第三十二話「偽る」
ぼうっと眺めていた映画も、いつの間にか終盤に突入していた。
なんともありがちな展開で、結局はパッピーエンドで終わるのかと思いきや、徐々に不穏な空気を醸し出し、ついには超展開へと発展、なんとも後味の悪い結末を迎えた。
私の前知識が足りなかったせいなのか、その物語の中ではどこか説明不足な感が否めない気もするが、これはこれでうまく纏まっていたし、どこにでもありそうな甘々な恋愛映画とは一線を画していたので、意外と私好みの映画であった。
後味は、かなり悪いけれど。
まぁでも、現実の恋愛もたいていはそんなものだろう。
うまくいくのなんて、ほんの一握りであって、想い続ければ叶うなんて、幻想にもほどがあるから。
「いやぁ、さすがあの胸糞シリーズを手掛けていた監督の作品って感じがする展開だったね」
「なに、この映画の監督って有名なの?」
「うん、その界隈では結構有名。なんでもありきたりな展開から一気に観客の想像の斜め上を行く結末を見せることで有名な人だよ。特に数年前に公開された三部作なんてコアなファンから胸糞シリーズなんて呼ばれて親しまれてるくらいだし」
それ、本当に親しまれてるのか?
「ま、どこを見ても同じような展開に、似たような結末。最後はハッピーエンドっていうぬるい映画よりかは、いくらか評価されてるんじゃない?」
そういうものなのかね。
こういう創作物は、より現実から乖離しているほうが爽快感とか充足感とかが得られていいのではないのだろうかと、私は勝手に思うのだが。
「でも、比奈理が今考えなくちゃいけないことは、この映画のことじゃないのは確かだね。私は比奈理がこの映画のように百合子ちゃんと悲惨な結末を迎えないことを、祈るばかりだよ」
そんなことは、私自身が一番分かっていることだ。
映画館を後にした私たちは、同じ階に入っている喫茶店に来ていた。
ここでの座り位置は、さっきの座席のこともあってか私の隣はゆりちゃんだった。まぁこの程度で怒ったり不機嫌になる私ではないが、やはり隣にゆりちゃんがいるというだけで気分が段違いだ。
そういえば、というのもちょっと白々しいが、果たしてゆりちゃんはどんなプレゼントを買ったのか気になる。
たとえそれが自分のものにならないとしても、ゆりちゃんが他人にどんなものを贈るのかをみておきたかった。ゆりちゃんのことだから、私のように適当ということもないだろうし、今後のプレゼントの参考程度にという建前もちゃんと用意もしている。
「やっぱりあの映画にして正解だったね」
「あといくつか観たいものあったんですけど、今日は本命が観れたので良しとしときます」
「あと何が観たかったの?」
「あれ、あの今めっちゃコマーシャルで流れてるアクション映画」
「アクション映画とかってあんまり観ないのだけれど、面白い?」
「面白いよ! 自宅で一人で楽しむのももちろんありだと思うけれど、やっぱり映画館の大スクリーンと音響で観てほしいよね! 同じ映画でも印象が違ってくるからさ」
三人が映画の話で盛り上がる中、私は一人窓の外を眺めていた。
天気はお世辞にも良いとは言えないけれど、昨日と比べればまだ全然いいほうだ。それに、冬場は晴れでも寒いのであまり太陽の恩恵を感じづらいことが、私が冬を嫌いな理由の一つでもある。あと純粋に寒いし。
注文したホットコーヒーやケーキが届くと、会話もそこそこに各々自分が頼んだものに手を付けていく。私も紅茶とケーキのセットに舌鼓を打ちながら、また窓の外の景色に注視する。
空気が澄んでいて、いつもより遠くまで街並みが見渡せる。
「……降ってきそうだね」
「降るとしてももう少し時間が経ってからにしてほしいな」
降るのであれば私たちが帰ったあとにでも。傘は持ってきていないので。
「はぁ、なんか今日はすごい疲れた気がする」
「そうだね、ひなちゃんはいつもはこんなに人が多い場所避けてるからね」
