第二十七話「予兆」
夜。
大好きな大好きな恋人、ゆりちゃんと二人きりでお風呂……とはいかず、どうしてか私は繭染さんと一緒にお風呂に入っていた。
私はあまり髪が長くないので、髪を洗うのに時間はかからないが、どうやら繭染さんは想像以上に髪が長いようで、髪を洗うだけで一苦労のようだった。手伝いたいが、しかし私にはゆりちゃんという可愛い可愛い恋人がいるわけであって、髪の毛を洗うという行為をほかの女の子にしてしまうと私的には浮気と同じことになってしまう。しかしあの綺麗な黒髪、一度でいいから洗ってみたい。いやゆりちゃんの髪も負けていないけれど。うーん、悩みどころである。
「まぁまぁ、いろんな人が泊まりに来ているわけだからさ、こんな組み合わせもいいと思わないですか?」
思います。繭染さんはあんまりお胸が育っていないようですが、こういう無駄の無い引き締まった身体も中々いいものです。はい。
「そういえば、繭染さんは昼間私たちがいないとき私の姉やゆりちゃんとどんなこと話したの?」
私はこの二人きりになった時間を利用してさなえに言われたことについて探りを入れてみる。あと姉に何かされていないか心配だった。あの姉は見境なしに襲うから。
「うーん、ゆりちゃんは私が部屋に行ったときは既に寝てたから話してないけれど、お姉さんとは色々話したよ。主にひなりんについて」
やっぱりか。姉は初めて会う人には必ず私の話をするらしい。それも言うのも聞くのも恥ずかしいような内容のものも含まれていたり。妹としては勘弁してほしいが、それが姉なりの他人との関わり方なのだと思えば少しは許せるというものだ。
しかし、そうか。
まだゆりちゃんと繭染さんは話していないのか。
学校では故意に無視をすることができるが、この狭い一軒家では中々そうはいかないと思っていた。けれどそうだった、ゆりちゃんは体調があまり優れないから寝かせていたのだった。そしてゆりちゃんは私が部屋に戻るまで眠っていた。話をする暇があるとするならこの後の時間になるというわけか。
繭染さんの反応は少し前に見たがあまり変化が無かったから違和感が無かったが、ゆりちゃんは隠し事などが得意ではないから、何かしら反応があるかもしれない。
人様の秘密を暴くことは好きではないし、むしろ嫌いではあるけれど、ゆりちゃんのこととなれば別である。核心の部分に触れてなければゆりちゃんだって許してくれると思うし。
「でも本当にひなりんのお姉さんってひなりんのこと好きなんだね。毎日下着の色からトイレの回数まで数えてるとかは流石にちょっと引いたけれど」
「これは家族会議が必要ですかな」
下着はまだ私も把握しているからいいが、トイレの回数数えてるとかもう病的と言って差し支えないのではないだろうか。お母さんもお父さんも姉に甘すぎなのだ。ここは私がきつく言っておかなければ最終的に私の自慰行為の回数とか調べ始めるんじゃないだろうか。というかもう調べていてもおかしくない。
「でも、昔あんなことがあれば過保護になるのも頷けますが」
「……あれを過保護とは言わない。言うなれば人権侵害だ」
少し戸惑ってしまった。
まさかあのことまで話しているとは思わなかった。だってあれは私以上に姉を狂わせた事件なのだから。そんな大事なことを会って間もない繭染さんに話すなんて、一体繭染さんはなんて言って姉の心を開いたのだろうか。益々をもって繭染さんという女の子がわからなくなってしまった。
「繭染さんは、その、小さい頃とかはどんな子だったの?」
とっさに出た質問は、意外にも本質を理解するのにはうってつけの質問だと思った。
けれどそれ以上に、覚悟が必要だった。
あの日以来、意識的にか無意識的にかはわからないが、私に対して心を閉ざし続けてきたあの姉と、真面目な会話をしたのだ。誰に対してもふざけた様な態度をとってきたあの姉が、唯一事件の話をした、そんな繭染さんも私の予想が正しければ、私たち姉妹と同じような経験をしている。
それを聞いて私は、今後繭染さんと今の関係を続けていける自信が、なかった。
でも聞かなければいけない。
彼女がゆりちゃんとなんら関係なかったとしても、こんな曖昧な感情を抱きつつ笑いながら日々を過ごすことなんて、私が許せなかった。
だから、聞く。
そんな私の覚悟を知ってか知らずか、繭染さんはいつもと同じ調子でさらっと話す。
「そうですねぇ、意外とめんどくさい子でしたよ」
「…………え、それだけ」
「はい。普通の家に生まれてごくごく普通のありきたりな日常を過ごして、なんでもないような都合でこの学校に来て、楽しい毎日を堪能してます」
違う。
そう感じた。
これは本当の繭染さんではない。
その顔は何か壮絶なものを秘めて、とんでもなく醜悪な感情を抱きながらも、一切を表に出すことなく平然と日常を過ごすことに慣れた表情だ。
今の姉のように、笑顔という剥がせない仮面を付けている。
「……そう。それじゃ下らないお話はこれでおしまいにして、さっさと出ないと後の子が待ちくたびれちゃうよ」
「そうだね。それじゃスムーズに身体を洗うために、お互いの身体を洗いあうっていうのはどう?」
「それ、ただ私の身体触りたいだけだよね」
