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百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
冬の章
38/67

第二十九話「不安の正体は」



 昼食を食べ終えた私たちは、昼食前に話したとおり午前とおなじように二手に分かれて行動する。

 ごはんの時間を少しだけずらしたからか、午前よりも若干だが混雑が緩和されていた。

 だからといって買い物がしやすいかと言えば、そういうことはなく。私とゆりちゃんは人混みを縫うように歩いては時々お店を外から見てプレゼントに良さそうなものを探す。

 一応三時までに買い物を終えて最上階にある映画館前に集合となっているので、それなりに急がないといけないのだが、ゆりちゃんはそんなことは気にも留めていないらしく、私との買い物を楽しんでいた。いや私もゆりちゃんとの買い物は楽しいのだけれど、今回は二人きりでのお出かけではなくさなえや繭染さんも一緒なので、そこらへんはちゃんと気にしてほしい。

「あっ、見て見てひなちゃん! この洋服かわいい!」

 そう言ってゆりちゃんが止まったお店はゴシックロリータ、いわゆるゴスロリ系の洋服を売っているお店だった。

 確かにかわいいはかわいい。店頭に並んでいる洋服は全部ゆりちゃんに似合うといっても過言ではない。

「ちょっと見ていっていい?」

「うん、構わないけれど」

 意外とこういう洋服が好きなのよね、ゆりちゃんって。でも着てる姿は見た事ないんだよな。家の中で着てるのかな。

「いらっしゃいませ、長内様」

 ん? 長内様?

 お店に入るや否や、数人のスタッフが私たちを出迎えてくれる。

 まさかとは思うが、ゆりちゃんってここの常連だったりするのか? というか常連じゃなかったらこんな待遇は受けないだろう。

 間違いなく、ゆりちゃんはここの常連だ。

「長内様、これが今冬の新作です」

 お店の中ほどにある新作コーナーまで案内されると、スタッフは緊張した面持ちで何着かの洋服をゆりちゃんの前に出してみせる。

 私には店内に並べられている他の洋服と新作と言われた洋服がどう違うのか見分けがつかなかったが、どうやらゆりちゃんにはその違いがわかるらしい。

 目の前に並べられた新作を見て数秒の沈黙した後、ゆりちゃんが口を開く。

「うん、どれもかわいい! これ、全部試着してみていいですか?」

 そう言われたスタッフは喜色を浮かべてゆりちゃんを試着室へと案内する。

 ゆりちゃんに褒められたことが相当嬉しいのだろうか、店内のあちこちでスタッフがガッツポーズやらハイタッチやらをしている。それを見ていた数人の客もこぞって新作のコーナーに寄って来る。

 私はいまいち理解ができなかったので、近くのスタッフに質問をする。

「えっと、これは一体?」

 するとスタッフは私の状況を理解したのか、懇切丁寧に説明してくれた。

「長内様は昔からのお得意さまでして、よく当店をご利用いただいているんです。それもあってか私たちスタッフは新作が出るたびにこうしてご意見を賜っているのです」

 もちろん長内様以外のお得意様にもご意見を賜っていますが。と続けるとスタッフは少しだけ声を抑えて内緒話をするように顔を近づけてくる。

「長内様から良いご意見をもらえた洋服やアイテムは売れ行きが他の新作に比べて二倍近く違ってくるのですよ。なので私たちスタッフは新作が出ると真っ先に長内様へと意見を賜るようにしているのです」

 なるほど、ゆりちゃんから太鼓判を押された洋服は長く店頭に置かれて、そうでないものは早めに他の洋服と取り替えるって感じか。ゆりちゃんもかわいい新作を手に入れることが出来るし、お店側にとっても利益をより多く出すことの出来る商品を効率よく運営することが出来る。互いに良いこと尽くしというわけだ。

「ひなちゃん! こっちこっち!」

「ああ、今行く」

 私はゆりちゃんに呼ばれ、親切に説明をしてくれたスタッフにお礼を言うと試着室前へと移動する。

「これね、ちょっとだけ着にくいからひなちゃんに手伝ってもらおうと思って」

 ゆりちゃんは試着室の中から顔だけ出している。それくらいならスタッフに手伝ってもらっても良かったのではと思ったが、なにやらスタッフのほうも私たちを見てにこにこと笑顔を浮かべるだけだった。

