閑話六「純情可憐な乙女のように」
例えば映画を観ているとき、その登場人物に感情移入をする。楽しかったり、辛かったり、苦しかったり、嬉しかったり。まるで自分のことのように感じることができる。
例えば本を読んでいるとき、その世界観を共有できる。現実ではありえないことや、この世には決して実現することができない事象、自分が忘れてしまっていた感情さえも、そこにはある気がする。
それならば、私は感情豊かで、感受性が強いかと言えば、その限りではない。
ならば、表情に乏しく、他人との協調性がないかと言えば、そうでもない。
思うに私は、隠し、騙し、偽ることに長けているのだ。心を隠し、相手を騙し、自身を偽る。それはきっと人生において大事なことだろう。そうしなければ人の間で生きていくことは酷く辛いからだ。けれどそれ自体が全てではない。誰しもが心を明かせる友を持ち、正直でありたい誰かがいて、飾ることの無い自分を見せるときがあるのだ。
しかし、私はその限りではない。
頑なに心を開くことがなく、相手を騙し続け、自身を偽りで塗り固めた。妹さえ私の本性を知ることはないだろう。これまでも、これからも。
「はぁ、しかしこればっかりはやめられないわ」
私は妹の下着を物色しながらそんなことを思う。この背徳的な行為は退屈な毎日の中で唯一の楽しみであり、この行為が見つかった後のお説教もある意味ご褒美である。最近は一週間に一回程度ばれてご褒美を受けている。多い時期は三日に一回だった。やだ私結構被虐性愛入ってる。
「それにしても、この子の下着ってどれも地味ねぇ」
一時期は黒とか赤とか派手目な色の下着が多かったのに、今では白が大半だ。それも同じようなデザインのものばかり。また新しい下着買ってあげないと。あれ私の買ってあげた紐パンがなくなってる。今日穿いてるのかな? その紐パンを誰に見せてるか私すごく気になるわ!
「よし、今日はこれがいいかな」
私は一番年季が入っている下着を持ち上げると、自分が穿いていた下着と穿き替える。
「それで私の下着を紛らせておけば、はい完璧!」
これを妹が穿く瞬間を見るのが何より興奮するんだよね。というか私が穿いている下着の半分は妹のであるという事実。本当に私だけが穿いている下着ってほんの数枚だったりするから結構恐ろしい。
なにはともあれ、こうして妹とも擬似的で、不真面目な接触を日常的に行ってしまっているので、今更本音を語り合うことはできそうにない。きっと私が何もかもを曝け出したとしても、信じてはもらえないだろう。というか絶対信じない。
「まぁいっか、そんなこと」
私が私を知ってさえいれば、周りはどうでもいい。理解されたいなんて思わないし、別段理解して欲しい人もいない。私は今の私を気に入っているし、今の私を変える気はさらさらない。けれど最近妹を見ていると、私の生き方は歪んでいるのかもしれないと思うようになってきた。妹は人の間で生きていく上で様々に考え方を変え、状況によって在り方を変えることで自分という人格を徐々に形成してきた。私とは真逆の生き方である。
変わらぬことを良しとした私と、変わることを良しとした妹と。
思うに、そこには違いはないのだろう。だからこそ私は妹を愛しているし、妹もなんだかんだ言いつつ私を愛してくれている。互いが互いを肯定すると言うことは、自身の肯定に繋がっているから。私は意識的にそれを行い、妹は無意識的に行い続けている。私はこれを相互肯定関係と名づけている。自らに似た人格を持つ相手を肯定することによって、自分自身も肯定する。簡単に言えば、私は妹を一人の女性として愛しているのだ。妹だからではなく、家族だからでもなく、一人の大人の女性として好きなのだ。
だからまぁ、妹のベッドで行為に及んでいたとしても特におかしいことではないはず。
「あっ……んっ。というか、私はいったい、誰に対して長々と言い訳めいたことを呟いているのだろうか。んんっ」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、時たま漏れてしまう喘ぎを抑えつつ、妹が帰ってくるかもしれないというこの状況下を楽しんでいる。最近はもうここじゃないと最後まで済ませることができないのが悩みである。自室でしようにも、いまいち盛り上がらないと言うか、興奮しないと言うか。やっぱり好きな人の匂いを嗅ぎながらするのが一番ってことかもしれない。やばい私良いこと言ってる気がする!