しかし気付いていないのだろうか。それは私も繭染さんの身体をまさぐれるということだ。ゆりちゃんには悪いが、ここで断っては私が廃るというものだ。ゆりちゃんの豊満なむちむちボディも好きだが、こう、スリムでさらさらのつやつや肌も好みである。
「ねぇ、いいですよね?」
既に準備万端の繭染さんに、私は不敵な笑みを浮かべる。
「ふふふ、この私に身体を触らせることを後悔するがいい」
繭染さんとの素敵バスタイムを終えた後両親が帰ってきた。
自室でへんてこな踊りをしていた姉を呼び、みんなを私の部屋で待たせて、早速家族会議を開くことにした。
会議は三十分で終わったが、姉は一週間飲まず食わずで過ごしたかのようにやつれていた。
「比奈はもうちょっと私に優しくてもいいと思うなぁ」
「十分優しいです。下着の件は見逃してましたし、部屋に入ることも許可を出したじゃないですか。それでも不満があるの?」
「ある! お風呂は一緒に入れないし、トイレも一緒に行けないし、なにより一緒に寝れないし一緒の下着も穿けないし、不満を言うなって方が無理だよ」
「ぶん殴られたいなら素直にそう言ってくださいよ姉さん」
これは絶対過保護とか生易しいものじゃないよね。ここまで来ればもう監視とか管理とかの類だよね。
「だってだって、私比奈のこと大好きだし、そのくらい当然じゃないかな」
好きだけで許されるのなら私だってゆりちゃんと一緒にお風呂やトイレ行きたいわ。まぁそんなことしたらゆりちゃんに引かれること間違いなしだろうけど。
「まぁまぁまぁ、いいさ。下着は穿くことを禁止されたけど、見たり嗅いだりするのは禁止されてないし、お部屋に入れればまだ何かしら希望はある!」
「ちなみに一回でも約束破れば二度と私に近づけないように一人暮らししますから」
「…………え? なにそれお姉ちゃん聞いてない」
「さっきお父さんに許可をもらいました。準備とかもほとんどできてるから、明日にでも引越し可能だよ」
そこで姉は意識を失った。廊下寒いけど、この姉が風邪をひくなんてことあるわけ無いので放置しておいても問題ないだろう。
私は冷たい階段を駆け足気味で上がると、暖房の効いた自室へと駆け込む。さて、中はどうなっているだろうか。
「お待たせー、ってあっつい!」
部屋は汗をかくほど温度が高く、また素晴らしいことにみんな下着姿だった。冬場にこの光景は中々見ることはできないだろう。
「いやさー、雨喜がみんなの下着を見てみたいって言うからさ、そのままだと寒いし暖房の設定高くして服脱いじゃえば手っ取り早いと思ってさ」
そこまでは理解できる。だが私が知りたいのはそこではなく、どうしてみんな私の下着を穿いているのかが疑問だった。
ゆりちゃんはいい。すごく可愛いし恥らっている姿も抱きしめたくなるほどだ。繭染さんもなんだかんだで似合っている。しかしさなえ、貴様は許さん。
「ちょ、なんで私だけ叩かれなくちゃいけないのさ。ごめんごめんって、勝手に下着出したりしてごめんって」
自分に合う下着を穿いてるところとか妙にむかつく。それが似合ってるのもすごくむかつく。
「ど、どうかな比奈ちゃん」
「うん似合ってるよ。それゆりちゃんにあげるね」
「私のときと対応違くないですかね」
「私はどうですか? 似合ってますか?」
「うんうん。ゆりちゃんには劣るけど中々」
「私のときと対応違い過ぎないですかね本当に」
私も段々暑くなってきたので、着ていた服を脱いで下着姿になる。
それから私以外の子に不用意に下着を見せたゆりちゃんを抱きしめるようにベッドへと押し倒す。
「なに比奈ちゃん、私の下着姿見て興奮しちゃった?」
「うん。こんなに綺麗で恥ずかしい格好の比奈ちゃんは私だけのものなのに、どうしてみんなに見せちゃうのかな? かな?」
ふかふかのおっぱいを揉みながらゆりちゃんを責める。
ちらりと繭染さんを見ると、どこにも違和感のない表情でさなえと笑ってこちらを見ている。
ゆりちゃんも変わった様子はない。
私の見当違いだろうか。それともさなえの勘違いだろうか。
今はまだ、答えはわからない。
それからというもの、特に何事もなく私たちは下着姿のまま寝ることになった。
私とゆりちゃんはベッドで、さなえと繭染さんは床に敷いた布団で。
「ねぇ比奈ちゃん。こうしてほかのひとがいるときにいちゃいちゃするのって、意外と興奮するね」
二人に聞こえないように小さな声で話しかけてくるゆりちゃん。顔が近くてちょっと恥ずかしい。
「そうだね。いまここでする?」
いたずら半分でそういうと、ゆりちゃんは顔を赤らめる。
「い、いやさすがに今は、ちょっと、ねぇ」
「でも、興奮するんでしょ?」
私はゆりちゃんの腰を優しく撫でる。
「比奈ちゃん。だめだって」
「少しだけ。今日あんまりゆりちゃんのことお触りできてないからさ、すごく溜まってるんだ」
「……ちょっとだけだからね」
仕方ないといった顔だが、私はわかっている。その顔は期待してた顔だ。ゆりちゃんもまだまだだな。この私に隠し事をしようだなんて。
その後私たちはちょっとばかりか、てっぺんを指していた針が平行になるまで愛し合ってしまった。
翌日寝不足だったのはいうまでもない。




