表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
夏の章
13/67

第十三話「本当は」


三日に一回更新のはずなのに不定期になっている。

申し訳ございません。



 ””0””


 その姿を見て最初に思ったのが、綺麗という感想だった。

 何でとか、どうしてとか、そういう思いよりまず光景の美しさに、私は目を奪われた。

 私が壊したもの。

 私が失ったもの。

 それが今私の目の前にある。

 怖かった。恐ろしかった。

 またそれを壊してしまいそうで。

 また、何かを失いそうで。

「比奈理」

 横から声をかけられる。

 遥はいつもの馬鹿にしたような表情ではなく、心配そうな顔で私を見つめていた。

「遥。私は、私は」

 私は、もう、百合子とは――

 そう言いかけた瞬間、お店の扉が開く音が聞こえた。

 迷いなくこちらに向かってくる足音は、とても綺麗で懐かしかった。

 足音は私たちが座るテーブルの前で止まり、彼女は空いていた前の席へと座る。

 その優雅な振る舞いも、気品と儚さを併せ持った雰囲気も、何もかもを許容するその笑顔も、彼女を構成する総てが私を捕らえて離さないように。

 私は彼女から目が離せなかった。


「お久しぶりです、比奈理さん」


 純粋で澄んだ声が、私の名前を呼ぶ。

 ただそれだけで、胸が締め付けられる。

「そちらの方は、はじめましてですね」

「あ、はい。比奈理の友人の栗沢遥です」

 遥が緊張したような声色で自己紹介すると、彼女は軽く微笑み自己紹介を返す。


「私は栗山空音。なんだか苗字が似てますね。私たち」


 遥は一体どんな表情をしているだろうか。頬を赤らめているのだろうか。それとも何か気味の悪いものを見たような表情をしているのだろうか。

「空音さんは、比奈理とはどういう関係で?」

 薄々は気付いているのだろう。遥は触れるのをためらうような声で訊く。

「遥さんは、そういうのを気持ち悪いと思わないと信じて言いますね」

 空音は今日一番の笑顔で、頬を若干赤らめて答える。


「比奈理さんは、私の恋人です」





 ””1””


「私はね、百合子。比奈理に幸せになってほしいんだよ」

 そう言う海乃さんの表情は笑顔ではなく、どこか寂しそうだった。

「でも、海乃さんは比奈ちゃんのこと憎いんじゃないの?」

 この前聞かされた話を思えば、海乃さんは比奈ちゃんことを嫌ってはいても、決して好きではないはず。ならどうして比奈ちゃんの幸せを願うのだろうか。

「憎くないし、嫌ってもいない。といえば嘘になる。けど、それは私の役目じゃない」

「どういうこと?」

 役目。海乃さんの他にも比奈ちゃんを憎んでいる子がいるということなのか。それとももっと別の理由があって憎まず嫌わず、ただ傍観してるのか。

 そして、私は比奈ちゃんのために何ができるのだろうか。

「私の役目は、百合子。君を幸せにすることだ」

「えっ?」

「君はもう比奈理とは一緒にいられない。それはもう決まっていることなんだ」

「でも、私は」

「君がどれだけ比奈理を想おうとも、当の比奈理は既に君を愛してはいない。明日、学校に行けばわかるさ。比奈理の目にはもう君が写らない。君を可愛いとも美しいとも思ってくれない。なにより君に全く魅力を感じなくなってるはずだ。ただのクラスメイト。ただの他人に成り下がってしまっているはずだ」

 怖かった。

 海乃さんの、冷静な声と表情よりも。

 迫られ、キスを強要されるよりも。

 比奈ちゃんが、私を愛してくれなくなるという、その未来が。

 何よりも、怖かった。

『私たちは、恋愛するにはあまりにも向いていないのかもしれない。私たちは、背負ったものが似すぎているから』

 比奈ちゃんと一緒に水族館へ行ったとき、そう言われたのを思い出す。

 そう、似すぎているから、私は怖かった。

 その未来は、私にも言えるからだ。

 明日、私はちゃんと比奈ちゃんを好きでいられるだろうか。

 明日、私はちゃんと比奈ちゃんに魅力を感じられるだろうか。

 明日、私は比奈ちゃんのことを、恋人だと胸を張って言えるだろうか。

「大丈夫。何も心配要らない」

 そんな不安を拭うように、海乃さんは私の手を握る。

「百合子は、私がちゃんと、幸せにしてあげる」

 海乃さんの手が、私の頭をなでる。その手つきはなんだか比奈ちゃんとは違う優しさで、どこか落ち着くなで方だった。

「でも、私は今でも比奈ちゃんのことが」

 言いかけた私を海乃さんが手で制す。

「比奈理が恋人を死なせてしまったように、百合子は友人を死に追いやってしまった。確かに君たちが背負うものは似ている。しかし、それは似ているだけであって同じじゃない。君は誰かを好きになっている自分が好きで、その誰かなんて本当はどうでもいいんだ。比奈理が心の隙間を埋めるために百合子を選んだように、百合子は自分自身を愛するために比奈理を選んだ。そこに愛だの恋だの余計な感情が入ることはない。君が比奈理に抱いてるその感情は、本当のところ自分に抱いている感情でしかない。心の底では、比奈理なんてどうだっていいんだよ、君は」

