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炎獄の湖森【後】

「────旦那だったり母親だったり……俺は詐欺師かっての」


 颯爽と少女を抱きかかえ、間一髪で火球爆発の直撃を避けた謎の人物…………この世界ではよりいっそう派手な配色のパーカーに白蓮の香りを纏うらしい青年、天璋院理緒は、今日何度目かになる溜め息を外に漏らした。

 しかし態度と裏腹にその口角は釣り上がっており、仮想空間(ゲーム)で目的も無く、そして大義名分も無しに幽鬼の如く不乱に戦いに励んでいた時の鬱屈した表情が、この世界でも変わらず現れている。


 しかし当時とは一線を画す所以が、今の理緒にはあった。


 一つは、己と、そして世界の真実を求めるという大きな目的が出来た事。

 そしてもう一つは────。



『むぐぐぅ…………こ、こりゃ、リオ! はよう右手に抱えるその女子を離さんかっ! 近い近い近いのじゃ! 左手に持ってるわらわよりも近いわいっ!』


「うぇ、剣が喋ったよ……」


 独りではない、という事だ。


 この世界における理緒の絶対的なパートナー、精霊ペロッタは既にその身をコアと呼ばれる結晶体に変貌させ、理緒が左手に携える中距離型マルチウェポンの石突の部分に“装填”をされている。

 ボロボロに錆びたその武器も、程度の差こそあれ精霊ならばどんな者でも扱えるという精霊術の力により、“真なる赤銀の刀身”を取り戻す。 


 しかしその形態は何故か(・・・)、本来の母親がメインとした薙刀ではなく、弔鐘ノ剣が内に秘めた二つ目の形態、反りが深く細身ながら長大に空を裂く“太刀”の型となっていた。


 長柄のものならば何でもいいのか、或いは元より薙刀の形態を使うつもりが無かったのか、理緒はその予想外の不具合をさして気にした様子も無く、太刀を近くの木に立て掛け片手で器用にパーカーを脱ぎ地面に敷き、それを枕に気を失った少女を優しく横たえる。



『ふ、ふぅ……。危なかったのじゃ。リオはロリコンに両足突っ込んどるからの。無理矢理からの恋が始まって危うく正ヒロイン交代かと思うてドキドキしたぞ』


 太刀の状態で冷や汗を拭いながら(?)ペロはドキドキからの安堵をした。

 もはやそれしか考えていないのかと思ってしまう緊張感の欠片もないその言葉に、そんな事は心にもない理緒は顔を真っ赤にして立ち上がり反論する。


「ねーよ!! この状況でそんな事選択肢にもなかったからな!? ってか両足も片足も突っ込んじゃいねーよ!」


『じゃったら…………な、ナニを突っ込んでおるのじゃ……?』


「……しいて言えば今お前にツッコんでるな」


「……」


 何を想像したのか無言で頬を赤くする(?)太刀(ペロ)を奪うように引っ掴み、理緒は振り返り前へ歩みを進みながら、背から感じていた強大な霊力に真正面から対峙をする。


 異世界に転移して初となる“異形”との遭遇、そして睨み合い。


 まるで悪魔の様に黒く沈み、禍々しいオーラを放つ炎精霊を前に、理緒は“ここでも化物か”と言わんばかりにニヒルな笑みを浮かべ肩を竦めた。



「わざわざ待ってくれるあたりゲームとは違うけどさ…………正直オマエみたいなデフォルトのデカ物(モンスター)は狩り飽きたんだ」


 理緒のあからさまな挑発に対しても炎精霊は動きを見せない。

 その猛る紅き瞳は、はなから奥で気を失い眠る少女しか捉えていないのだと、理緒は悟った。



『……よもやこのような場所で、野生種の、それも高位の炎精霊と遭遇することになろうとはな。加えてわらわのパートナーはまだ精霊術のなんたるかを毛程も知らんときた。────さて、リオ。流石にこれは辛い状況のようじゃが?』


