お父さんはみそっかす。3
ややグロ表現あり。
そこそこ名の知れていた俺は、とある依頼を受けた。
世界に名を轟かす魔術師ゼノンの家族に危害を加えよ、と。
妻には絶対の守りがついており、標的は彼らの子ども達となっていた。
以前、拐うまでは成功しかけたが結局失敗し依頼をした者まであっさりと消されたという。
その後腕利きの暗殺者が送り込まれるも次々と消息をたっているという。
腕利き達は逃げたとも噂されたが、その姿は煙のように消え、影さえつかめない。
表ならばいざ知らず裏社会に巣くうものに見とがめられず暮らすのは至難の技だ。
結果、腕利きさえ消されるという依頼は誰も受けなくなった。
しびれを切らした依頼主は金額を倍にし、半額は成功しなくても支払い失敗すればもう二度とこの件は頼まないと約束した。
裏ギルドは考えた。
生け贄は必要だが、実力は高くとも、消えてもギルドに問題ないものにしたい、と。
ギルドはこの依頼は成功しないと思っていた。
彼らはゼノンが化け物だと正しく理解していたからである。
そんな時他国から流れてきた俺は渡りに船だった。
実力は伝え聞くが、自分達のギルドには消えても痛くも痒くもないとっておきの人材。
その時の俺は調子に乗っていたし、絶望もしていた。
自分が倒されることがない事に。
いま考えると、恥ずかしさで軽く死ねる。
俺はよく確かめもせず依頼を受けた。
裏ギルドにも、まぁ良心的なやつはいて忠告を親切にしてくれたが、俺は鼻で笑い飛ばした。
臆病風に吹かれたやつの話なんぞ聞けるかと。
そうして、人生の分岐点に知らず立つことになったのだった。
屈辱的で最悪の、そして幸運な出来事が俺に訪れる事などこの時は知るよしもなかった。
☆☆☆
夕暮れ、俺はゼノンの屋敷へ侵入した。
夜よりも夕食前のこの時間の方が警戒は薄いはずとの読み通り、あっさりと入り込むことができた。
狙うは末の娘。
父親とは折り合いが悪く、病弱で部屋にこもりきりとの情報を仕入れている。
依頼は傷付ける事。
脚を折るか切り落とすと決めた。
せめて一瞬で、痛みを感じる前に気を失わせようと音もなく背後に降り立った瞬間末娘が振り返る。
ぬけるように白い肌に、青銀の髪。
焦げ茶色の瞳のだけが妙に色付いていた。
白のワンピースを着た少女はこの世のものとは思えないほど、美しかった。
妖精のような少女は少し瞳を見開いた後、ふわりと微笑んだ。
俺の時が一瞬止まった、その刹那
ドゴオオオオオォォォォォッ!!!!
物凄い音がしたと思うと、俺は壁にめりこんでいた。
遅れて痛みと衝撃が体を襲う。
「かっ…はっ…!!!」
意識を持っていかれそうになるが必死に耐える。
そして頭を鷲掴みにされ、体が中に浮く。
目の前には少女に似た、そして禍々しい眼をした化け物と呼ばれる男がいた。
少女と違うのは金の瞳ぐらいだか、印象は正反対だった。
「脚をどうする気だった?」
「あぐぁ…っ…」
ゾッとするような美しい笑みを浮かべゼノンが問い掛けた瞬間、左足が螺曲がり折れた。
「痛みが強いと気も失えない事もあるようだぞ。」
右足が螺曲がる。折れた。
「お前はどこまで持つのか、なぁ黒鶫」
右手が螺れかけたとき、不意に床にほおりだされる。
痛い。
「だめ。」
小さな、しかし鈴の音のような声が耳に届いた。
意識を失う瞬間見えたのは、ゼノンの服をつかむ蒼白の顔をした少女だった。
☆☆☆
結果として、俺は何故か末娘…スミレ様に気に入られ屋敷に残り彼女の執事件は護衛となった。
元々居た執事のハンスさんは厳しくも優しく俺を鍛え上げてくれた。
スミレ様にが6つの時に彼は亡くなった。
主のゼノンに似たスミレ様と二人の関係に最後まで気を揉んでいたが俺に託すと笑って、そして帰らぬ人となった。
スミレ様にが成長するにつれて、猫かぶりや理解できない趣味が次々と発覚したが俺は代わらず彼女の側にいる。
ハンスさんとの約束もあるが、それ以上に俺はこの主が大変気に入っているのだ。
一生を捧げてもいい、とうっかり本人に言ったらロリコンなのか?と真顔で聞かれたのはかなりショックだった、そういえば。
それはさておき、大切な主が実は父親とも打ち解けたいと思っているはずなのでできる限りの事はしようと思っているが、盗聴盗撮の疑いが…いや確定だろう…が起きてしまった。
先ほどから続くユリ様のノロケというより犯罪計画を聞き流し、スミレ様に聞こえぬよう耳を塞ぎながら俺はそっと溜め息をこぼした。
ハンスさん、道のりは遠いです。