第三十七話「もっとずっと」
「結局長くなっちゃったな……」
軽く一時間程度は話していただろうか。腕時計を見るとすでに十時を過ぎていた。
あれからずっと話していたにも関わらず、夕莉は私たちのところには戻ってこなかった。たぶん、どこかで話が終わるのを待っていたのだろう。そうすると夕莉は私たちが何を話していたのかを知っていたのではないだろうか。
自分では語れないから、私にその役目を任せたのか。まぁいいけれど。
私もそれで一応の区切りはつけることができたわけで。夕莉がそれも見込んでせいちゃんと会話をさせたわけではないだろうけれど、それでも感謝はしておこう。
公園でせいちゃんと別れた私は、さっそくゆりちゃんに連絡を入れる。
まだ怒っているのか、繋がったのはコール音が十回ほど鳴った後だった。
「……どなたですか?」
「まだ怒ってるの? 機嫌直してよ」
「かわいい子に呼び出されたくらいでにやけちゃうような子、私知りません」
「うっ、そんなににやけてた? 私」
「うん、それはそれはもう非常に情けない表情でした」
そこまでか。でも、待ってほしい。別に私が好きなのはゆりちゃんだけだし、ゆりちゃんと別れてまでほかの子と付き合おうだなんて、思いもしない。そんなことは、ゆりちゃんも分かっているはずなのに。
でもゆりちゃんって意外と嫉妬深いところあるからなぁ。前もさなえの冗談に対抗心むき出してたし。
「で、ゆりちゃん今どこにいるの?」
「家」
「家? 帰っちゃったの?」
「ひなちゃんの、家」
ああ、そっち。
「私、年超すまでひなちゃんの家に泊まるから。ご両親にも許可ちゃんと取ったし、いいよね? というか泊まるから。決定事項だから」
か、かわいい。
ゆりちゃんは私がほかのかわいい子と絡んでるとすぐ妬いちゃうんだから、困っちゃうよね。かわいいから許すしかないけれど。
「なんの話だったの?」
「え? なにが?」
「だから、せいちゃんとどんな話してたのって訊いてるの」
もうそんな怒った感じの話し方も癖になりそうで怖い。どうしよう可愛すぎる。
「ねぇ聞いてるの!」
「ごめんごめん、ゆりちゃんが可愛くてつい」
「そ、そんな安い褒め言葉だけじゃ許してあげないんだから!」
だけじゃってことは、ほかにも色々と要求されちゃうのかな? 家に帰るのが楽しみでしょうがないですね。
「せいちゃんとの話は家に帰ってからゆっくりとするよ」
「絶対だからね! はぐらかしたりしたら一生根に持つから!」
それもそれでいいかもしれない。とは言えないな。
「それじゃ、すぐ帰るから」
「十分以内ね」
それは無茶というものですよ、ゆりちゃん。
家に帰ると、リビングでは夕飯の片づけをしていた母とそれを手伝う姉がいた。何かといえば絡んでくる姉だが、今日の絡みは非常にねちっこく、かつ私を部屋に通さんとばかりに邪魔をしてきた。私とゆりちゃんの仲は姉も承知しているだろうに、今更ここまで二人きりにさせまいとする意味はないと思うんですが。それに、二人きりにしたくないのであれば、姉は構わず私の部屋に侵入するはず。ほかに何か理由があるのか?
