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百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
夏の章
12/67

第十二話「海と空・後編」


 その異変に気付いたのは、水族館デートの翌日、木曜日の放課後のことだった。


 私はいつものように百合子と帰ろうと声をかけたが、百合子は少しだけ申し訳無さそうな表情で「ごめんね比奈ちゃん。今日はちょっと用事があるから先に帰るね」と言って早々に教室を出て行ってしまった。哀しい。

「なんだか百合子ちゃん、少しだけ嬉しそうじゃなかった?」

 百合子が早々に帰ってしまったので、のろのろと元気なく帰り支度をしていると遥が近寄ってきて話しかけてくる。しかも少しだけ嬉しそうに。なんだ、そんなに私が百合子に拒否されたことが嬉しかったのかよ。

 まぁ嬉しかったんだろうな。

「何だろうねぇ。百合子が比奈理との時間を割いてまで急がないといけない用事って」

「なんだろうねぇ。本当に」

 思い当たることはない。今の時期はこれといってお祝い事もなければ、学校も休んでいないことから家の用事というわけでも無さそうだ。

 ではどうして。

 そうだ。私はどうしてこんなにも不安なのだろうか。こういうことは過去にも何回かあったじゃないか。それなのにこの胸騒ぎは一体何が理由なのだろうか。

「どうしてだろうねぇ。私気になるから今から尾行しようと思うんだけれど、一緒にどうかな? いや一緒に行こうそうしよう」

 実に嬉しそうだ。なんでいつもはだるいだのめんどくさいだの愚痴をこぼしてるこいつは、私と百合子の仲が少しでも危うくなりそうになるとこう、どんなときでも元気になるのだろうか。殴りたくなる。

 それにしても、確かに気になる。今夜ご飯がのどを通らず、夜も寝付けなくなりそうなくらい気になる。けれど、それは百合子の恋人としての自分の感情であって、私自身の思いとしては百合子が何に時間を使い、誰とどうしようが、私に無関係ならばどうでもいい。そう、どうだっていいのだ。

 私と百合子は、そういう関係なのだから。

「なに? それとも比奈理は百合子のこと気にならないの?」

「ならないと言えば、嘘になるけれど。まぁそれが全てと言うわけでもない」

「どういうこと? ちょっと意味わかんない」

 わからないだろうな、遥には。

 でも、それでいい。私は誰かに理解されたいわけじゃない。私は、私は――

「比奈理。あんたが百合子をどう想っていて、どうして付き合ってるかは聞かないし、これからも聞く気はない。けれど、どんな関係でもここで動いておいて損はないと思うよ。そして今一番回避しなければいけないことは、自分の知らない内に何もかもが終わっていること。こういうことは何度かあったけれど、今回は何かおかしい。胸騒ぎがする」

 遥は私と百合子の関係に異変が生じていることを感じ取っていたらしい。

「でもそれだけの理由で百合子のプライベートを暴くなんて」

「あなた達は、付き合ってるんだから、これくらい私生活に干渉しても大丈夫よ。逆にあなた達は互いに干渉しなさすぎだと思うの」

 そうだろうか。そうなんだろうな。実際私達が休日会うことは稀で、遠出をするなんてことは滅多にあることじゃない。それは互いの私生活を侵してはいけないという暗黙のルールがあったからであって、何より百合子がそれを許さなかった。

