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百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
秋の章
19/67

第十五話「秋山比奈理のとある日常」



 一枚の絵のように美しく佇む彼女は、まさしく深窓の令嬢のようだった。

 私は目を逸らさずにはいられなかった。

 これが、私の壊したものだというのなら、私はどれだけ罪深い嘘をついたのだろう。理解するのが恐ろしいと感じるのは、随分と久しぶりだ。

「今日の学校はどうだったの?」

 見るもの全てを安心させるような微笑で問いかけてくる。その度に私の胸の奥がちくちくと痛む。

「今日は集会だけだから特に何もしなかったなぁ」

「お友達とはお話しなかったの?」

「喋るだけなら携帯あるし、改めて面と向かって話すことなんてあんまりないよ」

「そうなんだ。私も携帯あればいつでも比奈理と話せるのになぁ」

「姉さんに言ってみれば?」

「絶対だめって言うよ。お姉ちゃんああ見えて本当に過保護なんだから」

「……そうだね。姉さんは昔から過保護だったね」

「比奈理どうしたの? なにか悲しいことでもあった」

 どうしても私は涙を止めることが出来なかった。

 私のようにいつまでも忘れることが出来ず苦しむことは、きっと辛くて悲しい。

 けれど。

 空音のように嬉しかったこと、悲しかったこと、楽しかったこと、辛かったこと、その全部を忘れてしまい、その原因である私を恨む事すらできずにいつまでも愛することの方が、もっと辛く悲しい。

 だからこれは全て私が背負うべき思いであり、背負い続けなくてはいけない罪と罰なのだ。

 私がこの子を、一生愛さなければいけないのだ。




 空音の家から我が家までの帰り道に、小さな公園がある。

 昔は空音と海乃の三人でよくこの公園のベンチに座って日が暮れて月明かりが辺りを照らすまでずっと話していた。他愛のないことばかりで、明日になれば忘れてしまうくらい変哲もないことで盛り上がっていたことを思い出す。

 桜が美しく散る春も、太陽が輝く夏も、紅葉に彩られた秋も、雪で白く染まった冬も、一年中私達は互いのことを話し、相手の何もかもを知っていた気になっていた。

 思い上がりも甚だしい。

 相手を理解するということは、自分を理解させるということだ。私達はどこか自分を偽って、相手を騙して過ごしてきた。

 その結果が今の私であり、今の空音である。

 海乃はずっと私達を理解しようと努力していた。その努力をふいにしたのは紛れもなく私の嘘であり欺瞞なのだ。空音はその最たる犠牲者で、だから海乃は私に罰を与え続ける。

 私が忘れないように。

 私がいつまでも苦しめるように。

「……」

 私はその思い出の詰まった公園のベンチに一人座って空を眺める。

 段々と樹木が色づきはじめ、空も澄んだ青色と綺麗な白色の雲が浮かんでいて、どれだけ年月が過ぎようとこの景色はずっと変わらないのだろうと思う。

 どこで間違ってしまったのだろうか。

 何が正しかったのだろうか。

「……なにが、正しかったのかな」

 過ぎたことを思うことは、いけないことだろうか。後悔することは間違っているだろうか。今の私にはその答えが見えない。ずっと下を向いて生きてきたから、目の前にあるはずの答えに手が届かない。後ろを気にして生きてきたから、進むべき方向が分からない。

 いつからこんな生き方をしていただろう。

 小さい頃から? それとも二人と出会ってから? 二人と決別してから? どれも違う気がする。

 それなら、きっと……

「百合子と出会ってから、かな」

 その名前を口にするのは随分と久しぶりな気がする。夏休みの間は姉と空音の面倒を見ていて学校の友人と遊ぶ機会がなかったから、今の今まで口にすることがなかった。

 百合子のことは、徐々に忘れていこう。

 意識せずに生活していれば、三ヶ月後の冬休みが始まるときにはすっかり忘れているはず。

「んっ?」

 考え事をしながら空を眺めていると、携帯から着信音が鳴り響く。設定なしの着信音は珍しいなぁと思いつつ警戒しながら画面を見るとメールではなく電話だった。誰だろう。

「もしもし」

「あっ、繋がったよお姉ちゃん。もしもし私。分かるかな?」

「分からないわけないじゃないか、空音。この電話は姉さんの?」

「違うよ。私が昨日お母さんに恋人といつでも話せるように携帯がほしいって言ったら今日買ってきてくれてね、早速お姉ちゃんに比奈理の電話番号教えてもらったの」

 こういうことを聞くと素直に可愛いと思えてしまう。なんだか似たような事を百合子にされたような気がするが、思い出せない。

 私はこうして少しずつ百合子との思い出を忘れて、今こうして停滞した時間の中でゆっくりと腐っていくんだ。空音という存在が私の罪を明確に認識させて、海乃という存在が私に罰を与え続ける。それで正しいはずだ。

 これが、一番正しいはずだ。




「姉さん、何してるの?」

 どうして家に帰ってすぐ私の制服を来た姉に遭遇しなければいけないのだろうか。

「いやこれは、その、えっと、はい」

「私は説明を求めているのだけれど。どうしたの姉さん?」

「いやー、今日は何も予定がなくてお昼ちょっと過ぎに帰ってきたはいいけどやることなくてさ、それじゃ比奈の洋服着て遊ぼうと思って」

 姉の思考回路が不明。どうして暇なときは私の洋服やら下着やらを着て遊ぶのだろう。下着の時なんて姉に穿かれてしまったものは全部姉にあげて、自分は新しいの買わないといけないことになったんだから。まぁ下着は随分前に穿くから嗅ぐになってるけど。あれ? 悪化してるのか改善してるのか分からない。

「姉さん、今度私のもので遊んだら存在自体を完全無視するから。それかお母さんに本気で一人暮らしの許可を取るから」

「その二つはやめて! 私比奈が近くにいないと死んじゃうからやめて!」

「だったらもうこんなことしないでよね」

「いやでも、一人暮らしってことは通い妻ごっこが出来るかも……」

「合鍵なんて渡すと思ってるの?」

 渡すとしたら一番安全なお父さんにする。

「えっ? じゃあ部屋の前でずっと待ってるしかなくなる。でもそれもいいかも」

 恐るべき思考回路である。狂気すら感じる。

 まぁでもそれだけ私を心配してくれてると思えば嫌な気はしない。

「お姉ちゃん、いつまでも私の制服着てないで早く着替えて返してね。あとお話しがあるので夕飯後私の部屋に来てね」

 そう言い残して私はすたすたと自分の部屋に向かっていく。

「うん! 大事なお話しだね! お姉ちゃん最近買ったセクシィなネグリジュ着て行っちゃう!」

 最後の言葉は、聞かなかった事にしておこう。



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