「辛いだって? お前の冗談は聞き飽きたぜ、ペロ。……霊力の加護が効いてるのは解るようになった。あの程度、術がなくとも俺はやれるぜ」


 自信に満ちあふれた活気な表情。

 騎士の本懐とも言える精霊術を使わずに勝つこと。

 それは至難なものと端から見ても明らかなことだが、理緒は微塵も恐怖や不安をみせず、低めに構えた太刀の切先を一直線に炎精霊へと向ける。


 ────コアとなる精霊との同調により、マルチウェポンの扱者は、霊力の加護(身体能力の強化)を得る。


 それは、どんなに力を持たない弱者であれ、精霊を従えマルチウェポンを手に入れさえすれば強者となりえるという事を指し示す。


 しかし、限界を超えた動き(・・・・・・・・)をある程度知り、その負荷に耐えられる強靭な肉体と、揺るがぬ技術の研鑽を積まなければそれは本当の意味での加護とはならず、この世界において騎士と呼ばれる千差万別の優れた者達が存在する所以となっているのだろう。



(だけど……俺にとってはそんな常識(モノ)は意味をなさない)


 無聊な影が、背には張り付く。

 その事を理解しながらも、理緒の端正な面持ちにはり付けられた自信の笑みは崩れない。



「────来いよ」


 凛として清澄なその声は言霊となり、一陣の風の如く平原を駆けた。

 その真っ直ぐな瞳の内に、揺らめく烈火の炎を感じ取った炎精霊は、漸く太刀を構える理緒の姿を視界に収めた。



『────ぁ、ァァア……、アアアアアア!!!』


 そして。

 人とは対照的な、地鳴りのような咆哮が平原を揺るがす。

 炎精霊は興奮にその巨躯を奮わせ、頭を抱えるように両の手を天に掲げる。

 その二つ掌には先程の火球が握り締められており、指の隙間から溢れ出す霊力の炎が眩く地を照らし、森には似合わないが一種の幻想的光景を生み出す。


 炎精霊はそのまま限界まで全身の力を集め、上体を撓らせ────。



『ァァ嗚呼アアアッッッ!!!』


 ────両の拳を火球そのもの(・・・・)とし、渾身の力で理緒へと振り下ろした。


 炎の属性を持つ、より上位に位置する二つ目の精霊術、“スプライト・セカンド”。

 絡み合う二つの火球は目標への直撃と共に大規模な大爆発を引き起こし、荒んだ平原を今にも足場から崩壊してしまいそうな煉獄へと作り替える。


 砕け、舞い散る土砂。

 煽られ根元から悲鳴を上げる樹木。

 爆炎と黒煙が、その直撃を真正面から喰らった理緒の小さな姿を塗り潰す。


 先に仕掛けた炎精霊と、初めてその目で見る精霊術に対して守る様子も、避ける様子もみせなかった理緒。


 ────先に声を上げたのは、この時もやはり(・・・)、炎精霊の方であった。



『グ、グォ────』


 炎精霊は両腕を地に振り下ろした体勢のまま、顔を顰めくぐもった声を、噛み締めた鋭い歯が覗く口の端から漏らす。

 その巨躯は小刻みに痙攣しているようだが、未だ精霊術を終えた体勢のまま身体を起こそうとはしない。


 そうしている内に、徐々に粉塵のカーテンが開けてゆく。


 地を巨大なスプーンでえぐり抜いたようなクレーターの中心。

 凄惨に荒れたその場所には、長い太刀で、炎精霊の両手を火球ごと刺し貫いた(・・・・・・・・・)理緒の姿があった。



「精霊も血を流すんだな」


 呟きはより大きく響く。

 串刺しにした太刀の反り返った刃に、赤き血が滴り落ちる。

 理緒の手を伝いぽたぽたと零れ落ち、発火し小さな炎となるそれを見て、理緒は切り貼られた歪な笑みを深め、太刀を持つ手首を返す。

 更に身体の軸を己から見て右の方向へと向け、深く突き刺さった軽く太刀を軽く背負い、引き抜くような体勢を取り、腰を屈め足を踏ん張る。



「────ふっ!!」


『ォ、ォオッッ…………!!?』


 そのまま、渾身の力で巨体ごと太刀を振り抜く────!