「ぱ、パンツの色だけでもいいから。ね、教えて?」
「いやだ」
「じゃあパンツの匂いだけでいいから!」
「余計にいやだわ!」
なりふり構わずっていうか、ここぞとばかりに普段言えないことを言っているだけの気がする。変態すぎだろ、私の姉。
「ひなちゃんはなんだったら私にプレゼントしてくれるのさ!」
「だからプレゼントなら渡したでしょ。それ以上に何が欲しいのさ」
姉とのプレゼント交換なら昨日のうちにとっとと済ませてしまっている。だからこれ以上私が姉になにかをあげる理由は皆無。
しかし姉はなおも食い下がる。
「あれじゃ私の欲は満たせないのよぉ。お願いだから! 使用済みじゃなくてもいいから!」
「うっさい! あげないったらあげないの!」
「私のせっかくの性夜なのにぃ」
「それ絶対”せい”の文字間違ってるから」
そう言って腰にぶら下がっていた姉を引きはがすと、私は愛するゆりちゃんの待つお部屋へと入っていった。
「い、行かないでくださいましぃ~」
いや無理、ほんとムリ。
無慈悲に部屋のドアを閉め、私は完ぺきに姉を振り切る。
やっと安心できる。と思ったのも束の間。部屋の中には頬を可愛らしく膨らませたゆりちゃんが待っていた。前門の姉後門のゆりちゃんといった感じかな。
「遅かったね」
「いや、ちょっと姉に絡まれちゃって」
「言い訳は聞きたくないです」
清々しいくらいご立腹ですね。もはや何をしても何を言っても逆効果。ここは黙ってゆりちゃんの言うことに従っておこう。
「それで、とりあえず私はなにをすれば?」
「なにって、決まってるでしょ。せいちゃんとなに話してたのか。ちゃんと話してね」
笑顔が怖いです。ここまでいったらずっとふくれっ面でいてほしかった。まぁ笑顔のほうが可愛くていいんだけれどね。
「うーん、でも話って言ってもなぁ」
実際話したことなんて、大半が夕莉のことだったし。また同じことを話すのも面倒ではあるんだよなぁ。
そう思いつつ私はテーブルを挟んで、ベッドに座るゆりちゃんと対面するように座ると、ゆりちゃんが一層怖い笑顔になった。
「そこじゃないでしょ座るのは」
じゃあどこに座れと…………ああ、そこね。
見ればゆりちゃんは自分の真横をぽんぽんと叩いていた。もっと近くに来てほしかったらしい。なら素直にそう言えばいいのに。
私はもう一度立ち上がり、今度は間違えずゆりちゃんの隣へと腰かける。するとどうでしょう。なんとゆりちゃんは私のひざに乗っかってきた。しかも対面する形で。
「えっと……ゆりちゃん?」
「なにか文句でも?」
「いやないです」
ほんとゆりちゃんは可愛くて仕方がない。
「ハグ」
「はいはい」
私はゆりちゃんに言われるがまま抱きしめる。
「キスは?」
「……する。したい」
あらあら、すっかり素直になっちゃって。
ゆりちゃんのお許しも出たので、はじめは軽く触れる程度のキスを。それでも足りないようだったので、今度は深く、お互いを絡ませながら濃厚なキスを繰り返す。
時々甘くとろけるような声を漏らし、徐々に二人の身体の距離もまた縮まっていく。全身が密着して、二人の体温が混ざり、まるで最初から一つの生命体であったかのような感覚に陥る。
どれくらいの時間そうしていただろうか。
息を切らしたかのように浅い呼吸のゆりちゃん。頬も上気して赤く、どこか蠱惑的な表情を浮かべている。
そんなゆりちゃんを見て、私はもう我慢の限界がきた。
「え? えっ?」
ゆりちゃんを抱きしめたままベッドへと寝転ぶと、そのままゆりちゃんの上に覆いかぶさる。
この匂い。この感触。この体温。やっぱり落ち着く。
「ひなちゃん、なにしてるの?」
「なにって、ちょっと我慢できなくて押し倒しただけだけど」
「そ、その前に話を」
「それ、今じゃないとだめ?」
正直私も限界だけど、ゆりちゃんだってその気になってたはずだし。今更冷静にお話するって雰囲気でもないと思うの。
「うぅ~。じゃ、じゃあ後で絶対だよ。絶対だからね」
「分かった。絶対ね」
好きな人のそばにいて。好きな人と寄り添って。好きな気持ちを隠さない。
私はもう何にも憂うことなく、偽ることもなく、純粋に、正直に、この子だけを愛していこう。
こう思えたのも、ちゃんと自分と向き合えたから。自分の気持ちに気付けたから。
だから、ありがとう夕莉。
あなたのおかげで、私はもっとずっとゆりちゃんのことが好きになれたよ。