まぁ、伊達に毎日人混み回避スキルを磨いてはいないから。
「この後はどうします?」
「さすがにもう帰るだろ」
「えー、折角外に出てきたんだから、もうちょっとどっか見てまわろうよ」
繭染さんが気だるげに訊いてきたので素直に返事をすると、どうやらもっと私たちと一緒にいたいらしいさなえはかわいい顔で反対をしてくる。
冬休みに入ったらたぶん私はほとんど外に出ないと思うから、ここでその分遊ぼうと考えるさなえは正しい気がする。私としては、もう疲れたので家に籠って寝たい気分なのだが。
「じゃあ、あと一か所だけ付き合って。ね?」
さなえは両手を顔の前で合わせる。
「……一か所だけなら、ね」
気持ち的には別にあと何か所でも付き合ってあげたのだが、一か所でいいというのであればその言葉に甘えるとしよう。
歩くのも面倒だしね。
「それじゃ、次の目的地はこの下の階にあるゲームセンターに決定ですね!」
これまたうるさそうな場所に連れていかれそうだ。
日もだいぶ傾いてきたこともあってか、先ほどと比べるとずいぶん人が少なくなった。気のせいかもしれないけれど。たぶん気のせい。
「これ! すごくかわいくないですか!」
「うーん、でもこんなに大きいの取れるの?」
「任せて! 伊達に何年もゲーセン通ってないから!」
なんだかんだでほとんどのことはそれなりにこなすからな、さなえは。それに、ゆりちゃんもそれほどこのぬいぐるみが欲しいってわけじゃないと思うから、無理して取る必要もないだろう。
と、思って傍観していたのだが。
「それじゃ私、あっちのぬいぐるみが欲しい!」
おやおや? 意外とゆりちゃんノリノリじゃないですか? でも少し考えれば納得ではある。ゆりちゃんは可愛いもの綺麗なものが好きだし、身に着けている小物もかわいい系が多い。
知っているようで知らないことのほうが多く、知らなくてもいいことばかり知ってしまう。
どうして私たちは幸福なままでいられないのだろうか。
どうして幸福の側には絶望が付き纏ってくるのだろうか。
普通でありたいと思っているだけなのに、私たちは誰も普通には届かない。
「ほいほい、ちょっと待ってておくれ」
お財布の中から小銭を数枚取り出すと、筐体に向かって真剣な眼差しで臨んでいく。
さなえがクレーンゲームで遊んでいる間、私や繭染さんは手持ち無沙汰だった。私自身あまりゲームセンターに遊びに来ることが少なかったからか、こういう場所には何があるかとかが分からないのだ。かといって初めて見るゲームをやろうなんて思わない。やるならもっとちゃんと準備をしてからくるというものだ。その辺私は非常に面倒な性格をしてなくもない。
さなえの超絶テクニックを見物していても良かったが、なんとなくその場に居づらかったので他のクレーンゲームを見て周ることにした。
ぬいぐるみからフィギュア、お菓子なんかもあって、見るだけで結構楽しい気分になってくる。
筐体の間を縫うように歩いていると、端のほうで一人やたらと真剣な表情でゲームに興じる女の子を見つけた。一人で来ている人はそれなりにいたので珍しくはなかったが、その女の子はどこか独特の雰囲気を醸し出していた。そのせいか、女の子の周りにはあまり人が寄り付かない。人避けのオーラというべきなのだろうか、私なんかも意外と人を寄せ付けない雰囲気を持っているらしいので、妙に親近感を抱いてしまう。
だからだろうか、私は無意識のうちにその子の近くで何をするでもなく、立ち止まっていた。
「…………なにか、用ですか?」
女の子は私に気づくと、音という音が響きあうこんな場所でも聞き取れるくらい透き通った声で私に話しかけてくる。
「……もしかして、これ、遊びたい?」
どうやらその子はその筐体で遊んでいたわけではないらしい。私にその場所を明け渡すと、また近くの筐体をじっと見つめていた。ただ見つめているのか、何か意味があるのかは、私には分からないけれど、きっとその女の子には意味のある行動なのだろうと、無理やり納得してみたりする。
