閑話三「近くて遠い二人の距離・前編」
更新遅れて申し訳ありません!
まだまだ季節が真逆なこのお話ですが、どうぞよろしくお願いします。
「あっつい。あついあついー」
「うるさい遥。ほら、さっさと宿題終わらせないとどこにも遊びに行けないよ」
夏休みが始まって約一週間が経ち、私と遥は互いの課題を終わらせるために私の家に集まっていた。
私は机に突っ伏した遥を起こすと、山のように積まれた夏休みの課題から遥の苦手な科目を取り出して遥の目の前に置く。
「もうやだー。疲れた休憩しようよー」
それでも駄々をこねる遥に私はため息をひとつ吐く。
「それじゃ少しだけ休憩しましょう。何か冷たいもの持って来るね」
相変わらず甘いとは思うが、遥にこんな表情をされては弱ってしまう。
「やったー! 流石えりさ愛してるぞ!」
無邪気に笑う遥に私は、一人喜びに浸っていた。
愛してる。かぁ。
それが、本当の意味を持った言葉であれば、どれだけ嬉しかっただろうか。いや、今はそれ以上を望んではいけない。それ以上はきっと、叶わぬ夢のようなものなのだから。
「……でも、名前はちゃんと呼んで欲しいな」
私のフルネームは、襟酒絵梨だ。
――1――
私は冷凍庫にあったアイスクリームを持って部屋に戻ると、何やら軽く荒されていた。
「何してるの? 遥」
遥は私の洋服が入ったクローゼットに頭を突っ込んでいた。本当に何してるのといった状態だ。
「いやさ、真面目で真面目なえりさの部屋にはえっちなものとか置いてないのかなって思ってさ」
「置いてあるわけないでしょ」
そんな分かりやすい場所には。
「うーん……ま、いっか。今日のところはこのくらいで」
と、荒した部屋を片付ける遥。
「でもさ。どうして今日なの?」
私の部屋のものをがちゃがちゃいじっている手を止めずに遥は甘えたような声を出す。
私はその言葉の意味が分からず、首を傾げる。
「課題なんてもうちょっと後でもいいと思うし、それか計画的に少しずつやっていけば問題ないじゃん。どうして今日まとめてやるのさ」
この前説明したと思うけれど、きっと忘れてるんだろうなぁ。
「遥、旅行の予定詰めすぎてほとんど家にいないし、休みの最後に泣きながらやるんだったら最初のうちに全部終わらせて何の気負いもなく旅行楽しみたいって、確か遥が言ったんだよ」
「そうだっけ? でもさでもさ、旅行先でも出来る課題とかあるし、今頑張って全部終わらせなくてもいいかなぁって思うんだよね」
「私が見ていないときに真面目にやる保障ないでしょ。それで後でやればいいとか言い訳して結局最終日までろくに終わらせずに苦労するのは遥なんだよ」
「なんだかえりさ私のお母さんみたい」
「誰のせいよ。全く」
あははーと笑いながら片付けを済ませた遥は、私の持っていたアイスを見るや否や「アイス!」と飛びついてきて私の分まで食べてしまいそうな勢いでかっさらって行く。
……ああでも、この表情を見れるのなら私の分も食べてもらいたい。今きっと私すごい顔になってると思う。すごいって言うか、変な顔。
「ん? えりさ食べないの? ほらほら早く食べないと私が全部食べちゃうぞ」
あ、はい。食べて欲しいです色々と。
「なに? そんなに暑いならほら、アイス食べる? 私があーんしてあげよう」
アイスをすくってこちらに向ける遥は、天使のような笑顔だった。いやこの場合悪魔的とも言えなくもない。誘ってるんですかね? このままベッドとかに押し倒していいのですかね?
