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百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
閑章・秋
31/67

閑話八「守りたかったもの・前編」



「むー」

 冬独特の冷えた空気が心地よい教室の中、私は机に突っ伏したまま唸り声を上げていた。

 というのも、あと一週間もしないうちに冬休みに入るというのに、比奈ちゃんと休みの予定を相談するのを忘れていたのだ。確かにここのところ色々と忙しかったのは事実だが、しかし私たちが関係を修復してからもう一ヶ月も経っている。クリスマスや年末年始の話が出なかったわけではないが、なんだかそこには触れていけないような気がして私からは積極的に話してこなかった。

 その結果がこれだ。

 前のように会話が出来ているし、ぎくしゃくした空気ももちろんない。

 しかしだ。

 それでも冬というのは私たちにとって特別な季節である。そう易々と「クリスマスの予定はどうする?」とは訊けないのだ。特別であるが故に普通に過ごすことを許されない。何時だってこの寒さは安らぎや幸福からは程遠いものなのだから。

「なんだなんだ? 百合子お嬢様はやはり私ではご不満かな?」

 私の中の委員長のイメージとはかけ離れすぎた格好をしている遥は、前の席を動かして私と対面するように座っていた。いくら制服の改造が自由だからといっても、それはやりすぎじゃないでしょうか。もう原型留めてませんよ。

 今は英語の授業中で、フリートークという名の自習の時間。普段であれば先生が見張っているのでみんな必死に片言な英語を話すが、今は不在のため思い思いに雑談をしている。本当であれば比奈ちゃんと話していたいが、しかしこういうときはどうしてか真面目な比奈ちゃんである。ほぼ反対に位置する私の席には来ずに、他教科の予習している。全く、彼女のことも気にかけてほしいものであります。

「遥に不満とかそういうのじゃないのよ。ただ最近比奈ちゃんが冷たい気がするの」

 私は素直にそう返すと、遥は少し考える振りをしておどけたような口調で答えてくる。

「そうねぇ、最近は特に冷え込むし、手先とか特に冷えるよね」

 手をすりすりと擦り合わせてりすのように暖をとっていた。なにそれ可愛い。

「そうじゃなくて」

「分かってるわよ。そうね、最近の比奈理はちょっと反応薄いよねぇ」

 分かっているなら最初からその反応でよかったと思うのだけれど。どうして一回はネタを入れないと話せないのだろう。そんなことより、このところ比奈理は昔のような寂しい笑顔を頻繁に浮かべるようになった。これまでも何度か見たことあったし、この時期は確かにそれも増える。しかしそれだけではない気がする。

「何かあったのかな……」

 少し、いやだいぶ心配だった。

 比奈ちゃんはどうでもいいことは何でも話してくれるくせに、肝心なことは何一つ話してくれない。私だって話せないことの一つや二つあるにはある。でも比奈ちゃんのはそれとはまた別もののような気がしてならない。一体何があったのだろうか。

「まぁ比奈理はああいう性格だし、言わないと決めたことは絶対に何があっても言わないと思うよ。けれど、もしかしたらだけれど、そういう他人には隠したいことを百合子ちゃんになら、本当にもしかしたらだけれど話してくれるかもしれないよ。だからうだうだと悩んでないでちゃんと言葉にして伝えなくちゃだめだよ」

 柔らかな表情でそう言ってくれた遥は、先ほどまでのふざけた口調ではなかった。きっと周りから見たら私たちがあまり上手くいってないように見えるのかもしれない。

 違うのだ。

 上手くいっているからこそ不安なのだ。

 これだけ順調に思いを積み重ねて、言葉を交し合ってもなお、比奈ちゃんは私に隠し事をする。私も秘密の一つや二つあるにはあるが、ほんの些細なことだ。例えば今晩のおかずはどんな比奈ちゃんにするかとか。比奈ちゃんと遊びに行くときにどんな下着を穿いていったら喜ぶだろうかとか。本当に些細なことだ。

 しかし比奈ちゃんのそれは全く毛色が違うように感じる。

 もっと抽象的で、自分ひとりでは解決できないと分かっていても、一人で悩むしかない。ずっとずっと心に溜まっていて吐き出されることのなかった負の部分。

 彼女の、一番醜い部分。

「それでもきっと比奈ちゃんは一人で悩んで苦しむ。私はそうやって自分を追い詰めてしまう比奈ちゃんのことが心配だけれど、そういう不安と同じくらい一人で抱えて周りに迷惑をかけまいとする比奈ちゃんが好きなの」

「それで、本当にいいの? それでもし比奈理の心が耐え切れずに押し潰されてしまっても、その時でも百合子ちゃんは同じことが言える?」

「言えるよ。きっと言える。だってそうじゃないと、今まで一人で悩んで苦しんでもがいて足掻いた比奈ちゃんを否定することになるから。私は過去も現在も、この先の未来の比奈ちゃんですら愛しているの。どう変わっていようが、どう変わっていこうが、それでも比奈ちゃんは比奈ちゃんなんだ。ずっと私の大好きな比奈ちゃんなんだよ」

 人を頼ることばかりが良いことだとは思わないし、相手を信じることが必ず正しいとは思えない。だから一人で抱えることだって間違いじゃないはずだ。だから私は信じれ待つしかない。待つのは慣れっこだ。

 でも、と私は続ける。

「もし比奈ちゃんがどうしても耐え切れなくなったそのとき、一番に頼ってくれるのが私だったらいいなって、そう思うの」

 私は微笑みながらそう言った。ちゃんと笑えていたかは分からないが、遥は私の笑顔を見て納得したようだった。

「そう、それなら私が言うことはもうないわ」

「うん、心配してくれてありがとう」

「それじゃ、そろそろ比奈理の視線が怖いから私は数学の予習を再開しようかな」

 そう言われ比奈ちゃんの方に見ると、手が完全に止まりこちらを怖い顔で見ていた。恐らくは嫉妬しているのだろう。そんな可愛いふくれっ面するのならこっちに来て会話に混ざればいいのに。私は比奈ちゃんの顔がおかしくてつい笑ってしまった。そんな私を見てか、比奈ちゃんも微かに笑ったように見えた。


 もうすぐ傷だらけの冬がやってくる。

 隠していた傷跡が開いて、寒さに打ち震えながら過ぎていく白の景色の季節が。



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