そんなことない」

 重ねたひなちゃんの言葉に、私はすかさずそう言った。

「そんなことは、ないよ」

 堪らず笑みがこぼれた。

 その笑みをひなちゃんはどう取ったのか、「そうかなぁ」と困ったような笑顔を浮かべる。

 きっとひなちゃんが私の本心に触れることはないのかもしれない。どれだけ踏み込んだ関係で、どんなに親密な関係であろうとも、誰しもが守りたい領域が確かに存在するのだ。

 でも、だからきっと、私たちはどんな人たちよりも深く、強く繋がれる。

 互いがそれを尊重し合って、妥協しあって、歩み寄れるのならば、もうそこに言葉は必要ない。

「それはそうと、ゆりちゃん」

 辛気臭い話はこれで終わりというように、ひなちゃんは普段冗談を言う時のような口調で話題を変える。

「この前行きたいって言ってたお店なんだけれどさ――」

 温かな雰囲気が流れる喫茶店の一角。私はどこか上の空で、この想いが、この時間がずっと続けばいいのにと考えながら、私が今日手にした私の心を胸にしっかりと感じていた。

 こんな寒い日に外出も、たまには悪くないかもね。



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