第三十六話「君のこと」
クリスマスパーティも始まってすでに二時間が経ち、徐々に帰宅の準備をする人たちが目立ち始めた。
さなえもすでにお役目から解放されていて、現在食い意地を張っている。まぁ自分の家のパーティだし、別にいいと思うけどね。
「ひなちゃん、私たちはどうする?」
くいくいと袖を引っ張られてそちらを向くと、ゆりちゃんが首を傾げながら私を見ていた。
かわいいからその仕草は絶対に他の人にはしちゃだめですからね。と心の中で注意しておく。そういうところゆりちゃん抜けてるからなぁ。そこもかわいいっちゃかわいいんだが。
「そうだな。十分楽しんだし、さなえに挨拶でもして帰るか」
「そうだね」
さて、そういうことならえりさやら遥やら繭染さんを回収しなければ。どこにいるんだあいつら。
会場はそれほど広くはないのだが、いかんせん庭も開放しているらしいので、そちらにいたらちょっと見つけるのは難しいな。寒いから行きたくないだけだけど。
というか、ここに来てからというもの、パーティらしい感じのことはした気がするけれど、あんまりクリスマスという雰囲気は感じなかったな。というか、ここ最近友人とクリスマスを過ごしたことがなかったからか、どうしていいのか分からなかったというのが正確か。
まぁでも、それなりには楽しかった気がする。
食事は美味しかったし、きれいな女の子はいっぱいいるし、何よりゆりちゃんがすごく可愛かった。
それはそうと、早く三人を見つけないと。
「おっ、良かった良かった。まだいた」
私がはぁとため息をしつつも三人を捜そうとその場から動こうとした時、後ろから声をかけられる。
「……夕莉か」
声の正体はさっき別れたばかりの夕莉だった。
「どうしたんだ」
やはり、どこかいらいらとした気持ちが出てしまったのか、夕莉が苦笑を浮かべる。
「ごめんね。もう帰るところだった?」
「うんまぁ、そうだね」
その前に三人を回収しないといけないのだけれど。それは言わなくてもいいか。
「じゃちょうどいいかな? この後ちょっと付き合ってくれない?」
「この後?」
「そう、このあと」
どうして。と言おうとした私は、そこでゆりちゃんに先を越されてしまった。
「何かあるんですか?」
どことなく、ゆりちゃんの言葉にもとげがあるような……気のせいということにしておこう。
「うーん、なんというか、私じゃなくて、その、せいちゃんがね、なにか用があるらしくって」
「せいちゃんが?」
ごく自然にゆりちゃんがせいちゃんと言ったのに対して、私は何か言っておかないといけないのかもしれない。でもゆりちゃんかわいいからどう頑張っても最後は可愛いで終わっちゃうし、怒ってもあんまり意味ないんだよね。
「うん、なんかひなちゃんに用があるらしくてね」
「私に?」
理解ができない。
かわいいかわいいゆりちゃんに興味がわくならまだ分かる。けれど、せいちゃんは私に用があるという。いったいどういった用なのだろうか。ちょっとドキドキします。
「ふーん、ひなちゃんに、ねぇ」
ゆりちゃん、そんなに睨まないで下さいよ。私だって今日初めて会ったんだから、手なんて出しようがない。っていうか私にはゆりちゃんがいるんだから他の女の子に手なんて出すわけがないじゃないか。
「それで、大丈夫?」
「……わかったよ。この後は別に家に帰るだけだし」
暇といえば暇。だが、問題はゆりちゃんである。果たしてお許しが出るであろうか。
「なに? 私は別にいいけど」
そんな不満そうな顔で言われても……。
「それじゃ移動しよっか」
ゆりちゃんの了承も得られたとあってか、夕莉はこの時間も惜しいとばかりに私の手を引っ張ってくる。
「あ、ちょっと」
「えりさちゃんたちのことなら、私が捜しておくから行ってきなよ」
怒ってますね。確実に怒ってますね。そんなに嫌なら許可出さなければ良かったのでは。ああでも不満顔のゆりちゃんもすごくいいです。
「終わったら連絡するから」
「…………」
完膚なきまでに無視されてしまった。私、そんなに悪いことしたのかな?