「でもだからって、誰でもいいなんて思ってない」

「いや思ってるよ、君は。だってもう疑問に思ってるだろ? 今後も変わらずに比奈理を好きでいられるのか。比奈理に対して特別な感情を抱けるか」

 まるで心を見透かしているように語る海乃さんは、終始哀しそうだった。

 まるで、自分に言い聞かせているように、私には聞こえた。

 そして私のその予想が当たっているなら、一目見たときから抱いていたこの感情は、私が比奈ちゃんを想う気持ちと同じなのかもしれない。

 なら、海乃さんは――

「私のすべてを、受け入れてくれるの?」

 汚れてしまったこの手を、再び誰かが握ってくれるのを、私は待っていた。

 罪の意識に苛まれたこの心と体を、誰かが抱きしめてくれるのを待ち望んでいた。

 それは、比奈ちゃんだと思っていたけれど。

 もしかしたら。

「私は、君だから」

 いつもの冷たい無表情ではなく、暖かく優しい笑顔で私の頬をなでる。


「君は私が幸せにする」


 その言葉が、ずっとずっと頭から離れずに、少しずつ中へと染み込んでゆく。

 まるで、一種の麻薬のように。





 ””2””



 終業式が無事終わり、私たちはいつもの人気のない裏門近くのベンチで二人、並んで座っていた。

「あのね比奈ちゃん」

「私から話しても、いい?」

 先に言わなければ、きっと心が鈍ってしまう。言葉が溶けてなくなってしまう。そうなる前に、私は百合子に思いを告げる。

「水族館でも言ったと思うけど、私たちの関係は限りがあると思う。私はそれはもう少し先だと思っていたけど、もうとっくに終わってたんだよ。それに気付かないで、いや気づかないふりをして、二人で目をふさいで耳を覆って現実を見ようとしてなかった。百合子、前にも言ったけど私は側にいてくれるなら誰でも良かった。けど、それは特定の誰かがもう既にいなくなってしまったから、その人を失った心の隙間を少しでも埋めるために誰かを好きになっただけ。でもそれももう、いらなくなった。私は百合子を、必要としなくなった」

 そこまで言って私は百合子を見る。

 どこか、遠いところを見る百合子の目。その目は、私を写してはいなかった。

 百合子はもう、私を見てはいなかった。

「比奈ちゃん。私もね、気付いてたの。私は比奈ちゃんが好きなんじゃなくて、比奈ちゃんを好きな私を好きなんだって。私のせいで誰かが傷ついて、私が弱いから誰かが亡くなって、私が私を愛せないから周りが不幸になって。だから私は私にしか優しくしない、私は誰にも弱さを見せない、私は何があっても私を愛し続ける。それは徹底的に自己完結していて、誰も必要としない。そう、比奈ちゃんも例外なく不要なの」

 私たちは、もうお互いを必要としない。

 なら、結論はひとつ。


「じゃあ、お別れしよっか」


 今出せる限りの笑顔で、元気な声で別れを告げる。

 百合子も、その可憐で純粋な笑顔で同意する。


「うん、そうだね。それじゃあ、元気でね」


 百合子はベンチから立ち上がり、私たちの教室がある校舎へと向かって歩いていく。その間、私の視界から消えるその瞬間まで振り返らなかった。

「……ああ、もう」

 本当は、ずっと一緒にいたかった。

 本心は、ずっと百合子を好きだった。

 過去とか関係なく、汚れていても、決して純粋な想いじゃなくても、それでも百合子を好きだった。百合子が好きだった。

「ただ好きだった。それだけなのになぁ」

 どうしてこう、思い通りにいかないのだろう。

 どうして私は、こうも捻じ曲がっているのだろう。

 考えたところで、もう元には戻れない。

 私と百合子は、もう別々の道を歩いていくのだ。

 どれだけ相手を想っていても、ずっと側にいられるとは限らない。

 どんなに相手を愛していても、その愛を疑わないとは限らない。

 どれほど相手を信じていても、自分自身が信頼できるとは限らない。

 私は、それを嫌と言うほど理解していたじゃないか。ずっと後悔していたじゃないか。

 それなのに、また同じことを繰り返してしまった。

 ただただ、まっすぐ純粋に、一切の穢れなく愛していただけなのに。

 どうして、こうなってしまったのだろう。


「どうしたの? 何か心配事?」


 聞きなれた澄んだ声が聞こえ、顔を上げると、そこには風になびく白いワンピースがよく似合う少女が、私の前に立っていた。

「空音」

 少女の名前を呼ぶ。

 私の、本当の恋人の名前を。

「さぁ、早く行きましょう。今日のデートは映画にしたわ。もうチケットも買ってあるから、先に昼食を戴きましょう」

 綺麗な笑顔だった。

 恐ろしいほどに、純粋な笑顔だった。

 差し伸べられた手を恐る恐る取ると、その手を引っ張られて私を無理矢理ベンチから立ち上がらせる。


「さて、昼食はどこでとりましょうか?」




 夏休み直前の私たちの別れは、一体この後の私たちの関係にどう影響するのだろうか。

 それとも、もう私たちの運命は交わることなく終わってしまうのだろうか。

 そうじゃない。

 これは、必要な過程なんだ。

 出会いと別れを繰り返し、傷つき傷つけながら、互いを本当に想い合える関係の第一歩だと、そう信じて。


 私は、百合子のいない夏休みを過ごす。




百合成分すくねぇ!!

どうしてこうなった状態ですはい。


何はともあれ、これで夏の章は終わります。

次話は秋に入ろうとしたんですが、これではあまりにも百合要素が少ないので、間章として夏休みの話を数話入れます。

夏休みくらいは百合全開でいきたい! 百合百合したい! と思っています。

一応全年齢で公開してるので、そこの線引きはしたいですが、前々から言っているように年齢制限かかりそうな話はまた別の短編集として公開すると思います。というか描写を勉強して公開します! お楽しみに!



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