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百合生活  作者: 和菓子屋枯葉
夏の章
11/67

第十一話「海と空・中編」

更新遅れてしまいました。

ごめんなさい。

けれどその分今回少し長いです。



 その後私はその場からしばらく動けなくなり、やっとの思いで百合子のもとへ戻ったときには、もう百合子は食事をほとんど食べ終わっていた頃だった。

「どうしたの? 顔色だいぶ悪いけど、もしかして体調悪い?」

「いや、なんでもない」

 私は努めて平静を装ったが、しかし百合子は私の様子がおかしいことに気付いたらしい。

「比奈ちゃん、無理しないでね。私でよければいつでも相談に乗るから」

 私の震えた手を取り、無垢な笑顔を向ける百合子を、私は見返すことができない。

「うん。そうする」

 あくまで視線は百合子からはずし、曖昧な笑顔を返す。

「……は、早くご飯食べて色々観て回らないとね」

 そうして話題を逸らさないと、私はこの空気に耐えられなかった。百合子はまだ何か言いたそうな様子だが、私はそれを無視して食事に集中する。

 そして百合子と私はレストランを出るまで一言も話すことはなかった。




 水族館の入り口で二人分の入場料を払い、中へと入る。すると入り口正面には巨大な水槽があり、色鮮やかな魚が泳いでいた。

 百合子はその水槽に走り寄ると、後方からゆっくりと歩く私に振り向き、笑顔を見せる。

「水族館なんて、いつ以来だろう! ねぇ比奈ちゃんはいつ来たのが最後?」

 まるで小さな子供のようにはしゃぐ百合子。

 ご飯を食べたおかげか、それとも百合子が執拗に詮索してこなかったからか、私はだいぶ冷静さを取り戻していた。

「私は小学生のとき、何かの行事で来た以来だね。ゆりちゃんは?」

「私はー、いつだっけなぁ。中学のときお友達と来たとき以来かな」

 そのお友達は私が知ってる子かな? 私が知らない子だったら紹介してほしいな。牽制もかねてだけど。

 冗談を考えられるくらいには、平静を取り戻したらしい。よし、大丈夫。

「でも、この水族館は来るの初めてだったから、比奈ちゃんと一緒に来れて嬉しい。ささっ、早く早く!」

 百合子は急げといわんばかりに手招きする。魚を見て何が面白いのか私には分からないが、百合子が楽しいなら私も楽しいので別にいっか。

「あんまりはしゃいでると危ないよ」

 と、なんだかお母さんみたいなことを言ってしまう。私は百合子のお母さんではなくて恋人なんだけどな。

 私は少しだけ歩くペースを早め、百合子に追いつく。そして私たちは自然と、恥ずかしがることも他人の目を気にすることもなく、手を繋いで歩く。

 百合子の手の温もりは、今の私にはとても心地が良かった。




 しばらく水槽を観て回った私たちは、これから始まるイルカショーのために会場へと向かう。イルカショーなんて観たことがなかったので、正直興奮している。

「ちょっと遠くて観づらいけど、まぁ比奈ちゃんと一緒だからいっか」

 いちいち可愛い仕草つきで言われると、こっちも色々な衝動を抑えるのに必死になってしまうので、そういう仕草は人目のないとき、特に二人きりのときにしてほしい。すぐ襲えるから。

