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炎獄の湖森【中】

 ────その日、ヴィルヘリッタ直属騎士団/本部所属の騎士候補生である少女は、少しでも早く憧れの騎士に任命されるようにと、本部の裏手にある騎士団専用の訓練区画である“テンペレシア精霊湖森”を歩いていた。



(……相変わらず鬱蒼とした森ね。案外あっさり潜れた(・・・)し。大陸屈指の機械技術と精霊術を誇る街の施設がこんな味気ないモノでいいのかしら)


 巻き付く樹々のツタを、手にも持つメイスで切り払いながら、少女は鬱陶し気にその繊細な眉をひそめた。


 ……森に差し込む僅かな光りを反射し、仄かにピンク色に色づいている少女の長い髪が、煌びやかに輝きを放つ。

 その横顔は凛として引き締まっているものの未だ幼さを感じさせ、開花前の桜のつぼみを思わせる。

 おそらく160cmに満たないであろう小柄な背丈、そして凹凸の少ないスマートな体格も少女の幼さを助長している要因の一つだろう。


 しかしその手にしっかりと握られた、コアの装填されていないマルチウェポン(メイス)と、身体に局所に巻かれた革の防具が彼女を年齢不詳の存在に押し上げていた。



「うーん…………この辺りかしら。確かにこの辺で強力な精霊の反応が確認できたんだけど……」


 人気の少ない早朝に区画に足を運び、小一時間程森の中を歩んだ後。

 何十にも巻き付き合う大きなツタの絡みを力任せに何とか切り裂いた先にあったのは、森の中、中心部にある小さな平原。

 少女はトントンとメイスで軽く肩を叩きながら、ポケットから携帯電話に似たデータ端末を取り出し、位置の確認をする。

 しかしその液晶には規律違反を告げる赤文字が点滅しており、それを見た少女は“うぇぇ”と美しい容姿を台無しにする奇妙な声を漏らし再び端末をポケットに引っ込めた。


 ────精霊を持たない、或いは一時的に失っている状態の候補生が、精霊を持つ仲間を連れず一人で訓練区画に入る事。


 警告、規則侵害とはその事に他ならない。


 彼女は栄えある騎士候補生でありながら、未だそのパートナー兼武器となる精霊を有していなかった。


 元来、この繁栄都市における精霊は大まかに別けて3つの種類に別けられる。

 一つ目は、ヴィルヘリッタの霊力中央研究所にて、騎士のためにと武人にとってあらゆる都合のいい調整を施され、人造的に作られた“人工種”。

 二つ目は世界各地に点在する精霊……のびのびと自然に生き、人との関わりも薄いであろう“野生種”だ。

 そして最後に、そのどちらにも与しない精霊を、“特種”と呼ぶ。


 騎士団は研究所と協力体制を敷いているので、基本的に騎士達においては一つ目の精霊を使う事が好ましく思われており、彼女の様な候補生には入団に即して年密な身体・心理の検査を行い、本人の肌に最も合うであろう一体の人工精霊が無料で配布される。

 野生種を手なずける難しさと、人による様々な調整も無しでマルチウェポンにコアを組する安定感の欠如から、配布をされた精霊を生涯のパートナーとし、騎士となる人間も少なくないのだが……。


 騎士団の中でもいっそう幼く、気難しい性格で知られる少女は、あろうことか、配された精霊と性格の不一致であっけなく決別してしまったのだ。



「────いるんでしょう! 早く出て来なさいよ! 私の名前はマーニャ・ピンカー! わざわざ貴方に会いに来たの!」


 草原の中心に堂々と立ち、声を上げる少女の姿に心惹かれたのか、徐々に精霊の存在感────霊力が強まり、森がその威圧に恐怖するようにざわざわと震え始める。

 野生種独特の波の様なその力の高まりに、瞳に強気な想いをのせたままマーニャはごくりと唾を飲んだ。



(……臆したのかしら、マーニャ。でも逃げるわけにはいかないのよ。私には、強い精霊(パートナー)が必要なの。魔法使いを打倒する為に────!)



「さぁ来なさい! 説き伏せて靴を舐めさせてあげるわ!」


 生身の人間が、調教をされていない野生種と対峙する危険性。

 聡明なマーニャは頭の中でその事をよく理解していながらも、騎士になるという“スタートライン”に立つ事さえ出来ていないという焦燥心からメイスを掲げ、叫びを上げる。


 魔法使いの打倒…………齢14歳にしてその穏やかではない目的をたてる所以となった傷みの記憶が、奮起するマーニャの頭を雷光の様に駆け巡る。


 …………絶対に、負けられない……!


