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百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
閑章・秋
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閑話九「守りたかったもの・後編」



 まぁ分かりきっていたことだけれど、その後のお昼休み、いつものように人通りの少ない裏門近くのベンチで二人寄り添って暖をとりながらお弁当を食べている最中にその話に及んだ。

「で、さっきは遥と何を話していたの?」

 にっこり笑顔の比奈ちゃんに質問される。これほど比奈ちゃんの笑顔が怖いと思ったのは…………いや何回かあったかな。主に遥と二人で話をしていたときに。

 しかしそんな笑顔も愛おしいと思える。そういう顔も私に見せてくれるようになったと考えればだいぶ嬉しいことだろう。しかし邪悪な笑顔ではなくもっと純粋な笑顔をみせてほしい。

「なんでもないよ。最近寒いねとかそんなどうでもいいことしか話してない」

「本当に? なんだかすごく会話が弾んでたようにみえたけれど」

「ほんとだよ。もう、私のこと信じてくれないの?」

「いや、そうじゃないけれど」

 少しだけ困ったような表情になる比奈ちゃん。頬が上気して赤く染まっている。以前から比奈ちゃんは別々の人格を状況に合わせて使用している風に感じる。私と接しているときの感情豊かな比奈ちゃん。一人で何かに耐えるような暗い雰囲気の比奈ちゃん。苦悩や後悔を隠すように繕った笑顔を見せる比奈ちゃん。きっとどれも比奈ちゃんで、私も少なからず持っている一面なのだろう。

 しかし比奈ちゃんのそれは私たちのそれとは一線を画している。

 けれど私はその正体を、未だ知らない。

「ねぇねぇ、それよりもさ比奈ちゃん。えっとその、冬休みの予定とか、どう?」

 私は話題を逸らすのと同時に、聞き辛かった冬休みのことを話す。我ながら名案だと自画自賛を心の中でしつつ、比奈ちゃんの顔色を伺う。当の比奈ちゃんはずっと避けてきた話題を振られたからか、若干の戸惑いを見せている。

 いや恐らく口にするのが怖いのだ。

 避けてきたものを目の前に出されて踏み出すか躊躇しているのだ。そうでないとしたら、それこそが比奈ちゃんが抱える問題そのものなのかもしれない。

 私に話すことの出来ない、比奈ちゃんだけの問題。

「うーん、どうだろうねぇ」

 一面灰色の空を見上げながら白い息を吐き出す。それは一体誰のことを思って出た言葉なのだろう。比奈ちゃんの悲しそうな表情を見たら、なんだか漠然とした不安が再び膨れ上がって表に出てくる。

「……ゆりちゃん?」

 私は思わずその手を握っていた。そうしないとどこかにいってしまいそうだったから。しっかり掴んでいないとまた零れ落ちてしまいそうだったから。

「……大丈夫だよ。私はずっとここにいるから」

 握り返されたその手は、少し冷たくて、すごく暖かかった。


「冬休みの予定は、また今度じっくり話し合おう」

 と、どこかぎこちない笑顔で言われ、その話題はもうおしまいとばかりにどうでもいいような話題に切り替えた比奈ちゃん。結局その後私たちはお弁当を口に運ぶだけの作業に徹しながら、早く冬になればいいと思った。

 暖房の効いた教室では、数式が飛び交っていた。中にはお腹が満たされて睡魔に襲われている子もちらほらといた。比奈ちゃんも心なしか眠そうだ。

 私は曇天模様の空を見つめる。厚い雲が今にも落ちてきて、私たちを絡めとろうとしているようだ。

 ふと、思いを馳せる。

 失ったものが多すぎて、得たものはほんの僅か。

 結局、比奈ちゃんが守りたかったものは今ではなく、未来でもなくて、どうしようもないくらい確定された過去だった。

 行く当てのない葛藤と後悔。決定付けられた苦悩と感傷。そのどれもが比奈ちゃんを縛り付けて放すことはない。

 ならば、せめて今この瞬間だけは、素直にいられるように私が側で見守っていよう。どうにも出来ないことで悩むこともある。それは避けられないことなのだろう。私にだって抱えきれないほどの過去があって、そのどれもが未だに私を苦しめる。だからこそ、私たちは手を取り合って未来へと進もう。

 変えることの出来ない過去を背負って、押しつぶされそうなほどの重圧を今に背負い、輝かしい未来へと歩み続ける。

 そうでなければ、何もかもが嘘になってしまう。

 私はこの想いを、過去を、嘘にしたくない。

 比奈ちゃんが過去を守りたかったように、私はその先の未来を守りたかった。比奈ちゃんを守りたかった。そして私自身を守りたかった。

 この想いが嘘にならないように。この願いが消えてしまわないように。


 とは言いつつも、そんなことをぐだぐだと考えてしまっている私はきっとどうしようもなく救われないのだろうと思いながら、けれどどうしても考えずにはいられなかった。

 大事なことだから。大切にしたいことだから。

「ねぇ比奈ちゃん」

 私は帰り道の人通りが少ないところで足を止める。それにつられて手を繋いでいた比奈ちゃんも動きを止める。

「なに? どうかした?」

 赤いマフラーに隠れた口元から、優しい声が聞こえてくる。

「比奈ちゃんは、どうして……ううん、なんでもない」

 それは今訊くべきことではない。これはもっと後の、そう、この思いが思い出になったそのときに訊くべきだ。

 だから今は、このままで。

「ゆりちゃん最近変だぞ。なんだ、私のキッスが足りないのかい? それとも……」

 比奈ちゃんがいやらしい表情と手つきで近づいてくる。全く、一日中深く悩んでいた私が馬鹿みたいだ。私は少しだけ赤くなった頬を隠すようにマフラーを上げて上目遣いで比奈ちゃんを見る。

「もう、比奈ちゃんは相変わらずエッチだね」

「ふふ、それもこれも全部ゆりちゃんのせいだから。責任取ってね」

 そんな言葉と同時に、私は比奈ちゃんの唇を奪う。どうだ、不意打ちのキスは。

「……止められなくなっちゃうぞ」

「止まらなくてもいいんじゃない」

 今度はじっと瞳を見つめながらそう言った。どちらからでもなく手を繋ぎなおして、二人照れ笑いを浮かべつつ私たちは再び歩き出す。

 今はこれでいい。ずっと過去は悩み続ける、今は悲しみに暮れる、だから未来は輝ける。

 私が守りたかったものは、その全てだ。



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