第三十四話「聖夜の苛立ち」
クリスマスに生誕祭という本来の意味から外れてしまった感覚を抱いて久しい。
そんなことよりも、私はただ騒がしいのがあまり得意でも好きでもないのだ。無秩序な喧噪が、四方八方から聞こえてきて、どうにも耳がぐらぐらとする。
だから来るのは嫌だったんだ。
みんなでクリスマスプレゼントを買いに行ってから数日後、世間はクリスマス真っ盛りだった。私たちも例にもれず、さなえの家でのクリスマスパーティに参加をしていた。
さなえや遙、繭染さんや私とゆりちゃんも呼ばれているこのパーティ。それで全員であれば私だって文句はなかったのに、どうしてかえりさは私の天敵ともいえる夕莉も呼んでいるのだ。夕莉の友達数名も参加しているので、まだ目立った接触はないが、さっき目が合ってしまったのでこの後何かしてくるに違いない。
というか、夕莉の恋人も来るって言ってたけど、どの子なんだろう。さなえは「見ればわかるよ」なんて言ってはぐらかしていたけど、見たって分からないよ。ゆりちゃんや本当に親しい子以外の女の子なんてみんな同じ顔に見えるし。あとかわいい子も結構覚えてるけど、それはそれ。
私は一人壁際で花となっていることに集中しよう。目立ちたくないし。
というか、知り合いがみんなしてどっか行っちゃったのが悪いと思う。
えりさと遙は相変わらず一緒に行動してる。そこから発せられる邪魔するなオーラがすごすぎて見かけても声かけづらいし、繭染さんはいろんなグループを行ったり来たり、たまに思い出したかのようにブッフェスタイルの食事に手を付けるといった具合だ。私のゆりちゃんはというと、よく分からない集団に捕まってしまった。助け出そうにも、取り入る島もなければ突っ込む間隙すらないときた。これではお手上げだ。
そして今夜の主催者であるさなえは、挨拶回りのようなことをしていて、とても声をかけられる状態ではなかった。
なんだかんだいってさなえの家は名家ということなのかもしれない。こういった催しの客人には、きちんと挨拶をして回らないといけないらしい。たいへんだなぁ。
「よっすよっす。元気だった?」
私が熱心に会場を見ていたら、いつの間にか隣に一人の女の子が立っていた。
火代夕莉。中学時代の友人であり、親友であった女の子だ。
いたずら好きで、よくさなえと一緒にその被害に遭っていた。
懐かしい。顔立ちはずいぶんと大人っぽくなったが、目元や笑った時の表情は昔と何ら変わりがない。けれど、その中身は見る影もなく変わり果ててしまったのかもしれない。
人は常に変化するものだ。
望む望まぬとも、自らとも他人からとも関係なく、そのままでは生きていけない生き物だ。
根底が変わらないのに、上辺の上澄みだけは一定しない。
私も変わってしまった。
気づかないくらい遅々と、気づいたころにはもう遅く。
「……夕莉は相変わらずだね」
「そう? こう見えても結構大人っぽくなったって言われるんだけどなぁ」
「見た目はね」
「見た目だけかぁ」
他愛のない会話。でもそこには確かに埋めることのできない時間の壁が存在していた。
何を話せばいいか、どう話せばいいか、探り探りになってしまう。
まるで落とし物を探しているような感覚。
「どうして女子高なんかに?」
「今更だね。まぁ柄じゃないのはわかってたけどさ、ちょっと思うことがあって」
「今更って言っても、卒業以来会うことなかったし…………思うことがあってってなに?」
「それは秘密。っていうかそうだね、卒業以来会ってなかったね」
そうなのだ。
私たちは互いに親友だと、友人だと思っていたのにも関わらず、学校という共通項でしか括られず、それが無くなってしまった途端、まるで存在自体がなかったかのように会わなくなって、連絡を取りもしなくなってしまった。
二年。それは短いようにも感じるが、人と人との関わりを断つには十分すぎるほどの時間だ。
「そういやさ、彼女、来てるんでしょ」
夕莉は会場を見渡しながら問いかけてくる。
「どの子?」
「……あんたの彼女も来てるんでしょ」
ただで教えるのもなんだか癪だったので、ここは情報交換といこうじゃないか。
「あー、そうだね。っていうかあの子さっきから見てないから、たぶんまたトイレに籠ってるな」
あらあら、人見知りの激しい子なのかな。