 そろそろ始まるのか、会場は徐々に席が埋まっていき、やがて満員になる。

「すごい人だね」

「平日にこれだけの人数なら、休日とか相当込むんだろうね」

 日曜とかに来なくて良かった。

「これよりイルカショーを開始いたします。前のほうに座っているお客様には大量の水がかかるため、レインコートを配布いたします――」

 前のほうで係員が注意事項などを述べ始める。水槽のほうには既に数匹のイルカが優雅に泳いでいた。イルカって意外と可愛いな。百合子と似てる。

「イルカ可愛いね。ちょっと比奈ちゃんに似てるし」

 百合子も同じことを思っていたらしい。

「可愛さで言ったらゆりちゃんには誰も敵わないけどね」

 私は何気なく言ったが、よくよく考えると結構恥ずかしいこと言った気がする。ほら、百合子も顔を真っ赤にしてるし。

「か、可愛いだなんて、そんな。もう比奈ちゃん、そういうことはあまり人前で言わないでよ恥ずかしい」

 あたふたする百合子をもう少しだけ見たかったが、あまり他の人に迷惑もかけられないので、私は百合子の頭を撫でてあげる。

「よしよし。いい子だから少し落ち着こうねゆりちゃん」

「比奈ちゃんお母さんみたい」

「私はゆりちゃんの母親ではありません、恋人です」

「もう、だからそういうのやめてよね」

 百合子は頬を膨らませながらイルカの泳ぐ水槽へと視線を向ける。

「ほら、もう始まるっぽいよ」

 そう言われて私も前を見る。すると先ほど注意事項を述べていた係員とは違う係員が台座のようなところに立ち、満面の笑みで何やら話している。

「ところで、百合子はどうして水族館なんて来たかったの?」

 イルカが水槽を縦横無尽に泳ぎ、飛び跳ねたり立ち泳ぎを披露している。

「何でかな、よく分からない」

 そんなイルカを見ては驚く百合子。そのときの百合子は声とは裏腹に、どこか哀しそうな表情だった。

「私にとっては、水族館ってあまりいい思い出がないの」

 どこか遠くを見る目で語る百合子。その表情は、出会った当時の百合子に似ていた。


 百合子と出会ったのは地元の大きな病院だった。院内にある小さな広場のベンチに虚ろな顔を浮かべて座っていた百合子に、私は声をかけずにはいられなかった。そして百合子もそんな私を受け入れてくれた。

 私たちが他の恋人たちと違うのは同姓同士というのもあるが、それ以上に”互恵関係”というものが大きい。

 その前提がある限り、私たちは決定的に本物にはなれないのだ。

 本物の、恋人同士には、なれないのだ。


「だから、今日比奈ちゃんと一緒にこうして水族館に来ることで、その嫌な思い出をいい思い出に変えようって、思ったのかもね」

 私は、何も言えなかった。

「プラネタリウムも同じ理由、かな。うんきっとそう」

 私たちは、利用しあってこそ初めて関係を成立できる。だから、百合子の今回のことで罪悪感を覚えてはいけない。きっと百合子は人を利用することに抵抗があるのだ。

 けれど利用できなければ、この関係自体、意味の無いものになってしまう。

 だから、私が百合子を利用するように。

 百合子も、私を利用してくれなければ、いけないのだ。

「ねぇ比奈ちゃん」

 百合子はいつの間にかこちらを見ていた。

 その瞳は普段とは違い、どこか哀しげで、何か切実な思いを内に秘めているようだ。

「私はね、比奈ちゃん。いつまでもこんな関係続くとは思わないの。だから、もう……」

 次の言葉は予想がついた。

 けれど、百合子が何かを言う前に、私は自分の意見を述べる。

「私は、自分のために、そう、自分ひとりだけのために、ゆりちゃんを利用した。だから、損得なしで、互恵関係なしで私たちの関係は成立してはいけないの。だって、私は、ゆりちゃんでなくても良かったのだから。そばにいてくれる人であれば、誰でも良かったの。だから、ゆりちゃんがこの関係を終わらせたいと思ったら、まずは私の意識から変えないといけなくなる。それは無理でしょ、いくらゆりちゃんが頭が良くても、そう易々と人の心を変えることはできないよ」