 百合子は自分のことをあまり語りたがらない。それが家に関わることなら特に。

 だから、私達は適当な距離をこれまで維持し続けてきた。

 そんな、これまでの関係を崩壊させかねないことを、私の独断で行っていいのだろうか。

 でも。と、私は思う。

 これはこれでいい機会なのだろう。私と百合子はもう既に別々の道を歩もうとしている。これ以上だらだらと関係を続けていては、私達はいつまでも停滞したままだ。

 それを、今回で打破できるならば、今回行動する価値は十分ある。

 ならば行かない理由はない。

「わかったよ。行くよ仕方ない」

「そうこなくちゃね」

 これ以上ここで議論を重ねていても無駄だし、何より目的である百合子の尾行ができなくなる。決断には少しだけ時間を要したが、しかし実行するとなれば早い方がいい。

 私はすばやく帰り支度を済ませると、遥を連れて教室を後にする。







「まぁ少し出るのが遅かったし、すぐに見つけられるとは思ってなかったけど、しかしこんなに探していないなんて」

 約二時間、私達は駅を中心に百合子を探していたが見つからず、今は行きつけの喫茶店の近くのレストランで休憩をしていた。

 ちなみに遥のお気に入りらしい。

「それにしても、本当にどこ行ったんだろうか」

「もう家に帰ってたりとかするんじゃない。家の用事とかだったらここら辺に留まる理由もないし」

「うーん。私の取り越し苦労だったのかなぁ」

 と、フォークでサラダをつつきながらぼやく。

 確かに私達は少しだけ過敏に反応しすぎたのかも知れない。

 こんなことは過去にもあった。今回もその例にもれない出来事だったということだろう。遥は心底残念そうにしているが、こいつ本当に他人の不幸が大好きだな。

「そういえばさ、比奈理のそのスカート、どうしたの? なんだか面白おかしくなってるよね」

 今更それに突っ込んでくるか。

 私としては徐々に装飾を取り除いているから、誰からも何も言われないと思っていたが、遥に突っ込まれてしまったか。

「これは私の姉のお下がりで、この装飾は姉のおふざけだよ」

「へぇ。おふざけねぇ。もしかして比奈理のお姉さんって、あの秋山日和だったりする?」

「どうして姉の名前を?」

 そんなに有名なのか私の姉。あれかな、ご近所さんの噂になる感じの有名だったりするのかな。悪い意味で。

「制服改造のエキスパートと言ったら日和さんって言われるほど、私達の姉世代では有名だよ」

「まさか、私の姉は学校で他の人の制服も改造してたりしたの?」

「そのまさかよ。今私達が制服改造をある程度自由にできるのは、比奈理のお姉さんのおかげね。比奈理のお姉さんが規則緩和で学校側との協議を辛抱強くしたからこそ、私達が普段制服を着崩したりしてもお咎めがないのよ。そしてあなたのお姉さんの功績は制服の規則緩和だけじゃないよ」

「そうなの?」

「制服は説明したとおり。あとは、校外活動の自由化、および活動申請による単位変換。実技、筆記科目における審査の格差撤廃。履修科目の選択多様化と履修内容の統一。あげればきりがないわ」

 三年間で色々やりすぎだろ、私の姉。将来何になるつもりだよ。

「しかもすごいのがそれらを三年間ではなく二年弱という期間で、さらに複数の協議を同時進行させてたらしい」

 どこに青春を費やしてるんだ私の姉は。

「しかし、何よりも私があんたのお姉さんに感謝してることは、履修科目の選択多様化と、履修内容の統一だね」

「確か、年次に縛られることなく全ての授業を自分で選択でき、かつ履修内容は基礎的なものから応用発展までを完全統一。わざわざ基礎から積み重ねる必要がなくてその科目を取れば発展まで学べて、しかも基礎、応用、発展と単位が完全に個別設定されているから、基礎だけ学びたい生徒は応用の授業が始まった時点で単位申請すればその後授業に出なくてもよい。だったっけ?」

「そう。だから授業の最後のほうになるとマンツーマン授業になることも少なくないし、実際私も去年そうなったし」

 なったんだ。かわいそうに。

「まぁまぁ、私はあんたのお姉さんには感謝してるって、ただそれだけのことだよ。で、何の話だったっけ?」

 何だったっけ。忘れちゃった。というか私達どうして一緒に食事なんてしてるんだっけ? ああ、百合子の尾行失敗の反省会だったっけか。

「それにしてもあと三日で夏休みか……待ち遠しいねぇ、長期休暇」

「うん」

 あと三日。それまでに私と百合子の関係をはっきりさせなければ。

 もう一年。一年だ。

 一年もの間私と百合子は傷を舐めあい、互いを慰めあったのだ。もう終りにしてもいい頃合だろう。これ以上長く関係を続けていたら、私も百合子も先へは進めない。

 だから、今はちょうどいい時期だ。出会いと別れの時期ではないが、長期休暇をはさむというのは心の整理と準備をするのにはもってこいだろう。

「ねぇ、あれ。百合子ちゃんじゃない?」

 遥は窓の外を指差しながらそれを見失うまいと注視していた。

 私も遥の指差すほうを見ながら、百合子を捜す。


 それは、私にとって衝撃的な光景だった。


 私はその光景に目を背け、頭を抱える。

 頭痛が酷く、呼吸も浅くなっていく。

 あれは、あれは百合子じゃない。

 あれは。

「……ねだよ」

「大丈夫比奈理。それと何か言った?」

 聞き返してくる遥に、今度ははっきりとその名前を口にする。

 忘れられない、その名前を。


「あれは海乃の妹の、空音だよ」



最近百合百合してないこの作品ですが、安心してください、次回は百合百合させます。というかさせてみせます!

そしてなんとなく気付いている方はいそうですが、この作品は季節ごとに章を分けようと思っていますので、夏休み突入までは夏の章、夏休みは間章、そして秋の章と続ける予定です。その都度、百合子と比奈理の関係なども変化していきます。

とりあえず頑張って冬の章までは年内に終わらせたいと思うので、どうぞよろしくお願いします。


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