「はいはい早く!」

 私が戸惑っているとゆりちゃんは私の手を取って試着室の中へと引きずり込む。

 今回はなんだか強引だな。

「ってなんて格好してるのよさ」

「えっへへ」

 確かに試着室で洋服を脱ぐことは変ではないが、ずっと何も着ずに下着姿で顔を出していたりしていたのかと思うと、こちらとしては複雑である。

 こんな姿、誰かに見られたらどうするのかと。

「なんだか、外でこんな無防備な格好してるのって、ちょっと恥ずかしいね」

 照れるような表情を浮かべ、自分の今の格好を改めて見るゆりちゃん。

 そうやってもじもじとされるとなんだかいやらしい気分になってくる。

「それで、どれを着るんだ?」

 私は努めて冷静な態度でそれを処理する。

 まったくゆりちゃんはなにを考えているんだか。

「……」

 私がゆりちゃんから洋服に目を向けると、ゆりちゃんはなぜか不満げな雰囲気を出してくる。

「なにさ」

 私はたまらず再びゆりちゃんへと向き直る。

 何かがご不満だったのか、たいそう可愛らしくふくれてらっしゃる。

「この下着、かわいい?」

 そうかそうか、私に下着を見せたのに感想をもらえなかったのが不満だったのか。

 というかその下着、どこかで見たような気がしないでもないのは、私の気のせいか?

「これ、ひなちゃんお姉ちゃんが「比奈理はこれが今一番のお気に入りだよ」って言ってたから、つけてきちゃった」

 おおう、道理で見たとこあると思った。それ私の下着じゃないか。

 そこで私は思い出す。

 私も今、ゆりちゃんの下着を着用しているではないか。

 あの時はばれないように必死で下着を替えるということを忘れていたので、今も引き続きゆりちゃんのセクシーな下着をつけている。

 どうしようか。

 この雰囲気に便乗して私も言ってしまおうか。

「それとね、ひなちゃん」

 私がおろおろと思案していると、ゆりちゃんはなにやらほくそ笑むように詰め寄ってきて私の洋服を脱がそうとしてくる。

「私、知ってるよ。今ひなちゃんが私の下着つけてるって」

 どうしてそれを!?

 まさか姉が!? とも思ったが、あの時ゆりちゃんが実は起きていたとしても不思議ではない。

「ねぇ、どうして私に内緒で私の下着つけてるの?」

 私はゆりちゃんに押され、試着室の壁へと押しやられる。

 なんだろうか。いつもなら逆の立場なのでこの感じは違和感を覚える。しかし嫌ではないのは、これがゆりちゃんだからだろう。同じことを姉やさなえにされてもうざったいと思うだけであり、この愛らしい感じに責めてくるゆりちゃんには何をされてもいいとさえ思えてくる。いよいよ末期である。