 私は、無慈悲に、そして自らにも言い聞かすように語る。

 これは私自身の問題なのだ。

 その問題解決に、百合子を利用しているだけなのだ。

 だから、そう、私たちはどこまでも割り切った関係にしか辿り着けない。

 百合子のことは好き。

 けれど、お互いが好きだからといって本当の恋人同士になれるとは、限らない。

 そこに余計な感情を入れた時点で、その関係には寿命がつく。私たちの関係の寿命は、あと持って半年。

 きっとその頃になれば、私も百合子も、互いを必要としなくなる。

「私たちは、恋愛するにはあまりにも向いていないのかもしれない。私たちは、背負ったものが似すぎているから。だから、たまに同属嫌悪を引き起こす。私がどうしても”あの子”を忘れられないのと同じように、百合子がどうしても他人との関係を上手く築けないのと同じように」

 けれどそれ故に、私たちはどんな繋がりよりも強く、どんな人間よりも深く繋がっている。

「でも、私は、比奈ちゃんと、ちゃんとした恋人同士になりたいと――」

「この話は、もうおしまい」

 私は強引に話を打ち切る。そうしなければ、百合子のペースに乗せられてしまうから。百合子は意外と交渉などが得意で、その手際といったらあの話術で生きているような私の先輩も絶賛するほどだ。

 だから、この話は、これ以上するのは危険だ。

「ほら、イルカショーもうすぐ終わりそうだよ」

 私は正面の水槽でいきいきと泳ぐイルカと係員に目を向け、それ以上話すことはないと言外に伝える。

「うん……そうだね」

 私の耳に哀しく響く百合子の声は、やがて会場中から沸き起こる拍手にかき消されていく。




「意外と面白かったね! イルカショー!」

「そうだね。案外迫力があった」

 イルカショーを最後まで観終わった私たちは、水族館を後にして次の目的地であるプラネタリウムがある場所へと移動するために、駅で電車を待っていた。

「ねぇゆりちゃん。思ったんだけど……」

 私はさっき考えていたことを百合子に話し、プラネタリウムは夏休みに入ってから行こうと提案してみる。百合子は反対するかと思ったが、意外にもあっさり了承してくれた。

「それじゃ、今日は最後にいつもの喫茶店行こう!」

「それはいいけど……」

 きっと今日はさなえも働いてないと思うし、プラネタリウムも行く予定で早めに水族館を出てしまったし、かといってこのまま帰るのも少し物足りない気がしていたので、まぁいっか。

「ならさっそく行こう。もう私は歩き疲れたよ」

 久しぶりに休みの日に出歩いたせいか、疲労がだいぶ溜まってきている。とにかくどこでもいいから腰を落ち着かせたい。

「それじゃあ早く行こう! って言っても、電車が来てくれないと地元まで帰れないんだけどね」

 百合子は困ったような笑顔で私を見る。

 その笑顔に、私は少しだけ安心する。





「へへー。それで、今日は水族館デートだけで帰ってきたと」

 地元の駅に着いて足早にいつもの喫茶店に行くと、なぜか私服姿のさなえが四人用テーブル席に一人で座っていた。

 さなえ曰く「こうして通りから見える席に座って、お客さんが入ってますよー、私みたいな女性も一人で入っても安心ですよーってアピールしてるのだよ。そう、これはお仕事の一環なのです」らしい。私には言い訳にしか聞こえなかったが。

「だめだなー比奈ちゃんは。どうしてこう、もっと積極的に色んな場所にデートしに行かないかなぁ」

 しぶしぶ同じ席に座って、今日のことを話したらなんだか説教が始まってしまった。さなえのこういうところは面倒だから是非ともやめてほしい。

「そうだよね。比奈ちゃんは休日はもっと私を構うべきだよ」

 隣に座る百合子もなぜか私を非難する。どうして。

「私休日はいつも連絡来るの待ってるのに、比奈ちゃん月曜の時間割だとか、金曜の授業の復習の話しかしてこないんだよ」

「比奈ちゃん。あんた恋人をなんだと思ってるのさ」

 二人にやいやいと非難され、私は何も言えなくなる。

 だって、休日にデート誘うとか恥ずかしいじゃないか。

「私、少しお手洗いに行ってくる」

「あ、逃げる気だな!」

「帰ってきたら覚悟しててよね、比奈ちゃん」

 それぞれの言葉を背中に受けて、私は席を立つ。


   ””2””