「た、確かに暑いですし、これからもっと暑くなるかも知れないし、ア、アイス食べよう。アイス食べて色んなところ冷やそう」
頭とか体とかあそことか。いや食べるだけじゃ冷やせないから身体中に塗って互いに舐めあうとかいいんじゃないだろうかどうだろうか。汗とか色々混じってきっと美味しいと思う。
……だめだ、動揺が抑えきれない。とても残念な思考に頭が支配されている。
「ほらほら、えりさちゃんあーんってしてあーんって」
……もうほんと真面目に襲ってもいいだろうか。いいよね。
私はアイス、ではなく遥の唇を見つめて顔を近づけていく。
私の顔がアイスを通り過ぎる直前、遥が何かに気付く。もしや、押し倒そうとしたのがばれたのか!?
「えりさ……よだれたれてるよ」
「えっ?」
わたしは手で口元を拭う。ほんとだよだれたれてる。
「えりさそんなにアイス好きだったっけ。まぁよだれたらしてるえりさも可愛いからいいけどさ」
そう言って私に向けられていたアイスを引っ込めて自分で食べてしまう。私が食べたかった。色々と。
私は動揺を抑え平静を装いつつ、ちゃっかり遥の隣へと座り込みアイスを食べる。うわすごい溶けてるんですけど。
しばらく二人並んでアイスを食べていると、不意に遥が声をあげる。
「そうだ! えりさも一緒に来なよ! そうすれば万事解決じゃん!」
何のことを言ってるのか分からず、視線で説明を求める。
「ほら、つまりはさ、旅行行きながら少しずつ課題を終わらせればいいわけでしょ。でもえりさが見てないと私絶対サボると思う。だったら早い話、えりさも旅行に来ればいいじゃない!」
私は驚いて何も言えなかった。
そうかその手があったか! 今までどうして思いつかなかったのだろう。これ以上ないくらい妙案じゃないか。遥と四六時中一緒にいられて、お風呂も寝るのも起きるのも寝顔もトイレも全部一緒。ああ天国。
「えりさ?」
すさまじく気持ち悪い妄想を一旦停止させ、遥のほうへ向き直る。
「やっぱりだめかな? まぁそうだよね。えりさも予定とかあるわけだし」
「いや大丈夫! 喜ばしいことにまだ何も予定とか入れてないから!」
「それって喜ばしいことなのかな……」
遥は少しだけ困ったような表情をするが、すぐに晴々しい笑顔に戻り私の手を取る。
「でも、それなら良かった! それじゃ旅行いくってことでいいよね!」
「うん。仕方ないから言ってあげる」
「じゃあ私色々準備あるから今日はもう帰るね!」
色々と準備? 私に見せる用の下着とかの準備だろうか? 違うか違うよね。
「宿とかにも電話しないといけないし、その、えりさが来るならちゃんとした下着とかも用意しないといけないし」
当たらずとも遠からずな回答にちょっと驚く。そうか遥もやる気満々ですな。いややられる気満々といったほうがいいかな。大丈夫! どんな下着でもちゃんと襲ってあげるから! ……なに言ってんだろ私。
「そうだね。私も準備しないといけないし、今日はこれでおしまいにしましょうか」
「うん。また明日にでも連絡するから! またね!」
机に広げられていた課題をまとめてかばんに入れると、遥は上機嫌で私の家を後にする。
遥を家の外まで見送った後、私は一人ニヤニヤがとまらず玄関先で小踊りしてしまう。
「はぁ……今日は捗りそうだな」
そして明日寝不足とかになりそう。何なら今から捗りそうだけれど。しかし準備を急いでやらないといけないことがあるのでやはり夜か……。
「あ、そうだそうだ」
私は思い出したように遥が使っていた諸々をかき集める。今夜のおかずはとりあえず確保して保管しておかなければ。
「ふふっ、楽しみだなぁ」
興奮を抑えられず、私は緩々の笑顔を撒き散らしながら、旅行の準備を行う。
「さてさて、何持って行こうかなぁ」
何か大事なことを忘れている気がしないでもないが、それでも遥と一緒なら何でもいいやと思い、とりあえず下着の準備からはじめよう。下着大事!
……ほんと何か忘れてる気がする。何だっけ? まぁいっか。