 その言葉を口の中で厳かに噛み締めたとき、それ(・・)は起こった。



『──────ッッッ!!』


 ────大気が、啼いた。

 爆音が、辺りを舞う小鳥の耳を劈く。


 その余りの濃度に、生きているが如く蠢いて見える烈火の炎による爆発が、穏やかな平原に物々しいクレーターを残す。


 爆音と熱風に思考もろとも煽られたマーニャは、悲鳴を上げる事も許されず後方に吹き飛ばされ、地を抉りながらボールの様に跳ねた後、うつ伏せに叩き付けられる。


……わざと、外された(遊ばれた)


 全身を金槌で粉々に砕かれたかの様な激痛が走る中、マーニャがまず思った事はそれだった。



「ぅ……うぐ……なん、なのよ…………」


 右手にあるべきメイスの冷たい感触がない。

 あるのは波の様に押し寄せる痛みばかり。

 マーニャは苦痛に顔を歪めながらも、己の武器を探そうと俯けていた顔を上げた。


しかしそこには、彼女に更なる心理的な苦痛を与えるおぞましい光景が広がっていた。



「何よ…………あれ……」


 呟きは文字通り、炎獄とかした平原に溶ける。

 

 質を持つが如く密集し火球を形成した炎は、着弾と共に爆散し、辺り一面にその炎を撒き散らした。

 所各所でめらめらと沸き立つ炎柱の中心に在るのは、高位の野生種と思われる炎精霊。

 大岩の様に歪み、黒々とした巨躯を持つ双角の精霊は、舞う炎など関係ないと言わんばかりに真っすぐと、不様に倒れ伏すマーニャの姿を見つめていた。


 鋭い牙が覗くその口角は、嫌らしく釣り上がっているのだと、マーニャは直感する。

 直撃はしていないとはいえ、負傷直後呼吸さえも満足に出来ないであろう激痛の中、マーニャはピンク色の長髪を振り乱しながらも麗しい唇を食いしばり、身体を奮い起こす。



『────オ』


 その姿を赤き瞳に収めていた炎精霊の口からは、炎の吐息と共に驚きの声が漏れた。

巨大な鉤爪を持つ腕に、再び霊力が集い、小さな太陽に似た火球が握られる。


 先程の怖気が走る程の濃厚な爆発を思い出し、マーニャは一瞬息を呑むものの、気丈に痛めた片腕を庇っていた腕で転がっていたメイスを拾い上げ、震えるその切っ先を巨体へ向けた。



「私、は……負けられないの……。この程度じゃ、燃え尽きない信念がある……あんたのちっぽけな炎なんて、ライターの火よりも熱くないわ……」


『────オォ……』


 切れた口元から血を流し、凄惨な表情を浮かべるマーニャに気押される様に炎精霊は大きなその図体を蠢かせる。


 その瞬間を狙い、マーニャは残った力を振り絞り、メイスを横一線に振りかぶり巨体に向かって駆け出す。



「ハァァアアアッッ!!!」


 少女の突進は、決して脅威と呼ばれるものではない。

 けれどその決死の表情と咆哮は、周囲に立ち上る炎を吹き飛ばしてしまいそうな迫力を持っていた。


 ……少なくとも、対峙する者にとっては。


 炎精霊は少女と同じように、火球を秘めた腕を振りかぶり、先程の爆発を起こした強力な霊力と共に、火球爆発の精霊術“スプライト・ノヴァ”を放った。


 放たれた火球は光星の様に煌いて一瞬にして燃え尽き、内に秘めた霊力と共に爆発を起こす。


 再度響く轟音と共に、平原を囲う木々が波の様に揺れ、踊る。


 至極当然、コアを宿していないマルチウェポンを片手に持った少女は、なすすべもなく灼熱の業火の渦に巻き込まれたはずなのだが……。



「ぁ……」


 その光景はそこには無い。

 固く目を瞑っていた少女の口から、驚きと安堵の吐息が漏れる。

 目の前が光星の輝きに包まれ、死を覚悟した少女は、危機一髪で誰か(・・)の腕に抱えられ着弾地点を離れ、難を逃れていたのだ。



ロータス(蓮の花)の……匂いが、する)


 暖かな腕に抱かれがら……その胸の中は懐かしい母さんの匂いがした気がした。



「かぁ……さん…………」


 その頬に一筋の涙が流れ落ち、華美な服装に身を包む、誰かの腕を濡らした。


 今生の別れから、永くその香りに遭遇することが無かった孤独の少女は、思わず心の底から安堵し、全身の力を抜き眠るように気を失ったのだった。

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