ま、その答えもあとで聞けばいいか。
さなえの家を後にした私が連れてこられたのは、近くにある小さな公園だった。
寒空の中、星ちゃんはじっと目を閉じて私が来るのを待っていたらしい。今のままでも十分に綺麗だが、これで雪でも降っていたらきっとすごく幻想的だっただろう。
私をここまで連れてきた夕莉は「何か暖かいもの買ってくるよ」と言って、コンビニに行ってしまった。てっきり同席するのかと思ったのだが、どうやら本当に二人きりで話をするらしい。
しかし、ますます分からなくなった。
会った時から不思議な子だとは思ったけれど、ここまで不思議ちゃんオーラを出せるのも中々である。
だからだろうか、目の前まで来たのに、私はどう声をかけたらいいのか迷っている。
「あ、えっと……」
そして絞り出した言葉がこれである。もう何やってるんだろうか私。
いきなり呼び出しを食らって、ゆりちゃんもご立腹にしてしまったし、来たら来たで対応に困ってしどろもどろ。今日は厄日かな?
「……寒いね、ここ」
「そりゃ野外だし…………もうちょっと暖かくて落ち着いたところに行く?」
「そんなに長く話さないと思うし、ここでいい」
そうですか。
それなら早めに済ませてくれるとありがたいです。こちらとゆりちゃんのご機嫌を損ねてまで来ているので。
そう思いながら私はせいちゃんの隣に座る。距離は少しあるけれど、話をする分には問題ないはず。
なのに。どうしてだろうか、せいちゃんは私のほうへと寄ってくる。
「え、えっと……」
「寒い」
うん分かった。この近さは寒さのせいにしておこう。そうしたほうが二人のためだし、私の精神的にもありがたいです。
「それで、話って?」
このドキドキ加減はなんだろうか。別に二人とも違う子が好きで、違う恋人がいるんだから。
ならば、本当にこのドキドキはどこから来るもので、何が原因なのか。
「夕莉のこと」
そうか。
どうしてこんなにドキドキするのか、やっと分かった。
けれど、そんなことは、もうとっくに終わっていて、私にはどうすることも出来ないことで。それでも心のどこかで想い続けていた。
この子は、私に似ているんだ。
今のではなく、過去の私に。
だから、この子の想いが、感情が理解できてしまう。
ゆえに、ドキドキしたのだ。
自分の、自分でも把握していなかった秘密を、暴かれてしまうのではないのかという恐怖を、錯覚していたのだ。
いや、怖くて別の感情を塗り重ねた。
それを自覚してしまったら、私はどうなるのだろうか。
これを目の前で見せつけられても、まだ私はゆりちゃんのことを好きだと言い続けられるのか。
こんな想いを抱きながらも、それをひた隠しにして付き合っていた空音に、私はどういう顔をすればいいのか。
「私、全然知らないなって思って」
「でも、付き合ってるんでしょ」
「夕莉は、あんまりそういうこと話してくれないから……」
苦しい。話していて辛いと思うのは、いつぶりだろうか。
「でも、私はちゃんと知りたい。ちょっとでも知っておきたいなって、そう思ったから」
「そっか……」
悲しい。寂しいと感じるのは、どうしてだろうか。
「だから、中学時代の夕莉はどんな感じだったのか、話してほしくて」
本当に、何から何まで、私に似ている。
好きだから知りたくて。好きだからそばにいた。
私とせいちゃんの違いは、たぶんそこなのかもしれない。
私は知りたいだけだった。けれどせいちゃんは近づくために知ろうとしている。
私はそばにいただけだった。けれどせいちゃんはもっとずっと深く夕莉と繋がっていたいと思っている。
似ているのに、ここまで違ってしまった。
似ているからこそ、小さな違いを見つけては後悔してしまう。
「分かった。でもちょっと長くなるけど……いい?」
「構わない」
真摯で、純粋な瞳。
夕莉が変わった理由が、夕莉が変えられた理由が、私には痛いほど理解できる。
こんなに綺麗な目で好きだと言われたら、誰だって変わらずにはいられない。
夕莉はこんな素敵な子と出会ったんだね。
ならもう私が心配することはもうない。
だから、私は私なりのけじめを、ここでつけよう。
「それじゃあ、そうだな。まずは私が夕莉と出会った時から話そうかな」
そうして私は、届くことのない想いを胸に、過去を語り始めた。