なんとなく人が避ける理由が分かった気がした。
私は自分から人との関わりを持たないようにしているからこそ、そういったオーラを出しているのだけれど、この子の場合はその行動がゆえに人から避けられているといったほうが的確だろうか。とにかく、何もかもが独特なのだ。
なんだか、出会った頃のゆりちゃんのようだ。と少しだけ思った。
私が筐体お散歩を終えてさなえ達のもとに戻ると、ちょっとした人垣ができていた。何々、何か面白いことでもやってるの? と思ってたら中心にいたのはさなえだった。
私は人垣の中に巻き込まれていた繭染さんを見つけ、事情を説明してもらうことにした。
どうやら最初に欲しいぬいぐるみを取るのに苦戦してしまったので、プライドが傷つけられた腹いせに筐体の中を空にする勢いで取り続けているらしい。
面倒なお客さんだな、こいつ。
「まぁ、ほんの数回どころか一発であれだけ大きいぬいぐるみを何体も取ってるんですから、嫌でも注目されますよねって感じです」
というかそこそこどころではなく相当上手だったんだな、さなえ。
そんな注目を浴びているさなえはしばらく放っておいてもよさそうだが、一緒にいたはずのゆりちゃんがどこにも見当たらない。どこに行ったのだろうか。
「あ、百合子ちゃんならさっきトイレ行くとか言ってましたよ」
私が周りを見渡していたので気づいたのか、繭染さんは一言そう言い残して再び人垣の中へと入っていく。
「……さて、トイレか」
私は繭染さんに言われた通りトイレに向かおうとしたが、ゆりちゃんがトイレに向かったのは果たしてどれくらい前のことなのだろうか。私が戻ってくる直前に行ったのであればまだいる可能性もあるが、これがもし五分十分前のことであればもうそこにはいないかもしれない。
まぁ別に電話を掛ければすぐに会えるし、そこまで急ぎの用があるわけでもないからそれでもいいのだけれど、何か嫌な予感がする。
ゆりちゃんに何もなければいいのだけれど。
そんなことを思いながらトイレを目指していたが、ゆりちゃんはすぐに見つかった。
「あ、ひなちゃん。どうしたの?」
「ん、いや、なんでもない」
本当に、私はどうしてこんなにもゆりちゃんに会いたかったのだろうか。
答えなんて、分かっている。
さっき会った女の子。あれが原因だ。
けれど、どうしてこんなにも心を掻き乱されているのか。それは分からなかった。
「よし! 最後にプリ撮ろ! プリ!」
何体ものぬいぐるみを抱えて上機嫌なさなえは、これでもかというくらい大きな声でそう言うと、プリント機が立ち並ぶエリアへと一人走っていく。
「あんなにいっぱい、どうするんだろうね」
「……まぁ、さなえのことだ、一つは自分のもので、あとは友達にあげるかするんじゃないか」
とりすぎたぬいぐるみは見ていた人達に配ってもまだ余ったので、仕方なく私たちが分け合って持っている。私たちにも記念に一体ずつくれるらしいが、私の部屋にこんなのが置いてあったら違和感を覚えてしまう。帰ったら姉にプレゼントするか。
かわいいものは好きだが、側に置いておきたいとは思わないのだ。ちなみに姉の部屋はファンシーである。どうでもいいか。
「ほらほら、早く! 急いで!」
なんだかすごく鬱陶しいなさなえのテンション。
私たちは促されるままひとつのプリント機へと入ると、すでに準備を済ませていたのだろうか、早速ポーズを要求される。
私たちは各々カメラレンズに向かってポーズを取ると、ほどなくしてシャッター音が鳴り響く。
みんな笑っている。私も、ちゃんと笑っている。
でも、本当に、心から、笑っていただろうか。
私も、繭染さんも、さなえも、ゆりちゃんも。
きっと誰も彼もが、笑顔で偽っていた。
消えない傷と、癒えない心を。