「ああっ、もうだめっ」
私は更に激しく上下させる。妹の枕に顔を埋めながら、妹の下着を着用し、妹のベッドの上で絶頂を迎えようとしている。私って冷静に考えると結構変態なのかも知れないが、今は興奮状態なのでそんなことはどうでもいい。というか改めて考えなくとも私は変態だ。しかし、こういったもうそろそろ終わるというときに限って、妹は帰ってきたりするのだ。ホントお預け状態のときが二回に一回という高確率であるので、私は意外と欲求不満である。
「ただいまー」
そして今日も例に漏れず妹様のご帰宅である。一昨日から絶頂寸前で帰ってくるので本当にそろそろちゃんと最後まで済ましてほしい。寸止めのときの切なさは異常。こういう日は妹が私の部屋に来るたびに四つんばいで魅惑的なポーズを取って誘っている。反応されたことほとんど無いけれど。この前なんて全裸待機してたら普通に風邪引かないか心配されたし。違うよ! そこは私が暖めてやるよ的な言葉が欲しかったんだよ! どうして普通に声かけちゃうかな! もう鈍感なんだからぁ。
「っと、いけないいけない。はいはい証拠隠滅っと。そして今のうちに自室へ撤退」
妹が洗面所で手洗いうがいをしている間に来たときと同じように部屋を整える。妹の部屋の構造はもう完璧に記憶しているので、それ自体は問題ないが、唯一の問題はちょっと濡れてしまったシーツだ。このままでもいいかもしれないが、しかし我が聡明な妹である。お姉ちゃんの行為を察して怒鳴り込んでくるかもしれない。ん? それはそれでいいか。怒られることでも私興奮できるし。
「んー、続きしたいけれど、でもなぁ。自分の部屋だしなぁ」
と思いながら、この分はまた明日に持越すことを決定する。本当に最近は欲求が溜まる一方である。早く発散したい!
「で、今日は何しに私の部屋に入ったの?」
「もちろん下着の物色と……って比奈ちゃん! お部屋に入るときはちゃんとノックしないとだめでしょ」
何時の間にそこにいたのだろう。部屋の扉の前で仁王立ちをする妹がいた。やばい今日も可愛いこの子。というかそのスカート何時買ったの? お姉ちゃんの許可なくそんな姿誰に見せたの? もっとよく見せて欲しいなぁ。特に裏側の生地とか。
「お姉ちゃんに言われたくないんだけど。しかもまた他人の下着物色して、いい加減やめてよね」
とは言ってもどこか嬉しそうに見えるのは私だけだろうか。私だけだろうな。絶対私だけだ。
「それで、その格好はなに? まさか私の下着を穿いてしてたわけじゃないでしょうね」
言われて気付く。今の私の格好は上半身裸のパンティ一枚だけだった。しかも若干火照っているときた。これは確実にしてましたって言っているようなものだ。
「お姉ちゃん、するのは構わないけれど、私の下着を穿いて、私の部屋の私が寝るベッドでそういうことをしないでね。お願いだから」
「えー。でもお姉ちゃんもう比奈ちゃんのベッドじゃないといけないんだもん」
「可愛く言ってもだめ。するなら自分の部屋でして。だいたいお姉ちゃんはいつも……」
しかしこの注意何回目だろうか。軽く十回は超えている気がする。それでもほとんど対策しない妹はきっと私の行為を認めたいのだろう。
きっとそれは、好きとか嫌いとかではなく。他人だから家族だからでもない。許容し、妥協を覚えてしまった結果だ。相手を否定するという思考回路がそもそも私たちには存在しない。どこまで相手を許容するか、どのあたりで妥協するか。その二点に考えを限定している。他人を否定することは、私たちにとっては自分自身の存在自体を否定することと同じと考えているからだ。
そんなお堅い話はまた今度にして、今は妹との会話を楽しもう。
「……って聞いてる? また変なこと考えてたんでしょ」
「ちゃんと聞いてたよぉ。あれでしょ、私のこの格好を見て欲情しちゃったから今からお姉ちゃんと一緒にお風呂でいちゃいちゃしようって話でしょ」
「分かった、何一つ聞いてなかったんだね」
呆れられてしまった。まぁだいたいいつもこんな感じで終わってしまうから私は反省しないのだと思います。なんだかんだ言って妹も私のこと大好きなのだ。やったね相思相愛だ!
「それじゃあ、お母さんたちが帰ってくる前に済ましちゃおっか!」
「一緒に入るなんて言ってないんだけれど……もういいや」
私が言えばたいていのことは許してくれる出来た妹を持ててお姉ちゃん嬉しい。もうどっちが姉か分からないけれど。
「ささ、溜まった分きっちり発散するぞ!」
「全く、どうしようもない姉だなぁ」
妥協し、許容し、諦観し、流し流され、苦しみ、もがきながら、楽しく生きていく。理解されなくとも、理解できなくとも、人との関係を保ち続ける。私の生き方はとても歪で、きっと間違っているのだろう。けれど私は私を否定しない。否定できない。好きな人を、好きな人を好きと言える自分を、嫌いになりたくないから。
こうして今日も私は純情可憐な乙女のように、妹に恋をする。