「んふふ。ひなちゃんかわいい。いつも逆の立場だから、こういうひなちゃんが見られて嬉しいな」

 ゆりちゃんも私と同じことを思っていたらしい。

 なんだか最近私とゆりちゃんの行動も思考も似てきたような気がする。

 はたして良いことなのか悪いことなのかはわからないけれど。

 この時ばかりは嬉しかった。

 だってこれは、私と同じくらいにゆりちゃんが私を好きだということなのだから。

 これが嬉しくないわけがない。

「それで、なんだけど」

 ゆりちゃんは私に詰め寄った形のまま、顔を赤らめる。何かを言いたいらしいのは分かったが、肝心の内容は分からない。

「あの……その……」

 口にするのも恥ずかしいのか、すごく言い淀んでいる。

 こういうゆりちゃんを見るのは初めてではないが、やっぱり何時見てもこの恥ずかしがっている瞬間のゆりちゃんはかわいい。食べちゃいたいくらい。もちろん性的な意味で。

「もし良かったらだけど、その……ここで下着、交換、しない」

「……」

 なんという変態的発想。

 この私でもそんなことは思いつかなかったよ。

 恐らくあの変態の代表格である姉でさえも考え付かなかったのではないだろうか。

 つまり、今のところダントツで変態なのがゆりちゃんということになってしまう。

 私の恋人が超絶変態だった。

 普通であれば恋人が変態なんて嫌だろうが、しかし私はちょっとだけ喜んでしまっている。

 ゆりちゃんが変態。

 あの真面目で真面目な、真面目すぎるゆりちゃんが、変態。

 これほど興奮することもないだろう。

「……ひなちゃん?」

 私が無言でいるとゆりちゃんが私の顔を覗きこんでくる。相当恥ずかしかったのか、顔が真っ赤である。

「……ゆりちゃんは、変態だな」

「えっ!? そ、そんなことないよ!」

 全力で否定してみせてもゆりちゃんが変態なのはもう変えることの出来ない事実である。しかも私たちの上をいく変態。

 まぁここでゆりちゃんを言葉責めにしてもいいのだが、変態的で可愛らしいゆりちゃんが見れたので今回は勘弁してあげよう。

「それじゃ、ゆりちゃんの変態的発想どおりに下着交換しようか」

「もー、変態じゃないってば」

 私は下着を脱ごうとして、まずは洋服を脱ごうとしたとき、ふと思いついた。

 ここまで変態的な行為を外でするし、もちろん今でもすごく興奮している。しかし、ここまでやるのだからとことんまで変態になろうではないか。

 私はたった今思いついたことをゆりちゃんに伝える。

「ねぇゆりちゃん。普通に脱ぐのもつまらないし、脱がしあいっこしない?」

「へっ」

 もう既にショーツに手をかけていたゆりちゃんは最初すこし驚いていたが、それから暫く黙考して再びショーツを元の位置まで穿きなおす。

「い、いいよ。それじゃまずは私ね」

 まぁ考えれば分かることだが、私のほうが洋服を着ているわけであって、裸の時間を考えれば私がはじめに脱がされなければいけなくなる。

 そりゃそうだ。私がいくら変態であっても裸のゆりちゃんに洋服を脱がしてもらうなんてことはできない。それにここは試着室という閉鎖的な空間だが、一応は外なのだから、自重するところは自重しなければ。いやまぁ、この状況が既に自重するべき状況なのだけれど、そこは突っ込まないでおこう。

 この間にもゆりちゃんは私の上半身を裸にしようと次々と洋服を脱がしていく。

 常に顔が近いところにあるので、ゆりちゃんがいかに興奮しているかがわかる。その手つきも徐々にいやらしいものになってきていた。

「じゃあ、今度は下を脱がすね」

 上半身をブラ一枚にしたゆりちゃんは、そのままブラを取らずに下を脱がすらしい。

 今の自分と同じような格好にさせるつもりだろう。

 下は、なんというか、上半身を脱がしていたときよりも一層手つきがいやらしくなっていた。ふともものなで方とかちょうエロいんですが。

「ひなちゃんの足、すごく綺麗……」

 今にも舐めてきそうなくらい近い距離で私の足を見てくるゆりちゃん。なんかこれ、すごく恥ずかしいのですが。

「ひなちゃん、ちょっとだけ舐めてもいい?」

「だめに決まってるだろ」

 本当に舐めようとしてたのかよ。

 なんか最近というよりも今日は特別変態度が増している気がする。

 というよりも、そうでもしないと平常心を保つことが出来ないといったほうが正しいのかもしれない。

 変態的行為で平常心を保つとか何言っているのか私にも分からないけれど、でも、今のゆりちゃんを見ているとそんな感じが伝わってくる。

 一体何があったのか。

 そんなことは言われなくてもだいたい分かる。

 きっと、繭染さんのことだろう。

 ゆりちゃんに昔何があったのか私は知らないけれど、何かはあったのだろう。

「ねぇ、ゆりちゃん」

「あのね、ひなちゃん」

 私の言葉をゆりちゃんがさえぎる。

 その表情は今にも泣きそうだった。

 さっきまであれだけ嬉しそうで、恥ずかしそうで、照れたような表情をしていたゆりちゃんが、今はすごく悲しそうで、苦しそうな表情をしている。

 それだけで、私は理解した。

 今、ゆりちゃんは揺れているのだ。

 私のことが大好きで、愛おしくて堪らない自分と、それと同じくらいに誰かを想ってしまっている自分との間で揺れ動いているのだ。

「大丈夫。何も心配いらないから。だから、今は何も言わなくてもいいから」

 考えるよりも先に、私はゆりちゃんを抱きしめていた。

「ごめんね、ひなちゃん。ほんとにごめん」

 泣いているのか、ゆりちゃんの声は湿り気を帯びていた。

 二人とも下着姿であることも忘れて、私たちはただただ黙って体を寄せ合った。

 互いを離さないように強く。埋まらない溝を無理矢理埋めるように。

 何よりも、押し寄せてくる不安を押し殺すように。



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