「後で連れてくるから、そのときにお互い自己紹介ってことで」
「それがいいね。それじゃ私探してくるよ」
そう言うと夕莉は私から離れていき、トイレのある方向へと小走りで向かっていく。
さて、それでは私もお姫様の救出をしようかと思います。
なんとかうまいこと言って集団(ほんとうに何の集団だか分らなかった)からゆりちゃんを救い出した私は、先ほどと同じところで二輪の花を決め込んでいると、ちょっと恥ずかしそうに頬を赤らめた夕莉と、夕莉におとなしく手を引かれている女の子が正面からやってきた。
赤を基調とした夕莉の洋服とはまた違って、真っ白なワンピースを着た少女。そのワンピースの色にも負けないくらい肌も色白で透き通っていた。その恰好寒くないかとか、中学生かと思ったくらい小さいとか、そんなことはどうでもよくて。
きれいだった。
ただきれいだった。美しいとか、可愛いとかじゃない。本当に、純粋に、一つの嘘もお世辞もなく、ただきれい。
これが本物の美少女か。
などと感心していると、隣で同じように見惚れていたであろうゆりちゃんが「むー」とかわいい声を出しながらわき腹を肘で小突いてくる。
この私がまさかゆりちゃん以外の子にここまで見惚れてしまうとは。不覚だった。
もっと用心してもよかっただろうに。
きっと夕莉と久しぶりに会って舞い上がっていたのがわるいのだろう。あと夕莉と再会したのにいたずらされなかったから、油断したのかもしれない。
さておき。
夕莉が連れてきたこの子、どこかで見たような……。
「えっと、じゃ自己紹介かな」
私たちの言葉を介さないやり取りが終わるのを見計らって、夕莉は努めて明るく言った。なんだ、緊張してるのか? それはそうか、だってゆりちゃんかわいいし。
「それでは私から。私は長内百合子です。ひなちゃんのお嫁さんをしています」
なにその自己紹介。私も今度から使おう。
しかし、その自己紹介はかわいい子専用のコマンドだろうから私は使えないかもしれない。
「次は私ね。火代夕莉よ。ひなちゃんとは中学の時のお友達で、今は……せいちゃんの恋人かな」
ほうほう、その美少女はせいちゃんというのか。それはともかくとして、夕莉のひなちゃん呼びに悪意がにじみ出ている気がしないでもない。半笑いで言ってたし。
「じゃ順番的に私か。秋山比奈理です。夕莉とは友達で、ゆりちゃんとは夫婦かな」
お嫁さんとは言えなかったので、マイルドに夫婦と言ってみた。でもこの言い方だと私が夫で男になっちゃうから、家族にすればよかったと思いました。
笑うのやめて。そんなに笑っちゃいけない雰囲気の中で必死に堪えようとして堪えきれてない笑い方やめて。せめて笑うのであればもっと大胆に笑って。恥ずかしくなってくるから。
あと全体的に頭の悪い自己紹介になっているのは、まぁ突っ込まないほうがいいよね。
そして残すは美少女一人になったが、彼女はどんな自己紹介をするのだろうか。
「…………」
「…………」
うん? なんだいこの沈黙は。周りが騒がしいから余計に沈黙がつらいぞ。
「ほれせいちゃん」
「…………」
夕莉に促されても、何をしたらいいか分からないって顔してますね。この流れだったら自分が自己紹介をするって分かるはずだが。
「……ごめん。よく聞いてなかった。なに話してたの」
えー、今の時間めっちゃ無駄だったってこと? それはないよせいちゃん。
「せいちゃん、恥ずかしいからって嘘ついたらだめですよ」
えー、この子めっちゃ可愛いんですけど! 今の恥ずかしくてでた言葉だったの? うはー、私の嗜虐心がそそられちゃう!
……まぁ、ゆりちゃんを目の前にしたらそんな可愛さも半減だけどね。だからそんなに睨まないでよ。
「…………常岡聖歌です」
常岡聖歌ね。覚えた。いやぁいいよそのちょっと頬を赤らめながら上目遣いでこっちを見るその表情。ゆりちゃんの前じゃなかったら写真撮って部屋に飾るレベル。
「なんか恥ずかしいね! こうやって互いの好きな人を紹介するって!」
「……そうだね」
なんだか、すっかり中学の時の夕莉は消えてしまい、まるで別人かと思うくらい変わってしまっていた。
それは、夕莉が望んで手に入れた変化なのかもしれないが、それでも私は……。
私は、どこかそのことに寂しさを覚えていた。
変わらない人間はいない。
でも。
その変化が、どこか私を苛立たせていた。