 絶大な力で踏みしめられた地が更に割れる。

 両手の自由を奪われた炎精霊はその明らかに理解不能(イレギュラー)な領域に位置する剛力に対して堪える事も出来ず、巨体を投げ飛ばされ、地と樹木を豪快に削りながら、轟音と共に平原を越えた森に沈んでゆく。


 その間抜けな巨体が粉塵に包まれ、姿が見えなくなるのを視界に収めながら、両腕の骨に走る鈍い痛みと掌に感じる火傷の熱感に、理緒は顔を顰める。


 ……やはり、ゲーム通りにはいかない。



「ぐっ…………ってーな。流石に生身の身体を捨て身にするのは無いか」


『全くじゃ! リオのかっちょいい姿を見たいけど、怪我を負って欲しくないという乙女のジレンマで、わらわのハートがブレイクしちゃったらどうするのじゃ!』


「うわっ、急に喋り出すなよ。ビックリするだろ」


 そんな理緒に、太刀に宿る精霊ペロがタイミングを見計らっての労いの言葉を掛ける。

 彼女は、この展開を大方予想していたようだ。


 ……仮想の世界(VRMMORPG)では限度を“超えた動き”を、そして現実の世界では有り余る武の“才能”を手にしていた理緒は、正にこの世界においての規格外(チート)の存在に等しい。

 また、その理緒と手を組むペロも豊富な戦闘経験と高い保有霊力を誇り、質の高い精霊だ。


 まさに弁慶に薙刀、竜に翼を得たる如し。


 お互いの相性の良さは、対照的ながら響き合う性格のみならず、人と精霊として……一介の騎士としての戦闘さえも、歯車(うんめい)の様にきっかりと噛み合う。



「……逃げたようじゃ。同じ精霊としてなっさけないのぅ! まったく近頃の若者はこれじゃからいかんのじゃ!」


 想定していた通り、投げ飛ばされた炎精霊が理緒達の前から姿を消したことを確認し、ペロはコアの形態を解き、眩い光とともに本来の人の形態へと戻る。

 その姿を確認し、理緒もまたマルチウェポンを折り畳み、ホルダーへ落とした。



「一応霊力の残滓は残っておるが……追いかけるかの?」


「……いや」


 武器を収めた後、流れる動作でその掌を開く。

 両拳の殴打は防いだものの、至近距離での精霊術、その全てを防ぐことは叶わなかったようだ。

 貫かれても収まらぬ炎は血液として刃を伝い、それを浴びた掌を含む腕の皮膚は限度を遥かに超えた高温に赤く晴れ上がり、酷い火傷で焼け爛れていた。

 また、両腕の骨にも鈍痛が響いており、その存在を主張している。


 導き出された結論に理緒は目線を横に向け、拗ねたような表情を作った。



「あのままやってればこの程度じゃすまなかったと思う。精霊……いや、精霊術の力を甘く見すぎた」


「んもう! じゃから精霊術は重要じゃって言ったろうに! リオが早く異世界トリップで俺TUEEEEEしたいとか言うからじゃ!」


「…………お、お前ってたまによく解らないことを口走るよな……」


 若干引き気味の理緒に対して、お茶目な生徒を叱る先生の如く詰め寄ったペロはその爛れた掌を初めて視界に収め目を見開き、素っ頓狂な悲鳴を上げ治癒の精霊術を唱え始める。

 焦りすぎて精霊語と思われる詠唱がラップの様になっている。


 しかし、それを理緒本人が片手で制し、手の平を返しちょいちょいと親指で右方向を指す。



「……治癒の精霊術が使えるんなら先にあの娘を治してやってくれないか?」


「男は黙って紙装甲! 弊害なんて知らぬが仏!」


「いやあの娘、女だからな?」


「ふぐぐ……異世界トリップで俺ハーレムの間違いじゃったかの!? わらわは絶対認めんぞ! ぜぇーったい認めんぞっ……!?」


「“わらわは”ってすげー言いにくそうだな」


 指し示された方向に横たわる少女に対して妙な敵対心を覗かせるペロ。

 その可愛らしい嫉妬らしき感情を見せる少女に対して、こりゃ動かないだろうなと思案した理緒は己が足を動かすことで、子犬の様に後ろをついてくるパーナーを誘導するのであった。



最強タグの本領発揮である(´・ω・`)

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