「ところで百合ちゃん。比奈ちゃんは昔、結構明るい子だったって知ってる?」

「そうなんですか?」

 比奈ちゃんが席を立ち、さなえさんと二人きりになった途端、さなえさんは真剣な表情に変わり、語り始める。

「比奈ちゃんはね、ずっとみんなの中心だったんだ。だから男女問わず人気があった。面倒見も良くて、頭もいい。運動神経も男子よりずっと良かった。まぁみんなの憧れる女の子って感じかな」

 声のトーンだけさきほどまでと変わらないからか、表情とのちぐはぐさが私を不安にさせる。

「そんな比奈ちゃんが、中学に上がると同時に変わってしまった。家族の問題だったのか、それとも全く別の問題なのか、私には話してくれなかったけど、とにかく明るかった比奈ちゃんはいなくなってしまったのよ」

 なんだか、私はこの話を聞いてはいけない気がしてきた。

 背中に嫌な汗が流れる。

 おかしいな、店内は結構冷房効いてるはずなのに。

「でも、中学三年のとき、また明るい比奈ちゃんを見ることができたの。そう、あの子と付き合ってた時期さ。まぁそれも長くは続かなかったけど」

 それは、どうして? と聞く前に通路のほうから割って入ってくる声があった。


「そうよ。比奈理は私の大事な妹を殺した、人殺しなのよ」


 私はその声の方向を見る。

 どこまでも続くような黒色の髪に、全てを諦観したような輝きが失せた瞳。そして冷たく凍ったように動かない表情。けれど、どれほど美しい芸術品でもこの子の前にはかすんでしまうんじゃないかと思うくらい可憐で、妖艶だった。

「うみちゃん……」

 さなえさんがその子の名前を呼ぶと、その”うみ”と呼ばれた女の子は私の隣、つまりはさっきまで比奈ちゃんが座っていた場所に座り、頬杖をつきながらさなえさんを睨みつける。

「なに? 私がここにいちゃ迷惑?」

「そういうわけじゃ、ないけど……」

 いつもテンションが高かったさなえさんが、今は人形のように黙って動かない。

「なんだか楽しそうな話をしてたかたさ、混ぜてもらおうと思って。で、あなたがあの比奈理の今の恋人の……」

「百合子です」

 私は自ら名乗る。別に隠すことでもないから。

「そうそう百合子。かわいそうにね、あなた。比奈理にいいように利用されて、いらなくなったら捨てられるだけなのに」

 あくまで私のほうではなくさなえさんのほうを見ながら話す”うみ”さん。

「それは、どういうことですか?」

 私はこの人が言っている意味が理解できなかった。

 利用されるのも、捨てられるのも覚悟してる。

 けれど、その言い方だと、以前も同じことをしていたように聞こえる。

「うみちゃん」

「さなえは黙ってて」

 まるで睨まれたカエルのようになってしまったさなえさんは、これ以上は抵抗できないと悟ると「私、お手洗い行ってくるね」と言って席を立ってしまった。

「ようやく邪魔な人も消えたし、百合子には特別いいお話を聞かせてあげる」

 ようやく私のほうを見た”うみ”さんの、その美しい微笑に私は、惹かれてしまった。

 どうしようもなく。抗うこともできず。ただただ純粋に、心を奪われてしまった。


「まずは、私と比奈理の出会いから話しましょうか」


 頬を撫でられ、顔が徐々に近づいてくる。私は自然とそうであるかのように目を閉じる。

 その後のことは、あまり覚えていない。

 けれどそれからずっと、その微笑が、頬に触れた冷たい手の感触が、私の心をかき乱す。



ただいちゃいちゃさせておけばいいのに、どうしてこう余計なものを入れてしまうのだろうかという、私は私自身に疑問を投げかけたいです。

こんな感じで百合とシリアスが混同したようなお話でよければ、どうぞ今後もよろしくお願いします。


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